065 ワンダの出迎え
俺達、蒼穹寮のメンバーは舞踏会館へと足を踏み入れた。
会場の手前は薄暗く、奥の方に照明が当たるようにセッティングされている。
その奥の舞台では楽隊がゆったりとした優美な旋律を奏でている。
気安い雰囲気が俺達の足を軽くする。
モニカさんちの社交会は、ダンスがメインなので舞踏会と称した方がよい。
そして、その舞踏会は前半パートと後半パートとに分かれている。
前半パートはノルマのダンスだ。
一年生を四つのグループに分け、そのグループの中で相手を変えながら踊り続ける。
男女の組み合わせは、平民男子と貴族令嬢、貴族令息と平民女子だ。
この組み合わせなのは、平民の子達が貴族の人間に慣れる事を、この舞踏会が目的としているからだ。
後半パートは自由時間だ。
四つのグループは解散となり意中の相手を誘って踊ることが出来る。
踊る気が無いならば、談笑したり食事をしていたりしてもよい。
何はともあれ、まずは自分達のグループに合流しなければならない。
俺は会場を見渡す。
俺達のグループはどこだ?
会場の手前部分は、飲食スペースになっており先に来ている一年生達がそこで談笑している。
飲食スペースは、会場の中央を通路として確保されているので左右に区分けされている。
俺が左右をきょろきょろと見渡していると、薄闇から少女が声を掛けてきた。
「ようこそ、蒼穹寮の皆さん」
明かる声と共にワンダ・ホアが姿を現した。
「ワンダさん、迎えに来て下さり有難うございます」
俺達が所属するグループのリーダーが直々に迎えに来てくれた。
「お礼は不要ですよ、カイル君。
だって、彼女達をお世話するのが今日の私の仕事ですから」
ワンダがルーシーとナタリアに視線を移す。
ワンダのお世話とは、ルーシー達と貴族男子との仲介だ。
踊る相手は決まっているが、踊る順番は決まっていないので、ワンダが臨機応変に相手を見繕っていく。
トラブル対応も担っているので、仲介者であり保護者でもある。
ワンダの担当がルーシーとナタリア。
他の貴族令嬢も他の平民女子をお世話することになっている。
ちなみに、男子も同じで、ネイトとミックは、俺が担当している。
「ワンダ様、本日はお世話になります」
「宜しくお願い致します」
楽しそうなルーシーと緊張しているナタリアが保護者ワンダに挨拶をする。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
ワンダが優雅に挨拶をし返す。
俺は普段の彼女とのギャップに目を見張る。
普段のワンダは活発な少女だ。
格闘術の授業でも剣術の授業でも積極的に男子と手合わせを行っている。
性格も明るく良く笑うので、彼女の周りには陽気な人間が集まっている。
その集まっている人間の一人がルーシーである。
既に親交があるため気安い調子で話し掛けるルーシー。
「ワンダ様、素敵なドレスですね」
ワンダが着ているのは、淡いピンク色のロングドレス。
スカートにフリルが施されていて、ワンダの可憐さを引き立てている。
「ありがと。ルーシーも可愛いよ」
「い、いや~照れますね」
お互いのドレスを褒め合う二人。
ルーシーはワンダと友達だが、ナタリアは違う。
友達の友達を友達だと思えないナタリアは二人の傍で固い笑みを浮かべている。
「貴女も素敵よ、ナタリア」
ワンダがナタリアを会話の輪に加える。
「は、はい。有難うございます」
「ナタリア、まだ緊張しているの?」
「私相手に緊張していたら、身が持たないわよ」
「が、頑張ります」
ナタリアはぎこちなくでも陽気な二人の輪に加わった。
今日の舞踏会は異性の貴族と踊ることがノルマだが、今日のナタリアの本当のノルマは、ワンダと友達になることだな。
ワンダと友達になれば、ワンダを起点として貴族令嬢との交友関係が広がる。
そこで築いた人脈は今後のナタリアの大きな財産になるはずだ。
頑張れ、ナタリア。
俺は心の中でエールを送る。
「三人だけで親交を深めないで、僕達も仲間に入れてくださいよ」
ナタリアの健闘を祈りつつ、このまま話し込まれては困る俺は女子の輪に入っていく。
「ああ、ごめんなさい。
お喋りはあっちに行ってからでいいよね」
ワンダは会話を一時中断して、俺達をグループのもとに案内した。
「カイル君達、連れて来たよ」
ワンダが俺達の到着を告げる。
「お久しぶりです」
「お元気でした?」
二人の貴族令嬢が上機嫌で話しかけてきた。
「バーバラさん、ホリーさん
お久しぶりです。
本日は宜しくお願いします」
俺は二人にお辞儀をする。
バーバラ・バンクス
ホリー・クレイ
二人とも、子爵家のご令嬢だ。
そして、平民男子達のダンスパートナーだ。
ご機嫌を取っておかなければ!
「お二人とも、ドレス、よくお似合いです」
「カイル君もお似合いですよ」
「有難うございます。
貴女方の隣にいてもおかしくないのであれば、着飾ってきた甲斐がありました」
ヨイショの言葉を繰り出す俺。
「では、今宵は私の隣にいてくださるのですね?」
バーバラがわざと拡大解釈して迫ってくる。
「バーバラ、独り占めはよくないですよ。
カイル君、私とも時間も設けてくださいね」
ホリーも便乗して迫ってくる。
「え!?」
戸惑う俺。
年頃の少女が正面から迫ってくるとさすがに刺激が強い。
「こら。二人共、カイル君で遊ばない!」
「あはは」
「怒られた~」
ワンダが令嬢達の悪ふざけを窘める。
危なかった。
悪ふざけとはいえ二人のお誘いを断れば、角が立つ。
話を丸く収めるのも処世術。
このまま、二人の対応はワンダに任せよう。
「バーバラもホリーも今日の会の目的、忘れたの?
今日仲良くなるのは、カイル君じゃなくて、こっちの二人だよ」
ワンダが俺の後ろで固まっていたネイトとミックを手振りで示す。
俺も脇に除け友人を紹介する。
「バーバラさん、ホリーさん
ご存知だとは思いますが改めてご紹介させて下さい。
僕の友人のネイトとミックです」
「ネイトです」
「み、ミックと申します」
貴族と対峙して緊張する平民男子。
「バーバラと申します」
「ホリーです。
本日は宜しくお願いしますね」
余裕をもって微笑む貴族令嬢。
微笑んでいるので、ネイトとミックに対して悪感情はないだろう。
とりあえず第一関門突破。
その後、他の面々とも挨拶を交わし談笑へと移行した。
「あの二人を最初の相手にしよう」
俺はバーバラとホリーを盗み見ながらネイトとミックに小声で伝える。
「「わ、分かった」」
ネイトとミックは神妙な顔で頷いた。
「どっちと踊るかは、二人で決めてくれ」
「「わ、分かった」」
好みや話しかけやすい雰囲気などは、人によって違うだろうから本人達の意思を尊重する。
小声で話し合っているネイト達を尻目に俺は自分のダンスパートナーを探す。
平民女子で、学年代表戦 魔法科目代表のローザを。