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学術都市

木枯らしが吹く街路を俺達は歩いていた。


「さむい」


俺はそう呟きマフラーを巻きなおす。


「もうすぐ着きますのでご辛抱下さい」


先導するロイが気遣わしげ振りむく。

俺が頷いて応じると横からレックス・アスター少尉が会話に参加してきた。


「いやー雪が降る前に新居が決まって良かったですね。カイル殿」


少尉が人好きする笑顔を向けてくる。


「そうですね。フット領を出発した頃は今日明日にでも雪が降りそうな雲行きでしたからね。この都市に到着するまで天候に恵まれたのは僥倖でした」


俺も自然な口調で少尉に応じる。

少尉が隣を歩いても普通にしていられる。

それだけの時間がこの学術都市への道程にはあった。


魔法学校の入学は春からだ。

その為冬の間はフット領で過ごし春になってからこちらに移動してきてもよかった。

だが、カイルの妹がそれを許さなかった。

軍支部から解放された俺はデイムの屋敷でカイルの妹と顔を合わせた。

結果、俺は拒絶されてしまった。


仕方ないと思う。


カイルの妹と一緒に暮らすのは難しそうだったので、それならばさっさっと魔法学校のある都市に行ってしまおうとフット領を後にした。


道程の護衛にはついたのはフット騎士団となぜかアスター少尉率いる小隊だった。

少尉はフット伯爵家の後継者に何かあってはいけないからともっともらしい事を言っていたが、

要は監視だ。


俺が道中逃げ出さないように目を光らせ、学術都市に着いたら俺がどこに居を構えるか確認しようという魂胆だ。

その証拠に、俺が目立つから嫌だと言った軍服もあっさり脱ぎ捨て私服姿で俺の隣を歩いている。

俺の背後を守る軍人二人も私服姿なので、俺達五人は目立つことなく寮を目指すことができている。

他の人員は通行人に混じり周辺警戒にあたっているはずだ。


すれ違う人は当然見知らぬ人だ。

見知らぬ人に見知らぬ風景。

行き先だって分からない俺の新天地。

知らないことだらけだ。


「少尉は、この都市に来たことありますか?」


俺は何気なく尋ねる。


「あります。というか住んでいましたね」


「そうなんですか!?」


住んでいたとは正直驚いた。


俺の驚いた態度に面食らったのか少尉は目を丸くする。


「こう見えて自分も魔法学校の卒業生なんですよ。だから在学時はこの先の学生区画で生活していました」


先を見つめ、懐かしいなと呟く少尉。


優秀な若者はこの都市に集まる。


「すみません。非礼をお詫びします」


俺はレックス・アスターを貶めてしまった。

短気な人間ならバカにすんなよと怒り出す場面だ。


「そんなに気にしなくていいですよ。

魔法学校の卒業生であることに誇りを持っているのは事実ですが、自分より優秀な人間は何人もいましたからね。自分の分というものは弁えているつもりです」


少尉は苦笑を浮かべ俺の失言を水に流してくれた。


いい人だ。


俺は少尉に感謝しつつ自分の迂闊さを恥じた。


少し考えれば分かったものを学術都市に来て浮足立っていたせいで思い至らなかった。

反省。


俺は自分を戒め慎重に会話を続ける。


「学生区画とは?」


「文字通り、学生達のための場所です。寝起きするための学生寮にはじまり、飲食店、授業で使う道具類を取り扱う商店、などなど学生生活で必要なものが全て揃っている場所です」


「それは便利ですね」


「ええ、まさに。この都市の主役は魔法学校に通う学生達ですからね。都市も学生達に対して色々な便宜を図っています。学生にとっては最高の都市でしょう」


少尉は嬉しそうに自分の住んでいた都市を誉めそやす。

きっと楽しい学生生活だったんだろう。


俺が少尉の話に相槌を打って歩いていると視界が開けた。

正面の建物が遠い。その前には舗装された道が左右に延びて横たわっている。

どうやら目抜き通りに出たらしい。

人通りも多い。


この道の先は。

俺は顔を上げる。

山がある。

そして山の中腹にいくつか建物が見える。


「あれが魔法学校」


俺が春から通う学校だ。

若き才能が鎬を削る鍛練場。ここでの成績が将来の進路を決定づける運命の地。

そんな覚悟を胸に秘めた若いやつが国中から集まってくる場所だ。


「……」


行きたくない。行きたくないなぁぁ。


俺は学校を見上げながら内心で嘆く。

嘆いてみても現実は変わらない。それは分かってはいるが嘆かずにはいられない。

支部長に俺の存在を見逃してもらったため、俺はカイルとして魔法学校に通うしかなかった。


「さあ行きましょう。カイル様の入寮される学生寮はこの通りを超えた先です」


ぼんやり突っ立っている俺に先導のロイが声を掛けた。

俺はロイの背中を追う。


目抜き通りの石畳は小路のそれより大きく分厚い。

馬車が往来するからその重みに耐えられるものを敷き詰めているのだろう。

身軽なカイルの体で踏みしめてもびくともしない。


俺達は小走りで目抜き通りを突っ切り一本の小路に入った。

しばらく歩くと喧騒が遠くなり往来する人がいなくなった。

周りの建物も商店ではなく住宅へと姿を変えていた。


「この辺りから学生区画ですね」


やはりか。

俺の考えを肯定するように少尉が言葉にした。


「ここには様々な学生寮が建ち並んでいます。

格安ですが部屋しか貸していない寮や、反対に高額ですが料理、掃除、洗濯など全て世話人がやってくれて貴族のような生活ができる寮もあります」


「やはりそちらですか?」と少尉が身をかがめて聞いてきた。

貴族であるカイルが自領での生活と同水準の生活を希望することは自然なことだ。


だが、俺はカイルではない。

俺はできるだけ他人の世話にはなりたくないと思っている。

もし見知らぬオバちゃんに自分のパンツを洗われてしまったら、俺は、俺は、きっと死ぬ。


そのため学生寮の条件については、そのあたりのことも含めロイと話し合い済みだ。

ロイならば、きっと良い感じの寮を見つけてきてくれたはずだ。


だから、少尉にはこう返した。


「いえ、もうちょっと自活できる寮だと思いますよ」


「自活なさるのですか?」


少尉は驚いたのか一瞬声が大きくなる。


失礼だな。驚かなくてもいいじゃないか。


少尉も失言したことを理解しすぐさま謝罪した。


「失礼しました。お許しください」


「いえ、構いません」


俺は何も気にしていない風に応えた。

これで貸し借りなしだ。

少尉はいい人だが、味方ではない。軍の人間だ。

デイムと支部長が獣人問題で反目し合っている以上、軍の人間にこちら側の弱みを握られるわけにはいかない。


チャラになって良かった良かったと内心で喜んでいると、先導のロイが立ち止まった。

なので俺達も立ち止まる。


「こちらがカイル様が入寮される学生寮でございます」


ロイが手を伸ばし学生寮を紹介する。


階段を上った先に三階建ての立派な建物が鎮座していた。

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