タクマと魔法
俺は静かに精神を統一する。
そして意識の内側にある魔素に触れる。
水面に波紋が浮かぶように魔素が震える。
真っ暗な湖を覗き込んでいるような錯覚に陥る。
奥底がどこなのだろうか?
意識を沈めてみるが、魔素に弾力があるのか密度が高いのか不明だが跳ね返されてしまった。
まあいい。それより炎の魔法だ。
炎の魔法はカイルがよく練習していた魔法だ。
見た目が派手で威力も炎の熱と勢いで判断がしやすいので魔法の練習にはもってこいだ。
「まずはマッチくらいの炎を出してみよう」
俺は右手を前に出す。
掌の上に火を熾そうと思った。
「どこに出せば良いんだ?」
いきなり壁にぶつかった。
手の直肌では火傷してしまうのでこれは無し。
となると空中で出現させる必要があるが空中には目印がないため出現場所を決められない。
「マジか、指先に出すか」
ちょっと自分の想像力の無さに落胆しつつ次善の策を実行する。
俺は指先を見る。
人差し指の直線上に炎を出そうと考えたが一本の線だけでは点は決まらない。
ならばもう一本足せばいい。
俺は両手の人差し指を向き合わせた。
「・・・・・・」
すごく地味な格好だ。
いやいや、今は格好なんて気にしている場合ではない。
俺は両手の人差し指の間にできた空間を見定める。
ちょうど中間点を出火ポイントにする。
まずはイメージ。
出火ポイントに小さな炎、赤い炎が燃えている。
次にイメージと現実を重ねる。
今、現実に炎が燃えている。俺は自分にそう言い聞かせる。
そして魔素をこの世界に解き放つ。
俺は内なる魔素を掬い取る。
その感覚のまま意識を外に切り替える。
「く、失敗だ」
意識を現実に向けた。そう実感した時、魔素が掌からこぼれ落ちていた。
「まじか、これむずいぞ」
初めての魔法に失敗してしまった。
そのことに少なからず動揺している自分を客観視して
初めての魔法でもあっさりこなしてみせる優秀な自分を期待していたのだと気づいた。
そんなに都合が良いわけないか。
俺は反省しながら今回の課題点を挙げる。
意識の切り替え時に魔素の存在を感じ続ける。
これが大事だ。
「次だ、次」
俺は意識を内に向ける。そして魔素を掬い取る。
この状態を維持したまま意識を外に向ける。
気合いだ。気合い。
俺は魔素の存在を感じたまま外の世界、出火ポイントに焦点を合わせる。
すると魔素の存在が消えかける。
俺は慌てて内側に意識を集める。
外に意識を向けようとするとその分内が疎かになる。
なるほどね。言うは易く行うは難しだな、これは。
知識として知っているが実際には出来ないもどかしさに俺は自嘲な笑みを浮かべる。
だが、だからこそ克己心が燃える。
絶対にモノにしてやる。
俺は魔素をしっかり握りしめる。決して手放さない。
そしてジリジリと意識を外に向ける。
魔素の存在をロストしそうになると、そこで少しだけ内側に戻る。
状態が安定したらまた動き出す。
これを繰り返す。
根気のいる作業だ。
魔法ひとつにこれだけ時間が掛かっていては実戦では使い物にならないだろう。
心に余裕の出来た俺は冷静に自分を評価する。
卑下しているわけではない。むしろ現状に納得している。
初めての作業は何事においても時間が掛かる。
ここで焦っては今までの努力が水泡に帰す恐れがある。
焦りは厳禁だ。
今大事なことは一つ一つの作業を確実にこなしていくことだ。
俺はしっかりと魔素を握り込む。
ぼんやりしていた目の前の景色が少しずつ輪郭を明らかにしていく。
これで良いんじゃないか?
俺は半信半疑でもう一度自分の状態を確かめる。
魔素を把握している。
手元の指先も視界に捉えている。
意識の内側と外側どちらも認識している。
両立できていると言ってもいいがどちらも中途半端だとも言える。
片方に意識を向ければもう片方がダメになる。
そんな不安定な状態を維持し続けなければならない。
そして、この意識状態をキープしたまま炎が燃えているイメージを頭に思い浮かべる。
向かい合わせた左右の人差し指の間で小さな炎が燃えている。
このイメージの炎と魔素を重ね合わせる。
「燃えろ」
俺は念じた。
祈るように一点を凝視する。
小さな炎が現れた。
イメージではない。現実の炎だ。
「お、おお」
小さな声が漏れる。
目の前で炎が揺らめいている。
成功だ。
これは俺が出したんだ。
実感すると喜びが体中を駆け抜ける。
鳥肌が立ち身震いする。
たった一つのちっぽけな炎だ。
他者から見れば、裏庭で小さな少年が手元の小さな炎を見つめているだけのつまらない景色だ。
だが、俺は違う。
俺は今感動している。ものすごくだ。
この感動をこっちの人間に言っても伝わらないだろう。
魔法があって当然の世界、こちらの住人に魔法が初めて成功した時の喜びが共感できても不可能が可能になった奇跡を奇跡だと理解することはできないだろう。
この世界の人間では無い俺が魔法を発動させたのだ。
俺は奇跡を成し遂げた。
この事実が俺を興奮させる。
この魔法がこの世界が俺を受け入れた証だ。
俺はにやける顔を抑え炎を見つめる。
炎が燃え、魔素が消費されていく。
この減り具合では後10秒保たない。
慌てて魔素を補充しようと内側に意識を向けるが炎が消えそうになり中止する。
そうこうしているうちに魔素が切れ炎が消えてしまった。
初めての魔法で安全のために使用する魔素は少なくしていた。
そのため魔法が短時間しか保たないのは想定済みだったが、つい欲が出てしまった。
だが上手くいかなかった。
魔素の多寡が問題なのではなく今のやり方が問題なのだ。
今のやり方は魔素の源泉から両手で水をすくうイメージで魔素を取得していた。使える魔素は両手ですくった分だけで無くなったら補充しなければならない。
魔法発動中に補充行為を追加するのは今の俺には難しい。
慣れれば出来るようになるかもしれないが、それよりもポンプみたいに魔素の源泉からいつでもくみ出せるイメージの方が良いのかもしれない。
「検証は後でいい」
俺は空を見上げる。青い空、白い雲が穏やかに流れている。
太陽は眩しい。俺に光りを当ててくれている。
少し冷たい風が心地よい。俺にこの空気を吸わせてくれている。
魔法の成功前も後も何も変わらないが俺の感じ方が変わった。
俺はここにいる。この世界に立っている。
俺はスタートラインに立てたのだ。
この異世界で生きていくためのスタートラインに。