初めての奴隷商館
「さて、行きますか」
「「おー」」
俺の呼びかけに元気よく答えたのは二人の女の子だ。
一人は俺が世話になっている蒼穹寮の従業員であるケイト。
もう一人は俺が保護したリンゴ売りの幼女、名前はダリア。
ダリアの友人テレサの父親が奴隷落ちしてしまったので、これから奴隷商館に助けに行くところだ。
助けるといってもこちらの世界では奴隷売買が合法なので金を払ってテレサパパを手に入れるだけの簡単なお仕事だ。
金はある。
子供の俺が奴隷を買うのも合法だ。
何も問題は無い。
心が軽いので足取りも軽い。
さくっと行って、さくっと買っちゃえばダリアの問題は解決する。
余裕である。
だからこそダリアの表情も明るい。
やはり子供は笑っている方がいい。
「カイル様、早く行きましょう」
ダリアが俺の手を握る。
「おい、引っ張るなよ」
俺は歩調を速めてダリアの横につく。
「二人とも速いって」
ケイトが小走りで追いかけてくる。
「もう、二人ともはしゃいじゃダメだよ。これから行くところは場所が場所なんだから悪目立ちは禁止」
ケイトは俺とダリアの浮かれた様子をたしなめる。
確かにその通りだ。
そもそも奴隷商館なんて子供の行くところではない。
奴隷の人生が分岐する重大な契約が交わされる場所だ。
そんな場所に浮かれた子供が冷やかし半分で顔を出したら奴隷達もいい気はしないだろう。
「すみません、ケイト。その通りですね。ダリアも大人しくしていろよ。お店の人に怒られちゃうだろ」
俺は気を引き締め、ダリアにも釘を刺す。
「ケイトお姉ちゃんもカイル様も怖がりすぎだよ」
俺とケイトの警戒心をダリアがケラケラと笑い飛ばす。
「あそこ、お客さんには優しいよ」
そして自分の知見を教えてくれる。
何やら含みのある言い方だが、俺達は客なので一先ず安心できる。
ダリアは奴隷商館に行ったことがある。
俺がテレサパパを買うことをテレサパパ本人と商館に伝えるためだ。
予約を怠ればテレサパパは他の客と奴隷契約を結んでしまいどこか遠い所へいってしまうおそれがあった。
行きました先売済みでしたダリアごめんね、という悲しい展開を回避するためには必要な措置だった。
だが、この幼女に先輩風を吹かされるのは何となくイラっとする。
「本当に大丈夫かな?」
不安そうなケイトが俺の耳元で囁く。
顔が近い。
ケイトの無防備な距離感にドキドキしてしまう。
「大丈夫でしょう。こっちもわざわざふざけた対応をする気はないですし。普通にしていれば場が荒れることはないでしょう」
俺は努めて冷静に答える。
「そうだよね」
ケイトは自分に言い聞かせるように納得する。
不安そうだ。
今日ケイトは保護者として付いて来ている。
保護者としての責任感からか何かあった時には自分がどうにかしなければと気負っているみたいだ。
有難い話だが、俺はケイトを矢面に晒すつもりはサラサラない。
俺達は中央通りを横切り闘技場がある歓楽地区へと足を踏み入れた。
一気に賑わいが増した気がする。人も多い。そしてみんなどこか楽しそうだ。
昼間だというのに酔っ払いもあちこちにいる。
きっと道を一本奥に進めばいかがわしいお店が軒を連ねているはずだ。
「……」
興味はあるが今はそんな所に行っている場合ではない。
「ダリア、道案内頼む」
奴隷商館が歓楽地区と商業地区の境付近にあるのは知っているが道順は知らない。
前を歩く大人達に視界を阻まれ現在位置の把握もままならない。
やはり先輩に頼るしかない。
「頼まれた」
ダリアがぴょんと一歩前へ出る。
「はぐれないでね」
良い笑顔で振り返った。
「分かっているよ」
俺は手振りで前を向くように促す。
大人とぶつかったら、チビッ子ダリアは簡単に吹っ飛んでしまう。
しっかり前を向いて歩いてほしい。
人が多い。
ここは歓楽地区、つまりここにいる人間は遊びに来ているのだ。
昼間だというのに仕事もせず遊んでいられるのだから金持ちか休暇中の人間ということだ。
そんな暇な人間を集客してしまうのだから、さすがは大都会学術都市。
すごい。そして広い。
子供の歩幅で奴隷商館まで歩くのは無理があったのではと、俺は息を切らせながら思った。
馬車で来るのが正解だったな。
俺は息を整えながら、こちらに無遠慮な視線を向けてくる男達を見た。
奴隷商館は塀に囲まれていたが門は開放されていた。
敷地に入ることは容易だ。
ただその正面にある商館の扉の前に強面の男が二人立ち塞がっている。
敷地に入ろうとする俺達を睨みながら。
きゃ、と小さな悲鳴を上げケイトが俺の後ろに隠れる。
ケイトは俺より背が高いので隠れようがないのだが、隠れたくなる気持ちは分かる。
強面の男達は威嚇してきている。
これなら冷やかしで来た客も敷地に足を踏み入れず回れ右して逃げ出すだろう。
俺も用が無ければこの場は素通りしていた。
だが、今日は用がある。
俺は強面達の威圧感に晒されながら商館へと足を向けた。
冷たい視線、ぴくりともしない無表情の顔、荒事に強そうな体躯。
このゴツイ手で掴まれたら俺の細腕は簡単に折れそうだ。
「今日はどういった御用件で」
強面の一人が歓迎の意が絶無の声で尋ねる。
「えーと」
俺が戸惑っているとダリアが俺と強面達の間に割って入る。
「今日は客だ!」
ダリアが強気に宣言した。
「客です。奴隷を購入しに来ました」
俺はダリアを脇に除けつつ答える。
「……」
強面達が俺を頭から足下まで観察する。
髪は整えて来たし服も靴も綺麗めのものを用意して来た。
男の目線が動き続ける。
そしてケイトに目を向ける。
ケイトはその目を避けるように身を捩っている。
俺達は客として相応しいのか?
ドキドキする。
だがいけるはずだ。なんたってカイルは貴族なのだから、それに今着ている服だってデイムが用意してくれたものだ。
「どうぞ」
強面男が扉を開けてくれた。
どうやら客として認めてくれたらしい。良かった。
俺は強面男に会釈をして中に入る。
商館の中は赤い絨毯が敷き詰められた。
「おお」
踏むと程良く沈み込み気持ちがいい。
「お高い絨毯」
その感触に驚いているケイトが独り言ちる。
「カイル様、受付のお姉さんはあっちだ」
ダリアが俺をの手を掴んで走り出す。
「おい、ちょっと」
こういう上品ぶった所ではこちらも上品ぶるのマナーだろ!
俺は抵抗しようと思ったが
「お姉さん、カイル様連れて来たよ」
思いの外、受付が近かったため抵抗できなかった。
「カイル・フット様、当館にお越し下さり誠に有難うございます」
受付嬢が頭を下げる。
美人さんである。
茶髪茶目であるのはこの国の人種の特徴であるので驚きはしないが、髪の手入れが完璧すぎてビビる。
真っ直ぐな長髪。一本も外に跳ねていない。彼女の所作に合わせて流れそして元に戻る。
絹糸か何かなのかしら。
自然な不自然さに人工物ではないかと疑ってしまう。
受付嬢の髪を見ていると、無意識に手櫛で髪を直そうとしてしまうが、今さらだろと開き直ることとした。
寒風吹く中歩いてきたのだから髪が乱れていても致し方ない。
致し方ないが、俺の後ろであせあせと髪を直しているケイトに諦めろと言うのは止めておく。
「お姉さん、テレサのお父さんに会わせて。早く、早く」
髪ボサボサのダリアが受付机に手を掛けピョンピョン飛び跳ねる。
行儀が悪いな。
俺をダリアの両肩を押さえる。
「当方の商品である奴隷ニールにはカイル・フット様とは別に購入を希望するお客様がいらっしゃいます」
「!?」
受付嬢の言葉に衝撃を受ける。
「ちょっと待って下さい。カイル様が購入することで話がまとまっていたのではないのですか?」
ケイトが受付嬢に詰め寄る。
「未だ本契約には至っておりませんので、購入する権利は全てのお客様が有しております」
紅を引いた唇から無情な言葉が紡がれる。
確かにその通りだ。テレサパパの購入は本決まりしたわけではない。
だから誰だって購入できる。
俺は受付嬢を見つめ、次の言葉を促す。
「そのお客様が応接室でお待ちしておりますので、
カイル・フット様にはその場でどちらが奴隷ニールを購入するか、ニール本人も交えてお決めになって頂きたいと存じます」
ほお、交渉しろってか。なるほどね。
受付嬢の笑みに俺は笑顔をもって応えた。