068 フロー伯爵と赤竜の鱗
舞踏会は無事終わり、フロー家の本邸へと場所を移した俺とモニカ。
応接室に案内され、目的の人物と対面を果たした。
「よく来てくれたね。
私はフロー家当主、ブルーノ・フロー。
宜しくね、カイル君」
ブルーノが気さくに握手を求めてくる。
四十代位の中肉中背、端正な顔立ちに整えられた髭。
穏やかそうな雰囲気に俺は内心ほっとする。
「お初にお目にかかります。
カイル・フットと申します。
フロー伯爵閣下にお会いできて光栄です」
「はは、ありがとう。
まあ座って座って。
モニカ、カイル君にお茶をお出しして」
「はい。お父様」
俺は促されるままソファに座る。
モニカも静々とお茶の準備を始めた。
「すまなかったね。
こんな時間に呼び出して。
カイル君と会って話をしたかったんだが、君と会えるのが今日位しかなさそうだったから」
ブルーノが申し訳なさそうな顔をする。
俺もブルーノと会えるのは今日しかないと思っていた。
ブルーノが舞踏会の挨拶に顔を出して、その際に挨拶をしようと目論んでいたが、実際はブルーノが来ず俺の目論見はご破算となっていた。
ブルーノから面会を求めてきてくれたので、事なきを得た。
「お父様が謝る必要はありませんよ。
そもそもカイル君がフロー領に来るのが遅いんです。
昨日来て宿屋に泊まって今日屋敷に来たのですから、会う時間なんてありませんよ」
モニカがジト目で見てくる。
失礼な、完璧な旅行プランだろ。
長居するのはモニカ達主催者側に負担を掛けると思い、遠慮したのだ。
……まあ、舞踏会での挨拶というワンチャンスに全てを懸けた俺にも非はあるが。
こうして伯爵に面会できたので全て良しだ。
「屋敷に泊まってくれれば、面会の時間なんていくらでも都合をつける事ができたのに」
ぶつくさ文句を言いながら俺の目の前にお茶を差し出すモニカ。
モニカはソファに座らず、少し離れた場所に佇む。
どうやら給仕としてこの面会に立ち会うらしい。
「有難うございます」
俺は礼を言い、お茶を飲む。
冷たいお茶が火照った体を内側から冷ましてくれる。
一息吐けた。
俺は対面に座るブルーノが話始めるのを待つことにした。
「これの中身が何か知っているかな?」
そう言ってブルーノが木箱をテーブルの上に置く。
ただの木箱。
装飾一つついていない質素な木箱だ。
デイムにフロー家への手土産として渡された木箱だった。
「あっと驚くものだと、祖母は申しておりましたが……」
中身は知らない。
苦笑するブルーノ。
「あっと驚くものか。
確かに驚かされたよ。
このような物をただの学生の交流会で贈ってくるとは、
フット伯爵は大層人を食った性格をしていらっしゃるようだ」
怒っているのか、面白がっているのか、ブルーノが小刻みに震えている。
なるほど。
この話をしたくて俺を呼んだんだな。
それで中身は何なの?
俺はブルーノが木箱を開けるのを待った。
ブルーノが蓋を外し、中身が姿を見せる。
掌大の流線形をしたもの。
「赤い……うろこ?」
俺は、ものの正体を呟く。
「赤竜の鱗だ」
「赤竜の鱗!!」
正解を告げるブルーノ。
詰め寄るモニカ。
モニカは赤竜の鱗を凝視する。
「なんてものを……」
目を丸くしたモニカが呆れた視線を俺に向けてくる。
給仕役が会話に割り込むことは本来、無礼な行為だが、
それをモニカが忘れてしまうほど赤竜の鱗は場違いな一品だった。
俺じゃないぞ。持たせたのはデイムだ。
一応、首を振って否定する俺。
赤竜は、デイムがフット領開拓時代に討伐した魔獣だ。
エンマイア王国の歴史の中でも、赤竜討伐がなされたのをこの一例だけだ。
その偉業の褒賞でデイムはフット領を手に入れた。
そんな感じで、執事のロイが誇らしげに語っていた。
この国で赤竜の鱗を採取できるのはデイムが討伐した赤竜一体のみ。
鱗が何枚取れるのか不明だが、とんでもなく希少な逸品だという事は分かる。
なぜ、デイムはこのような希少品をフロー家に贈呈したのか?
俺は疑問に思った。
ブルーノもそう思ったのだ。
だから、この疑問を解消するために俺を呼んだのだ。
「カイル君。
フット伯爵はどうして赤竜の鱗をうちに贈ってきたか分かるかい?」
「分かりません」
素直に答える俺。
「考えてみてくれないか」
お願いのようでいて強制的な響きがあるブルーノの声。
俺の見解を知りたいのか?
「赤竜の鱗は、フット家の権威の象徴です。
おいそれと他家へ渡すわけがありません。
故に、それに釣り合うだけの見返りを求めるはず……」
俺はそこで言葉を区切り、考え込む。
赤竜の鱗は、フット家が差し出せる最高級の品だ。
それに釣り合う見返りなんてあるのか?
デイムが金銭や財宝を求めているとは思えない。
なら、フロー家に何をさせたんだ?
俺はブルーノをちらりと見た。
彼と目が合う。
「フット伯爵の手紙には、君の事を宜しく頼むと書かれていた。
具体的な要望はなしでね」
だから困っているんだと苦笑するブルーノ。
デイムの手紙は木箱と一緒に舞踏会の受付で渡した。
その手紙に赤竜の鱗についても書かれていたはずだ。
教えないと何の鱗か分からないからな。
「よくある社交辞令ではある。
社交界入りしたご子息のためにご両親が一品添えて挨拶に来るということは」
確かに、有力者が気安く声を掛けてくれたら、どんな集会でも泳ぎやすいだろう。
だが、その程度の便宜で赤竜の鱗を贈ってくるだろうか?
普通は有り得ない。
価値が釣り合っていない。
それに、うちの子宜しくねっていうお願いは、ある意味お互い様のお願いなのだ。
自分の子供が社交界入りする時、お願いされる立場からお願いする立場に変わる。
そんな日常茶飯事のお願い事だ。
だから、そのレベルに合わせて贈り物も一般的な品物になる。
デイムさん、クッキーの詰合せでも贈っておけば良かったんじゃないですか?
それだったら、こんな頭を悩ます事態にはならなかったのに。
「通常の社交辞令には、これは釣り合わない。
だから、これに釣り合う何かが君にはあるのだと、私は考えている。
どうかな?」
ブルーノは俺を見透かそうと真剣な瞳をしている。
……確かに、俺は秘密を抱えている。
『異世界召喚』でやってきた異世界人だし、
カイルの肉体乗っ取っているし、
カイルとして生活しているし、
バレるとヤバい。
だから、俺の秘密をホイホイ喋るわけにはいかない。
「……」
俺は沈黙をもってブルーノの質問に答える。
「ふぅー、だんまりかぁ」
そう言って背もたれに身を預けるブルーノ。
しばししてから気を取り直して身を起こす。
「では、私の考えを述べようか……」
「……どうぞ」
そう言うしかなかった。




