狩る狩られる
苦しい。
「はあ、はあ、はあ」
息も絶え絶えに呼吸する俺。
麻痺が進行するにつれ呼吸が出来なくなっていったが、どうやらこれ以上酷くならないみたいだ。
良かった。
これ以上麻痺が進行したら呼吸困難で確実に死んでいた。
恐ろしい。
マジで恐ろしい麻痺ガス。
命を拾った安堵で少し余裕が出来た気がする。
俺は地面に横たわる自分の無様さを確認する。
立ち上がることが出来ない。
上半身を起こすため両手を地面につけたいのだがその両手が動かない。
右肩を内に動かし右肘を立て右掌で地面を押す。
そんななんてことない動作が出来ない。
意識は全力で右手を動かしているのに、右手は僅かな反応しかしない。
全く動かないわけではないが自重を支えるだけの力が出ないので、
体を入れ替えることも出来ず、結局横たわっていることしか出来ない。
出来ることといえばランタンの灯りを眺めていることぐらいだ。
辺りはもう暗くなっている。
俺がのたうち回っている間に夜になったようだ。
ランタンの灯りがなかったら俺達も暗闇に飲み込まれていたはずだ。
マーカス、グッジョブ。
ランタンを設置したマーカスを称賛するが、その肝心の男がどうなったかは不明だ。
声が出ないので呼び掛けることも出来ないし、あちらからも呼び掛けがない。
マーカスも俺と同じように麻痺ガスにやられているならば、そこら辺に転がっているはずだ。
詰んだ。
俺もマーカスも完全に詰んだ。
後はもうチャドとデレクに任せるしかない。
つまり舞台は整ったのだ。
魔鳥が現れるための舞台が。
「はあ、はあ」
俺の息が別の意味で乱れる。
身動きは取れないが聴覚は無事だ。
風の音が聞こえる。
その中に異音がないか俺は聞き分けに集中する。
風の音と木々のざわめきしか聞こえない。
?
ランタンの灯りが上下に揺れている。
おかしい。
ランタンは風に煽られるような脆い構造はしていない。
俺はランタンを凝視する。
ランタンは地面に据えられている。
動いてはいない。
ランタンが動いていないのならば、動いているのは俺の視界の方だ。
え?
側頭部に刺激を感じる。
その刺激は小刻みで、それに合わせてランタンの灯りも上下に揺れている。
どういうこと?
疑問に感じながらも自分の頭が揺れているのだとうっすらと理解していく。
だが頭が揺れているのは何故だ?
思い当たるのは側頭部に感じる刺激くらいだ。
何かに押されているよう感じがする。
まさかだよな。
嫌な直感が働く。
魔鳥に頭を小突かれている?
嘘だろ!?
接近する音は聞こえなかった。
魔鳥が後ろにいるなんて信じられない。
知らぬ間に忍び寄っていたという事か。
魔鳥の隠密性の高さに怖気が走る。
信じられない。
俺は半信半疑のまま首に力を入れる。
だが視界は容赦なく揺れる。
待て待て待て。俺、小突かれている!? いや、突かれている!
魔鳥は俺の後ろにいる。
認めるしかない。
そして俺の頭を割ろうとしている。
冗談じゃない。
早く狩ってくれよ、チャドさん!
次の瞬間には、魔鳥が狩られる未来を願う。
だが、そんな未来は何秒たってもやって来ない。
来ない。チャドさん早く!
この間にも俺の頭蓋は穴が深くなる。
痛覚が鈍くなっているので痛いのか痛くないのか分からない。
そのため魔鳥の嘴がどの程度の威力を有しているのか、
自分の頭蓋の損傷がどの程度のものなのか推測できない。
もう頭蓋は割られてしまったのか?
嫌な姿を想像してしまう。
このまま生きたまま喰われる?
身動きの取れない恐怖に心が悲鳴を上げそうになる。
冗談じゃない。
なにか、何かないのか?
魔鳥を追い払う手が。
必死に打開策を模索する。
物理がダメなら魔法だ。
縋るような思いで魔素に手を伸ばす。
頭の芯は鈍くなっているが、魔素はしっかりと掌握できた。
魔法の素は手に入れた。
問題は、魔法が形になるかどうかだ。
頭が回っていないせいで魔法のイメージがあやふやで不鮮明だ。
このまま発動させても上手く出来ないかもしれない。
一か八かの賭けになる。
それでいいのか?
俺の良心が、己の行為を咎める。
何のためにここに来た?
魔鳥を仕留めるためだろ?
皆で作戦を考えて、皆で役割分担した。
だから俺はここにいる。
魔鳥を誘き寄せるのが俺の役目。
魔鳥を仕留めるのはチャド達の役目。
勝手は許されない。
もし魔法が上手くいって魔鳥を仕留められたとしても、
役目を放棄した事には変わらないので仲間内での信用を失ってしまう。
もし魔法が不発に終わり魔鳥が逃げてしまえば、作戦は失敗に終わり
俺個人の信用もアーロン組の信用も地に落ちてしまう。
魔法行使はリスクの高い選択だ。
今はまだ選べない。
選べないが、このままいつまで耐えればいいのか。
10秒?
30秒?
60秒?
3分か?
5分か? 10分か?
そんなに経ったら、俺の脳みそを魔鳥に啜られている。
どうすればいい。
ランタンの灯りが揺れる。
揺れるたびに俺の心も揺れる。
もういいのではないか。
もう十分頑張っただろ。
チャドは必ず駆けつけると約束してくれた。
もう俺は襲われているのに、まだ俺を助けてくれていない。
嘘つきだ。
チャドは約束を破った。
だから、もういいだろ。
このままでは死んでしまう。
俺はここに死ぬために来たわけじゃない。
自由を手に入れるために異世界に来たんだ。
こんな所で死ねるかよ!
俺は魔法行使を決断する。
信用も評価も生きてこそだ。
とはいえ、魔鳥は逃がすわけにはいかない。
確実の殺せるだけの火力が必要だ。
魔鳥をピンポイントで狙う事は今の俺では難しいので周囲そのものを焼く。
俺も巻き込まれるかもしれないが死ぬよりはマシだ。
背中から炎が噴き出すイメージ。
これなら被害は最小限にすむはずだ。
魔素を編み込み魔法へと成形する。
さらば、俺の初仕事。
さらば、俺の人間関係。
決別の言葉を述べながら
躊躇いのせいか幾つもの顔が頭を過る。
アーロンは失望するだろうか。
ウォルトは落胆するだろうか。
チャドは悲しむだろうか。
マーカスは怒って殴りかかってきそうだ。
でも仕方ないだろ。
さっさと来ない、チャド達が悪い。
せめて魔鳥は確実に殺す。それで許してくれ。
炎の魔法は完成した。
後は放つだけだ。
後ろにいる魔鳥に向かって炎を叩きつける。
そうしようとした。その瞬間、ダリアの顔が浮かんだ。
!?
何かが顔に掛かり頬を流れる。
液体?
「カイル、大丈夫か?」
誰かの声がする。
「よく頑張ったな。魔鳥は仕留めたぞ」
誰の声だったっけ?
思い出せない。
男の声だ。
「俺が分かるか?」
男が俺の顔を覗き込む。
ランタンの灯りにその横顔が照らされる。
来るのが遅いよ。
俺はチャドの問いに頷いて答えた。