054 一年生の不安
夏休み前の期末試験が迫り、皆の授業に取り組む真剣さが増してきている今日この頃。
俺は蒼穹寮の食堂で一年生達と卓を囲んでいた。
夕食も済み弛緩した空気が流れている食堂で、俺達は鈍重な空気に覆われていた。
「一体どうすればいいんだ?」
ネイトが頭を抱え卓に突っ伏している。
「どうすればいいって、行くしかないだろ」
ミックが正解を告げる。
「行ってどうするかって話だろ」
ネイトがミックに食って掛かる。
「招待のお礼言って、食事して、踊るだけでしょ」
ルーシーが正解を告げる。
「それをどう上品にこなすかって話だろ!」
ネイトがルーシーに食って掛かる。
「そうだよね。私、粗相とかしたらどうしよう。処刑?」
ナタリアが不安を口にする。
「処刑はないでしょ。皆をもてなすのが目的なんだから。
多少の失敗は目をつむってくれるさ」
貴族の一員としてナタリアの不安を取り去ろうと発言する俺。
「お前! ……カイル様はお貴族様であらせられる」
俺にも食って掛かろうとしたネイトが急に真顔になった。
「何だよ急に?」
「どうしてお貴族様はこのような行いをされるのですか?」
ネイトが真顔で怖い。
「夏休みの思い出づくりでしょ」
「夏休みの思い出づくりで伯爵家なんか行きたくねーよ!」
ネイトが吼える。
気持ちは分かる。
自分の一挙手一投足に気を配り、目上の人間に気を配り、常に神経をすり減らし続ける苦行。
社交パーティー。
「しかも2回も!!」
ネイトが吼えた後また卓に突っ伏した。
夏休みなのに神経戦が2回も開催される。
主催はフロー伯爵家とアルバーン伯爵家。
どちらも名門といわれている貴族だ。
「覚悟決めなよ」
ルーシーがネイトに諦めるように促す。
「断れないかな?」
辞退を諦めきれないナタリアが活路を求めて足掻く。
「それが一番の失態じゃない?」
ミックがとどめを刺した。
「うおお」
「あぁぁ」
卓に突っ伏すネイトとナタリア。
それを眺める俺、ミック、ルーシーの構図。
「カイルのところはやらないんだよね?」
二人を無視して、ルーシーが尋ねてくる。
フット家も伯爵家だ。
フロー家、アルバーン家と同じように社交パーティーを開いても別におかしくはない。
「フット領は危険地帯だから。
皆の安全を保障できそうにないんだよね」
俺は困り顔で答える。
皆の安全というのは、一年生全員の安全という意味だ。
今回の社交パーティーは一年生全員参加のパーティーとなっている。
参加者が少数なら護衛を付けて送迎することは可能だが、全員となると護衛の人手が足りない。
せっかくのイベントなのに怪我人が出て盛り下がってはつまらない。
というわけでフット領は開催地として不適格なので除外された。
除外したのはモニカ・フローだ。
俺も異議なしなので承諾した。
社交パーティーを開催するにあたり貴族会議が行われた。
ネイト達が頭を抱える今日より前に。
会議室に集まった一年の貴族子弟達。
モニカを中心にあれやこれやと決められていった。
どうやら長期休暇に同学年で社交パーティーを開催するのは例年行事らしい。
この催しは、有力貴族が平民の生徒を集め、彼らに貴族社会を体験してもらおうと企画されたものだ。
彼らは今はただの平民でも将来有望なので、ゆくゆくは貴族とのやり取りが増えていくだろう。
その際、平民の子が場数を踏んでいれば貴族とも円滑な関係が築けるはずだ。
これはネイト達平民にとっては有難いイベントだと思う。
そして開催する貴族にもメリットがある。
暗黙の了解として、平民の躾は、同学年の貴族の義務となっているらしい。
貴族を前にして同学年の平民が粗相をしたら、それは同学年の貴族の躾不足としてとられ落ち度となる。
それを回避するため、平民の子を紳士淑女に育て上げる必要がある。
今回のイベントは貴重な育成の場として役に立つ。
貴族のためであり、平民のためでもある夏の社交パーティーは必ず成功させなければいけない。
そのためには不安がる平民の生徒を貴族の生徒がフォローすることだってある。
今がまさにそれだ。
俺、仕事してるわ。
「屋敷と宿屋、どっち泊まるのが正解なんだ?」
ネイトがぶつくさ呟く。
「どっちでも問題ないって」
ストレスの少ない方を選んでくれという貴族側の配慮だ。
「贈り物は何を持っていけばいいの?」
ナタリアが突っ伏したまま上目遣いできいてくる。
「かさばる物と高価な物以外なら何でも良いらしいよ」
モニカがそう言っていた。
「漠然!」
そう言ってそっぽを向くナタリア。
「贈り物は、地元の領主様に相談してから決めた方がいいじゃないかな?」
ミックが考えながら助言する。
「そう! 領主様との面談もあるんだよ!」
ネイトが顔を上げて吼える。
魔法学校の生徒は地方から出てきている者が大半だ。
夏休みになれば帰省する。
そして送り出した地元領主に上半期の成績を報告しに行く。
帰省は夏休みの初めに行われ、社交パーティーはそれを見越して中頃に行われる。
そのため贈り物の選定に地元領主の意見も加えることができる。
地元をアピールしたいなら特産品を、フロー家、アルバーン家と仲良くなりたいならそれ相応な品を贈呈する。
贈り物に政治的メッセージを込めることが出来る以上、平民の子が選定するより地元領主が選定する方が効果的だ。
「そっか。着ていくものを領主様に相談すればいいんだ」
ルーシーが悩みが一つ解消されたと笑う。
送り出す領主にも面子がある。
「親身に相談に乗ってくれると思うよ」
俺は確信めいた気持ちでルーシーの発言を肯定した。
「そっか。領主様に頼めばいいんだ。希望が見えてきた」
ナタリアが気力を取り戻した。むくむくと顔を上げていく。
「贈り物と衣装さえまともなら、後は大人しくしとけばいいしね」
ミックが及第点の未来を示す。
行儀作法や踊りは、授業の一環として組み込まれている。
そのためネイト達は、ミックの発言に反論しない。
そこそこの振る舞いができると自信があるらしい。
「よーし。取り合えず何とかなりそうだな?」
ネイトが元気よく皆を見渡す。
各々頷いて答える。
「だったら、残る問題は期末試験だな。皆、大丈夫か?」
ネイトがそのまま質問を続ける。
「可もなく不可もなく!」
ミックがやや投げやりに言う。
「うちは上位を狙います!」
ルーシーが楽しげに言う。
「私は全体的に不安だよ」
ナタリアは小声で言う。
「ナタリアは優しすぎるんだよ。もっと攻めなきゃ勝てないよ」
ルーシーが厳しめな声でナタリアの弱点を指摘する。
「うん、分かってるんだけどね。攻撃すると逆に反撃受けちゃって」
「それは中途半端に攻撃するからだって。ぶっ殺す気で打たないと相手はビビらないよ」
ルーシーが物騒なことを言うが的を射ている。
「そういうの苦手で」
ナタリアが弱弱しく告げる。
「もったいない。もったいない。
攻撃は気合だよ。気合!
そしたらもっと上に行けるよ絶対!」
ルーシーは真剣だ。真剣にナタリアのことを想って助言している。
だからこそ言葉が棘を持つ。
「おいおい、そんな簡単に弱点克服できたら苦労しねーよ。
俺は逆に守るの苦手だからナタリア凄いと思うぞ」
ネイトが少女達の会話に割って入る。
「ネイトの場合、打たれたらムキになって打ち返そうとするのがいけないんだよ」
ミックが嘆息交じりに苦言を呈する。
これまでも同じことを何度も言ったに違いない。
「うるさいな。打たれたらムカつくだろ?
ムカついたら攻撃するしかないだろ?」
「暴論!」
「確かにネイトは短絡的だけど、やられたらやり返す! これは正論!」
ルーシーがネイトの主張に同調する。
「そうだよな!」
「そうだ!」
ネイトとルーシーががっちりと手を握る。
イケイケドンドンな二人に完全に呆れた目を送るミック。
「そんな短気で上に行けるわけないだろ」
ミックの苦言はネイト達には届かない。
俺はナタリアの表情を盗み見る。
気弱な視線でネイト達に見ている。
自信がないのは本当だろう。
守り偏重なナタリアは、最近の勝利を目指した攻撃重視の授業の雰囲気に馴染めていないみたいだ。
こればかりは本人の性格によるものが大きいので、頑張れとしか言いようがない。
でもこの場で頑張れとは言わない。
言えば、お前が一番頑張れと言われるのがオチだからだ。
俺は格闘術も剣術も捨てているからよいのだ。
最初から最下位を覚悟している俺に怖い物などない。
できれば最下位から脱出したいが、期末試験はどうなることやら。
とりあえず皆がいい成績を取れるように祈っておこう。