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異世界ソウルチェンジ -家出少年の英雄譚-  作者: 宮永アズマ
第1章 異世界オンユアマーク
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別れそして出発

朝食を摂り、しばらくのんびりしていた俺に、


「すぐに出発するよ」


とデイムが声を掛けてきた。


俺は外套を着こみデイム達と外に出た。


「馬車だ」


屋敷の門の前に馬車が停まっている。

というか馬だ。

面長な顔にたてがみ、すらりとした背中そしてふさふさな尻尾。


マジ馬だな。

俺は一人納得し頷く。

異世界にも普通の馬がいるんだと感心してしまう。


きっと翼や角の生えた馬もどっかにいるんだろうな。夢が広がるなぁ。


異世界生活への期待が膨らむ。

膨らむがここは一度中断させねばならない。


馬車の前にサリムが立ち塞がっている。

白髪で顔にシワが刻まれているが顔色は良さそうだ。


魔狼撃退戦、戦後処理といろいろ働きっぱなしのはずなのに大したものだ。


サリムは俺に目を向ける。

真剣な眼差しに切なさがこもっている。


俺は息をのむ。一歩下がろうとする足を何とか留める。

サリムが俺の両手を手に取る。

サリムの手は皮が厚くゴツゴツしていた。


「タクマ様、有難うございました。貴方様のおかげでこの街は救われました」


深々と頭を下げるサリム。

サリムにも俺の正体を明かしているだと察する。


「俺はカイルとの約束を守っただけです。感謝はカイルにしてあげてください」


「ええ勿論です。カイル殿のこの街への私共への友愛の念、このサリム一生忘れません」


俺の両手を握る力が強くなる。これでカイルの献身も報われる。


「それなら良かった。……サリム殿、そろそろ顔を上げてください」


俺はこの街を救った。だがそのことについて恩着せがましい事は言うつもりはない。

だから、この状況がとても気まずい。


俺の願いが届いたのかサリムが顔を上げてくれる。


「……」


切ない眼差しを俺に向けている。

なんか苦手だ。

俺を見ているのか。それとも俺を通してカイルを見ているのか。


俺には判断できない。


「タクマ様のご助力も決して忘れはしません。老体の身でありますがこの御恩はいつか必ずお返します」


「いや、その……」


魔狼との戦いも終わってしまえば大した労力は割いていない気がする。

五体満足だし体調も万全だし、何より実戦経験を積めた。

これは大きい。だから、むしろ感謝すべきは俺の方かもしれない。


死傷者がでているので、ありがとうなんて口が裂けても言えないが。


「あまり気にしないでください。それに私もサラ殿達に何度も助けて頂きましたので」


サリムの隣にいるサラ達に水を向ける。


「お客様をお守りするのは当然の事です」


すげない対応をするサラ。俺はさらに言葉を重ねる。


「それでも助けてもらったのは事実だから感謝しているんだよ」


俺は真っすぐサラを見つめる。


「……どう、いたしまして」


そう言って俯いてしまう。


やっぱりこの子褒められ慣れしてないな。

まあ俺も人の事は言えないが。


沈黙したサラに代わりサリムが口を開く。


「孫娘が皆さんのお役に立てたのであればこれ程嬉しいことはありません」


「サラ殿もイネス殿もよく尽くしてくれました。おかげで滞在中は快適に過ごすことが出来ました。ありがとう」


デイムがサリムに二人のことを褒め、最後の言葉は二人に向けて発する。

サラは頬を赤くしイネスははにかんだ笑みを浮かべる。


「私達が皆さんに礼を尽くすのは当然ではありますが……私達の関係が人と獣人がお互いの手を手に取って協力できるという証になります。

デイム殿、これからも末永い友好をお願いいたします」


サリムがデイムの手を取り頭を下げる。


「それはこちらからもお願いいたします。

この地域の安定は人だけでは維持できませんので、どうかこれからも獣人の皆さんの御力をお貸しください」


「もったいなきお言葉、有難うございます」


デイムもサリムも頭を下げたまましばらく動かなかった。

そしてどちらともなく頭を上げ


「では、次会う日までご健勝で」


デイムがしんみりした空気を吹き飛ばすように晴れ晴れとした笑顔をサリムに向けた。


「ええ、デイム殿をご自愛なさってください」


サリムも快活な笑みでそれを受けた。


別れの挨拶は終わった。

ロイは御者台に腰掛け、デイムは馬車の中に乗り込む。

俺もその後を追う。


背後から近づく気配に気づき俺は振り返る。


「!!」


サラとイネスがすぐ傍にいた。と思ったら二人の手が俺を包み込むように広がる。

トンっと確かな衝動が胸を突く。


「なっ!?」


近い。近いっていうか二人の顔が俺の両肩に乗っかっている!

テンパる俺、でも身動きが取れない。


「「ありがとう、タクマ」」


耳元で囁かれる。

俺は頭が真っ白になりながら


「お、おう」


と何とか言葉を絞り出した。


どうするこの状況!?


戸惑うだけの俺に対して、サラ達はするりと抱擁を解き離れてしまう。


「「お元気で」」


「そっちも元気でな」


少女達の微笑みは可憐で心奪われそうになったが理性を叱咤し口を回した。


俺は何とか馬車に乗り込むと「ふう」と一息ついて席についた。


「頑張った甲斐があったね」


隣に座っているデイムがニヤニヤしながら声を掛けてきた。

俺は不機嫌さを隠さずに言い返す。


「別に見返りが欲しかったわけではありません」


これは俺とカイルの約束事であって最初から見返りなんて求めていないのだ。


「ないよりあった方がマシさ」


デイムは俗物的な発言をしながら

俺が口を開く前に腰を浮かせ御者台に座るロイに話しかけた。


「ロイ、出発だ」


「かしこまりました」


馬車が動き出した。

俺は後ろを振り向く。サリム達が頭を下げて見送ってくれている。


「良い人たちでしたね」


「ああ、私もそう思う」


俺のつぶやきにデイムが同意してくれる。


「でも敵対しているんですよね?」


「国とはね」


俺の分かり切った質問にデイムは迂遠に答える。


フット領領主であるデイムは獣人に対して穏健派だ。

それに対してフット領を有する王国は過激派だ。

獣人達を侵略者だとみなし隙あらば駆逐しようと思っている。


中々難しい立場にいるんだよな、この人は。


俺は窓から手を振っているデイムを複雑な気持ちで見つめる。

道すがら馬車とすれ違う獣人達が手を振っているのが窓越しに見えた。

デイムはそれに応えているのだ。


「良い街でしたね」


「ああ、私もそう思う」


そして馬車が俺達が守った正門を通過した。

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