044 入学式からの帰路
疲れた。
顔の筋肉が痛い。
想像以上にいっぱい喋った。
強張った表情筋を両手で揉み解す俺。
「ははは、だいぶお疲れのようだね」
デイムが可笑しそうに笑う。
「疲れましたよ」
俺は力無く答える。
親睦会は盛況のうちに終わった。
今はその帰り、馬車の中でデイムと二人っきりだ。
それにしても凄いものを見た。
マジでビビったのが貴族の社交性の高さだ。
モニカとメイソンに連れ回されておまけのように挨拶をしていたが、あいつらマジで親睦会に参加した新入生全員と挨拶を交わしていた。
既に出来上がっている会話の輪の中にも躊躇なく突っ込んでいく姿には震えを覚えた。
そのうえ、モニカやメイソンだけでなく他の貴族の子弟も積極的に交流を図ろうとあちらこちらと動き回るので会場は活気に満ちていた。
親睦会なんて、気まずい沈黙をやり過ごすための訓練の場だと思っていたのに、ふたを開けてみれば真反対の展開で驚いてしまった。
今でも驚いているから、これがカルチャーショックというものなのだろうか。
「あそこまで熱心に声を掛ける必要あるんですか?」
俺は驚きの混じった声でデイムに質問する。
「あれは貴族の習性みたいなもんさ。
上位の人間が率先して話しかけないと会話が生まれないからね。
それに場が潰れてしまえば、その責任はそいつらが負うことになる。
話題を提供できない奴だとか教養の無い奴だって感じでね。
そういうダメな奴だと思われたらお呼びが掛からなくなるから、皆必死になるのさ」
貴族辞めたくなる話だな。
会話スキルが必須なんて。
俺のうんざり顔を横目にデイムが話し続ける。
「貴族の集まりは情報収集の場でもある。
景気の良い奴悪い奴、そいつらが次に何を狙っているのかとか聞き出して自領の内政に役立てる。
そういう情報は参加してこそ得ることが出来るからね。
だから皆、社交界から除け者にされないように必死に頑張るんだよ」
おかげで私も顔が痛いよと顔を揉むデイム。
情報収集は大事だよな。
時流に乗れば裕福になり、乗り損なえば貧乏になる。
その分かれ道を見極めるために貴族は集会に参加しているのだろう。
「でもお祖母様は、そういう集会に参加されていませんよね?」
デイムはフット領にいる。
集会のためにフット領を留守にするイメージもない。
「参加しないよ。嫌いだからね」
顔を揉みながらのシンプルな回答。
やはりイメージ通りだった。
だが大丈夫なのか? 集会の重要性を説いたばかりだろ?
それでフット領は大丈夫なの?
俺の不安を見透かしたようにデイムは口角を上げる。
「大丈夫だよ。重要な会議は王都で開かれる。そこには名代を立ててるから滅多な事にはならないよ」
王都か。
俺もデイムも極力関わらないのがベストだ。
デイムが俺を召喚をしたことが王都にばれたら二人とも死刑になる。
名代がいるならデイムが王都に行くこともないだろう。
「ばれてません?」
「今のところはね」
何がとは言わないが、さすが共犯者。デイムは静かに答えた。
俺の存在を怪しむ奴はいるだろうが、証拠はないのだ。
俺達が秘密を白状しない限り窮地に陥ることはない。
「なら僕は普通に学校生活を楽しみますね」
「それがいい。友達を沢山作るといいよ」
「皆さん年上で気が引けますけどね」
乾いた笑い声が出る。
「黙っていても向こうから話しかけてくるから気に入った相手を友達にすればいいさ」
簡単に言ってくれるぜ。
俺は親睦会での奴らの立ち回りに完全にビビっている。
付いていける気がしないんですけど。
「やっぱり社交界に参加していると鍛えられるんですかね?」
「そうだね。両親に付いて参加して、その両親の振舞を見て覚えていくのが普通かね」
デイムが顎に手を当て過去の記憶を探りながら答える。
15歳で成人と認められ社交界への参加が許される。
ガジャ魔法学校に入学してくる貴族の子弟も15歳を超え社交界を経験した者しかいない。
少なくとも今年は俺以外は成人だ。
圧倒的に不利な環境。
俺が危機感を覚えているとデイムがため息を吐いた。
「夜会に行くの気が進まないね」
夜会。
入学式で各地の貴族が集まっているので、この機を逃さずどこかの誰かが開催するのだろう。
「断ることは……」
俺の問いにデイムは首を横に振って答える。
「王弟殿下に夜会には出るって言ったから出ないわけにはいかない」
王弟も入学式に参加していた。
魔法学校の理事長らしい。祝いの言葉と一緒にそんな事を言っていた。
「人気者ですね」
素直な感想。
俺達が親睦会していた間、大人たちも親睦会をしていたのでその時に対面したんだろうな。
「どうだろうね。コウモリ領主の動向が気になるんだろう」
デイムは何でもないような感じで答えたが、これはつまり王族から裏切りを警戒されているという事だ。
現状、デイムを挟んで王国と獣人が睨み合っている。
もしデイムが獣人と手を組めば王国も無視できない戦力となる。
その時は戦争になるだろう。
隣に座る人物が戦争の引き金を引ける。
その事実が空恐ろしかった。
「……」
俺は何も言えなかった。
王弟がデイムの動向に気を配るのは当然の対処といえる。
夜会が穏便に終わればいいなと夕焼け空を眺めながら俺は願った。