049 仕事をくれない親方
今日は魔法学校はお休みである。
学校が休みの日に、俺が何をしているのかというと狩人修行である。
なんせ半人前なので実績を積む必要がある。
魔鳥駆除の後は、全くと言っていいほど仕事をしていない。
冬という季節柄、人も魔獣も活動範囲が狭まり遭遇数が少なくなったので、駆除依頼そのものが少なかったからだ。
だが今は春。
いや陽気も日々暑さを増し、初夏の訪れを予感してしまう。
人も魔獣も活発に動き出している。
駆除依頼も増えてきているはずだ。
今こそ絶好のチャンス!
というわけで、仕事を貰うために狩人ギルドにやって来ました。
2階には、アーロン組の事務室がある。
「アーロン親方、仕事ないですか?」
「ねぇよ」
「……」
アーロンのすげない返事に呆然としてしまう。
「どうしてですか?」
俺の問い掛けに、事務机で書類に目を通しているアーロンが素っ気なく答える。
「お前さんとマーカスの予定が合わないからな。割り振る仕事が無いんだよ」
なるほどね。
納得の答え。
学生兼狩人見習いの俺。
狩人兼剣闘士のマーカス。
二人の生活が違い過ぎて、一緒に仕事ができる日が無いのだ。
「兄弟子には、僕の休みの日に仕事を受けるようにお願いしているのですが?」
「そうなのか? だがそんな話は聞いてないな」
アーロンがちらりと俺を見たが、すぐに書類に目を落とした。
事務仕事が似合わない男だ。
狩りで鍛え上げた肉体が椅子の上に大人しく座っている様子は違和感しか覚えない。
親方も現場出たらどうですかと思わず言いたくなる。
アーロンが現場に出ると皆が困るので自重するが。
アーロンの仕事は、組員の仕事の割り振りだけでなく、
その前段階の狩人ギルドに来た依頼に対して、他の親方衆と協議して依頼を受注することも含まれている。
また親方衆との情報交換で学術都市周辺での、獣の目撃情報、被害情報を収集し、組員に通達することも仕事の一つだ。
情報と依頼の窓口がアーロンだ。
だから、アーロンにはギルドにいてもらわないとギルドも親方衆も俺達も困るのだ。
50歳過ぎのアーロンだが、まだまだ現場仕事は熟せる実力はある。
にもかかわらず現場は後進に任せ、親方業に専念してくれている。
良い親方で巡りあえた。
巡りが良すぎて兄弟子は嫌な奴になってしまったが。
腹立ってきたな。
俺のお願いはマーカスに無視されたようだ。
マーカスという冷血漢によって俺の狩人人生が閉ざされそうとしている。
俺は事務室を見渡す。
兄弟子のマーカスはいない。
やって来る気配すらしない。
「指導役、マーカスさんからどなたかに替えていただけませんか?」
これでしょ。これが一番の解決策でしょ。
「だめだ。替える気はない」
断られた。
マジで俺の狩人人生が停滞してしまう。
暢気さと余裕が消え、俺は焦る。
「どうしてですか?」
アーロンは書類から目線を上げる。
「狩人は命懸けの仕事だ。
見習い一人預かるだけで死ぬ危険度が増す。
その上で、二人共も生きて帰ってこなきゃいけないから責任も重い。
命を預かるのはしんどいからな。
指導役になりたがる奴はそういない」
「マーカスさんはよく引き受けましたね」
「俺が押し付けたからな」
親方命令か。
「どうしてマーカスさんを指名したんですか?」
マーカスは俺のことを嫌っている。
俺もマーカス嫌いだし、相性的には最悪の組み合わせだ。
相性で選んだわけではないとすると、アーロンは何を基準に選んだのだろうか。
「指名の理由か。
マーカスは狩人の仕事をやらずに、闘技場に入り浸っている。
あいつに見習いを付けても、仕事しねぇから実際のあいつの負担はゼロだ。
だから俺はあいつにお前さんをあてがった」
負担がゼロだからマーカスを選んだ。
それならばマーカスも嫌々ながらも引き受けるだろう。
マーカスはね。マーカスはそれでいいだろう。
俺は?
「親方は最初から僕に仕事をさせる気はなかったということですか?」
アーロンが指を組む。
ゴツイ拳を組んでいるので岩のように見える。
「そうだな。その通りだ。
俺は、12、3歳のガキを現場に出す気はない。
だから、お前さんのギルド加入も最初は反対していた。
だが、ギルド側からすれば貴族様のお願いは無下にはできないからな、仕方なく受け入れた。
さっきも言ったが狩人は命懸けの仕事だ。
ガキのする仕事じゃないんだよ」
良識的な大人の意見だ。
俺のことを想っての対応というわけだ。
貴族の立場を利用して我儘を通したのはこちらの方だ。
独立のために早め早めに準備しようとした事が、アーロンに心労を掛けていた。
申し訳ない。
仕事を以って恩返し出来れば良かったが、学業優先の立場では、それも出来ない。
「……」
俺は何も言えなかった。
アーロンの言葉は続く。
「それに、お前さんの本業は学生だろ。
卒業する頃には、15歳になっているだろうし、それから見習いやっても遅くはない。
っていうかそれが普通だ。
お前さんはまず学業に専念するのが筋なんじゃないのか?」
俺が思っていたことと同じ指摘をアーロンがするので、俺はますます沈黙する。
「……」
アーロンは頭を掻き小さく息を吐く。
「お前さんが遊び半分で狩人になったわけじゃないっていうのは分かっている。
魔鳥駆除の時もお前さんは最後まで逃げなかったからな」
アーロンが優しい言葉をかけてくれるが、その発言に疑問が湧く。
子供には仕事をさせる気がないアーロンが、なぜ魔鳥駆除に俺を参加させたのか?
「僕を試したんですか?」
アーロンは一瞬言い淀んだが、
「試したといえば試した。だが人手が欲しかったのも事実だ。
お前さんが途中で逃げ出すことも想定していたし、それでも良いと思っていた」
舐められたものだ。
「悪かったとは思っている。だが必要なことだった。
土壇場で逃げ出すような奴を仲間に入れるわけにはいかないからな。
肝が据わっているか確認する必要があった。
結果、お前さんは逃げなかった。
立派な狩人だった。
だから気を悪くしないでほしい。
俺はお前さんの事をちゃんと仲間だと認めている」
試されたのは仕方ないと思う。
アーロンの言う通りだ。
それに頑張りが認めらるのは嬉しい。
それを親方本人から言われるのはなお嬉しい。
「それでは仕事をください」
調子に乗って催促してみる。
「だから無いって言ってるだろ。
魔鳥の時のようにヤバい時は応援頼むから、その時気張ってくれ」
言質は取った。
ここらが引き時だな。
「承知しました。その時は必ずお声掛けください」
「分かった。分かった。その時は声掛けるから、今日はもう帰れ」
俺の相手をするのが面倒になったのかアーロンがうんざりした顔で、しっしっと手で払いのける仕種をする。
俺はアーロンの前から辞する。
「カイル」
エレノアに呼び止められた。
その後ろにはカレンもいた。
暖かくなったので、二人の装いも薄手のものに替わっている。
狩人らしく下はズボンを履いている。
「これから闘技場に行こうよ」
俺は突然のお誘いに戸惑う。
「え? 闘技場ですか? 何をしに?」
「マーカスが何しているか見に行くの」
エレノアが悪戯小僧のように笑った。




