061 獣人との会談
デイムとサリムのトップ会談が始まった。
とは言っても俺達は部屋から閉め出されているので会談の内容は把握できない。
部屋の扉を眺める俺。
「……」
無いとは思うが、デイム達が殺し合いを始めたら止める間なんてないだろう。
無いとは思うが、嫌な緊張感を覚えてしまう。
「では私は外に見回りに行って参ります」
ロイが恭しく頭を下げた後、玄関へと歩いて行った。
部屋に入れない以上、外からの敵襲には外で対応するしかない。
……中はいいのか、ロイさん?
屋敷の中に残されたのは異世界人と獣人少女達だ。
どちらもフット家の人間ではない。
何かあった時に誰がデイムを守るのか?
俺か?
いや、どちらも信頼しているということか?
ロイの自然体の様に戸惑ってしまう俺。
なぜ当事者でもないのに、こんなに獣人を警戒しているのか自分でもよく分からない。
なんとなくサラ達に視線を向けて、その理由が分かった。
サラとイネスは扉の近くの長椅子に座っている。
その様子は明らかに緊張している。
俺は、サラ達の緊張の裏に何かあるのではないかと本能的に警戒してしまっていた。
「あの」
俺はサラに話し掛ける。
「何でしょうか、カイル様?」
こちらに向き直るサラの表情は硬い。
「どうして緊張しているのかなと思って」
俺は思っていた疑問を口にする。
その疑問を投げ掛けられたサラはじっと俺の目を見る。
「この会談の結果次第で、私達の今後が左右されますので」
サラは事務的な声音で答えた。
俺は、サラ達が会談の結果如何について心配している事に驚いた。
この会談は成功する。
デイムから言質も取っているから、ほぼ確定だと俺は思っていた。
「ああ、なるほど。確かにそうだね」
デイムを信じていないのか? なんて意地悪な質問はしない。
デイムは獣人がいなくともフット領を運営していける。
だが獣人はデイムからの支援が無ければ今の生活水準を維持することが出来ない。
獣人は立場が弱い。
そのため会談が終わるまで気を抜くことが出来ないのだ。
サラ達を不憫に思う。
「このままでいいのか?」
獣人の本音を探るために踏み込む俺。
またサラが俺のことをじっと見つめる。
「このままとは?」
「このまま不安定な生活を続けるのかっていう意味」
「それを申し上げれば望みは叶うのでしょうか?」
「協力する気はあるよ」
具体的な協力内容を告げずの白紙委任。
これで本音を告白してくれたら楽でよい。
「私達はただ平穏に暮らせれば、それ以上は望みません」
サラが慎重に言葉を選んでいるのが分かる。
当たり障りのない返答だが、その平穏の中身が問題だ。
平穏を構成する要素のなかに、王国の不利益になるものがあるかもしれない。
「それが叶うなら、暮らす場所はどこでもいいのか?」
俺はさらに踏み込んだ質問をした。
答えた場所によって野心の強さが分かる。
「平穏に暮らせればどこででも」
サラは無難な回答を選んだ。
だが言質は取ったぞ。
「なら南に移住するのはどうだ?」
「南……」
目を見開くサラ。
努めて平静を装っていたサラが動揺を見せた。
サリム達は南の獣人の存在を既に把握しているとデイムから聞かされている。
なぜ驚いたのだろう?
「南に獣人の拠点があるんだ。
知っているだろ?」
「それは存じております」
「かなり強いらしい。
国が成立したら、移住を検討するのもありだと思う」
俺は自分の願望を告げる。
南への移住計画は、誰も傷つかない素晴らしい計画だ。
サラが好感を示せば現実味を帯びてくる。
「カイル様は、南の勢力がどのような存在なのかご存じですか?」
今まで受け手だったサラが問い掛けてきた。
「いや、獣人達が集まって国を創ろうとしているって程度しか知らない」
「彼らは魔人の尖兵です」
「魔人?」
俺は聞き返す。
魔人という知らない単語に頭が空転する。
「魔人は、天覧山脈の向こう側の大地を支配する種族です」
「そんなのがいるんだ」
いてもおかしくはないが、サラに存在を明言されて強く意識してしまう。
天覧山脈およびその向こう側は、ただ広大な自然が広がっている人間と無関係の土地だと思って意識から切り捨てていたが、土着の人の営みがあると知ってしまうと俺の中の世界が向こう側まで吞み込んで一気に拡がった気がした。
「ずっと昔に獣人が山脈の向こう側に渡ってその魔人と交流を持ちました。
しかし、それは明確に線引きされた交流でした。
山脈の向こう側は砂漠があり、魔人はその砂漠を越えた先で暮らしていました。
獣人も同じ土地での生活を望みましたが、魔人はそれを許しませんでした。
そのため獣人は山脈の麓、山脈と砂漠の狭間の地に居を構えるしかありませんでした」
獣人の放浪の歴史か。
あちらでは魔人が立ちはだかり、こちらでは人間が立ちはだかっている。
「どちらでも同じ境遇なんだな」
「その通りです。
ですが、1つだけ異なる点がございます。
南の獣人は国創りのための支援を魔人から受けています」
北の支援者はデイムだが、その支援は限定的なものだ。
あくまでも生活支援レベル。
それ以上の支援は利敵行為として王国から断罪されるだろう。
将来、敵になり得るかもしれない存在に協力するのは、それ以上の利益がある場合だけだ。
「どうして南だけ?」
「利害の一致です。
人間は現在進行形で魔人の土地に開拓団を送っています。
送り出しているのが南の人間国で、魔人はこの国々を滅ぼしたいと願っており、新天地を求めていた向こう側の獣人に国創りの話を持ちかけました。
その話に乗った獣人が南に拠点を作って現在も活動中なのです」
人間の自業自得か。
魔人の土地に勝手に居座れば、魔人から逆侵攻を喰らっても文句は言えない。
その逆侵攻の実行部隊が南の獣人というわけだ。
確かに魔人の尖兵だな。
ここで俺はある事に気づく。
「という事は、サラ達は南の獣人と親戚だったりするのか?」
北も南も山脈の向こう側が来た獣人だ。
そして向こう側の獣人という事のは、二百年前、政争に敗れて向こう側に渡った獣人の子孫だという事だ。
同じルーツを持つ者同士、親戚付き合いしていてもおかしくない。
俺の質問にサラは勢いよく立ち上がる。
「遠い、遠い、遠ーーーーいぃ親戚です!」
サラが声を上げて疎遠さを強調する。
今まで事務的に対応していたのに焦りの感情が表に出て来た。
「やっぱり親戚なんだ」
サラの焦り様にちょっと驚いたが自分の考えが正しくて満足した俺。
「そうですけど、けど私達は彼らとは無関係です!
魔人の支援も受けておりません。
戦争も望んでおりません。
無関係なんです。
私達は、ただ安心して暮らせる土地を探しているだけなんです!」
サラが発言する度に一歩間を詰めてきたせいで、壁際に追い込まれた俺。
サラは真剣な表情で俺を見つめている。
南の獣人は人間国に対して戦争を仕掛けようとしている。
明確に敵だ。
そのような勢力と関係があると見なされるとサラ達にも危険が及ぶ。
だから、それを避けようと思うのは自然なことだ。
「無関係なら、南への移住は難しいな」
南が危険地帯なら、サラ達も行きたくないだろうし、行かせるわけにもいかない。
残念だが俺の完璧な計画は崩れ去った。
サラ達がここに留まる、現状維持が一番か。
留まり続けるのも悪手なんだが……
「……移住の話はデイム様もご賛同されているのですか?」
サラが不安げな顔で質問する。
デイムは現状維持派だ。
その先の案は俺は知らない。
「いや、俺の独断だ。デイムさんは関係ない」
「よかった」
気の抜けた笑みを浮かべるサラ。
「不安にさせたみたいだな。
すまない。
良かれと思って提案したんだが、背後に魔人がいるなんて知らなかったんだ」
「南の獣人に魔人が関与している事をご存じなのはデイム様だけでしたので無理もありません」
デイムは魔人について知っていたのか。
だが俺はその情報をデイムから教えてもらっていない。
俺には必要ないと判断したのだろう。
「……」
ちょっと悲しいと思ってしまうのは、身勝手が過ぎるだろうな。
俺も独断で移住計画を持ち掛けたので、文句を言う資格はない。
「うーん、じゃあどうすればいいんだろうな?」
俺は悩む。
だが答えは出ない。
「それを今、話し合っているのだと思います」
サラが扉の先に視線を投げる。
答えの出ない難問に大人二人が挑んでいる。
俺やサラより何年もこの問題に向き合ってきた二人だ。
俺達より良い答えを導き出してくれるかもしれない。
「そうだな。信じて待つか」
「はい」
サラが晴れやかに笑った。




