067 モニカと踊る
流石に疲れた。
肩で息するのを我慢し、平静な顔を維持する。
前半パートのダンスノルマは達成した。
今はもう後半パートの自由時間だ。
四つのグループは解散されたが、女子はそのままその場に留まっているので、意中の娘に接触するために男子が自ら足を運ぶ必要がある。
そのため、会場は回遊する男子と待ち受ける女子の図となっている。
貴族男子の義務として、待ちぼうけしている女子には声を掛けなくてはいけない。
俺はネイトとミックを伴ってナンパしてまわった。
こういう時、恨めしいのが貴族男子の行動力だ。
俺達が一箇所に留まっていると、次から次へと男どもが集まってきて、人口過密状態になってしまう。
そうなってしまえば、先着していた俺達は次の場へと移動しなければならなかった。
俺は男子達の流れを読み、必死になって、ある場所から逃げ回っていた。
でも、もう無理だ。
「あら、漸くいらしたの?」
俺が避けてきた相手。
モニカが俺を見据えて怪しく微笑む。
モニカは俺が代表戦の準決勝で負かした少女だ。
大勢の生徒たちが見守る中での敗北は、彼女の評価に傷をつけた。
宮廷魔法士を志す彼女にとっては、許されざる敗北だったはずだ。
モニカは敗北を受け入れて前を向いているのか?
それを確かめるのが怖くて、俺はモニカに近寄らなかった。
もし、モニカが俺の事を恨んでいたら、もし、その感情を表に出してしまったら、それは伯爵家同士の確執となってしまう。
少なくとも、魔法学校の生徒達は確執と認識するだろう。
だから、そんな事はないと今日の舞踏会で証明しなければならない。
今日の舞踏会は都合が良い。
仲良しアピールとして、モニカと一緒に踊るだけで、両者に蟠りは無いと周囲に分からせることが出来る。
モニカと踊るのが、今日の俺の本当のノルマだ。
勇気が無くて逃げ回っていたが、覚悟を決めてモニカを誘うしかない。
「お忙しそうだったので、機会を窺っておりました」
モニカの皮肉を無難な回答でかわす。
「そうですか。ご配慮頂き、痛み入ります。
沢山の方に気にかけてもらえて、私は幸せ者ですね」
「これほどの素晴らしい舞踏会を開いてくださったのですから、皆さん、感謝の気持ちをモニカさんに直接お伝えしたいのですよ」
「そう言ってもらえると、主催者冥利に尽きるというもの。
皆さんに喜んでもらえるよう、いろいろ思案しましたので。
カイル君も積極的に動いてくれて有難うございます。
きっと女の子達も貴方と踊れて嬉しかったと思いますよ」
モニカが柔らかい笑みを浮かべる。
他意も邪気もない素直な笑顔だ。
俺はちょっと驚いたが、舞踏会の成功がそれだけモニカのプレッシャーになっていたのだと気が付いた。
宿屋の手配、グループ決め、楽隊の確保、食事の内容などの事前準備から、当日の会場の盛り上がりに気を配りながらの運営まで、モニカは主催者として関わってきた。
舞踏会の成功は、モニカの努力に対する報酬だ。
もう夜も更けた。
舞踏会は成功のまま終わりを迎えようとしている。
モニカの気が抜けるのも仕方がない。
俺にモニカのような陣頭指揮ができるだろうか?
心の内から疑問が湧き上がる。
無理だ。
そもそもやろうなんて思ってもいなかった。
覚悟も経験もないのにできるわけがない。
俺にはできないけど、モニカにはできる。
そのシンプルな事実が俺の心を震わせる。
「凄いですね、モニカさん」
心からの称賛を送ろう。
「褒め過ぎですよ、カイル君。
そんなに楽しかったのですか?」
俺はモニカの努力を褒めたいのに、モニカは舞踏会の出来を褒められたと思っている。
似てるが違う。
俺の気持ちをクドクド説明してもキモいだろうし、このまま流すか。
「はい。とても楽しかったです。
舞踏会に参加するのも初めてでしたし、普段お話しできない人ともお話しできましたし、とても有意義な時間でした」
「カイル君は未成年ですからね。
社交会自体がまだ物珍しいのでしょうね。
ですが、有意義であったならば重畳です」
モニカが微笑みながら一歩近づく。
何か嫌な感じがする。
「それで、具体的には、どう有意義だったのですか?」
モニカが顔を近づけ、俺の耳元で囁く。
前屈みになっているモニカ。
胸元の開いたドレスの隙間から胸の谷間が見え隠れしている。
凝視するのを鋼の意志で我慢してモニカの質問について考える。
具体的? どういう意味?
俺は混乱気味の頭でモニカの横顔を見る。
「お気に入りの娘は見つかりましたか? という意味ですよ」
モニカが俺の反応を面白がるように微笑む。
ここで、素直に好みの娘の名前を挙げれば、モニカは自陣営にその子を取り込み、俺に対する交渉の手札とするだろう。
強かな女だ。
だが、そう簡単にモニカの策略にはまってたまるか。
俺は、自陣営に取り込むことも手札にすることもできない人物の名を告げる。
「今、一番気になるのは、貴女です。
モニカさん」
俺はキリっと良い顔で断言した。
「あら、光栄ですわ」
動揺皆無の外面笑顔で迎撃された。
強い。
でも、俺は諦めない。
「お嫌でなければ、僕と踊って頂けませんか?」
「嫌だなんてとんでもない。
喜んでお相手させていただきます」
俺の手にモニカが自分の手を重ねた。
周囲から小さな歓声と拍手が起こる。
やはり、皆、俺とモニカの確執を心配していたみたいだ。
これで仲良しアピールは成功だ。
あとは無難に踊りきって、ノルマ達成だ。
俺とモニカはダンスフロアへと歩を進める。
音楽は鳴りやみ、二人の足音だけが会場に響く。
ダンスフロアには俺とモニカだけ。
ゆったりとした物悲しい旋律が流れ始める。
これは、終わりを告げる曲。
モニカのラストダンスの相手は、俺だった。
「光栄です」
俺はモニカをリードしながら礼を言う。
「貴方は私達の学年の代表です。
最後を締めるのに、貴方以上の適任はいません」
モニカは俺の歩幅に合わせて踊り続ける。
二人っきりのダンスフロア。
音楽とお互いの息遣いしか聞こえない。
絡まる視線がモニカの瞳から目を離すことを許さない。
モニカが俺に寄り添って囁く。
「この後、お時間いただいてもよろしいですか?」
「どうして?」
俺はステップを踏み間違えないように頭を回転させながら、何とか言葉を返す。
「私の父、フロー家現当主にお会いして頂きたいのです」
大物との対面。
デイムからもフロー伯爵には宜しく言っといてくれと頼まれている。
断る理由はない。
「お会いしましょう」
俺は短く返事をし踊りを失敗しないように足を運ぶ。
そんな余裕のない俺を見つめながらモニカが微笑む。
「ありがとう、カイル君」
踊りきった俺達はお互いに礼をし、皆に向かって礼をした。
会場から万雷の拍手が起こる。
こうして俺の初めての舞踏会は幕を閉じた。