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040 モーリス村への帰還

あ~体がだるい。


エレノアに頭の怪我を治療してもらったが、体調は全快とはいかなかったみたいだ。


あ~もう力を抜いてエレノアの背中に身を任せたい。


倦怠感に抗いきれず頭がズルズルとエレノアの肩口に沈んでいく。

温かな体温と女性の香りの感じる。


ダメだ!


俺は理性に活を入れ頭を上げる。


ダメだ。これ以上醜態を晒すわけにはいかない。


「疲れているんだから眠っちゃっていいよ」


俺の意地を溶かすようにエレノアが誘惑してくる。


「いえ、これ以上甘えるわけにはいきません」


俺は声量を抑えながら応える。


「そんなの気にしなくていいのに」


困った子だと後に続きそうな呆れた声だが、素直に従う気にはなれない。


俺は今、エレノアに背負われている。

背負われたままモーリス村に帰還中である。


今回の作戦は魔鳥は仕留めたことで終了した。

そのため、今後の行動をどうするのかウォルトに指示を仰いだ結果、俺、マーカス、エレノア、カレンは村で休息を取るように指示された。


他のメンバーは、別の魔鳥が住み着いていないか確認するために引き続き囮役を務めることになった。


魔鳥の縄張り範囲を考えるとモーリス村の山に他の魔鳥が巣くっている可能性は低いらしいので、念のための最終確認ということだ。


魔鳥が集団生活している山なんかに絶対行きたくない。

悪夢だ。


早く家に帰りたい。


そう思い先頭のチャドに視線を向ける。

案内役としてランタンを手に先頭を歩くチャドの足取りは慎重だ。

それも当然の配慮だといえる。なぜならチャドの後ろをマーカスが歩いているのだから。


「マーカス、肩貸そうか?」


チャドが尋ねる。


「必要ないですよ。俺にはこれがあるで」


マーカスは自慢げにその辺で拾った枝を見せつける。


「いや、だから聞いたんだが」


チャドは困惑したような声を出したが、もう一度尋ねることはしなかった。

マーカスが助けを求めていないと悟ったからだ。


マーカスも時折ふらつくことがあるが自力で下山しようとしている。


「俺の心配するなら、しっかり足元照らしてくださいよ」


「分かっている」


視界確保はランラン頼みだ。

落ち葉、木の根、足を取られるものは無数にある。


チャドが視界確保に失敗すればそれを頼りに歩いているマーカスが転倒する可能性が高まる。

マーカスが怪我するだけならまだしも巻き込まれてチャドも怪我をしてしまえばお荷物が三人に増えてしまう。


後は村に帰るだけの現状でエレノアとカレンに負担を掛けたくない。


二人共気を付けてくださいよ。


お荷物である俺は祈ることしかできない。


俺を背負っているエレノアもランタンを持っているので何かに足を取られることはないだろう。

歩き難そうなのは申し訳ないが。


俺は罪悪感を覚えるもう一人の少女に視線を向ける。

一番後ろを歩いているカレンもランタンを持ちながら、そして魔鳥の死骸を抱きかかえていた。


短髪少女の凛々しさは鳴りを潜め無の表情である。


俺が元気なら死骸持ちを代わってあげることもできたのだが……申し訳ない。


魔鳥の死骸は貴重な証拠品でもある。

これを見なければ村人が安心できない。

だから一番重要な任務と言える。


頑張れ。


俺は心の中でエールを送る。


山の獣道から整備された果樹園を抜けて、やっと村に着いた。

不寝番をしていた男達が近づいてくる。

モーリス村では魔鳥襲来から夜間の警備が必須になっていた。


疲れ顔の男が話しかけてくる。


「何かあったのか? 今日は一晩山に籠るはずだっただろ?」


「魔鳥を仕留めた」


チャドが端的に説明する。そして視線でその在処を示す。


お披露目である。


「「おお」」


魔鳥に群がる不寝番の男達。


「すごい。これが魔鳥か。結構デカいな」


「本当にいたんだな」


男達の顔に笑顔ができる。


「皆に報せてくる」と喜色の富んだ声を上げ一人の男が駆けだした。


「……カイル様、お怪我されたのですか?」


残った男は背負われた俺が気になったようで遠慮がちに話しかけてきた。


「ええ、でももう治りましたけどね」


「我が村を救うために怪我をさせてしまうなんて」


先程まで喜んでいた男が恐縮している。


そうか、こういう事にも気をつけなきゃいけないのか。


問題が解決しても怪我人が出てしまえば素直に喜ぶのは難しい。

その怪我人が貴族であればなおさらである。


狩人の仕事は魔獣を狩って、はい終わりではないのだ。

どうせ喜ぶのなら気兼ねなく喜んでほしい。


「仕事だ仕事。気にすんな」


そうね。その通りだけど。お前が言うなマーカス。

マーカスにセリフを盗られた。


「そんな事より、魔鳥は駆除したんだ。もう見張りなんてしなくていいんだぞ。良かったな」


マーカスが男の肩を叩き、男と共にそのまま村の中へ歩き出す。


今のうちにエレノアに頼んで背中から降ろしてもらおう。


「大丈夫なの?」


「大丈夫です。歩くぐらいならできます」


俺達は村の中央へと歩みを進める。


あちこちに篝火が焚かれ、村中が炎の色に染まっている。

異様と言えば異様な光景だ。


これが魔鳥対策ならば今日で見納めになる。

明日からはいつも通りの日常が戻ってくるはずだ。


朗報を聞きつけた村人が続々と集まってくる。


やはり一番人気は魔鳥の死骸。


「初めて見たな」

「灰色か。地味な色してるな。こりゃ見つからないわけだ」

「足の爪見ろよ。太過ぎだろ」

「嘴も鋭い。ヒト喰えるわ」


あちらこちらで感想が上がる。


恐れと驚きとそして喜びの混じった雰囲気だ。


カレンが魔鳥を地面に置きその場を譲る。


「お疲れ様でした」


俺はカレンに労いの言葉をかける。


「ううん、大した事じゃないし」


カレンは謙遜の言葉を口にする。


「ですが重かったでしょ?」


鳥の死骸を持ち歩くって地味に嫌な事だと思う。

俺はご免被りたい。


カレンはそれを文句ひとつ言わずにやり遂げたのだから少し位褒められても良いと思うのだ。


「まあそれなりに」


「ですよね。それに魔鳥を持てるなんて凄いですよ。死んでいるとはいえ僕には無理かもしれません」


俺は自虐的な笑みを浮かべる。

その言葉に目を丸めたカレンが俺の肩口を掴む。


「そんな事ないよ。カイルは凄い。だって生きる魔鳥と戦ったんだよ」


戦ったわけではないが、カレン的にはそういう認識なのか。

まあ耐える事も戦いならそうなのかもしれないが。


「戦ったは大げさな表現だと思いますが囮の役目は果たせたと思います」


「そうだよ。それが凄いんだよ。……私じゃ無理だった」


カレンの顔に悔しさが滲んでくる。

魔鳥に恐怖を抱いたことを悔いているようだ。


「僕も怖かったですよ本当に。こっちに来ないでくれって願っていましたし、運が悪かったですよ。

襲われちゃったら、怖いとか怖くないとか関係なくされるがままでしたから。

カレンが襲われていてもきっと僕と同じだったと思います」


「……そうかな」


カレンは小さく呟くと力なく手を下ろした。

これ以上のフォローは悪手になりそうなので俺も黙る。


「カイル様!」


誰かに呼ばれて声の主を探す。


「ニール」


声の主は我が奴隷ニールだった。


「カイル様」


ニールは俺の手を取りその場に跪く。


「カイル様」


なんですか?


「カイル様」


ニールは顔を伏せたままなので表情を窺えない。

しかし声は震えている。どうやら泣いているようだ。


「魔鳥は殺しました。これで安心して子供達を呼び戻せますね」


「はい。有難うございます」


ニールは声を殺して泣いている。

魔鳥がいるかもしれない山の村で子供達が暮らすのは精神衛生上よろしくない。

魔鳥が発見されぬまま暮らすのも不可能ではないがニールは無理強いできないだろう。


子供達のために村を捨てる。


その選択肢が常にニールの頭の中にあったはずだ。

だが、その選択肢は今霧散した。


ニールに握られた両手はそのままに俺は佇む。

その間に魔鳥に集まっていた村人の視線が集まってきている。


居心地が悪い。


「ニール。すみません」


俺はニールの手から逃れるために手を引く。


「申し訳ございません」


「謝る事ではありません。僕も貴方の話をもう少し聞いていたいのですが、魔鳥狩りで疲れてしまったようです。そろそろ休ませもらおうと思います」


「でしたら我が家でお寛ぎください!」


ニールが力強く提案する。


「……」


すまない。


今ニールの家には子供がいない。

そこに子供の俺が、しかもニールを救い、子供達の仇の魔鳥を仕留めてしまった俺が招待されてしまえば

どのような歓待を受けるか分からない。


気楽な感じだと有難いが、重く湿っぽい感じになるなら勘弁してほしい。


せめて、テレサとトムが家に戻ってきてから歓迎してくれ。

そしたら、喜んでお呼ばれされるから。


どう断るか思案していると、


「今宵も我が家にお泊り下さい!」


村長がすぐ傍まで来ていた。


「村長! 村長は昨日泊めたではないですか! 今日は私の家に泊まってもらいます」


ニールが村長に食って掛かる。

ニールは二十代、村長は五十代ぐらいに見える。


「貴族様をお迎えするならば、村の長の家でなければ失礼であろう」


「確かにその通りですが、カイル様は私の主人。主人のお世話をこの私がしないで誰がすると言うのですか?」


「ニールの恩人は村の恩人でもある。であるならば村の長である私が歓待しても不思議ではない。

それにカイル様は、ニール個人の恩人であるだけでなく、村の全体の恩人でもあるだから村長である私が歓待するのが筋というものだ」


「ぐ、しかし」


ニールは押し黙る。

レスバは村長が勝ちそうだ。


でも村長の家も微妙なんだよな。

昨日村長の家に泊めてもらったが、何というかサービス精神旺盛というか構い過ぎるというか、そのせいでゆっくりできる時間が取れなかった。


「俺も泊めてくれよ」


ぬるりと現れたマーカスが村長の肩を抱く。

びくりと肩をすくめた村長がマーカスが狩人の一人だと理解すると


「もちろんですとも」と笑みを浮かべた。


「よし皆! 村長の家で宴会だ。朝まで飲むぞ!」


マーカスが周囲の村人に聞こえるように大声を出す。

即座に「「おおー」」という歓声が上がる。


「なっ、それは」


想定していない事態に驚く村長。


その気持ちはよく分かる。

もう夜だし皆寝ていたはずだし宴会は明日やればいいじゃんと思う。


でも耐え忍ぶ生活は終わったのだ。

なら今喜ばないでいつ喜ぶ?


村長は顔を上げ周囲を見渡す。


「良し。今から祝勝会だーーー!」


「「おおー」」


皆が喜び村長の家へと向かう。


取り残される俺。

俺は風呂入って寝たいだけなのに。


村長の家はどんちゃん騒ぎで絶対安眠できない。


「どうしよう」


行き場を失い立ち尽くす俺。


「うちに泊まればいいんだよ」


静まりかえった広場に女の子の声が響く。


「ダリア」


振り向いた先には、寝間着姿のダリアがいた。

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