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入寮

俺は階段を上り始める。

それに合わせて少尉も動き出した。


この人、寮の中まで入ってくる気か。


呆れるが、別に付いてこられても困ることはないので黙認する。


だがそれを許さない人間が一人いた。

ロイが俺と少尉の間に割り込んできた。


「関係者以外はご遠慮ください」


有無を言わさぬ口調に強い意志を感じた。


どうやら少尉達はここまでのようだ。


少尉もそれを察して肩をすくめる。


「分かりました。自分達はこれで失礼いたします」


恭しく一礼する少尉達。


さよなら少尉。俺は心の中で敬礼し階段を上がる。


階段を上がると奇麗に刈り込まれた芝生と白い壁面そして大きな扉が目に飛び込んできた。

両開きの扉。大勢の人間が行き来しやすいように作られたのだろう。


では行くか。


意を決し俺が扉に手を掛けようとした時、勝手に扉が開いた。


自動ドア!?


俺はとっさに後ずさる。


「お待ちしておりました。ようこそ、蒼穹寮へ」


元気よく飛び出してきた少女が明るい声で言った。


「よ、よろしく、お願いします」


驚いた俺は何とか挨拶を返す。


「私はケイト。この蒼穹寮の従業員です。何か困ったことがあれば何でも言ってください」


ケイトと名乗った少女は朗らかに笑った。

元気娘。それが俺の第一印象だ。


「僕は」


「カイル・フット様」


先に言われた。

戸惑う俺の反応に機嫌を良くしたのかケイトはさらに言葉を続ける。


「フット領領主のお孫様で、弱冠12歳の若さでこの国一番の魔法学校に入学する事を許された天才。そして近い将来、その名を知らぬ者がいない程の大魔法使いになられるお方」


ですよね、とケイトが俺の後ろにいるロイに笑いかける。


盛り過ぎだろ。

俺は非難がましい視線をロイに送る。


「カイル様の実力ならば起こりえない未来ではございません。少なくとも私はそう信じております」


ロイは胸に手を当て本心であることを告げる。


信じるな。とツッコミをいれたいところだが、従者が主家の子息に華々しい未来を期待する事はおかしいことではないので、ツッコミは我慢するしかない。


「未来の英雄様が私の寮に入ってくれるなんて光栄です。ささ、どうぞ中へお入りください」


ケイトはニコニコしながら俺を中へと案内する。


1階のエントランスは広々としていて開放的だ。

端にはテーブルとイスが並べてある。

エントランスの左右、奥まった場所に先に進める廊下が見える。


「まずはこの寮の寮管と寮母を紹介します」


ケイトが先導しエントランスの奥の通路を目指す。


寮管と寮母、これから世話になる人だ。

どんな人だろう。

ケイトがのんきそうにしているので怖い人達ではないだろうけど。


なんか緊張してきた。


ケイトとも初対面だが、突然現れ一方的に話しかけられたため緊張する暇がなかった。


俺の前を歩くケイト。

短い髪が微かに揺れている。

年齢は15歳位、エプロンの腰紐で身体の曲線が一部があらわになっている。


そして、俺は決してエロ目線でケイトの後ろ姿を眺めているわけではない。

後ろを歩いているから見ちゃうのは仕方がないのだ。


やはりエプロン姿は良いものだ。


俺は奥の通路を進むのかと思っていたが、その手前で開け広げられた扉があった。

ケイトはその扉をくぐる。


中は整然と並べられてた長テーブルとイスがあり、窓際には台所があった。

ここは食堂だ。


中に男女の2人組がいた。

2人ともケイトによく似ている。


男は中肉中背で温和な雰囲気を纏っている。

女はケイトがふくよかになったような体形で、勝気な眼差しをしている。

あと胸がでかい。エプロン越しでもその存在を主張している。


「こっちがこの寮の管理人のゴードンで、その隣が寮母のカミラです」


ケイトが2人の傍に立つ。紹介されたゴードンとカミラはそれぞれ一礼する。


「カイル・フットです。今日からお世話になります」


俺も2人に一礼する。


「そして私の両親でもあります」


ドヤと自慢げに発表するケイト。


やっぱりそうか。


「あれ? あんまり驚いてないですね?」


小首をかしげるケイト。


「よく似ているので、驚くより納得のほうが勝りますね」


「えぇーそうですか」


不満そうな顔をするケイト、そんなケイトにゲンコツを落とすカミラ。


「カイル様、ここからは寮母の私が案内させて頂きます」


頭をおさえて呻いているケイトを無視して、姿勢を正したカミラが案内を申し出る。


「ええ、私がやるよお母さん」


ケイトがカミラの腕に絡みつく。仲の良い親子のようだ。


「いいですよね、カイル様?」


「はい。宜しくお願いします」


ここで断ったら、ケイトが駄々をこねて時間を浪費するおそれがあるので素直に提案を受け入れる。


「やった。ではついて来て下さい」


ケイトが小さく跳ねてカミラの傍を離れる。

俺はケイト両親に一礼してからケイトの後を追う。


奥の通路には階段があった。


「カイル様のお部屋は2階の奥です」


ケイトが軽やかな足取りで階段をかけあがる。

そのせいでスカートも揺れる。


それにしても

「奥か」


呟きが零れた。

移動に不便な場所だから小さな不満が口から出てしまった。


それは誰かを責めるつもりで出た言葉ではない。

だが耳ざとい者はそれに反応した。


「申し訳ございません。今空いている部屋ではあの部屋が一番利便性が良いと愚考致しました」


「卒業生が退寮したら部屋が空きますから、その時部屋替えしてもいいですよ?」


後ろから付いて来ていたロイが距離を詰め謝罪してきた。

先ゆくケイトが振り返り不満の解消策を提示してきた。


前後から同時に話しかけられた俺は、


「いいです。大丈夫。そのままで大丈夫です」


オロオロしながら不満がないことを表明する。


「そうですか。希望するならいつでも言ってくださいね」


そう言ってケイトは前を向く。


ロイさん、俺は大丈夫です。そんな顔しないで下さい。


そんな想いを視線に込めロイをなだめる。

神妙な顔で頷き返すロイ。


何とか場を収めた俺はそこから無言を貫く。

廊下を歩き、部屋の扉の間隔から室内の広さを推測する。


2部屋以上はありそうだ。

一人で暮らすには広すぎるようにも感じる。


良い所を選んでくれたようだ。

俺は有難さと申し訳なさを感じてしまう


そうこうしているうちに廊下の突き当りまでやって来た。


「ここがカイル様のお部屋です」


ケイトが部屋の鍵を開け俺を招き入れる。


俺の部屋。

現実世界でも一人部屋を割り当ててもらっていたが、両親の管理下にあった。

だが、ここは違う。


「基本的に、私達は寮生の部屋には立ち入らないので、部屋の掃除は各自にお任せしています」


いいね! 掃除ぐらい自分でやるよ。


「お風呂、トイレは完備しています」


いいね。共用は気疲れしちゃうから個人専用は有難い。


「こっちが寝室です。収納場所もたくさんあるので衣装持ちさんも安心です」


いいね。収納スペースが足りないと俺の部屋みたいに足の踏み場もない部屋になってしまうからな。


ケイトの説明を聞きながらテンションが上がる。

俺は自由だ。


「うちの寮は敷地内に寮生の従者の方がお住みなる別棟もあります。

カイル様名義で一部屋お貸ししていますので、そちらの管理もお願いしますね」


「ぅえ?」


変な声出た。


従者用の部屋?


従者がついてくるなんて聞いていない。


俺はロイに向き直る。


「万が一に備えて用意させていただきました」


固い声音で俺の視線に応える。

俺は続きを促す。


「カイル様の自主独立の意志は尊重致しますが、その御身はまだ幼い。お風邪をお召しになることもあるでしょう。そのような時に、看病する人間が一人もいないというのは由々しき問題なのです」


「それはそうだが」


俺は言葉に詰まる。ロイが言っていることは正論だ。

だが、フット家の関係者が傍にいたら俺はカイル・フットは演じなければならなくなる。


それは嫌だ。


従者はいらないと口に出そうとした時、


「ご安心ください。普段は誰もおりません。非常時にフット家から派遣させていただきますのでその際にはお傍に侍ることをお許しください」


白髪の混じる頭を下げるロイのつむじを見つめながら俺は居心地の悪さを感じた。


「……分かった。許す」


「有難うございます」


ロイがもう一度頭を下げる。


年上のオジサンに謝罪されるのも感謝されるのもどうにも慣れないな。


俺はバレないよう小さくため息を吐いた。


その後、洗濯場、談話室、食堂、中庭など見て回った。


「では、カイル様。私のそろそろお暇させていただきます」


寮を一通り見て回った後ロイが辞去の言葉を俺に告げた。


「ご苦労だった」


ロイさん、お世話になりました。


「とんでもございません。これが私の務めですから。カイル様、ご自愛なさってください」


ロイが小さく微笑む。

別離の悲しみか。

俺の見つめる瞳がひどく優しい。


「ロイも道中気を付けて」


俺は何とか言葉を絞り出してロイを送り出した。


ロイの背中が小さくなっていく。

異世界に来てから一番言葉を交わした相手だ。

そして俺を俺だと知っている数少ない人だった。


その人物が遠くに行ってしまう。


「……」


この感情は何なんだろうか。

不安? 歓喜?

よく分からない。


だが、1つの思いが次第に大きくなっていく。


俺はこの異世界で独りになったのだ。


「カイル様。夕食何食べたいですか?」


一緒に見送りに来ていたケイトが俺の顔を覗き込むように声を掛けてきた。


「……」


独りだが一人ではないらしい。

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