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異世界ソウルチェンジ -家出少年の英雄譚-  作者: 宮永アズマ
第1章 異世界オンユアマーク
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防壁までの道すがら

俺は空を見上げた。

空は茜色。

魔狼の襲撃は夜になってから始まる。

もう時間がない。


狼の遠吠え。

俺は遠吠えが聞こえてきた方へ顔を向けた。

向けただけで魔狼の存在を視認することはできない。


ここは街中で民家が立ち並び遠くを見通せない。

そもそも魔狼は防壁の外側にいるので見えるわけが無いのだが

遠吠えが聞こえるたびに視線を向けてしまう。

仕方が無いのだ。気になってしまうから。

現に気になっているのは俺だけではない。


俺は周りに目をやる。

人が居る。

家の玄関先や、道の端に

魔狼の遠吠えに不安そうな表情を浮かべる住人達が居る。


皆獣人だった。

俺はカイルの知識で予め知っていた。

ここは獣人の街で

デイム、カイル、ロイの人間3人組は獣人達と交流を深めるためにこの街に訪れていたということを。

そしてこの街が陥落すれば山の麓にあるフット領に魔狼の群れがなだれ込んでくる可能性が高いことも。


デイム・フットはフット領の領主だ。

自分の領地を守るために、ここで魔狼達は退治しておく必要がある。


また狼の遠吠え。

今度は別の方向からだ。


囲まれている。


俺はその事実を嫌というほど噛み締めていた。

魔狼の遠吠えは夕方から始まり時間が経つにつれその数を増やしていった。

今では街の外、四方八方から遠吠えが聞こえてくる。


それだけ数が多いということだ。

俺はこの街を守りきれるのか不安になっていた。

この街は大きくはないが、小さくもない。

視界にいる魔狼は仕留める自信はあるが目の届かない場所だと気付くことも難しい。

1人では無理だ。仲間が必要だ。


俺は先を歩くデイム、イネス、サラに期待の目を向ける。

3人の背中には矢筒が装備され矢がこれでもかというほど大量に収まっている。

持ち運んでいる弓も長く太い。

一見邪魔になりそうな弓だが3人とも何事もないように歩いている。

その所作から弓の扱いに慣れているのだと分かる。


俺とは大違いだ。


3人の後ろ姿に頼もしさを感じつつ自分を卑下する。


歩くたび背中に当たる剣が気になって落ち着かない。

丸腰は危険だとデイム達に言われ俺は皮鎧と剣を装備している。

装備した時はマジ冒険者、と感動したが鎧の締付や剣の重さに慣れてくると

自分がそれを装備している事に違和感が覚えてしまった。


「どうかされましたか?」


俺の後ろを歩いていたロイが話しかけてきた。


「え、えー剣があると歩きにくいなと思って」


情けない話だが正直に話す。ロイは俺を上から下まで眺めて


「なるほど、普段から剣は使用しないのですか?」


何がなるほどなのかは追及しない。帯剣なんて普通しないからな。不慣れで当たり前なんだ。


「しませんね。魔獣なんていないし、何かに襲われた経験なんて1回もないですし」


日本は安全だった。もちろん犯罪も事故もあったが少なくとも俺は危険な目に遭ったことはない。


「信じられない話ですね。魔獣がいない世界なんて」


ロイの切れ長な目が丸くなる。


「まあ、そうでしょうね」


「危険は全くないのですか?」


「危険がないわけではありません。犯罪に巻き込まれる可能性もあるし、国家間で戦争したりしてますから」


「なるほど、魔獣はいなくとも争いは絶えないということですか。つまらない質問をして申し訳ございません。もしかしたら争いの無い世界があるのかと夢想してしまいました」


ロイは照れ笑いを浮かべる。


人々が夢見る理想の世界。

異世界人も俺達と同じように夢想するのかと驚く。

俺にとってはここが理想の世界だから、その住人のロイが別の世界を夢見るのは腑に落ちなかった。


「いえ、謝ることではありませんよ。もしかしたら本当にそんな世界が存在しているかもしれませんから」


否定する根拠がないから、否定しないという日和見発言を返す。


「そんな世界が、私達とタクマ様の世界以外の世界があるのでしょうか?」


目を輝かせたロイが顔を近づけてくる。


「それは分からないですね。俺は喚ばれただけなんで」


期待に応えられなくてなぜか申し訳なくなる。

欲しかった答えが返ってこなかったからなのかロイの表情が陰る。


「異世界からタクマ様を召喚できた事、今でも信じられません」


なるほど。ロイが暗くなった理由にピンと来た。

ピンと来ただけなのでロイの心情を察することは出来ない。

そんなこと俺に分かるわけがない。


デイム達は異世界召喚を狙って実行したわけではない。

普通の召喚魔法は魔法使いが精霊と契約を交わす。主体は魔法使いと精霊で、生け贄となるモノは精霊への供物でしかない。


だが、今回の召喚魔法は少し違う。

主体は生け贄となったカイルだ。カイルが契約相手を選び、デイム達はお膳立てするだけだった。

だから、デイム達は召喚の詳細を知らない。

知っているのはカイルだけ。


「・・・・・・」


才能のなかったカイルが異世界召喚を成功させた。

なぜ? どうして?

いくら考えても答えは出ない。


だが、異世界召喚は成功し、俺はここにいる。

俺がここにいるのは、本当に奇跡なんだ。


1回限りの異世界召喚、それ故帰還困難。


だからどうした。俺は帰らないぞ。

俺は地面を強く踏みしめた。


「奇跡だと思いますよ。俺がロイさんとこうして会話していることも、カイルがあっちの世界で生きていることも」


俺はロイに笑ってみせた。


「ええ、そうですね。まさに奇跡」


ロイは力強く頷く。そして明るく言う。


「カイル様ならあちらの世界でも上手くやっていけるはずです。それはタクマ様と接してみて確信しております」


「そ、そう言われると照れますね。でも確かに、異世界言語も苦も無く喋れますし、

人間関係もカイルの記憶があるので困りませんから、あっちのカイルも俺のふりをするのは難しくないはずです」


俺はロイに同意しながら考えてしまった。

俺のふりをするのは確かに難しくはない。だが、自分の正体を黙っていることは簡単なことだろうか?


他人を演じるということは自己を殺すということだ。

それも一生。

耐えられるのか? そんなストレスに。


俺なら無理だ。

俺がカイルなら、高校卒業して大学進学したら過去の人間関係と距離をとり極力関わらないようにする。

そして地の性格で新しい人間関係を築く。

この方法なら正体は明かせないが、精神的にだいぶ楽になる。


実際に俺もこの方法を採用しようと思っている。

ただ、この街に滞在している間はカイルのふりをするとデイム達と約束した。


なぜなら獣人達の間に動揺が走るからだ。

それだけ獣人の街のために人間の子供が生け贄に捧げられたという事実は衝撃的だ。

この事実を知った防衛隊はカイルのためにこの街を守ろうと奮起するかもしれないし

逆にこの街のために1人の子供の命を奪ってしまったと意気消沈してしまうかもしれない。


決戦を前にどちらに転ぶか分からない情報は開示できない。


デイムはそう結論づけ俺達に沈黙を義務づけた。

俺達は同意し、

異世界召喚が成功にカイルの中身が入れ替わっていることを

俺達5人だけの秘密とした。


いずれはバレるだろう。

だが、それでいい。

バレるのが今でなければそれで良いのだ。

魔狼撃退が最優先。


魔狼を撃退し平穏が戻った頃にカイルの献身を知らされれば

獣人達はカイルに感謝し慰霊碑の1つでも建ててくれるだろう。


その頃になったら俺はカイルのことを知らない新天地に旅立ち、そこで新しい生活を始めているはずだ。

俺はそうする。カイルとして生きてはいかない。

だからカイルも好きにすればいい。


あいつ、真面目そうだったから俺の生き方に倣いそうで怖い。

そしてボロボロになり病む。

俺はそんな事望まない。

だから好きに生きてくれ。


俺は本当にそう思う。


「まあ、それもこの戦いを生き延びたらの話だけどな」


俺は眼前に迫った防壁を見ながら呟いた。




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