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幼女の事情を知る

リンゴ売りの幼女の発言

「友達のお父さんを買いたいんです!」

に驚いた俺は言うべき言葉が見つからなかった。


「それは、何らかの事情によって奴隷落ちした友達のお父さんを買いたいということでいいのかな?」


幼女の発言によって大方の察しがついた衛兵のリーダー格が静かに尋ねる。

幼女は頷いて肯定した。


「なるほどね」


リーダー格は顎に手を当て考え込む。


見逃すつもりなのか?


幼女にも同情すべき事情があった。それならば、それを加味して処分を決めなければならない。

そんなことを考えているのか難しい顔で思案しているリーダー格の青年は放っておいて、俺は幼女に話しかける。


「リンゴ売った儲けで、その人買えるのか?」


素直な疑問であり核心的な疑念でもある。


幼女は悔しそうな顔をして俯いてしまった。


「……」


罪悪感で胸が痛いな。


「それは難しいね。子供が稼いだお金で買える程度なら、その人も自分を売ったりしないだろう」


リーダー格が追い打ちをかける。

俯いたままの幼女が籠紐を強く握りしめる。


現実は非情で否定し難い。


この幼女もそれを理解している。

それでもどうにかしようと足掻いている。


奴隷は高価だ。

奴隷の販売金額が、その奴隷が自分の身と引き換えに要求した対価と言って差し支えない。

人生を売り払った対価が安いわけがないのだ。


「その親父さん、どうして奴隷になったんだ?」


俺はさらに疑問も重ねる。

奴隷になる人間は金に困っている。

手持ちの金でも借金しても必要な金額に届かなかった場合、その人間は奴隷となってその金を工面する。


その父親も何らかの事情で金が必要になったはずだ。

その事情が自業自得的なものでなかったら、俺はこの子の味方になろうと思う。


俺は幼女の返答を待った。


「テレサとトムが体が動かなくなって、それを助けるために大金が必要だったから」


「モーリス村の子供の事か!?」


リーダー格が驚きの声を上げる。


「そう」


「そんなに有名なんですか?」


俺はリーダー格の驚いた様子に面食らう。


テレサとトムがこの幼女の友達で、奴隷になった男の子供だというのは分かる。

だが、なぜ村の名前を特定できたのか?


リーダー格が偶々知っていただけという可能性もあるが、

この学術都市のまわりにはいくつもの街や村があるので、モーリス村の状況だけを偶々把握していたということは考えにくい。


「……」


俺はリーダー格の返答を待つ。

警戒心と不満が表情に出ないように苦心する。


もしもだが、この都市の衛兵が周辺地域の情報を収集把握しているのだとしたら、警戒すべき事態だ。

俺はカイル・フットのなりすまし。

身バレするわけにはいかない。


学術都市の情報網がどれほどのものか、リーダー格の発言で当たりをつけたい。


「衛兵隊の中ではね。市民はまだ知らないはずだ……」


「……」


俺をじっと見るリーダー格をじっと見返す俺。


リーダー格の口が重い。俺を値踏みするような視線に慎重さが覗える。

市民に聞かせられない話なら身分を明かすのみ。


「申し遅れましたが、僕はカイル・フットと申します。

田舎貴族ですが何かお力になれることがあるかと思いますので、宜しければ事情を聞かせていただけませんか?」


俺の発言に衛兵3人組はもちろん幼女も目を丸くして驚いた。


「フット……フット領というと天覧山脈の麓にある魔獣防衛の最前線であるあのフットですか?」


「はい、そのフットです」


俺はリーダー格の問いに端的に答えたが、フットの言葉にさらに動揺が広がってしまった。


どれだけで危険地域だと思われているんだ、フット領?


「か、カイル様が、こちらにいらしたのは、やはり御領では幼少期を過ごすのは危険すぎるからですか?」


リーダー格は恐る恐るという態度だが、興味を隠し切れずこちらの事情に踏み込んできた。

そして、何か勘違いしている。


「危険な土地であることは認めますが、僕がここにいるのは春からこの都市の魔法学校に通うことになりましたので、一足早くに引っ越してきただけですよ」


俺はやんわりと勘違いを正す。


「その若さで入学を認められたのですか!? それはすごい! 私も卒業生ですが、私の代ではいませんでしたよ」


リーダー格は感嘆の声を上げた。


魔法学校は15歳、16歳で入学するのが慣例となっている。

この慣例は、その年頃になれば実力と礼儀を修めているのでエリートが集う場に送り出しても落伍する可能性が低くなるためだ。


だがこれは慣例であり、原則ではない。

魔法学校の入学には年齢制限はない。優秀と認められた者は12歳でも10歳でも入学することが出来る。


だから俺だけが特別扱いされているわけではないのだ。

ただリーダー格が言うように人数が少ないだけなのだ。


……友達できるか心配です。って先の心配しても仕方ない。

というかこの人も魔法学校の卒業生かよ! 多いな先輩。


俺は俺でリーダー格の発言に驚いてしまう。

っていうかそろそろ名前教えてほしいなと先輩に目で訴えかける。


「失礼しました。私はベンジャミンと申します。貴族ではないので姓はございません。気安くベンジャミンとお呼びください」


ベンジャミンは恭しく頭を下げる。そして後ろの衛兵2人を紹介した。


「では、ベンジャミンさん、どうしてこの子の話だけでモーリス村の話だと分かったのですか?」


「この子の話した内容と私達衛兵に伝達された情報、魔鳥警戒情報と内容が合致していたからです」


魔鳥、気になる言葉だが、一旦後回しにする。


「危険情報はこの都市に集まってくるというわけですか?」


「おっしゃる通りです。私達衛兵の使命はこの都市を守ること、そのためには常に危機に備えておかねばなりません。周辺地域の情報を集めるのもその一環です」


やはり情報収集は行っていたか。

都市防衛のためには必要な行為なので当然と言えば当然な話だ。

俺が異世界人を舐めていただけだ。


それにしても魔鳥か。


「その魔鳥は退治できたのですか?」


「いえ、まだです。現在狩人達が捜索中ですが発見できていないそうです」


ベンジャミンは眉間にしわをつくる。

人間を襲う魔鳥がどこにいるか分からないという状況は都市防衛を担う衛兵にとっては気の抜けない状況だろう。


いつこの都市に舞い降りるかも分からない。決して他人事ではない。

俺も注意しておこう。


「魔鳥の件は看過できませんが、今はこの子の処遇を決めるのが最優先でしょう」


俺は幼女に視線を向ける。幼女は身構えつつも俺とベンジャミンの顔色を窺っている。


「この子の事情は分かりました。ですが事情が事情なだけに止めろと言っても止めないでしょう?」


ベンジャミンは俺に話しかけながら幼女を流し見る。


「……」


幼女は沈黙したまま、だがベンジャミンから視線を逸らさなかった。

友達の父親を助けるまでは、この子は何度でも違法行為を繰り返すだろう。


覚悟を決めた幼女。

この幼女を罰することは容易だ。だが、誰も幸せにはならない。

それが分かっているからベンジャミンも苦しんでいる。


この人も良い人だな。


俺はベンジャミンも気に入った。だから2人とも助けよう。


「僕がその奴隷を買いますよ」


「よろしいのですか?」


ベンジャミンは一瞬驚いた表情を浮かべたがすぐに申し訳なさそうな表情になった。

打開策はこれしかない。

ベンジャミンもそれが分かっていて、俺が口に出すのを待っていた。


「テレサのお父さんをどうする気!?」


幼女は奴隷の身を案じ食って掛かる。


「どうもしない。モーリス村に帰すだけだ」


見ず知らずのオッサンを側に置いておく程俺は心が広くない。


「うそ」


俺の回答に呆気にとられる幼女、俺が奴隷をこき使うとでも思っていたためか俺の態度に理解できないと困惑している。


このままでは俺が金を払い、俺だけが損をしている。


幼女が困惑するのも無理はない。


「もちろん金は返してもらう。真っ当に働いて返せ。それが条件だ」


大甘条件だが、約束は約束だ。守ってもらいたい。


「わかった」


幼女は力強く頷いた。


こうして俺は奴隷を購入することとなった。

幼女はベンジャミンと二度とリンゴの無許可販売をしないと約束し、幼女の身柄を俺が預かることでこの場は丸く収まった。

ユニーク500人超えていました。

ありがとうございます。

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