戦いは終わり夜が明ける
避難所まわりにいた魔狼は全て燃やし尽くした。
安全は確保できたといっていい。
そう判断したサラとイネスは子供達の遺体を一か所に集めた。
今はその周りに獣人たちが集まっている。
声を上げてて泣く子供、すすり泣く子供、そして沈痛な表情で押し黙っている大人達。
魔狼は撃退できた。
街に入り込んだ魔狼を討伐する役目の大人達がこうして犠牲者を悼んでいるのだから
そうなのだろう。
俺とロイは少し離れた場所でその様子を見守っていた。
サラ達にかける言葉がわからないし、あの輪に加わるのも違う気がするので距離を取ったが
これが正解だとは思わない。
俺は気を紛らわせるために通りに目をやる。
「あっ」
声が漏れる。掃討部隊の1隊であろう武装した獣人達がこちらに近づいてきていた。
急いだ雰囲気は感じられない。足取りからみて疲れてはいるようだが顔を上げて周囲に目を光らせている。
俺とロイは彼らに頭を下げる。
彼らも俺達のそばを通るとき軽く頭を下げていく。
俺は彼らの背中を目で追う。
サラ達と合流しサラから何かを聞いている。
犠牲者の名前だろうか。
そんなことを考えているとサラと目が合う。
サラは俺達を見ながら説明を続けている。
それを聞いていた彼らは俺達に向かって深々と頭を下げた。
「!」
俺も慌てて頭を下げる。
「感謝されても素直に受け入れられないな」
俺は心情を漏らす。
「カイル様がいなければ、この避難所は全滅していましたよ」
ロイが俺を慰めるように優しい言葉を続ける。
「避難所の子供達だけではなく私達も戦う力は殆ど残っていませんでした。
あのまま戦っていたらどこかで力尽き魔狼に喰われていたでしょう。
だから、助けてくださって有難うございました」
ロイまでもが俺に頭を下げてきた。
「いや、いや、お礼なんていいですよ。俺だってロイさんに何度も助けてもらったんですから
こちらこそ有難うございました」
俺もロイに頭を下げる。
本当に世話になった。
危ない場面は多々あったがロイ達が側にいてくれたからこそ怪我することなく切り抜けられたのだ。
本当に感謝しかない。
「カイル様」そう言ってロイが困ったように笑う。
「従者に対して軽々しく頭を下げるものではありませんよ」
「あっ、すみません」
俺は頭を下げるのを我慢して小声で詫びる。
この街にいる間はカイルのフリをする約束だった。
まあ上手く出来ていたかは不明だが
混乱した戦場で俺達の振る舞いの違和感に気付いた人間がいたとは思えないので大丈夫だろう。
サラ達を眺める。
この街での役目ももうすぐ終わりだ。
俺は空を見上げた。
天覧山脈の空が白み始めている。
「何か手伝うことありますかね?」
ロイに小声で問いかける。
「請われれば否やはありませんが、そうはならないでしょう」
「そうですか」
死者の弔い、怪我人の救護、建物の消火とやるべき事はたくさんあるだろう。
たくさんあるからといって、客分である俺達に獣人達がその仕事を任せるかといえばそうでもない。
客である俺達がでしゃばるのもよろしくないし、この街が俺達に頼りすぎるのもよろしくない。
それは対等な関係を崩すただの愚行だ。
それは誰も望んでいない。
「なら、屋敷に戻りましょうか?」
俺の問いにロイが首肯を返す。
それを受けて俺はサラ達のもとへ歩き出す。
あの悲しみの輪に声を掛けるのはかなり勇気がいる。
そう思うが言うしかない。
「サラ殿、少しよろしいですか」
俺の呼びかけにサラだけでなく周りの獣人達もこちらに目を向ける。
皆泣いて目が赤い。
ここで辞去を申し出るのは心苦しいな。
「っ」
のどが詰まって言葉が出ない。
俺がまごついているとサラが助け舟を出してくれた。
「長い時間お二人をお待たせしてしまい申し訳ございません。
魔狼の危機も去りましたのでお二人のご助力もここまで構いません。
一晩中戦い続けたのでお疲れでしょう。
屋敷までご案内いたしますのでゆっくりお休みになってください」
サラが近くの大人に目配せしこの場を任せると俺の方へ歩を進める。
「いいのか?」
「大丈夫」
俺の囁きにサラも小さな声で答える。
そして躊躇いのない歩みで俺の横を通り過ぎた。
「行きましょうカイル殿」
「お、おう」
サラの背中を見送っているとイネスが俺に肩に手を置いて先を促した。
休めるというなら素直に休みたい。
何の異論もないのでサラ達に先導を任せる。
本格的に夜が明けてきた。
街灯の光がなくともお互いの顔を視認できる。
「……」
「…何?」
俺の視線に気付いたサラが問いかけるが俺は首を振って視線を逸らした。
気になるのは他にもある。
俺が装備していた革鎧は魔狼の返り血で黒ずんでいた。
結構な範囲、というか全身返り血で染まっている。
「……」
命を奪った証拠だ。
後悔はしていないが、自分が狼を殺しまくったという事実が俺の中で上手く消化できず
もやもやとして残っていた。
ハードな1日だった。
俺は石畳を見ながら歩いていた。
疲れた。もう寝たい。
弱音を吐くのを我慢し歩き続ける。
時折、まだ屋敷に着かないのだろうかと顔を上げて景色を確認する。
街の中央区は焼けた家もなく昨日の同じ景色だった。
「本当に無事だったんだ」
俺は驚きの声を上げる。
無事なのは分かってはいたが実際目にするまでは半信半疑だった。
「対処が早かったからここまで魔狼が侵入して来れなかった」
サラが俺の独り言に律儀に反応する。
「俺達の特攻も意味があったんだな」
自分の頑張りの成果だ。守った街並みを眺めながら満足気に呟く。
だが、サラはそう思っていないようだ。
「裏門地区の皆が頑張ってくれたから」
確かにその通りだ。今日の街があるのは彼らのおかげだと俺も思う。
だが、サラの発言は自分を蔑ろにしすぎで気に入らない。
「そうだな。みんな、必死にこの街を守ったんだからな」
俺は、みんなの部分を強調してサラに返事をした。
「……そう」
サラが俺の言葉をどう受け取ったか不明だが、
燃える街を走り抜け、顔を煤だらけにしながら戦った少女が頑張っていないなんて
誰にも言わせたくない。それが本人であってもだ。
「そうだ」
俺は力強く肯定した。
それからしばらく歩いて見慣れた建物が目に入ってきた。
「デイム様です」
ロイが目敏く我が主を発見する。
デイムが玄関先で手を振っている。
俺達の帰りを待っていてくれたらしい。
馴れ馴れしいかなと一瞬思ったが、俺は彼女の孫なのだからと開き直り
デイムに手を振り返した。