餌となった子供達
俺達は走った。
避難所を巡り、魔狼を駆逐した。
そして、近づいてくる裏門の防壁。
裏門に近づけば近づくほど状況が悪くなっている。
魔狼が流れ込んできたのは裏門の方かららしいので被害が一番大きい。
家が燃えている。
赤々と燃え、そして黒煙を吐き出している。
魔狼が火を着けてまわっているせいだ。
放っておけば皆の住む家がなくなってしまう。
好き放題暴れている魔狼に殺意が湧く。
そして目についた。
俺は掌大の氷塊を創り放火中の魔狼に飛ばした。
氷塊は道に溢れる魔狼達の間隙を貫き標的の横っ面にクリーンヒットした。
「よし」
倒れる魔狼を見て俺は歓声を上げる。
「カイル、構わないで! 早く次の避難所へ」
「家がなくなるぞ!?」
サラに怒られ反論する。
「命がなくなるよりはマシ」
そう言われると引き下がるしかない。
サラは焦っている。
陽気に振舞っていたイネスも口数が減っている。
彼女達の雰囲気は重苦しい。
これから先は明るい展開は存在しないと理解しているからだ。
これまで俺達が救助に行った避難所では幸いにも命を落とした者はいなかった。
だが、ケガした子供達はいた。魔狼に組み伏せられていたのだ。
あと10分到着が遅れていれば助けられなかったかもしれない。
それほどギリギリの状況だった。
助けることができて本当に良かったと思う。
「……」
全員を救うことが出来ればいいが、状況的に厳しいと言わざるを得ない。
それに加え俺達パーティーの状態も悪い。
たった4人で街を突っ切ってきた俺達の疲労はピークに達している。
一撃一殺で軽やかに魔狼の群れを駆け抜けていたサラとイネスだったが、
今は俺の後ろで、お互いをフォローしながら戦っている。
動きが緩慢になったせいで魔狼を一撃で仕留めることが出来ず、晒す隙も増えている。
その隙をお互いが庇いあい魔狼の襲撃を押し返している。
「うおおお」
気合いの入った声が前方から届く。
ロイが奮戦している。
今はロイが魔狼を切り払い道を開いている。
頼もしい限りだが、そのロイも疲れを隠し切れなくなっている。
大声を出さずとも魔狼を斬り捨てていたロイだったが、今は声を出し力を振り絞っている感じだ。
俺達には休息が必要だ。
当たり前のことだ。
そんなことは皆分かっている。
でも今は進むしかない。
「避難所が見えてきました」
息も絶え絶えのロイが告げる。
避難所の周りには、まだ魔狼がいる。
魔狼がいるということは生存者がいるということだ。
「ロイ、交代だ」
俺はそう言って前に出た。
雷鳴剣の威力は十分で、魔狼達を感電させていく。
「はあ、はあ、はあ」
雷鳴剣はさほど労力が掛からないが、これまでの疲労のせいで剣の振りが鈍くなっている。
「ぅあああ」
俺は力を振り絞る。疲弊した筋肉を無理やり動かし皆が通れる道をつくる。
息が苦しい。
膝が抜けそうになる。
それでも走って剣を振り続けた。
そして避難所まで辿り着けた。
「お姉ちゃん!」
上から悲鳴が飛んできた。
2階の窓、魔狼達が室内に入ろうと身をよじっている。
それを室内から押し返そうとしている少女が見えた。
今にも力負けしそうな様子だ。
助けなくては、そう俺が思った時には2人の猫耳少女達が疾走していた。
「今行くから」
「待ってて!」
2人は魔狼の群れを縫うように走り抜ける。魔狼の相手は最小限に抑え、速度を優先している。
そして1階の屋根の上に跳躍する。
すごい。
3メートルくらい跳んだぞ。
普段なら驚きの声を上げているところだが、酸素欲しさに荒い呼吸を繰り返すしかできない。
サラとイネスは跳躍の勢いのまま一気呵成に屋根の上にいた魔狼達を斬り殺した。
イネスが助けを求めた少女に話しかけている。
少女はイネスに抱きついた。
泣いている。
「カイル様! 私達は下の魔狼を片付けましょう」
ロイが軒下の安全を確保するため走り出した。
俺はロイの背中を追った。
「あまり見てはいけませんよ」
突然の忠言に意味が分からず周りを見てしまった。
魔狼だ。どれも似たような顔をしていて判別できない。
数も多いが、見慣れてしまった光景だ。
死んでいる魔狼も転がっている。かなりの数だ。
避難所の子供達が仕留めたものだろう。
そして他にも地面に何かがあった。
引き裂かれた衣服、それを赤黒く染め上げた血だまり。
砕かれた肋骨、中は空っぽ。
頬肉を噛みちぎられ男女の性差も分からない。
子供だ。
子供の死体だ。
頭が理解した瞬間、吐き気に襲われた。
その場で足を止め、口を手で押さえる。
「っぐ、はあぁー」
えずきそうになる胃を宥めながら息を吐く。
あれは見てはいけないものだ。
俺の本能が警鐘を鳴らす。
今この場であれに囚われれば俺も同じ末路をたどる。
見てはいけない。
目をそらす情けなさに歯噛みしながら
俺は魔狼を睨む。
「っ」
また吐きそうになる。
奴らの顔の毛並みが幾つもの房に分かれ乱れていたからだ。
房は血が固まって出来ていた。
喰ったのだ。
その場面が頭をよぎり吐きそうになってしまった。
ふらつく俺をよそに魔狼の群れが、じわりと詰め寄ってくる。
獲物を見つめる静かな瞳もあれば、敵意に燃える瞳もある。
どちらも俺を殺そうとしている。
「上等だ」
俺は口の中で小さく確殺を誓った。