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リンゴ売りの幼女

入寮を済ませた俺は善は急げと狩人ギルドの門を叩いた。

ギルドで紹介された親方は気の良い人で近いうちに俺の兄弟子になる人と会わせてくれるらしい。


基本的に、狩りはその兄弟子とともに行う。

兄弟子がどういう人物かは不明だが、これで俺の狩人としての道が開けた。


自立への第一歩を踏み出した俺は浮かれた気分で街を歩き回っている。

冬の寒風も俺の明るい未来を想えば気にならない。


ワクワクするなぁ。


スキップしそうになるのを自重し街路を歩く。馬車が通るような幅のある道ではないので馬車に轢かれる心配をしなくてよい。

だが、周囲の治安は良いとは言えないようだ。


治安の良し悪しは道の良し悪しで分かる。


街を散策し始めた俺にケイトが教えてくれたアドバイスだ。


大通りは人出も多いし馬車も通るため清掃も行き届いている。

商店通りもお上から客商売を許されているのだからまともな店しかない。そういった店は客の評価を気にして店先の道を綺麗にしている。


今、俺が歩いているここは大通りでも商店通りでもない。

住宅街の一画、人通りも疎らな小路だ。

石畳もあちこち欠け、道端にはゴミが転がっている。


お世辞にも綺麗だとは言い難い。

ケイトのアドバイスを信じるのならばこの辺りは治安が悪い場所だ。


それを証明するかのように俺の行き先で、

小さな女の子が3人の男達に取り囲まれている。


ナンパにしては女の子が幼すぎる。

恐喝だろうか。


俺は男達の目的を推察する。


幼女は背中に籠を背負っている。

もしかしたらあの籠の中に金目のものがあるのかもしれない。


気になる。

なぜ幼女が取り囲まれているのか、その理由が気になる。


俺は男達に側を通り過ぎるため進路を少し変えた。


幼女を壁際に追い込み三方から取り囲んでいる男達の背中からは

逃がさないという気持ちがありありと感じ取れる。

だが、殺気立っているようには見えない。


これなら幼女がすぐさま危ない目にあうことはないだろう。

一先ず安心だな。


状況は落ち着いている。

ならもう少しリスクを冒していい。


俺は男達の会話を盗み聞きするために、さらに接近する。


幼女は気丈に顔を上げ男達と対峙している。

感心してしまうほどの胆力だ。

普通なら泣いて助けを呼んでいる場面だと思う。


幼女が助けを呼ばないのは、呼んでも無駄だと諦めているからかもしれない。

小路に人がいないわけではない。

だが、誰しもが目を合わせず通り過ぎていく。


関わり合いたくないという意思表示。

助けを求める気も失せるというものだ。


幼女と目が合う。

幼女の視線を追って取り囲んでいた男達も俺の方を見る。


「……」


そんなに見つめられても困る。

4人の視線が突き刺さり俺の歩みが止まる。


「何か御用でしょうか?」


俺は一同を見渡しながら尋ねる。

あくまで巻き込まれた第三者の態度だ。


こちらが質問したので何かしらの反応が返ってくる。

俺はそれを警戒して相手の様子を注視する。


敵意はないか? 怒っていないか?


男達の表情を観察し心の内を洞察する。


対峙して分かった事は、男達が20歳頃の青年だという事と身なりが良いという事だ。


金に困っているようには見えない。

なら、恐喝ではない?


ならばナンパかと青年達を改めて観察する。


3人とも俺を見つめる瞳が当惑の色を浮かべているだけだ。

欲望に血走った瞳をしているわけではない。その瞳はあくまで理性的だった。


「何もないよ。済まなかったね。気にしないで行ってくれ」


リーダー格だと思われる青年がやんわりと立ち去ることを促す。

子供相手に穏便に事を済ませようとするのは、良い人かとんでもない極悪人かのどちらかだ。


どっちだ?


今のままでは判断できない。

情報が欲しい。

俺は幼女に目を向ける。


「お願いです。助けてください!」


幼女は俺が首を突っ込み気が満々なのを察したのか助けを求めてきた。


「お兄さん達は悪い人なんですか? だったら衛兵呼びますよ?」


俺は脅しで相手の反応を窺う。


「僕達がその衛兵だよ」


リーダー格の青年が短く嘆息する。

その発言に俺は少なからず動揺する。

彼らが落ち着いて俺に対応しているのは、自分達に正義があると確信しているからかもしれない。


だが、彼らは私服だ。

衛兵の制服を着ていない。

信じるに足る証拠がない限り、俺は疑いの目を向ける。


「なんなら詰所に行ってもいいよ」


余裕の態度。


本物かもしれない。

俺の心が傾く。だが、彼らの正体が衛兵でも別に構わない。

この場で重要なことは、


「その子に何の用なんですか?」


困っている女の子を助け出すことだ!

俺は核心へ踏み込んだ。


「この子はね、無許可でリンゴを売り歩いているんだよ」


無許可の言葉に俺は驚き、すぐさま幼女に真偽を問う。


「……」


スッと目を逸らした。


「事実か」


俺の口から気の抜けた声が漏れる。


この都市で商取引をするためには、商人ギルドに加入する必要がある。

商人ギルドに加入するためには大金が掛かるので、それを払えない者または払う気がない者は無許可営業に手を出してしまう。


この幼女もその1人ということだ。

青年達もそれを発見し絶賛取り締まり中ということだろう。


悪いのは幼女。


なら俺のすべき事は何もない。


「それなら、仕方ないですね」


俺は頭を下げこの場を離れる。


「待ってください!」


幼女が声を上げる。

呼び止められても助ける理由がない。

俺は力なく振り返る。


今にも泣きそうな顔がそこにあった。

縋るような目をされても対応に困る。


事情があるのだろう。


幼女から必死さだけが伝わってくる。


「悪いと分かっていて、なぜリンゴを売っているんだ?」


俺は若干冷たい声で言った。

これで事情を話さなければ見捨てると視線で告げる。


それを受けて幼女の視線が彷徨う。だが覚悟を決めたのか俺の目を真っ直ぐ見つめた。


「友達のお父さんを買いたいんです! だからお金が必要なんです!」


「……え?」


お父さんって買えるの? 友達の?


俺は言葉の意味が分からず幼女を凝視する。

幼女は顔を赤くして息が荒い。


嘘を言っているわけではなさそうだ。


つまり、友達のお父さんは買える!


俺の異世界知識がまた1つ増えた瞬間だった。


1000PV突破しました(自分含む)。

読んでくれた皆さん、ありがとうございます。

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