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異世界ソウルチェンジ -家出少年の英雄譚-  作者: 宮永アズマ
第3章 ピカピカの1年生
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053 図書館での勉強会

王国に獣人奴隷が存在することを知ってしまった俺。


無知であることを危険と判断して、只今、魔法学校の図書館で歴史の勉強をしている。

図書館は本を守るために採光に気を遣っているようで、おかげで熱もこもらずひんやりと涼しい。


勉強が捗るというものだ。


幸いな事にこの国は自国の歴史を本という形で残していた。


どうやら200年位前に、人と獣人がこの土地を巡って争い、人が勝利者、獣人が敗北者になったらしい。

そのため、このエンマイア王国は人が支配し、獣人は流浪の民となってしまった。


この辺りは先輩狩人のエレノアが語っていた内容と同じだ。


歴史書にはさらに興味深い記述があった。

獣人の成り立ちについてだ。


獣人は、元は人だった。

魔獣はびこる大地を開拓するために、人は力を必要としていた。

力の受け皿は己の肉体。

魔法による肉体改造で人以上の強さを手に入れようとした人が獣人の先駆けだった。


俺は思い違いをしていた。


人と獣人は、人種が異なるから対立していたのだと思っていた。

だが実際は、肩を並べてこの大地を開拓し幾つもの国を興した同胞だったのだ。


このエンマイア王国もその一つ。

権力闘争がなければ、この国でも人と獣人が今も仲良く暮らしていたと思う。


「やあ、勉強かい?」


誰かが声を掛けてきた。

俺は声の主を見上げた。


「メイソンさん、奇遇ですね。図書館で会うなんて」


メイソン・ミルズ。

顔の良い男だ。

相変わらず気さくで柔和な雰囲気を纏っている。


「そうだね。

ここでカイル君に会うなんて思いもしなかったよ。

だから、つい声を掛けてしまった」


「ははは」


まるで俺が図書館利用が少ないみたいな言い方はやめていただきたい。


「何の本を読んでいるのかな?」


「この国の歴史書ですよ」


「歴史……?」


メイソンはほんの一瞬驚きの色を浮かべた。


返答ミスったかもしれない。


貴族であれば、自国の歴史は一般教養だろう。

修めていて当然。

それを改めて学習している俺は、メイソンから見れば奇異な行為だろう。


「歴史というか、獣人がいつから奴隷になったのか興味がありまして」


「ああ、なるほどね。獣人奴隷については普通勉強しないからね」


謎が解けたとメイソンが微笑む。


メイソンの発言から、獣人奴隷の国勢への影響力の無さがうかがえる。


「仰る通りです。

ですので獣人が元々は人だったとは今日まで知りませんでした」


本当恥ずかしい。

完全に外敵だと思っていたから。


「それは意外だね。

フット領では獣人の存在は身近なはずだから、そういう話も聞いていると思っていたよ」


確かに、カイルの記憶を探れば発見できるかもしれないが、知らないで押し通して問題ないだろう。


「不勉強でお恥ずかしいです。

獣人については、昔いた種族が出戻ってきた位の認識でいました」


「いやいや、気にすることないよ。

人と獣人が枝分かれしたのは、エンマイア王国が成立するより前のことらしいから、カイル君の認識で十分だよ」


「そうですか。有難うございます」


礼を言う俺。

俺を見つめながら、しばし考え込むメイソン。


「こんな情報知っているかい?」


そう言ってメイソンが顔を近づけてくる。

予想外のことに心臓の鼓動が速くなる。


顔の良い男が俺の耳元で囁く。


「南の方で獣人達が国を興そうとしているらしい」


!!


ドギマギしていた気持ちが一瞬で霧散した。


「本当ですか?」


俺も小声で応える。


「本当さ。これが結構な勢力でね。一国の軍隊と渡り合える力があると言われている」


かなりの人数が集まっているようだ。


「いったいどこから?」


「各国から有志を集めたらしい」


やはり他の国には獣人が普通にいるらしい。

この国が例外なのだ。


「各国の反応は?」


「国内に残っている獣人達の監視を強めている位。

獣人の国に対しては遠い国は静観、近い国は警戒を強めている」


想定内の対応だ。

気になるのは、なぜ警戒しているかという理由だ。


「敵対するかも?」


「それは何とも言えないね。

ただ彼らは獣人だけの国を創ろうとしているから、人をどう扱うのか不明な部分がある」


今はいいが、将来、獣人国が人への態度を明確に示した時に戦争が起こる可能性がある。


「フット領近くの獣人にも参集の話が来ていると思いますか?」


サラ達も南に移動する可能性がある。

そうなればフット領の獣人問題は解決する。


「恐らく接触はしていると思うけど、

国創りへの参加の話というより、北の拠点を維持して欲しいってお願いだと思っている。

北に獣人の拠点があると南の獣人も助かるんだ」


何で?


俺は目で訴える。


メイソンは嬉しそうに目を細める。


「なぜかと言うと南の拠点が天覧山脈の麓にあるんだ。

だから彼らが北上すれば……」


「北と南が一本に繋がる」


俺の答えにメイソンは頷く。


不味い。

これは非常に不味い。


サラ達は天覧山脈で生活している。

魔獣の襲撃により犠牲者を出してはいるが定住していると言っていい。


獣人から見れば天覧山脈は開拓可能な土地というわけだ。

時間が掛かるかもしれないが北と南の獣人が天覧山脈の麓を制圧することは実現の可能性が高い。


やろうと思えば出来るのだ。

となれば、既に動き出している者もいるはずだ。


不味い。

デイムはどう対処するつもりだ?

サラ達はどうするつもりだ?


俺だってフット領の獣人問題は争いの火種だと思っていた。

その認識は間違いではなかったが、まさか南の爆弾と紐づいていたなんて思いもしなかった。


どうすんだ?


「カイル君、そんなに思い悩むことはないよ。

この情報は、フット伯爵もご存知のはずさ。

だから何かしらの対策を用意されていると思うよ」


確かにそうだ。

国に歯向かって今まで無事なデイムが無策なわけがない。


「確かにそうですね。

でも僕は知らなかった。貴重な情報をお教え下さり有難うございました」


俺はメイソンに頭を下げる。


国外の情報なんてこの国の上級貴族くらいしか収集していないだろう。

こうしてミルズ伯爵の令息に教えてもらえなければ、俺は知らないまま学校生活を送っていたはずだ。


だが知ったからといってどうする?


カイルの願いはサラ達の街を守る事だった。

だから、魔狼の群れからは守り抜いた。

願いは叶えたはずだ。


「……」


事態が動いた時に、俺はどうしたらいいのだろう。

分からない。


「気になる事と言えば、僕的には夏休み前の試験も気になるんだけど、カイル君は気にならない?」


考え込む俺に新しい話題を振るメイソン。


魔法学校は1年を前期と後期に分けている。

前期が終われば夏休みが始まる。


そして夏休みの前にあるものは異世界でも変わらない。

期末試験だ。


「期末試験ですか……死ななければ重畳かなと」


「弱気だね。魔法科目は一位を取れそうなのに」


魔法は自信がある。


「格闘術と剣術がダメダメ過ぎるので」


俺は弱気の理由を告白する。


この学校は強者を育成するための場所だ。

そのため、技術の習得は勿論のことだが、競争による優劣を評価の重点項目としている。


肉体強化の魔法が使えない俺は、

試験科目の格闘術、剣術、魔法の三科目のうち格闘術と剣術が最下位となるのがほぼほぼ確定している。


貴族なので、留年や退学などはないと思うけど、

どうする? 辞めちゃう? なんて話を放課後、先生にこっそり切り出されたら俺のプライドが死ぬ。


「あ~そこは厳しいかもだけど、魔法科目で一位になれば学年代表戦には出場できるから」


メイソンの口から出た学年代表戦という言葉は、俺の琴線に触れた。


「そう! まさにそうなんです。学年代表戦こそが僕の生きる道! 

ここで勝って僕のボロボロの名誉を回復させるんです!」


俺は代表戦に懸ける意気込みをメイソンに伝える。

学年代表戦とはつまり一年生の中で誰が一番強いか決めようぜという戦い。

参加できるのは期末試験の成績上位者のみ。


俺は格闘術も剣術もダメだが魔法がある。

他の生徒だって得意なもの苦手なものがある。


この学年代表戦は総合能力で戦う実戦に近いものだ。

苦手な分野で戦う必要はまるでない。

得意分野でゴリ押しすればよいのだ。


魔法こそ最強!

格闘、剣が強くても実戦では役に立たないのだ!

それを証明する戦いなんだ!


「ああ、やっぱり悔しかったんだね。

普段負けても平然としているから気にしていないのかと思っていたよ」


何が面白いのか不明だがメイソンが笑う。


「負けたら悔しいですよ。

わめき散らしたりしないのは見苦しいだけだと分かっているからしないだけです」


「やはり立派だな。その歳でしっかりと自制ができるなんて」


俺の実年齢はメイソンより上だが黙って称賛されよう。


「有難うございます。メイソンさんも代表戦出られるのでしょう?」


メイソンは優等生だ。

何事も無ければ出場できるはずだ。


「もちろんそのつもりだよ」


メイソンがいつもの柔らかい口調で答えた。

だがその後が違った。

笑みを抑え真剣な目を向ける。


「出るだけではなくて、優勝するつもりだ。

もし対戦することになったら、その時は正々堂々と戦おう」


誓いの握手を求めてくる。

今まで向けられてこなかった戦意。

本気で優勝を狙っているのだろう。


「正々堂々かは分かりませんが規則は守りますよ」


俺はメイソンの手を握り返した。

メイソンの掌は固く鍛錬を積んでいるのが分かった。


「やはりカイル君は油断できないね」


そう言ってメイソンは小さく笑った。

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