炎狼よ、燃え尽きろ
「上等だ」
俺は魔狼を確殺することに決めた。
「サラ、魔法使わせてもらうぞ」
1階の屋根の上にいるサラに声をかける。
余所者の俺が街中で魔法を行使して何かしら損害を出したら後々問題になるかもしれない。
デイム達は人と獣人の友好のために戦っているのだ。
助っ人の俺がへまをしてその友好にヒビを入れるわけにはいかない。
念のため断りを入れておく。
「カイル、下の子達は」
悲鳴にも似た懇願。
サラが何を言いたいのか全部言わずともわかる。
「分かってる。巻き込むつもりはない。だから使うぞ」
サラが頷く。
俺も頷き返し魔狼を見据える。
もう動き回る体力はない。
雷鳴剣を振り回す腕力もない。
だが、魔素は十全にある。
魔法だけで完勝する。
俺は決然とした眼差しを魔狼達に向ける。
「火弾」
俺は右手を横に薙いだ。
幾つもの火弾が放射状に飛び出して魔狼に直撃する。
着弾と同時に炎が広がり魔狼の体を包み込む。
魔狼達は悲鳴を上げながら転げまわり炎を消そうとする。
「させるか」
俺は火力を高める。
さらに悲鳴を上げのたうち回るが、俺は容赦なく焼き殺した。
煙を吐き出すだけの物体となった同胞を周りにいた魔狼達は目を丸くして見つめる。
魔狼に動揺が広がっているうちに第2弾をお見舞いしてやろうと俺は魔法を練る。
「なんだ!?」
魔狼の体に火がついた。
俺が燃やす前に燃えだし俺も困惑する。
炎が燃え移るように次々と魔狼達が炎に包まれていく。
俺はあたりを見渡す。
「囲まれたか」
前後左右、燃える魔狼が俺を取り囲んでいる。
俺は火の輪の中心になっていた。
熱風が肌を炙る。
熱い。
距離のある俺が熱を感じているのに発生源である魔狼達は平然としている。
自前の炎だから自分には効かないのか?
魔狼が平気な理由がいくつか頭に浮かぶ。
だが直ぐにかぶりを振る。
「理由なんてどうでもいい」
俺の炎は魔狼を燃やした。その事実があればいい。
奴らが自前の炎で身を守るのならば、
「さらなる炎で燃やすだけだ」
炎狼と化した魔狼を見据え静かに吠えた。
俺の気迫に触発され炎狼が一斉に襲い掛かってきた。
火の輪が縮まる。熱気が高まる。
息苦しい。
俺は加熱する空気に嫌気がさす。
だから
「吹っ飛べ!」
俺は熱気を炎狼ともども上空へ吹き飛ばした。
小さな打ち上げ花火のようにすじをつくり飛んで行った炎狼達だが当然爆発はしない。
そのうち落ちてくるだろう。
俺は地上に残った炎狼達に意識を向ける。
俺に突っ込んできた炎狼達は俺が生み出した上昇気流、風陣の影響範囲に収めることが出来た。
そのため俺の周囲はまるっと空白地帯になっている。
そこに背後の炎狼が飛び込んできた。
俺は横薙ぎの風発生させ炎狼を弾き飛ばしそのままその先にいた炎狼達にぶつけた。
いくつも悲鳴が同時に上がる。
痛がる炎狼達。
「火弾」
俺は追い打ちの火弾を撃ち込んだ。
俺の炎が炎狼達を燃やす。
火力は十分のはずだ。
このまま倒すことが出来るのか炎狼の様子を観察する。
炎狼を包む炎が急激に大きくなった。俺の炎が外側へと押しやられる。
俺の魔法が届いていない。
これが奴らの防御法なのだと瞬時に理解した。
そんな事を考えながら炎の壁を注視していたら、その壁を突き破って炎狼達が突撃してきた。
自分の炎を俺の炎と一緒に脱ぎ捨てたようだ。
さらに別方向から炎狼が突撃してくる。
接近を許してしまった。炎狼の息遣いも聞こえる。
「吹っ飛べ!」
俺はまた風陣を発動させ炎狼達を空へ飛ばす。
短い悲鳴と鈍い音が空から響く。
「あっ」
意図したわけではない。
最初に吹き飛ばした炎狼達が落ちてきて
そこに2回目に吹き飛ばした炎狼達が衝突したのだ。
火の粉と血しぶきが舞う。
ぶつかった炎狼達は錐もみしながら地面に叩きつけられた。
風陣はただの時間稼ぎだった。確殺するための魔法ではない。
だがら落ちてきた炎狼達は致命傷だがまだ生きている。
もっと確実で時短な方法を採らなければ炎狼を全滅させることは難しい。
まず逃さず捕らえる。
俺は炎狼の足元に風を流す。
異変に気付いた炎狼達が慌て始めるが、俺は風を巻き上げ炎狼達を空中に浮かせた。
「カイル様!」
ロイが狼狽した声で俺を呼ぶ。
俺は返事の代わりにロイの周囲にいる魔狼達も風で巻き上げる。
そして俺はふらつく足で歩き始めた。
怯えて後ずさる魔狼も炎も纏って襲ってくる魔狼も等しく風の檻に拘束していく。
歩を進め子供達の亡骸のわきを通り過ぎる。
間に合わなかった。
罪悪感が胸を締め付ける。
もっと早く来れば、と後悔するが時間は戻らない。
今出来ること、俺が出来ることは仇を討つことだけだ。
俺は避難所を一周する。目につく魔狼は片っ端から捕縛した。
ロイが不安げな視線を向けている。
「まとめて片付けます」
俺は端的に答え空中にいる魔狼達に視線を投げる。
いい感じにくるくる回っている。
あの様子ならこちらに攻撃することはないだろう。
俺は魔狼1頭1頭を、1か所にまとめていく。
その度に風の檻が大きくなる。
そして中に何頭いるか分からなくなるほどの巨大な風の檻が完成した。
「あとは燃やすだけだ」
俺は風檻を視界に収めながら街並みを眺める。
燃える家屋、燃え尽きて倒壊した家屋、空を覆う黒煙。
全て魔狼が好き勝手暴れた結果だ。
その落とし前をつけてもらう。
炎の咎は炎で裁く。
「だから燃やす」
俺は右手を風檻に向ける。
風のうねりに熱気をはらませる。
熱量を上げる。
だが、このままではだめだ。
外側から焼いても魔狼は纏った炎で防御してしまう。
あの炎を切り裂く強い風が必要だ。
俺は左手を風檻に向けた。
風檻を維持したまま3帯の風流を生み出す。
それぞれが異なる流れを有し触れた炎狼の炎を切り飛ばす。
俺はそれを確認し、さらに熱気を込め風を着火させる。
巨大な火の玉が街の上空に出現する。
その火は街を照らす。
炎の揺らぎに街の影が躍る。
低い全てを飲み込みそうな轟音が街を震わせる。
俺はただ集中していた。
炎狼を燃やし尽くす。
そのために火力を上げる。
まだ足りないかもしれないと思い風力を上げた。
俺は火の玉を注視しながら、さらに火力を上げるかと思案する。
「カイル様、もう十分です」
ロイが俺の肩に手を置いた。
ロイの言葉に半信半疑だった俺はまだ魔法を維持した。
「あれだけの業火を浴びて生きているものなど、存在しません」
ロイの諭すような声音が俺の内に響く。
ロイがそう言うならそうなのだろう。
俺は一人納得し風檻から火を消した。
中は空っぽだった。
あれだけ詰め込んでいた魔狼が1頭も見当たらない。
「燃え尽きたか」
俺は気の抜けた声をもらし魔法を解除した。