表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ソウルチェンジ -家出少年の英雄譚-  作者: 宮永アズマ
第3章 ピカピカの1年生
51/140

051 剣闘士の闘い

俺は剣闘士の奇異な装いに目をむく。


抜き身の剣。

それを持った剣闘士は、上半身が裸で、下半身は膝丈のズボンを履いている。

そして裸足。


ほぼ裸だ。

これから斬り合いをするのに軽装過ぎる。


頭おかしいぞ。


「あれで闘うんですか?」


俺は、カレン越しにエレノアに問い掛ける。


「防具付けていると試合が長引くから、半裸で闘うらしいよ。頭おかしいよね」


頭おかしいわ。


五体を切り刻む、切り刻まれる事を前提に闘うなんて理解できない。


俺は常識外れの存在を理解できないままを見つめる。


剣闘士二人は舞台を挟んで、素振りや柔軟体操を行っている。

剣闘を前に怯えている様子はない。


観客達がぞろぞろと戻ってきた。


「おっと、審判の人も出て来たね」


エレノアが言う通り、ちゃんと服を着た人が舞台の中央へ上がっていった。


空気が震える。


「次の試合は、中級剣闘士どうしの闘いです」


場内アナウンスが流れた。


「まずはバイロン選手の紹介です。

借金奴隷から始まった当闘技場での剣闘生活。

持ち前の負けん気で勝ち星を積み上げて借金完済。


自由を取り戻した男が何をするかと思えば、剣闘士。

すっかりハマった剣闘でさらなる高みを目指す!!」


勢いのある女性アナウンサーの選手紹介に場内が盛り上がる。


「バイロン、遠慮はいらねー殺せー!」

「首狙え、首!」


品の無い応援が轟く。


「続きましてジャクソン選手の紹介です。

バイロン選手と同じように解放奴隷の剣闘士。

最近二人目の妻を娶り、新婚生活2周目のモテ男。


家族が増えてお金も入用。

そろそろ上級入りも見えてきた今ノリに乗っている剣闘士!!」


「引っ込めジャクソン!!」

「今日こそくたばれーー!!」


場内から罵声が飛ぶ。


これは!?


「バイロン選手に賭けましょう」


俺は本能的に提案する。


「賭けないから。

カイルだって頑張れば2、3人位お嫁さん貰えるんだから、嫉妬するな」


エレノアが手を伸ばし俺の額を指で小突く。


違うんだ。

嫉妬じゃないんだ。

ただ腹立つだけなんだ。


エレノアが、頑張ればと言ったがこれは貴族だけでなく平民も対象に含まれている。

つまり金持っている奴は、男女関係なく甲斐性が許す範囲で異性を囲うことが出来るのだ。


やろうと思えば出来る事に嫉妬なんかしない。

なんか腹立つだけなんだ。

解ってくれ。


「どっちが強いんですかね?」


カレンが場内の雰囲気を観察しながらエレノアに問い掛ける。


応援はバイロンが八割、ジャクソンが二割といったところだ。


「ジャクソンが上級になりそうって言っていたからジャクソンだと思うよ」


剣闘士の強さに然程興味がなさそう声で答えるエレノア。


「そうなんですか」


カレンも剣闘士の強さに興味がないようなので無理に話を広げず終わらせた。


だが俺は違う。

バイロン不利の状況。


バイロン頑張れ!


声にこそ出さないが俺はバイロンを応援することに決めた。


バイロン、審判、ジャクソンが舞台中央で何やら話している。


ルール説明と意思確認だろう。


「さー準備が整ったみたいです」


女性アナウンサーの声が響く。


バイロンとジャクソンが中央で睨み合う。


剣闘は魔法での攻撃も防御も禁止されている。

使用できるのは肉体強化の魔法ぐらいだ。


鍛えた剣闘の技が試される。


審判の始めの声が微かに聞こえた。


どういう闘い方をするのか。

俺は二人の剣戟を静かに観察し始める。


流石に速い。

俯瞰で捉えているので剣筋を見逃すことはないが、対峙したら次の瞬間斬られているだろう。


二人共お互いの側面に回り込もうとしている。

それを阻止するための牽制の斬撃を放つ。


深く踏み込まないのは無防備故か。


剣闘の勝利方法は三つ。


相手を殺す。

相手に深手を与え、相手が試合続行不能と審判が判定する。

相手が試合放棄する。


相手を殺すためには頭か心臓を狙うのが普通だが、切っ先を突きつけられては遠い。

自分から見て相手の一番近い箇所は剣を持っている両手だ。


殺されるリスクを下げ判定勝ちを狙うなら腕を斬り落とすのが一番容易だ。


俺は二人の動きからその狙いを導いた。


攻防は続く。

二人で歪な円を描いていく。


踏み込まない。

狙いは明らかな判定勝ち。

硬直した試合展開。


「殺し合えー!」

「ちんたら遊んでんじゃねえ!」


剣闘士の不甲斐無さに、観客達が罵声を上げ始めた。

罵声の圧力の押されて二人の動きが固くなる。


狙いを否定された剣闘士がどうするのかと固唾を飲んで見守る俺。


さらに速度を上げた。

狙いは腕のままだ。

どうやら二人は早期に試合を終わらせることを決めたようだ。


俺的には、二人の高速剣戟に称賛を送りたい気分だが、


「ふざけんな、殺せ!」

「バイロン、そいつを殺せー!」

「バイローーン!!」


観客は許さなかった。

バイロンにジャクソンを殺すように煽ぎ立てる。


「バイロン!!!」

「殺せーー!!!」


場内の意思は統一された。


マジかよ。民度低すぎでしょ。

俺ドン引き。


観客は他人事だからこそ自分勝手な言葉を浴びせかけることが出来る。

だが、それを浴びる当人は堪ったものではない。


バイロンの踏み込みが深い。

そう思った時にはジャクソンが反撃しバイロンが剣で受けようとしていた。

反撃はフェイント、ジャクソンが舞台スレスレまで身を低くしバイロンの側面に出た。


「あああああああああ!!!」


バイロンの絶叫が響き渡る。


ジャクソンがその場から素早く離れる。


「「「うおおおおおお」」」


場内が大歓声に包まれる。


決まった。

ジャクソンがバイロンの左脚を脛あたりで斬り落とした。


倒れ込むバイロンに審判が駆け寄る。

舞台に血だまりが拡がっていく。


審判がジャクソンに向かって手を上げた。


「決着ーー! ジャクソン選手の勝利です!!」


女性アナウンサーが高々と勝利宣言を行った。


「あああああー」

「うおおおおー」


バイロンに賭けていた観客は嘆き、ジャクソンに賭けていた観客は歓喜している。


ジャクソンが悠々と退場していく。


「早く死にやがれ!」

「次こそくたばれ!」


ジャクソンへの罵倒も忘れない観客達。


入場口から白衣の人達が走って出てきた。


あれが回復魔法士か。


白衣の人達がバイロンの左脚を接合し始めた。

無事に接合できるのか俺はハラハラしながら見守る。


「はあージャクソンの野郎また勝ちやがった」

「ムカつくが安定感あるからな」


愚痴を言いながら席から離れる観客達。


バイロンの治療は続いている。


「バイロンには期待していたのにな」

「仕方ないさ。切り替えて次の試合の予想しようぜ」

「そうだな」


バイロンに一瞥をくれて退席していく観客達。


「ええぇ……」


観客達の切り替えの早さにカレンは驚きの声を上げた後、二の句を継げなかった。


まだバイロンの治療は続いている。


試合が終われば剣闘士には興味がないのだろうか。

自分達が煽って無理攻めしたバイロンに思うところが無いのだろうか。


俺は観客達の軽さに戸惑いを覚える。


「どうだった?」


エレノアが感想を尋ねてくる。


「「……」」


俺もカレンも言葉が出なかった。


「こんなもんだよ。

殺し合いが許されていても実際に一線超えるような試合は少ないから。

お客さんも慣れちゃってるんだよ、手足の一本二本で決着する試合にさ」


ショックを受けている俺達にエレノアが気にするなと励ましの言葉をかける。


「そんなものなんですかね?」


俺は何とか返事をする。


「そんなもんそんなもん」


エレノアが軽い口調で同意する。


「人が大怪我をしたら、心配するのが当たり前だと思います」


カレンが観客達の薄情さを責める。


「当たり前ねぇ。確かに私達にとっては四肢切断は大事だ。

現場に居合わせたら、どうにかして救おうとするだろうね」


エレノアが同意し、カレンがその言葉に頷く。


「でもね」と言うエレノアの視線が鋭くなる。


「それは私達の当たり前であって、この闘技場の当たり前ではないんだよ。

場所が変われば当たり前も変わる。


私達狩人は狩場ごとの常識を理解し、それを利用して生きている。

余所の常識を持ったまま行動すれば痛い目に合う事だってあるんだ」


「剣闘士を心配するのは間違っているということですか?」


「間違いではないよ。

ただ闘技場ではこの位の怪我は心配する必要がないって事を理解していればいい。

ほら、あれ見てよ」


エレノアが指差す。


治療が終わったらしい。

バイロンが白衣の人に肩を借りて退場していく。

時折左足を舞台に着けて歩いている。


本当にここの回復魔法士は優秀らしい。


「治ったみたいですね」


カレンが呟く。


「無事くっついたみたいだね。

ああやって元に戻るのが織り込み済みだから誰も心配しないの。

解ってくれる?」


治るから気にしない。

これが薄情なのか否かは個人の感性に依る。


「理解はできますが、あまり好きではありません」


カレンが眉間にしわをつくる。


「それでいいよ。その場の常識に染まる必要はない。

利用するために理解するんだ。

良い狩人は、その場の常識を把握するのが早いんだよ。

二人にはそれが出来る狩人になって欲しいな」


エレノアが狩人の教えを説きながらカレンの頭を撫でる。


なるほど。

こうやって狩人のイロハを教えていくのか。

羨ましい。


カレンは良き姉弟子をもったようだ。

俺もエレノアが指導役だったら良かったのにと一瞬思ったがすぐに考えを改めた。


今の俺にはエレノアはもったいない。


学生の身分である俺は、彼女の教えをすぐ傍で聴くことが出来ない。

俺は不適格なのだ。

だからこそ、今日ここに一緒に連れて来てもらえて良かった。


貴重な話を聴かせてもらった。


「エレノアさんのご期待に必ず応えてみせます」


俺は感謝の気持ちを込めてエレノアに宣言する。


「お、おう。元気がいい返事だ。でもそんなに気負わなくていいよ」


俺の熱意があまり伝わっていない感じのエレノアの反応。


「わ、私も頑張りますよ。エレノアさん!」


カレンには俺の熱意が通じたようだ。

俺に負けじと宣言する。


「お、おう。カレンも頑張れ。

やっぱり、張り合う相手がいると気合が入るもんだね」


エレノアは嬉しそうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ