頼れる魔法使いになりたい
手元の炎は消えてしまった。
だが気にする必要はない。
次の魔法を創ればいい。
「今度は任意の時間まで炎を出し続けるか」
俺は人差し指を向き合わせ、その間で燃える炎をイメージした。
魔素の源泉を捕捉したまま必要な分だけ魔素を取り出す。
「燃えろ」
俺は念じた。
次の瞬間、俺のイメージした通りの炎が出現した。
完璧だな。
出し方のコツは完全に掴んだ。
炎が揺れている。
そのため魔素は消費され続けているが、源泉から補給しているので炎が消えることはない。
「継続性の問題はクリアだな。なら次は」
俺は左手を下ろし右手の人差し指だけで炎を灯す。
問題ない。
「炎の移動もできた。このまま、でかくするか」
どれ位の大きさにするか悩む。
記憶の中のカイルは大人ひとり分位の炎を練習で使っていた。
なら、俺も倣うか。
俺はそのまま炎を大きくしていく。
炎が大きくなる度に手元から離していく。
熱が顔を炙ってとてもじゃないが近くに置いておけない。
炎が十分大きくなるとしばらく様子を見る。
「・・・・・・」
カイルならもう炎を維持できない時間だ。
だが、俺の炎は燃え続けている。
まだ余裕もある。
これで確定した。
俺とカイルは違う。肉体は同じでも魔素保有量は異なる。
それを身をもって証明できたのは大きかった。
後は俺自身にどれだけの魔素があるのか確かめるだけだ。
俺は魔素を消費して炎をでかくする。
人間一人分の大きさが、自動車1台分、さらにバス1台分と大きくなる。
まだいける。
炎は火柱へと成長した。今、2階建ての屋敷の高さを超えた。
火柱がうなり声を上げる。
まだいける。
見上げるほどの火柱が出来上がった。
この高さなら街のどこからでも見えるだろう。
魔素はガンガン減っていく。
だが、魔素の源泉が涸れる様子もない。
「「おおお!!」」
後ろのほうから歓声があがった。
どうやらご満足いただけたようだ。良かった。
俺が後ろを振り返るとデイム達がやってきた。
「どうですか、調子は?」
デイムが話しかけてきた。
「大丈夫です。問題ありません」
俺はデイムに答えながら火柱を消し去る。
「あれほどの火柱を創造して魔素の残量は大丈夫なのですか?」
「え、えっと」
俺は言い淀む。即答できない。
これから魔獣駆除が始まるのだからデイムが魔素の残量を心配するのは当然だ。
俺はデイムに悟られないように密かに魔素の源泉を探る。
源泉に意識を向け波紋も作る。
俺は底に広がっていく波紋に意識を乗せる。
底に向かっていくが深い。深すぎて底が見えない。
俺は横幅を探る事に切り替える。横幅が分かれば、とりあえず調べた範囲の総量が分かる。
だが、分からん。行き止まりはどこだ?
かなり進んだはずだが、まだ先がある感じがする。
これではらちがあかない。
俺はデイムの表情を観察する。茶色の瞳で真っ直ぐ俺のことを見つめている。
デイムは俺の答えを待っている。早く答えないと不信に思われる。
デイムの表情が動く前に回答しなければならない。
「あれ位なら、いくらでも出せますよ」
言っちゃった。
「すごい」
呟いたのは獣人の女の子イネスだ。
イネスは目を丸くしている。素直に驚いているようだ。
すごいのか。あれ位の魔素消費の魔法で賞賛されるのなら残量は気にしなくてもよさそうだ。
さっき調べた範囲の魔素で十分まかなえる。
デイム達もイネスに反論しない所をみると、あの火柱の魔法はそこそこすごい魔法で、それを連発できる魔素量をすごいということだ。
いけるな。戦力外じゃなくて良かった。
俺は安堵の息を吐いた。
「だったら、あの火柱で狼を焼き殺しますか?」
俺はデイムに尋ねる。
「狼は素早い。焼け死ぬ前に走り抜けてしまうでしょう」
「そう・・・・・・ですね。では弓矢主体で戦いますか?」
「そうです。基本的な戦い方は防壁の上から貫通力のある魔法を使い、魔素残量が少なくなったら弓矢に切り替えて戦う。そして魔素が回復すればまた魔法で戦うというものです」
「なら、炎は使いどころが無いですね」
ちょっとガッカリ。
褒められた魔法なので戦場でも使ってみたかったが炎魔法に貫通力は期待できない。
さらに火力が弱い攻撃だと狼の表面だけ焼いて殺しきれないかもしれない。
そうなると近くを通った時に手負いの狼に襲われる危険がある。
炎魔法はダメだな。
「いえ、そのようなことはありません」
デイムが否定する。
「狼達は日が暮れてから街を襲いに来ます。奴らは夜目と鼻が利きますので暗闇でも狩りを行えます。反対に人間は視界が悪いと矢の命中率が下がります。そこで、タクマ様には炎魔法で視界を確保していただき、私達に有利な戦場を創り出すという戦術を採ることもできます」
なるほど、地の利も自らで創り出すのか。さすが魔法、さすが異世界。
「タクマ様は弓を引いた経験は?」
「ありません。引けないと困りますか?」
「先ほども申しましたが弓矢は魔法が使えないときの補助武器として使用しますので魔素の枯渇を心配しなくてよいのなら使う必要はありません」
そう言われると困る。
俺は眉根を寄せる。
俺の魔素が枯渇するとは思えないから弓矢は不要だが、魔素がいくらあっても狼を倒せなければ意味が無い。今俺に必要なモノは狼を高確率で仕留める事ができる攻撃魔法だ。
貫通力があって連発しやすいようにイメージしやすいもの。
「水、いや氷だな」
俺は独りごちると水玉を創造する。
突然魔法を発動させたのでデイム達は一瞬驚いたが俺の意図を察して静かに水玉を見つめる。
まずは水玉を引き延ばす。
俺はイメージのままに念じる。
水玉は重力に引っ張られるように一本の棒状に変化した。
そして両端を鏃、矢羽に変化させる。
「後は凍らせて」
俺は念じる。
水の矢は鏃から白くなっていく。
そしてじわじわと矢羽に向かって凍っていく。
「これで完成。どうですか?」
俺は氷の矢をデイムに手渡す。
受け取ったデイムは矢を矯めつ眇めつし吟味してくれた。
「形状はいいですね。問題は貫通力ですが・・・・・・」
「了解です」
俺はデイムから受け取った矢を空中に浮かせる。
さて、目標はどれにするか。
と思ったが他人の庭にあるものを狙撃してはいけない。
俺は思い直して自分で目標物を創造する。
20メートル先に四角形の氷塊を出現させた。
「では行きます」
試射を宣言する。
俺は右手を拳銃のポーズにし人差し指を氷塊に向ける。
指に連動するように矢もその線上に並ぶ。
できるだけスピードをつけて発射させる。
そのために矢が何処を通過するか決める。
俺は矢の軌道をイメージできたので魔法を発動させた。
風切り音が鳴りその直後に硬質な音が弾けた。
「おお」
俺は自分の成果に我知らず声が漏れた。
氷の矢は氷塊のど真ん中に命中している。
判定はどうだ、俺はデイム達に顔を向ける。
「お見事です。十分な威力でした」
デイムが拍手しながら合格だと言ってくれた。
傍らに居るロイも拍手している。俺に向ける視線も幾分か柔らかくなっている。
イネスはサラの手を取って笑顔を浮かべてサラも小さく笑っている。
俺は武器を手に入れたと確信した。
これで戦える。
「良かった。これでこの街は救われる。ありがとうございますタクマ様」
イネスが感謝の言葉をくれる。
「ちょ、感謝するのは早すぎますよ」
俺は慌てて否定する。まだ狼達と戦ってもいないのに感謝されても困るだけだ。
「そんなことありません。先ほどから拝見していた魔法はどれも素晴らしいものでした。そして何より素晴らしいのはあれらの魔法を放った直後なのにもかかわらず平然としているその余裕です」
イネスは熱の籠もった言葉を口にしながら俺に迫ってくる。
おい、何で近づいてくる!?
俺は逃げるわけにもいかずイネスの接近を許す。
イネスは素早く俺の右手を掴むとそのまま両手で俺の右手を包み込んだ。
柔らかい。
密着した掌からイネスの体温が伝わってくる。
おおおおおお落ち着け。取り乱すな。
ここで醜態を晒せば頑張って上げた評価が下がってしまう。
それだけは避けなければならない。
俺は表情を引き締めポーカーフェイスを作る。
視線はイネスの目に固定する。
黒い瞳だ。
サラもそうだが獣人は黒髪黒目で顔立ちもどことなく日本人に似ている。
だからこそ頭の上についている獣耳が違和感マックスで頭が混乱しそうになるのだ。
「魔素はまだまだ余裕があるのでしょう?」
口調こそ疑問形だが、その眼差しがはいと答えてくれと訴えかけてくる。
期待の眼差しだ。
俺は皆がすがった最後の希望だ。
それに応えるのが俺の異世界生活第1歩目だ。
「余裕ですよ。狼が100頭、200頭襲ってきても返り討ちにしてみせますので心配しないで下さい」
俺は出来るだけ優しい口調を心がけた。
「よろしくお願いします」
イネスは納得したのか頭を下げて手も離してしまった。
「タクマ様、私達は夕方まで仮眠を取りますが、タクマ様はいかがされますか?」
デイムが俺達のやりとりが終わったタイミングを見計らって話しかけてきた。
仮眠か。
俺は空を見上げた。太陽は中天からだいぶ離れている。
日が暮れるまで3,4時間だろうか。
それぐらいの時間なら寝るより魔法の練度を上げた方が断然良い。
何せこちらは魔法初心者なのだ。練習したら練習しただけ強くなるスタートダッシュ期間だ。
寝るより強くなった方がデイム達の力になれる。
「俺は眠くないので、皆さんは休んできて下さい」
「そうですか、ではお言葉に甘えて」
デイム達は一度頭を下げ屋敷に戻っていく。
俺はその背中を見送った。
「さて、マルチロックの練習でもしようかな」
俺は新たな魔法を手に入れるため練習を始めた。