餌はここだよ
エリノアとカレンの持ち場で彼女達と別れた俺達は山のさらに奥に向かって歩いていた。
冬の乾いた風が吹き付け木々の枝葉がざわざわと音を立てている。
普段の声量では会話もままならない。
先頭を歩くチャドが声を張る。
「今回は被害者が出ている。魔鳥の死体が無ければモーリス村の人間も都市の人間も安心できないからな」
魔鳥を倒したという言葉だけでは信用できないらしい。
だからこそ狩人は、物証である魔鳥の死体を大衆の目の前に晒す必要がある。
そのためには魔法のような高火力攻撃でなく、剣や弓による物理攻撃が望ましい。
それを可能にするためには魔鳥が姿を現すしかない。
俺達が囮になる価値はあるという事だ。
「頑張ります」
話し相手になっていた俺も声を張って応える。
頑張って恐怖に耐えるしかない。
「心配するな。魔鳥は獲物が動かなくなるまで襲ってきたりはしない。
麻痺の進行は個人差があるんだ。二人が行動不能になる前に必ず俺達が駆けつける」
チャドが良い笑顔を向ける。
信用して欲しいと目で訴えかけてくる。
「お任せします」
信じるしか選択肢がないじゃないか。
そう思いながら俺は当たり障りのない言葉を返した。
木々の間を抜け少しだけ見通しの良い場所に出た。
ここだな。
俺は直感した。
「マーカス、カイル。二人の持ち場はここだ」
チャドが少しだけ真面目な顔をして告げる。
当たり前だが、この場所にはテントも無ければイスも無い。
別にそんなもの無くても問題はない。
問題なのは、視界の悪さだ。
この場所以外は、木々が遮り視認できない。
一番近いはずのエリノア、カレン組の持ち場もここからでは見ることが出来ない。
完全に孤立している。
「じゃあ、二人共喧嘩するなよ」
「マーカス、ちゃんと位置取り考えろよ」
「分かってますよ」
俺が考えている横で、チャド達は別れの挨拶を済ませる。
そしてチャドとデレクは元来た道を戻っていった。
チャドとデレクがいなくなればマーカスと二人っきりになってしまう。
二人にしないで。
去り行くチャド達に無言の救援を求める。
「……」
あ~見えなくなってしまった。
「おい、その辺に座っとけ」
マーカスに声を掛けられ振り向くとマーカスが指差していた。
どこさ?
指差す方を目で追う。
根の張り出した大木とぶつかる。
なるほどと頷き俺は大木へと歩き出した。
大木の根に腰を下ろす。
木肌がざらざらしていて服が傷みそうだ。
そんな感想を持ちながら、手持ち無沙汰の俺はマーカスを見る。
位置取りに気をつけろと助言を受けたマーカスが
どこに座るのか興味が湧いた。
近くなく、むしろ遠い位置の木の根に腰掛けた。
気楽に話しかけられる距離ではない。
マーカスと会話するには大声を出すか、歩み寄る必要がある。
まあ、会話する気ないからどうでもいいや。
俺は空を見上げる。
太陽の位置はまだ高い。
昼間の内に解決したい。
今でさえ薄暗いのに夜になってしまえば完全に闇に飲み込まれてしまう。
そうなればチャド達の巡回速度も低下してしまう。
最悪、……最悪の展開になる。
早く魔鳥来い。
……いや、ここには来てほしくないがどこかに来てほしい。
身勝手な願いだが、本音でもある。
他の持ち場にいる狩人達も同じ気持ちだろう。
何もないまま終わんねーかなと思っているはずだ。きっと。
やることがないまま、風の音と日の光の移ろいを感じて過ごす。
時間的にもう何度かチャド達が巡回に来ているはずだが、一度も気配を感じ取れなかった。
気配を消すのが上手いのか、遠間から確認しているのか、それとも両方なのか不明だが、
チャド達の隠密レベルは高かった。
本当に巡回しているのならばだが。
一度位、姿を見せてもいいのではないか。
そうすれば俺も安心できる。
心が不安と不満で満たされていくのを感じる。
だが我慢だ。
俺はマーカスをチラ見する。
マーカスは木の幹を背もたれにして堂々たる座りっぷりを見せている。
奴に情けない姿を見せるわけにはいかない。
辺りが暗くなってきた。
夕暮れの時も終わりそうだ。
結局、魔鳥は現れなかった。
そんなに甘くないか。
「はあー」
ため息が出る。
これからは夜の時間だ。
魔鳥の姿を視認できなくなるのは怖いが、それ以上にチャド達が俺達をちゃんと発見できるのかが不安だ。
視界の端でマーカスが立ち上がった。
俺との中間地点まで移動すると雑のうからランタンを取り出し灯りをつける。
闇夜に一点の光明。
これならチャド達もランタンの灯りを目印に俺達を見つけてくれるだろう。
「これから夜になる。もし魔鳥に襲われても錯乱して魔法連発すんなよ」
マーカスが脅すように言い放つ。
「しませんよ」
「したらぶん殴る」
それだけ言うとマーカスは定位置に戻った。
魔鳥も怖いが、正気を失った味方も怖い。
俺もマーカスも魔法を使えば辺り一面焼け野原にできる。
隣に爆弾があるのと同じだ。
マーカスが警告するのも無理はない。
そして警告するという事は俺を信用していないという事だ。
今回がマーカスと組んでの初仕事なので、お互いに不信感しかない。
「やれやれだせ」
?
やれやれだぜと言おうとしたのだが語尾が上手く言えなかった。
久方ぶりに声を発したので舌が回らなかったみたいだ。
そうだよね……?
心臓の鼓動が速くなる。
麻痺ガスが流れてきている!?
見えるわけないが、風上を凝視してしまう。
麻痺はガスを吸い込まなければ進行しない。
俺は呼吸を短く浅くする。
それでも麻痺ガスを吸ってしまうので、この場から逃げるのが最善策だ。
でもそれは出来ない。
魔鳥を誘き寄せるために、ここにいるのだ。
逃げるという選択肢はない!
俺は覚悟を決めて息をする。
まだ麻痺ガスが混入しているとは決まったわけではない。
それを確かめるために空気を肺に流し込む。
怖い。
毒をわざわざ自分の体の中に流し込む自傷行為。
馬鹿げている。
手を握る。
手を開く。
手足にはまだ力が入る。
俺の勘違いかもしれない。
もっと大きく息をする。
俺の勘違いなら、むしろ有難い。
両手はまだ動く。
だが、舌が上手く動かない。
俺の意思に反して中途半端な動きをしている。
「あにてし!」
とっさに危機を伝える。
「落ち着け。じっとしていろ!」
マーカスは座ったままだ。
立ち上がって辺りを窺うこともしない。
マジか!?
いや、確かにそれが正解だが。
マーカスの胆力に驚きを隠せない。
「いいか、俺達は囮だ。魔鳥が喰い付いたってことは好都合なんだよ。
チャドさん達が狩るまで絶対にそこをうごくにゃの」
マーカスの声音から真剣さは伝わる。
そしてマーカスも麻痺が始まったようだ。
まだ逃げようと思えば逃げられる。
俺は暗闇を見つめる。
おそらく魔鳥は風上に陣取り俺達の様子を観察しているはずだ。
「はあ、はあ」
何だか息苦しくなってきた。
肺も麻痺が始まったのかもしれない。
だがまだ浅い。
その程度では魔鳥は姿を現さない。
魔鳥は静かに見定めていた。
獲物が酸素不足でのたうち回る様を。
少ない酸素と共に取り込んだ麻痺ガスで、それすら出来なくなる様を。
祝 10万文字突破!
やっとたどり着きました。
これもお読みくださる皆様のおかげです。
有難うございます。