看護される
魔鳥は狩られた。
よく分からないうちに。
だが仕方がない。これはそういう作戦だったのだから。
魔鳥が狩られたことで俺も魔法をぶっ放さずにすんだ。
ギリギリのタイミングだった。
おかげで俺の信用は守られた。
それで良しとしよう。
今の俺はマーカスと仲良く隣同士で寝かされている。
魔鳥を仕留めた後、チャドがすぐに俺とマーカスに麻痺ガスの解毒薬を飲ませてくれた。
麻痺ガスの解毒薬は今回の作戦のため予め用意されていた。
これがあったからこそ囮役が成立できた。
麻痺ったら自分で何とかしてねと丸投げされていたら、誰も囮役なんてやらない。
一定の安全を確保したうえでの作戦決行だった。
「……」
まさか自分が飲む羽目になるなんて思ってもいなかった。
味は不味かったが、おかげで麻痺は抜け始めている。
有難い。
それもこれも麻痺の原因が魔鳥にあると事前に判っていたからだ。
テレサとトム。
ニールの子供でありダリアの友達。
俺達はテレサ達の犠牲があったから万全の準備ができた。
ちなみに、テレサとトムが今なお後遺症で苦しんでいるのは、魔鳥の麻痺ガスのせいではない。
魔鳥の麻痺は既に解けている。
後遺症の直接の原因は、麻痺により引き起こされた代謝機能の低下によるダメージのせいだ。
そのため早期に麻痺の原因が魔鳥のせいだと判明していれば、代謝機能が危険域まで低下する前に助けることが出来たのだ。
第一の被害者だったからこその不幸だった。
作戦が成功したのは、テレサ達のおかげだ。
それを知れば少しは慰めになるだろうか。
いや、魔鳥駆除成功の報せより早く良くなる事の方が彼女達にとっては一番の吉事だろう。
早く良くなることを祈ろう。
「あ・かと・」
俺は擦れる声で感謝を口にする。
彼女達を慮る俺だが、俺の状態もあまり良くはない。
「今、デレクがエレノアを呼びに行っているからな」
チャドが俺を励ます。
デレクが呼びに行ったエレノアは治癒魔法を得意としている。
どうやら俺の治療はエレノアに任せるみたいだ。
治癒魔法、俺もやってみたいな。
怪我しても自分で治せるっていうのは戦闘時でも日常生活でも圧倒的な有利をとれる。
是が非でも治癒魔法は修めたい。
決意は固いが、今は状況が悪い。
なにせ患部が側頭部のため直接目で確かめることができないのだ。
治癒の経過を視認できなければ元の状態に戻すのは困難だろう。
そんなリスクの高い事、自分の肉体で試そうだなんて思えない。
今回は大人しく治癒魔法を体験するだけにする。
「麻痺が解ける前にお前の体縛っておくぞ」
チャドがそんな事を言いながら雑嚢からスルスルと紐を取り出していく。
え?
「なぜ?」
擦れる声を絞り出す。
「痛みが戻る前に縛っておかないと、お前暴れるだろ」
さも当然な事のように言うチャド。
暴れる?
不穏な言葉に動揺する。
「そんなに、ひどいん、ですか?」
俺の傷を確認しているチャドの発言だからこそ不安になる。
「骨は砕かれているが、中身は無事だ。
まあ、致命傷になる前に仕留めるつもりだったから、この程度の怪我で済んだのは当然といえば当然だがな」
俺の傷は想定内らしい。
本当か?
もっと早く助けに来いとツッコミを入れたいのは、俺が当事者だからだろうか。
客観的に判断できないのでチャドの発言に対して肯定も否定もできない。
ぐぬぬである。
俺が黙っている間に、チャドが俺の両足を紐で縛っていく。
また身動きが出来なくなってしまう。
悲しい。
両手も縛られ、さらに両腕も体ごと縛られてしまう。
「準備よし。まだ痛くないだろ?」
「そうですね。ヒリヒリする感じですかね」
骨が砕けていてこの程度の痛みで済むわけがない。
これからもっと痛くなるのだろう。
「痛覚が戻り始めたみたいだな」
俺がチャドと痛み具合を話していると、「おーい」と女性の声がした。
デレクがエレノアとカレンを連れて来たみたいだ。
「二人共、無事?」
エレノアが俺達を見下ろしながら尋ねる。
「俺は無事だ」
マーカスが答える。
マーカスも話せるくらいには回復したようだ。
エレノアと目が合う。
エレノアは一瞬だが眉間にしわを寄せ、すぐに笑顔を浮かべる。
気を使われるとそれだけ傷の具合が悪いみたいで不安になる。
今俺の頭どうなってんの? 誰か鏡持ってない?
「良く頑張ったね」
エレノアが俺に労いの言葉をかける。
「……何もしてませんよ」
頑張りどころは無かった。それどころか魔法ぶっ放して作戦を台無しにするところだった。
そうならなかったのは運が良かっただけだ。
「ううん、そんな事ないよ。カイルはよく頑張った。勇敢な子だ」
エレノアは優しげな声で俺を褒める。
魔鳥の攻撃を耐えている間、自分が助かる事しか考えていなかった。
それでもよく頑張ったと褒めてくれるのだろうか。
「そうですかね?」
躊躇いながら尋ねる。
「もちろんだよ。カイルが耐えたから魔鳥を逃がさずに済んだんだから。
これでモーリス村の人達も安心して生活できる。カイルは凄い事をしたんだよ」
おお~やはり俺が最大の功労者か。
いいね、褒められるって。
「実際大したものだ。カイルを助け起こす時、恐怖で心をやられているかもと心配したが、顔を見たら、お前さん正気の目をしてたからな。助けたこっちがビックリしたぐらいだ」
チャドも俺の精神のタフネスさを褒める。
褒められるのは気持ちが良いが、自分の精神がそこまでのタフさを有しているとは思えない。
魔鳥の攻撃を耐えている時は、ずっと怖かった。
それでも恐慌に陥らなかったのは、俺には縋るものがあったからだ。
最後の最後まで魔法攻撃が可能だった。
魔鳥への対抗策があったからこそ俺は正気を保っていられたのだ。
だから素直に告白する。
「僕が正気でいられたのは、対抗手段として魔法があったからです。
もし魔法が使えなかったら僕も恐怖に飲まれていたと思います」
「……」
「……」
エレノアとチャドが沈黙し互いに目配せをする。
?
変な空気になった。
何なんだ一体?
「嘘つくんじゃねーよ」
棘のある声がこの微妙な雰囲気を引き裂いた。
心外である。
「嘘じゃありませんよ」
俺は即座にマーカスに反論した。
「いや、嘘だね。魔鳥の麻痺に罹っている時に魔法なんて使えねーよ」
「魔素は掌握できましたよ」
「はっ、そんな繊細な事できるわけないだろ。
見ろよ。チャドさんとエレノアの顔をよ。お前のせいで困った顔してるだろ」
マーカスに言われて二人の顔を見る。
確かに二人共困った顔をしている。
「まあ、まあ普通はそうだな」
チャドが一般論として述べながらマーカス側についた。
「酸素不足の時はいろいろあるからね」
エレノアは酸素不足のせいにして俺を擁護しつつマーカス側についた。
あれ? 完全アウェーである。
二人の発言を受けて勝ち誇った笑みを浮かべるマーカス。
「ほらな。俺の言った通りだろ」
魔鳥の麻痺ガスは魔法さえも封じてしまう。
これが狩人達の共通認識らしい。
悔しい。
嘘ついていないのに嘘ついたみたいになってる。
悔しい。
嘘ではないと証明したい。
でも今魔法を発動させてもその証明にはならない。
もうすでに口喧嘩が出来るまで麻痺から回復している。
俺の発言が真実だと証明するためには、
もう一度魔鳥の麻痺に罹って、その上で魔法を発動させなければならない。
「……」
もう一度やるの?
それは、それはご免被る。
「ったくよ、根性あるかと思えば、ただの勘違い野郎だったとはな。くだらねぇ」
マーカスが俺への評価を吐き捨て寝返りを打って会話も打ち切った。
悔しい。
頭に血が上る。
ズキリ
側頭部に鈍痛が拡がる。
「うっ」
呻き声が漏れる。
「まずい。余計な時間を食った。チャドさん、カイルの体固定して。カレンは灯り、そしてカイルの頭を押さえて動かないようにして」
「承知」
「分かりました」
エレノアが指示を出し、チャド達が即応する。
チャドが俺の傍に横たわり俺を背中の方から抱きしめる。
ふえぇ!?
大の男にガッチリホールドされる。
腕は捕まれ足は絡めとられた。
「動くな」
俺の耳元でチャドが告げる。
動けねーよ。
反射的に起き上がろうとする俺。
「動かないで」
カレンが俺の頭を押さえつける。
「よし。治癒魔法開始します」
目の前にエレノアが陣取った。
素早い連携であっという間に取り囲まれた。
ズキンズキンズキン
鈍痛の感覚が短くなってきた。
「あっぁ」
痛みで目を見開く。
目の前にエレノアがいる。
もっと正確に言うとエレノアの下半身が見える。
エレノアは立膝で座っているので太腿の付け根もしかと見える。
アカン。
エレノアが身じろぎする度にその膨らみが形を変える。
エレノアがズボンを履いているとはいえ直視していいものではない。
俺は目を閉じる。
ズキンズキンズキン
鈍痛の感覚が短くなってきた。
「あっぁ」
痛みで目を見開く。
目の前にエレノアがいる。
もっと正確に言うとエレノアの下半身が見える。
エレノアは立膝で座っているので太腿の付け根もしかと見える。
アカン。
エレノアが身じろぎする度にその膨らみが形を変える。
エレノアがズボンを履いているとはいえ直視していいものではない。
俺は目を閉じる。
ズキンズキンズキン
痛い!
エレノアが見える!
痛い!
何なのこれ!? 拷問? ご褒美?