050 闘技場に行こう
闘技場は魔法学校がある山の麓に建てられている。
この学術都市に来てから、まだ一度も足を運んだことが無い場所だ。
俺は好奇心のままにエレノアの誘いに乗った。
都市の街路は、歩行者用と馬車用に区分けされている。
人間が全力で走る場合は馬車用の道を走る。
俺はエレノアとカレンの後を追う。
彼女達は当然のように肉体強化の魔法で走力を強化している。
速い。
俺は風を纏い、体を軽くさせて全速力で付いていく。
道なりに進み交差点が見えてきた。
交差点の中央に衛兵隊の隊員がいる。
交通整理のための旗振り係だ。
こちら側の旗がおりている。
止まれの合図だ。
エレノア達は脚力で減速していく。
俺は脚力だけでは止まれない。
だから一手間加える。
前方に風の壁を出現させ、その壁に向かって風を撃ち出し減速する。
スタっと両足を揃えて着地する俺。
どうよ、この華麗な停止技術。
誰に言うでもなく自画自賛する。
「器用だよね」
前にいたカレンが褒めてくれた。
「そうですか? 有難うございます」
「私も練習してみようかな」
「カレンには不要な技術だと思いますが」
「そんな事はない。
出来ないことは出来るようになっておきたいし、
いつか役に立つ日が来るかもしれないでしょ」
前向きな発言をするカレン。
カレンは明るくなった。
出会った当初のカレンは表情が暗くあまり元気がなかった。
思うに、狩人としての自信の無さがカレンの心に影を落としていたのだろう。
しかし、春の間、エレノアに付いて狩りの経験を積み少しずつ自信を深めてきている。
その結果、自分の未熟さを認める余裕と建設的な努力ができる健全さを手に入れていた。
短い髪と相まって男前っぷりが上がったようにみえる。
「手伝えることがあったら言ってください。
僕に出来ることなら何でもしますよ」
「ありがとう、カイル」
カレンが嬉しそうに笑った。
「若人ふたり~、旗上がりそうだから、先進むよ」
エレノアが前進を促す。
「「はい!」」
俺達はまた走り出した。
歓楽地区。
たくさんの飲食店、遊興施設が建ち並ぶご機嫌なエリアだ。
そのため人通りも多い。
雑多な印象のある歓楽地区だが、その奥に進むとスッキリと開けた空間に出る。
「デカい」
感想がこぼれる。
石柱と石材で組まれた美しい壁がそびえ立っていた。
「これが闘技場ですか?」
俺はエレノアに尋ねる。
「う~ん厳密には違うけど、闘技場と言っても間違えではないかな。
この中には高級宿とかもあるんだけど、主役は闘技場だしね」
なるほど。
この石壁はただの壁でしかないということだ。
ならば入口はどこだと見渡すが、すぐに判った。
人の流れができている。それを目で追う。
石壁の根元に入場門がある。
入場門は等間隔にいくつか設置されていて、それに人々が吸い込まれていく。
近くの入場門から入るのだろうとエレノアが歩き出すのを待つ。
見上げるエレノアが真面目な表情で俺達に問い掛ける。
「二人共、人間同士の殺し合いって見たことある?」
「……いえ」
物騒な質問に短く答えるカレン。
「僕もありません」
「そう。だったらそのへん覚悟して観戦してね」
エレノアが静かに微笑む。
含みのある微笑のせいで嫌な想像が膨らんでしまう。
自分が闘わないから気楽な気持ちで来てしまったが、闘技場では剣闘をしているのだ。
気を引き締めていなければ、余計なショックを受けてしまうかもしれない。
「これも狩人修行の一環なんですね?」
「そうだよ」
「分かりました。頑張ります」
カレンも覚悟を決めたようだ。
「よし。では出発」
俺達は門をくぐった。
入場門ではしっかりと入場料をとられた。
エレノア先輩が支払ってくれたので俺の懐は痛まなかった。
ありがとう、先輩。
それにしても、入るだけで金をとられるとは異世界も世知辛い。
そんな闘技場とはどんなもんなんだと場内を見回す俺。
「え~~広っ」
またしても感想がもれてしまった。
広すぎる。
入場門から丁寧に敷き詰められたタイルが奥まで続いている。
その先には円柱の建物がある。
あれが闘技場だろう。
闘技場があるエリアがタイル張りになっているみたいだ。
なぜそう思うかというと、隣のエリアは芝生になっていて、その境が一線引いたようにスパッと区分けされているからだ。
芝生の先には通行止めを示すように低木が植えられている。
俺が広いと感想を抱いたのは、その奥に原生林をそのまま取り込んだエリアがあるからだ。
「それにめちゃくちゃ綺麗」
カレンが呆然と呟く。
ゴミが一つも落ちておらずタイルも綺麗に磨かれている。
「うんうん。二人共良い反応だ。
お姉さん、連れて来たかいがあるよ。
でも私達のお目当ては景色じゃないからね。
闘技場に行くよ」
率先して前を歩くエレノア。
子鴨のように付いていく俺とカレン。
闘技場内部に足を踏み入れた。
外縁部は円形の通路になっていた。
通路は人でごった返していた。
窓口には行列が出来ている。賭札を求めて人が集まっているようだ。
「丁度良い時に来たな。試合の合間だ。今のうちに観客席に行こう」
状況を察したエレノアが人の間を縫って上階段のある場所に歩いていく。
階段を登りきると剣闘が行われる舞台が目に飛び込んできた。
四角形の舞台が、円形の闘技場の中央に設置されている。
舞台が白色、それを取り囲む観客席が黒色。
白と黒のコントラストで、白色舞台の存在感が増している。
「なんか不気味だね」
「そうですね」
カレンが感じる居心地の悪さは、俺にも理解できた。
闘技場に込められたメッセージ、舞台を見ろという主張が強すぎるのだ。
観客席は、まばらに人が座っている。
俺達も適当な席に腰を下ろした。
「エレノアさん、次の試合はいつ頃始まるんですか?」
「審判と剣闘士が揃ったら直ぐに始まると思うけど、その前に、左右にある入場口から剣闘士が出てくるはず。審判はその後」
俺の質問に答えながら入場口を指差すエリノア。
入場口は地下に繋がっているようだ。
地下に控室があるのか?
どういう構造になっているのか想像していると、入場口から剣闘士が出てきた。
50話投稿しました。
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