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069 秘密の魔法

赤竜の鱗という希少品とカイル・フットの秘密が

釣り合うと判断したフロー伯爵は、俺を目の前にして、その秘密を解きほぐし始めた。


「カイル君、

君は去年の冬、獣人の拠点で大量の魔狼を屠っている。

その実力は、今年の代表戦で優勝したことで証明された。

君は強い」


「お褒め頂き光栄です」


「では、いつから強かったのか?


それ程の強さだ。

もっと幼少期から君の事を褒めそやす噂が流れていてもおかしくないはずだ。

だが、フット領の住民も支部の軍人もそんな噂は聞いたことが無いという。


君が強いという噂は、君が獣人の拠点から帰って来てから流れ始めている」


フット領にまで調査の手が伸びている。

想定していたことだが、実際に言葉にされると背筋が寒くなる。


俺は反論できないままブルーノの言葉を待った。


「カイル君、君は獣人の拠点にいた時に強くなったんだ」


ブルーノが断言する。


正解。

カイル・フットは、俺が成り代わる事で強くなった。


「待って下さい、お父様!

そんな短期間で、魔法が強くなるわけがありません。


『潜行法』は、長い時間を掛けて少しずつしか強くなれないのですよ。

たった一冬だけで私を超える強さが身に付くわけがありません!」


困惑した様子のモニカが声を荒げる。

モニカの反応は予想通りと落ち着いているブルーノ。


『潜行法』とは、魔法使いが自分の魔法を強化するために行う鍛錬法だ。

自己の内側に意識を向け、潜ることで、魔素を知覚する。

その知覚により魔素の操作性や保有量が向上する。


深く潜れば、その分見返りは大きいが、潜れる深さには限度がある。

この限度を超えるためには、何度も『潜行法』を行い、自分の潜行力を上げなければならない。


モニカが時間を要すると発言したのは、このためだ。


「確かに、モニカの言う通り、『潜行法』では無理だ」


モニカに同意するブルーノ。


「『潜行法』では……?

他に魔法を強化する方法が存在するのですか?」


驚きながらも喜色の色を浮かべるモニカ。

強さは求める者にとっては『潜行法』以外の鍛錬法が存在するのは、僥倖だろう。


……なんか俺の方が強い事に納得いっていないみたいだし。


「モニカ、これから話すのは、秘匿された魔法だ。

貴族の中でも限られた者しか知らない。

だから、決して口外してはいけないよ」


「はい。お父様」


力強く頷く親子。


「『潜行法』は、個人の才覚によって潜れる深さが変わってくる。

浅くしか潜れない者もいれば、深く潜れる者もいる」


説明を始めるブルーノ。


ねぇ、伯爵。

俺にも確認取ってよ。

俺、秘匿事項なんて知りたくないよ。

何で俺が知っている態で話が進むの?


ブルーノは、俺が秘密の魔法で強くなったと勘違いしている。

つまり、『異世界召喚』については、幸いな事に何も知らないみたいだ。


だから、不本意だがこのまま話を聞くしかない。


「両者の共通点は、個人の潜行力に頼っているという点だ。

そして、これが強くなれない原因、問題点でもある」


当たり前のことを言うブルーノにモニカが困り顔を作る。


「ですから、その潜行力を鍛えて、深く潜ろうと努力するのでは……?」


「だが、限界がある。

鍛錬を怠らない者ほど、そのことを痛感しているはずだ。

モニカも、もうずいぶん前から行き詰まっていたんじゃないかな?」


図星を突かれ悔しそうに俯くモニカ。


「限界があるのは、潜ろうとする意識、つまり魂が肉体と結合しているから、

簡単に言うと、肉体が楔となり、魂を現実世界に繋ぎ止めているせいだ。

この魂と肉体の結合を緩めることが出来れば、限界を超えて深く潜ることが出来る」


秘密の魔法とは、『潜行法』を補助する魔法ということか。


「ま、待って下さい。

魂と肉体は本来、不可分のもの。

いったいどうやって分離するんですか?」


理解が追いつかず混乱気味のモニカ。


彼女がここまで感情を素直に露にするのは珍しい。

父親の前だから油断しているのだろうか?


「それは、私にも分からない。

まさに、天才の所業というやつだね。

だが、その『分離法』を行える者がいる」


そう言って、俺に微笑むをくれるブルーノ。


俺は、『分離法』を知らない。

この国に『分離法』を行える天才が何人いるかは不明だが、

デイムがその1人だとブルーノは知っているのだ。


つまり、ブルーノの視線の意味は、

お前はデイムの『分離法』によって強化された『潜行法』で強くなったんだという無言の主張だ。


まあ、勘違いなんだがな。


『分離法』の肉体から魂を分離させるという特性は、『異世界召喚』にも通ずるものがある。

ついでに言えば、魂を餌に精霊を召喚する『精霊召喚』にもだ。


三つの魔法を体系化してみるとこんな感じだろうか。


肉体から魂を分離させる『分離法』を基本形として、

その魂を精霊に喰わせて召喚する『精霊召喚』が発展形、

そして、謎の奇跡が必要な『異世界召喚』が特殊形だ。


この三つの魔法は、魂がどこに到達するかが重要な要素になるんだと思う。


「フット伯爵に『分離法』をかけてもらい、強さを手に入れた、というわけですか」


ズルした男への侮蔑の視線を向けてくるモニカ。


「カイル君を責めるのは酷だよ。

状況を聞く限り、フット伯爵達はかなりに追い詰められていたようだ。

そんな中、悠長に自分の孫を鍛えるわけがない」


「では何を?」


「『分離法』を応用した『精霊召喚』で魔狼を一掃しようとしたんだろう」


俺に哀れみの目を向けてくるブルーノ。


『精霊召喚』には二種類の方法がある。


一般的な精霊召喚は、特定の召喚陣を用いて特定の精霊を喚び出すものだ。

そのため、その精霊の強さや性格を把握しやすくなる。

生贄の対象は、魔法が使えない動物だ。

人間を生贄にすることは、この国では禁止されている。


そして、もう一つが、ブルーノが言っていた方法。

『分離法』を応用した『精霊召喚』だ。

『分離法』すら秘匿されていたのだから、それを応用した『精霊召喚』もまた秘匿されていたはずだ。


この方法であれば、生贄になった人間が抵抗できない程の強力な精霊を召喚することが出来る。


「フット伯爵が、カイル君を生贄にして精霊を召喚しようとしたと仰るのですか!?」


「フット伯爵の手札で、起死回生が図れるのはこれしかないからね」


モニカの驚きをブルーノが冷静に受け止める。


哀れみの視線が一つ増える。

俺は黙っている。


「だが、『精霊召喚』は失敗に終わった。

その結果、君は精霊に喰われることなく自分の肉体に戻ることが出来た。

どうして失敗したんだ?」


ブルーノにも分からなかった謎。


「それは僕にも分かりません」


俺は正直に答える。


「今の君の強さを鑑みれば、かなりの深さまで潜ったはずだ。

深ければ、深いほど精霊に捕捉される可能性が増すと言われている。

それでも精霊に一度も遭遇しなかったのか?」


「精霊には一度も会った事はありません」


これも真実だ。

俺はカイルにしか会っていない。


「そうか。

奇跡的に無事だったのか、

フット伯爵が何か細工を施したのか……」


数秒考えこむブルーノだったが、


「なんにせよだ。

君は、命の危機を乗り越えて生還した。

魔狼を撃退できるほどの強さを手に入れてだ。


これは私達にとっても喜ばしいことだ。

魔獣災害を抑え込める魔法使いは、国の宝、一人でも多いに越したことはない」


笑顔のブルーノが俺の存在を肯定してくれる。


「待って下さい、お父様。

カイル君はともかく、フット伯爵の行ったことは犯罪です。

見逃すつもりですか?」


「非常事態だったんだ。

何か対策を立てないと、領民に犠牲者がでる恐れがあった。

だから実行した。


フット伯爵もカイル君も領主家として責務を果たそうとしただけだ。

私も一領主としてその行いを責められない。

カイル君、

私はフット家の行為を罪に問わないと誓うよ」


俺はブルーノの言葉に衝撃を受ける。


フロー伯爵が味方になってくれた。

これはとんでもない強力な後ろ盾だ。

もし裁判になってもフロー伯爵の力で無罪にもっていけるかもしれない。


有難い。

感謝を言葉にしたいが、それは俺達の罪を認めるようなものなので、言葉にすることが出来ない。


俺の苦悩が理解できたのか、ブルーノが同情の笑みを漏らす。


「これで、この赤竜の鱗と釣り合うだろう」


そう言ってブルーノは赤竜の鱗を撫でた。


フット家は赤竜の鱗を手放すことで、頼もしい後ろ盾を手に入れた。

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