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奴隷と男爵

交渉。

まさかの事態に俺の心は浮足立つ。


奴隷ニールはただの農民だ。

特殊能力があるわけでも貴き血筋をその身に宿しているわけでもない。


なのに欲しがっている人間がいる。


意味が分からない。


俺が、いや、カイル・フットが購入しようとしているものを横から奪おうとしている者がいる。


意味が分からない。


その行為は伯爵家を相手に喧嘩を売っているに等しい。


フット家をなめているのか?

だとしたら俺はどうすればいい?


交渉相手に日和った態度をとればフット家の威信に傷がつく。

それは避けたい。

だが、部外者の俺がフット家の看板を賭けて立ち回っていいのだろうか?


俺は悩みながら応接室へと続く廊下を進む。


デイムにお伺いを立てるのが一番確実だが、そんなことをしている時間はない。

もしかしたら交渉相手は俺がフット家の人間であると知らないのかもしれない。

それならば、フット家の名を出せば大人しく身を引いてくれるはずだ。


そうあって欲しいと

淡い期待を抱き俺は応接室へと足を踏み入れた。


「ようこそ御出で下さいました」


中年の男がにこやかに笑いながら両手を差し出してきた。


誰だこいつ?


俺はたじろぐ。

笑顔のオッサンが近づいてくるのは、ちょっとした恐怖体験だ。

圧が凄い。


「私はノエルと申します。この商会の会頭を務めさせていただいております。本日は我が商館にお越し下さり有難うございます」


な、なるほど、奴隷商人のトップか。


「カイル・フットと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


俺がノエルと挨拶を交わしていると、その脇をダリアが駆け抜けていく。


「おじさん、他の人に買われちゃうの? 嘘だよね?」


「大丈夫だよ、ダリア。他の人に買われたりしないから。安心してくれ」


ニールは自分の腰にしがみつくダリアの頭を撫でて宥める。

喜色のダリア。


ニールの発言を聞いて俺も安心する。

奴隷本人の発言である。俺がニールを買ってこの話は完了である。


良かった。

交渉なんて必要なかったんだ。

ニールを掻っ攫われるという最悪の事態は避けられた。


そしてフット家のメンツを賭けた争いは避けられた。

これが一番嬉しい。

俺には荷が勝ち過ぎていた。


「カイル様!」


何です?


今度は奴隷のニールが俺に近づいてきた。

地味な顔立ちをしている青年、というのが俺の第一印象。

顔色の良さそうなので、商館での待遇は悪くないようだ。


「有難うございます。此度は私のような一平民にご慈悲を下さり。お陰様で家族と離れ離れにならずにすみます」


俺は子供、ニールは大人。身長差がある。

そのためニールは膝を折り俺と目線を合わせ深々と頭を下げた。


「こちらも慈善活動ではありませんので、商館に支払った分は働いて返してもらいます。

ですので、必要以上に感謝することはありませんよ」


感謝されるのは嬉しいが大げさに捉えられても困る。

そこそこでいいのだ。


「いえ、そのようなことはありません。金のためとはいえ奴隷となったからにはどのような方に買われても仕方がないと諦めておりました。

ですが、できればこの地を離れたくない。

情けない話ですがそれを叶えてくれる買い手に出会えることをずっと願っていました」


当然の願いだと思う。

ニールが奴隷になったのも自分の子供を助けるために金が必要だったからだ。

好き好んで奴隷になったわけではない。

目の前にいる男は子供が魔鳥に襲われなかったら今も普通に家族と過ごしていたはずだ。


「……」


運が悪かったと言えばそれまでだが、それではあまりにも不憫だ。

だから、救いの手を差し伸べた。

ニールが普通の生活に戻れるように。


俺が提案した奴隷契約は破格である自信がある。

奴隷購入のために支払った金額と同額を、奴隷ニールは俺に納めること。

そしてその完納をもって奴隷契約は終了とする。


「それではただの金貸しと同じですよ」


まさにその通りであると俺は発言者を見る。


優雅に足を組み微笑を浮かべている身なりの良い男。

俺からニールを奪おうとした張本人。


「自己紹介が遅れましたね。私はハリソン・エイベルと申します。

国王陛下より男爵位を賜り、非才の身なれどこの学術都市で闘技場の運営を担っております。

以後お見知りおき、カイル・フット殿」


男はやおら立ち上がり俺に握手を求めてくる。


男爵だと!?

しかも地元の!?


俺はなんとか笑顔を作り男爵と握手を交わす。


「このような場所で男爵閣下とお会いできると思っておりませんでしたが、お会いできて光栄です。

カイル・フットと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


どうすればいいんだ?

貴族。しかも爵位持ちの貴族。

これは出会ってはいけなかったパターンではないのか?


外交とまでは言わないが、貴族同士の付き合いは大事だと思う。

仲良くなれれば良いが、何かの弾みで嫌われてしまうこともある。

そして嫌われてしまうと、こちらのやること為すことに横槍を入れて邪魔しようとしてくるかもしれない。

そうなると面倒だ。


それを回避するためにも出会いそのものを回避するべきだったのだ。

……もう遅いが。


内心戸惑う俺に男爵は微笑む。


「面白い奴隷がいると聞きこちらに足を運んだのですが、ニールはカイル殿と契約すると言って私の提案を受け入れてくれませんでした」


そう言って男爵はニールに視線を移す。


「申し訳ございません、男爵様。ですが、どうかお許しください」


ニールが頭を下げる。その声は震えている。

俺が来るまでどんな圧力を受けていたのか想像つかないが、よく耐えてくれた。

ニールの根性を称賛する。

その一方でなぜ男爵がニールに興味を持ったのか不思議に思う。


「どうしてニールに興味をお持ちになったのですか? ニールはただの農民だと聞きましたが」


俺は質問しながらニールに視線を流す。

ニールは大きく頷いて俺の発言を肯定してくれた。


「ふふ、それはですね。彼がこれから大人気闘士になるからですよ」


これからとはどういう事か?

ニールは俺が買う。そして闘士になんかさせない。


「どう」


「もちろん、カイル殿とニール本人の同意が必要になります」


「っぐ」


俺がどういう事かと男爵を咎めようと口を開いたら男爵に先回りされ二の句を告げられなかった。


ぐぬぬ。


男爵は微笑む。

大人の余裕か権力者の傲慢か。


「閣下はニールが人気闘士になると断言しましたが、何か根拠がおありなのでしょうか?

人気が出るには、強さか戦いに華があるかの条件を満たす必要があると思います。

しかし……」


俺はそこで一旦区切り、ニールを見る。

どう見ても華があるように見えない。もちろん強そうにも見えない。

これでどうやって人気闘士になるのだと男爵に目で尋ねる。


「折角ですし、座りませんか?」


男爵がソファに座る事を勧める。


こいつ、長話を決め込む気だ!


この場は奴隷ニールと契約を結ぶために設けられた場だ。

ハリソン・エイベルは既に交渉が失敗してこの場に留まる資格がない。


早く答えて早く帰ってくれというのが俺の本音だが、ここは座るしかない。

俺は一応商館の主であるノエルに目配せする。


俺に視線に気づいたノエルは破顔して


「どうぞどうぞお座りください。こうして両家の親交を深める場として使っていただければ当館の格も上がるというもの。ご遠慮なされずにどうぞ」


そう言いながら俺に近づいてくるノエル。

俺はノエルから逃げるようにソファに腰を下ろす。


テーブルを挟んだ対面には男爵が陣取り、その後ろには護衛らしき青年が控えている。

俺の後ろにはケイト、ダリア、ニールが並んだ。

ノエルは貴族二人のためにカップに紅茶を注いでいる。


……何なんだ、この状況。

サシ飲みが始まるのか?

始まるんだな!?


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

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