046 モニカの実力
「カイル君」
もうすぐ出番だというのにモニカ・フローが俺に声を掛けてきた。
「何でしょうか?」
「良い魔法使いに必要なものは何だと思いますか?」
ローラ・アトリーと同じ質問を投げかけてきた。
想像力も魔素も技術力もどれも必要だと思う。
でも、回答が全部、ではモニカも納得しないだろう。
強いて挙げるなら、
「諦めないど根性です」
「……正気ですか」
モニカが真顔で詰めてくる。
怖い。
美人の真顔怖い。
でも回答は訂正しない。
想像力、魔素量、技術力。
モニカは、このどれか一つを答えてほしかったのだろうけど、
やはり一番大事なのは、絶望を前にしても折れない心だ。
戦う意思があってこそ、はじめて魔法はその真価を発揮すると俺は思う。
モニカは小さく嘆息する。
「根性でどうにかなるなら皆さん失敗していませんよ」
た、確かに、具体例を出されたら反論できない。
「では魔素量だと」
「ええ。私はそう確信しています。
起死回生の魔法を生み出す想像力も、それを実現させる技術力も一朝一夕で身に付くものではありません。
もちろんそれが出来るなら最高ですし、私達駆け出しの魔法使いが目指すべき理想であることは認めます。
ですが理想は理想……」
そう言い残すとモニカは前へと歩き出す。
「ではモニカさん、準備が出来たら始めてください」
ローラが開始の声を掛ける。
俺からはモニカの背中しか見えない。
どうするのかお手並み拝見と訓練場を注視する。
モニカの目の前の地面から炎が立ち上がる。
立ち上がると同時に炎が奔り訓練場を覆い尽くした。
普通の炎だ。
その炎が空気を喰うように上へ上へ昇っていく。
ただの炎だ。
生徒達の中からざわめきが起こる。
「嘘だろ!?」
「あのままいくのか?」
「課題と違うだろ!」
炎は、人の背丈を超え、さらに昇っていく。
どれだけの魔素を注ぎ込んでいるのだろう?
炎を維持しつつ成長させるには大量の魔素が必要なはずだ。
モニカは現在進行形でそれを実践している。
どれだけの魔素を保有しているのか彼女の背中からは窺い知ることは出来ない。
俺が驚いているうちに炎の壁、いや炎が塊が訓練場を占拠してしまった。
ご立派である。
パチパチパチ。大きな拍手が起きる。
「凄い、凄いです!」
ローラが目を輝かせながら手を叩いてる。
「流石ですね、モニカさん。これ程の大魔法久しぶりに見ましたよ。
いやー良いもの見た。圧巻ですね」
「有難うございます。先生」
モニカが炎を消しローラに一礼する。
「流石、将来は宮廷魔法士と噂される実力。羨ましいほどの魔素量ですね」
テンションの高いローラがモニカの実力を絶賛する。
「有難うございます。
ですが課題内容に反した魔法を行使してしまいましたが……」
怒らないの? というモニカの言外の質問に対して
「問題ありません。力押しも正解の一つです」
「……そうですか」
興奮したローラに、どこか拍子抜けした表情を浮かべるモニカ。
ローラに説教されたら論破してやろうと身構えていたのかもしれない。
怖い女だ。
「「さすがです。モニカ様」」
すまし顔で戻ってきたモニカに、ユーニスとワンダが拍手を送る。
「ありがとう二人共」
微笑で答えるモニカ。
そして俺に視線を向ける。
「どうでしたか?」
圧倒的な魔素保有量があってこその力押し。
これに勝る魔法がございますかと目が言っている。
「素晴らしかったです。あれ位凄い魔法ができたら宮廷魔法士になれるんですね」
含みなく俺はモニカを称賛する。
最高の炎だった。
他の生徒の表情を見てもモニカの魔素量は別格のようだ。
「宮廷魔法士になるのは私の目標ですから、同世代の方に負けるわけにはいかないのです。
当然貴方にもね、カイル君」
真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。
ライバル視されているようだ。
困ったね。
俺は狩人志望なんだが。
「次、カイル君」
ローラに呼ばれたので、はいと答え前に出る。
さて、どうするか。
モニカと同じことをしても面白くない。
「うーん……」
しばし悩んで、俺は四角形の炎を訓練場に描くことにした。
それをそのまま上へと伸ばしていく。
生徒達の中からざわめきが起こる。
「おいおい、あれって!?」
「あのままいくのか?」
「課題と違うだろ!」
炎は、人の背丈を超え、さらに昇っていく。
四つの炎の壁が俺達の目の前に出現した。
おまけで上方も蓋をして、炎の檻の完成だ。
「どうですか、先生?」
お伺いを立ててみる。
「うーん、そうですね……」
口元に手を当て考え込むローラ。
「ここまで手を抜かれると課題を出した側としてはモヤっとしますが、
相手を欺く手段として捉えれば、外側だけ炎を創るのもアリといえばアリですね」
判定はギリセーフっぽいな。
良かった。
安堵が表情に出ないように注意しながら炎を消す。
「アトリー先生!」
険のある声が上がる。
男子生徒が挙手している。
「この課題は、足りない魔素を炎を工夫して魔法化することが狙いのはず。
それなのに彼らは炎に工夫らしい工夫を施していません。
それでも彼らは合格なのですか!」
男子生徒の批判は的を射ている。
納得していない生徒達が男子生徒と同じように不満げな顔をしている。
主に課題に失敗した生徒達だ。
気持ちは分かる。
彼らはローラのヒントを素直に受け取り、技術的に難しい魔法を実践して失敗した。
それに対してモニカと俺はローラのヒントを無視したうえに、技術的に簡単な魔法で合格してしまった。
真面目に取り組んだのに、それを馬鹿にしたような結果となってしまったのだ。
不満の一つや二つ言いたくなるのも無理はない。
「貴方が言うように、私が伝えたかった事は工夫することです。
ですので、炎の質を変化させるのも解決方法の一つであって、他の方法でも問題ありません。
私は、皆さんがどういう回答するのか見たかったのです。
それともう一つの意図として、想像することの難しさとそれを実現させるには技術力が必要になることを身をもって知ってもらい、今後の授業に意欲的に取り組んでほしいという意図もありました」
「……」
男子生徒は何も言えなかった。
ローラが出した課題は、訓練場を覆い付く炎を創ること。
炎への条件付けは何もなかった。
それを分かっているから何も言えないのだ。
生徒達を見渡し小さく頷くローラ。
「この課題は、これで終わりにしましょう」
生徒達から戸惑いの声が上がる。
まだ全員が参加したわけではない。
「心配しないで下さい。
この課題は遊びのようなものなので、成績には影響しません」
今度は安堵と不平の声が上がった。
やり損だ。
「すみません。ちょっと意地悪でしたよね」
ローラがにへらと笑って謝罪する。
ブーイングする生徒。だが剣呑さは消えていた。
どうやら丸く収まったようだ。
俺は元にいた場所に戻る。
「あれだけ横着すれば、他の生徒から文句言われるのも仕方ないですよ」
待ち構えていたモニカからお小言を貰う。
モニカは、魔素を大量消費する解決方法を示した。
だから俺は、魔素を最小消費する解決方法を示そうと思っただけだ。
「解決方法は多い方が良いかなと思って」
俺の回答にモニカが目を丸くする。
「……お人好し過ぎると自分が損をしますよ」
「そうですかね? 僕から見ればモニカさんの方が損したような気がしますけど?」
モニカは、回り道しろよって課題を真っ向からぶち抜いてみせた。
やったら一番カッコイイし、一番気持ちいいやつだ。
だが、やられた側から見ればただの示威行為だ。
一言でいえば、嫌な奴だ。
同学年に嫌われるのは損だろ?
俺は言外に問う。
「嫌われても構いません。
実力者が力を示し周りが畏怖する。そうすることで秩序が生まれるのです」
モニカはさも当然のように言ってのけた。
冷徹な実力主義。
弱肉強食上等な覚悟。
そういう思想があるのは知っている。
だが、俺が驚いたのそんなことではない。
俺が驚いたのは、モニカが自分が上位者であると誇ったことだ。
なんという傲慢。
現実世界でも傲慢な人間はいた。でもそれは対人関係だけだ。
人間個人はか弱い存在なので、病気にも怪我にも自然災害にも敵わない。
だから、現実世界では傲慢を体現できる人間がいなかった。
だがここは、異世界。魔法がある世界だ。
人間個人が魔法によって強くなる世界だ。
だから、この異世界では傲慢を体現できる人間がいる。
その1人がここにいる。
モニカ・フロー。
宮廷魔法士を目指す才媛。
俺はモニカという人間を何となくだが理解できた。
こいつ、友達少ないタイプだ。