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異世界ソウルチェンジ -家出少年の英雄譚-  作者: 宮永アズマ
第1章 異世界オンユアマーク
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朝から肉を喰う

薄暗い室内。

カーテン越しに射し込む日の光に朝が来たのだと悟った。


起き上がろう。

俺はベッドから這い出る。

うーん体がだるい。

丸一日寝て過ごしたせいか倦怠感が俺を包んでいる。

伸びをして筋肉と関節を解す。


「流石に寝過ぎたな」


俺は反省を口にする。

魔狼退治を終えて屋敷に戻った俺は、半日ぶりの食事をとり風呂で身を清めた後ベッドに直行した。

意識を取り戻したのは辺りが暗くなった夜だった。

夜なら、このまま寝てしまえと二度寝を敢行したら今になっていた。


「腹減ったな」


空きっ腹に耐えられず俺は素早く身支度を整えて部屋から出る。

目指すは一階の食堂。

俺が廊下を歩いていると角からイネスが現れた。


「起きていらしたのですね」


イネスが微笑を浮かべる。


「……」


なんということでしょう。

可憐な少女がエプロンに包まれている。

膝下まである白のエプロンが黒を基調したイネスの服装に映えている。


眩しい。


俺の頭は一気に覚醒した感がある。


「朝食をご用意しておりますので、どうぞ食堂へ」


イネスは一礼し俺を案内するために廊下を歩きだした。


俺は左右に揺れるイネスの尻尾に誘われるように後を追う。


しかしあれだな。

ズボンではなくスカートだったらさらに良かったのに。


若干がっかりしてしまうが、魔狼に襲われる土地に暮らすならば動きやすさを重視してズボンスタイルになるのだろう。


俺は益体もないことを考えながら階段を降りる。


一階の食堂の足を踏み入れると、既に着席しているデイム、ロイと目が合う。


「やっと起きてきたね」


「お早うございます、タクマ様」


デイムがからかうように笑い、ロイはわざわざ席を立ち頭を下げた。


カイルではなくタクマ呼びか。


俺の正体を口にしたロイだが、そのことに対して誰も指摘しないところをみるとこの場ではカイルを演じる必要はないようだ。


「すみません。ものすごく寝てました」


俺は詫び、席に着く。


「気にすることはない。私達に出来ることはもうないからね。

それに街のことは街の人間に任せるのが一番さ」


デイムがそう言ってお茶を飲む。


「デイム様のおっしゃる通りです。

後片付けは街の人間の仕事ですのでお気になさらないでください」


サラがデイムの発言を肯定しながら俺にお茶を差し出す。

サラもエプロン姿で給仕をしているらしい。


首長の孫なのにこんなことさせていいのか?

一抹の不安を覚えるが誰も気にしていないので俺もスルーすることにした。

後でサリムあたりに怒られるかもしれないが、

女の子が二人エプロン姿で俺の目の前を動き回っているという状況を崩すわけにはいかない。


俺は黙ってお茶を飲み食卓を眺める。

肉だ。香ばしい匂いを立ち昇らせている肉が何枚も重なり山になっている。


「多くない?」


朝から食べる量ではないという気持ちがこぼれた。


「獲れたてでたくさんあるから、遠慮なく食べてくれ」


俺の独り言に反応してデイムが勧めてくる。

俺は獲れたてという言葉に引っかかる。

俺達は客人で歓待を受ける側だ。美味しいものを十分な量提供されてもおかしくはない。


だが、これは多すぎる。

雑に積まれた肉の山、この盛り付け一つからも大量に余っているから惜しむ必要がないという感じがありありと伝わってくる。


獲れたての大量の肉って


「まさか?」


俺の視線で問う。


「魔狼の肉さ」


デイムが当然だろと言わんばかりの顔で答える。


「魔狼の肉は精がつきます。疲労回復には最適な食材です」


サラが俺にナイフとフォークを持たせる。


「え?」


これ食べるの?


俺はデイムとロイ、そして二人の皿を見る。

ロイが切り分けた肉を口に運ぶ。デイムの皿の肉を少なくなっている。

2人とも魔狼の肉を食べている。普通に、抵抗なく。


マジかよ!


俺はナイフとフォークを持ったまま固まる。

これは人喰い狼の肉だ。

昨日まで獣人を喰って暴れていた狼の肉だ。

それを食べるのか?


「……」


俺はもう一度皆の様子をうかがう。


デイムもロイもパンを食べお茶を飲み、そして肉を食べている。

食事を続けるデイム達の傍らでサラもイネスもすまし顔で控えている。


これが普通なのか?

人を喰った狼の肉を食べないといけないのか?

過酷すぎる。

胃が痙攣しそうだ。


喰うか喰われるかを地で行く世界。だがこれが俺が望んだシンプルな世界。

弱肉強食。


喰う!


俺は覚悟を決めて肉を口に入れる。


「……う、うまい」


噛むごとに味が染み出してくる。

甘いがあっさりしていて食べやすい。


「今は冬で脂身が少ないから味があっさりしているだろ」


「確かにそうですけど、変な味もしないし食べやすいですよ」


獣肉は独特の臭いと味がありあまり美味しくないと思っていた俺は少なくない衝撃を受けたまま

デイムに素直な感想を伝える。


「魔狼の肉は旨い。だけど旨いだけじゃない。こいつらの肉には魔素が詰まっている。

他の獣にはない、魔獣だけの特徴だ」


デイムは自慢げにフォークで突き刺した肉を掲げて見せる。


行儀悪いですよ、デイムさん。と俺が思った時にロイが咳払いしてデイムをたしなめた。


「……まあ、この魔素が重要ってことだ。この魔素を体内に摂り込めば、疲れも早くとれるし、怪我をしていれば怪我も早く治る。しかも美容にも良い。まさに良いところしかない最高の食材というわけだ。だから遠慮せず沢山お食べ」


まさに万能の食材。

これは食べるしかない。俺でもそう思ってしまう。

異世界人が食べるのも納得の効能だ。


「でもお高いんでしょ?」


だからこそ出る疑問。

この異世界の食糧事情なんて知らないが、この肉が安いわけがない。


「この街は魔狼の肉で生計を立てているといっても過言ではありません」


イネスが遠回しな言い方で肯定する。


なるほど。


「それを仕入れているのはうちだけどね」


デイムが口角を上げて笑う。何故か悪徳の臭いがする笑顔だ。


「うちの財源のひとつです」


ロイの平坦だが自信に満ちた声からそれなりの益になっていると察せられる。


俺は焼肉を眺める。

こいつらも生きるため頑張っていただけなんだ。


「……」


だが負けた。

だからデイム達の糧となった。

ただそれだけのこと。


そういえば言っていなかったな。

俺は哀悼と感謝をこめて手を合わせる。


「いただきます」

2020年、明けましておめでとうございます。

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