041 添い寝
俺は満足だ。
ご飯も食べたし風呂にも入ったしベットにも入った。
後はもう寝るだけだ。
「……」
俺は爆睡コースを予感し目を閉じた。
ギシっと扉が鳴る。
誰だ?
「さむいさむいさむい」
暗闇の中から寒いを連呼しながらダリアが部屋に入ってきた。
「お、お前、何しに来た?」
俺は驚きの声を上げた。
ダリアはお構いなしに毛布をめくりベットに滑り込んできた。
「おい、マジで何なんだ!?」
俺は戸惑いながらダリアから距離を取る。
「えー、もっとお話ししようよー」
甘えた声を出しながら俺にすり寄ってくる。
ベッドがそこまで大きくないのでダリアの接近に抗えない。
だいたい話とは何だ?
魔鳥の事なら食事の時に大体話したはずだ?
何をそんなにお話ししたいのかマジで分からん。
「テレサとトムに話して聞かせたいの」
ダリアの答えに納得する俺。
だが魔鳥狩りの話って狩ったのはチャドさんで肝心の首を斬り落とした瞬間は俺見てないし、
むしろ俺は魔鳥に狩られる側だったしで、あまり話したくない。
格好悪いので。
「そうだ、カイル様も一緒にお見舞いに行こうよ」
俺が応える前に話が展開していく。
お見舞いか。
「そうだな」そう呟いて黙考する。
俺はテレサ達とは面識がない。
お見舞いに行った際に、どう自己紹介しようか悩む。
既にテレサ達の父親であるニールを奴隷として所有してしまっている。
その事実を告げずにテレサ達と付き合っていくことは難しいと思う。
だったら、最初からニールの主としてその子供達と向き合った方が誠意があるように感じる。
「……行くか」
俺はダリアの視線を感じながら答える。
「本当!?」
顔が近い。
「本当」
俺は一言答える。
「本当に本当?」
ダリアは暗闇の中俺の目を覗き込もうとさらに近づいてくる。
俺は思わず顔を仰け反らせる。
「本当に本当」
「本当に本当?」
「本当に本当。ってか、しつこい」
俺はダリアを押し返す。
ダリアは俺の手から逃れるように身を捩る。
「だってカイル様、何度誘っても、そのうちって言ってお見舞い来なかったじゃん」
「うっ」
言葉に詰まる。
確かに、確かに、なあなあにして煙に巻いてきた。
それは認めよう。
だが、言い訳させてもらえれば、初対面の相手にどんな言葉をかければいいのか分からなかったのだ。
大丈夫? 元気出してね、なんて毒にも薬にもならない言葉は死んでも口に出したくない。
そんな空虚な励ましなんてテレサもトムも望んでいないはずだ。
彼女達が望んでいるのは、魔鳥討伐の報告か肉体の快癒方法のどちらか違いない。
今まではどちらもなかったからお見舞いに行けなかったのだ。
「今度は行くよ。約束だ」
「やった。二人共喜ぶよ」
ほんとかな?
不安である。
「喜ぶか? 俺達会った事もないんだぞ」
「喜ぶよ。カイル様はテレサ達のお父さん助けたんだから、テレサ達も早く会いたいって言ってた」
なるほど。
既にニールは奴隷身分、そして俺がニールの主であると報告済みらしい。
しかし、どうなのだろう?
自分の父親が奴隷落ちした事実とその所有者である男と対面しなければいけないという事態は、
正直微妙ではないか?
俺が同じ立場だったら、悲しいやら悔しいやら情けないやらで複雑な心境だと思う。
「……」
テレサ達は父親の主に反感を覚えたりしないのだろうか?
探りを入れてみるか。
「テレサとトムってどんな感じの子供なの?」
俺の問い掛けにダリアは「うーん」と唸った後
「テレサは私より一つ上のお姉ちゃんで真面目でしっかり者。
トムは私より一つ下だけど生意気でちっとも言う事きかないの。だからいつもテレサに怒られてる。
たまに私も怒られる」
酷いよね? とダリアが同意を求めてくるが、返答に困る。
「お前も大人の言う事きかなそうだからな」
「えーそんなことないよ」
ダリアは不満そうに否定する。
「無許可でリンゴ売っていただろ。説得力ないな」
「あれはお金を稼ぐために仕方なくだもん」
「仕方なくが許されたら衛兵隊は要らないだろ」
「要らないと思いまーす」
何という暴言。
衛兵隊は都市の治安を守るという大事な職務だ。
それを要らないと切って捨てるとは。ベンジャミンさんに謝れ。
「お前がお咎めなかったのは、ベンジャミンさん達の優しさなんだからな。その辺分かってんのか?」
「その辺は分かってるよ。カイル様が庇ってくれたから私は無事だったんだよね。ちゃんと分かってるよ」
ダリアの発言はある意味正しい。
貴族の子弟が不良幼女を一時預かりとしたからこそ公権力は手を引いた。
だが、それは相手がベンジャミン達だったからだ。
あの場にいたのが別の衛兵隊でダリア捕縛を強行されていたら、俺では止められなかった可能性が高い。
「だから、ベンジャミンさん達にも感謝しろ」
俺はダリアに忠告する。
「はーい感謝します」
そう言いながら俺に抱きついてくる。
理解しているのかいないのかよく分からないダリアの態度に、もう一度小言を言おうかと思ったが、
流石に眠くなってきた。
この件は今度でいいだろう。
ダリアに抱きつかれた体が熱い。
子供特有の体温の高さ故か湯たんぽを抱いているようで気持ちが良い。
もう寝よう。
「おやすみ」
俺はダリアに別れを告げ眠りの世界に旅立つ。
「ねえ、カイル様」
旅立つ俺を邪魔するようにダリアがまだ俺に話しかけてくる。
「私、悪いことしたって分かってる。衛兵隊のお兄ちゃん達に捕まってもしょうがないって。
見逃してくれたことも感謝してる。でもね。
でもね、私が捕まっても、衛兵隊のお兄ちゃん達はテレサ達のお父さんを助けてくれなかったと思うの」
ダリアの指先に力がこもる。
衛兵隊は不逞の輩を取り締まるのが仕事であって、奴隷を買うのが仕事ではない。
ダリアは当たり前のことを言っているだけだ。
「だから、やっぱりありがとうって言う相手は、カイル様なんだよ」
「……」
俺はもぞもぞと体位を変えダリアと向き合う。
「俺、役に立ったか?」
助けたいと思った女の子を助ける。
そのために貴族の立場を利用したし、魔鳥駆除にも志願した。
「当たり前だよ! 全部カイル様のおかげだよ!」
助けたいと思った女の子からお墨付きを貰った。
「そうか」
「そうだ!」
暗闇で顔が見えない。
でもその笑顔が俺の頑張りに対する最高の報酬なんだろうな。
俺は満足だ。
おやすみなさい。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。