048 剣術の授業
やれやれ憂鬱な剣術の授業が始まる。
現実世界の剣道が屋内で行われるのに対して、こちらでは屋外で行われる。
場所はいつもの訓練場。
武器は、両刃タイプの木剣。
防具は、金属製の全身鎧。
木剣に対して金属鎧である。
この辺から木剣の威力を察して頂きたい。
「素振り始め!」
剣術担当の先生が号令をかけた。
名前はルシアン・イング。
髭を蓄えた40代位の男。
生徒達が一様に木剣を振り始めた。
「目の前の敵をぶっ殺すつもりで振り抜け!」
ルシアンの激しい声が飛ぶ。
生徒達が一斉に力強く動き出し、訓練場に響く風切り音が大きくなる。
ふぇぇ口悪いよ。
ここエリート校じゃないの?
ルシアンは物騒な単語をバンバン出してくる。
だが、生徒達はその事を受け入れている。
つまり、おかしいのは俺の方というわけだ。
おかしいとは異端という意味ではなく、認識が浅かったという意味でだ。
ここは兵士を育てる機関だ。
そして兵士とは暴力装置だ。
人だって殺す。
今やっている訓練だって人殺しの訓練だ。
皆それを理解しているから、抗議の声を上げない。
俺がその本質から目を逸らしたいだけだ。
ルシアンは誠実だ。
お前達は今、人殺しの技を鍛えているのだと大声で伝えてくれている。
自分に人殺しが出来るのか不明だが、強くなるために、俺は木剣を強く振り抜く。
俺がブンと振る。
周りの生徒達はビュンビュンビュンと振っている。
「……くっ」
完全に周回遅れです。
「まだまだ振れんだろ! 根性見せろ!」
ルシアンが活を入れる。
皆がパフォーマンスを上げてくる。
俺も頑張って木剣を振る。
ブンブン
ビュビュビュビュビュビュ
無理ゲー! マジ無理ゲー!
付いていけねーよ!
地団太踏んで叫びたい!
素振りのタイミングは個人個人の自由だ。
別に周囲と合わせる必要はない。
だが平均的な実力というものがある。
俺は平均以下なので、もうすごく目立つ。悪目立ちする。
明らかに周囲より素振りの回数が少ないので、俺だけさぼっているように見える。
それがツライ。
事情を知らなければ、ふざけて手を抜いていると怒られるレベルだ。
事前に肉体強化が出来ないことを申告していて本当に良かったと思う。
ルシアンは、俺の周囲から浮きっぷりを見ても何も言わない。
有難い。理解ある先生で良かった。
先生に恵まれたのは良かったが、辛い事には変わらない。
早く終われよと念じながら木剣を振り続ける。
「よし素振り終了!」
救いの声が響いた。
俺はすぐさま息を整える。
酸素が欲しい。
「ふーー、ふーー」
「次は打ち込みだ。二人一組を作れ」
次の課題が言い渡される。
俺は息を整えながら組んでくれそうな相手を探す。
男子も女子もガチ勢は俺の相手をしてくれない。
そのため俺の相手はエンジョイ勢となるのだが、エンジョイ勢は貴族の令嬢しかいない。
勇気が必要だ。
いつだって、ご令嬢の輪の中に突入する時は、勇気が必要なのだ。
俺は歩き始める。
エンジョイ勢の令嬢達が誰と組むか言葉を交わしている。
二人一組が完成する前に、あの会話に参加しないと詰む!
「僕も参加してよろしいですか?」
俺は笑顔を張り付けたまま問い掛ける。
令嬢達の視線が俺に集まる。
緊張の一瞬。
俺はきょどらないように頑張る。
「ええ、よろしいですよ」
ユーニス・ヘインズビーが柔らかい笑みと共に迎え入れてくれた。
天使。マジ天使。
「有難うございます。ユーニスさん」
俺は礼を言い、組決めに参加させてもらった。
ユーニスを相手に俺が木剣を振り、ユーニスが木剣で受け止める。
カンと乾いた音がする。
「では次、下段で」
「はい」
ユーニスが木剣を下げ、俺はそこに打ち込む。
「次、右」
「はい」
ユーニスが木剣を右にスライドさせる。
俺から見て左下段。
俺は指示に従い木剣を振る。
それからしばらくユーニスの指示のもと打ち込みを続ける。
きついが楽しい。
指定された場所を間違えないように正確に打ち込む。
ユーニスの体に当たらないように気を付けなければならない。
鎧を着こんでいるので怪我をする危険はないが、だからといって当てていいわけではない。
俺なら、ちゃんと指定の場所に打ち込んでくれるというユーニスの信頼を裏切ることは出来ないのだ。
相手の木剣に打ち込むという訓練は、準備運動みたいなものだ。
この準備運動中に相手の力量を量り、どの程度の打ち合いが出来るのかを推察する。
準備運動が終われば本格的な打ち込みが始まる。
的が相手の肉体になる。
相手は防御のために木剣を差し込んでくる。
攻め手は、そのまま打ち込んでも良いし、狙いを変えても良い。
ガチ勢は既にそのレベルで訓練をしている。
でもエンジョイ勢はそんな事はしない。
鎧を着ていても木剣が当たれば痛い。
痛いことはしない。
それが主人の付き添いとして参加している令嬢達のスタンスなのだ。
そのため令嬢達の金属鎧には凹み一つない。
令嬢達の授業態度は不真面目といえば不真面目だ。
でもルシアンは何も言わない。
さすがはエリート校の先生、エンジョイお嬢様方の立場をよく理解して弁えているのだろう。
授業の最後は模擬戦だ。
攻守が激しく入れ替わるので熱戦になりやすい。
「おらああ死ねや!」
「テメェがくたばれ!」
訓練場のあちこちで暴言が飛び交っている。
本気ではない。
ただ興奮しているだけだ。
……そうだよね?
こんな感じで喧嘩腰に訓練をしていたら対人関係が悪化するのではと心配になってしまう。
俺とユーニスも模擬戦を行っていたが、俺が動くのを止めたので
「殿方の戦いは激しいですね」
ユーニスが感想を口にしながら構えを解いた。
「そうですね」
俺も木剣を下ろし会話を続ける。
エンジョイ勢の模擬戦は、攻守は入れ替えるが、的はあくまで木剣なので穏当な雰囲気の中で行われている。
途中で休憩するのもアリだ。
ガチ勢とは大違い。
「くたばれメイソン!」
聞き覚えのある令嬢の勇ましい声がした。
「「……」」
俺とユーニスは顔を見合わせる。
「口が悪いぞモニカ!」
メイソンの諫める声がする。
声のした方向から察するに、訓練場の中央あたりにいるようだ。
貴族の令嬢として口が悪いのは問題があるような気がする。
「大丈夫なんですか?」
主人の暴走を止めなくてよいのかと、ユーニスに尋ねる。
「モニカ様は、戦場での作法も修めておいでです」
ユーニスは平然と答える。
え?
まさかの容認発言に驚く俺。
口が悪いのも戦場ではご愛嬌ということなのだろうか。
「……」
それもそうかもと納得しかける俺ははたと気づく。
戦場での作法……つまりモニカは戦場に出る覚悟があるということに気づき二度驚く。
「どうして?」
「フロー家の一員として、領民を守護せんとする使命感以外に理由はありません」
「令嬢がわざわざ出る必要はないのでは?」
どんだけ人材不足なんだよとツッコミを入れたい。
「モニカ様は、フロー家の中でも指折りの実力者でいらっしゃいます。
強き者が先頭に立たなければ人は付いては来ません。
そのためモニカ様は先陣を駆る者として常に鍛錬を行っておいでなのです。
領主家とはそういうものだと思うのですが、フット領は違うのですか?」
小首を傾げるユーニス。
「えーそうですね。うちの祖母も危険の場所には率先して赴きますので、考え方はフロー家と同じなのだと思います」
「やはり、領主とは斯くあるべき、ですよね。
フット伯爵様は、己の実力を以って、魔獣の進行を抑え王国から領土を切り取った女傑。
その生き様は、貴族の婦女子の憧れです。
カイル君の御祖母様は、モニカ様が指針として仰ぐ数少ない御方なのですよ」
ユーニスはデイムについて熱く語る。
ちょっと興奮したユーニスは、ちょっと可愛くてちょっと対応に困る。
デイムが格好いいのは認める。
だが、貴族の令嬢がデイムを目指すというのは一抹の不安を覚える。
あんな元気なお婆ちゃんがたくさんいたら、この国転覆すると思うけど大丈夫?




