135 見回り
エイベル男爵との会談後、事態はさらに悪い方へと進んでしまった。
貴族達が所有している獣人奴隷を処分し始めたのだ。
貴族達から見れば獣人奴隷は所有しているだけで損する有害な資産だ。
持っていれば襲撃犯に狙われ、逃げられれば、新たな襲撃犯としてどこぞの都市を襲うかもしれない。
これらのリスクを回避するために処分という選択をした。
各地で処分が始まると、それに呼応するように闘技場襲撃が頻発するようになった。
お互いに時間が無い。
早く処分しないと襲撃される、早く救わなければ殺されてしまう、その焦りが事態の悪化を加速させた。
巻き込まれてしまった民衆の不安と苛立ちはピークに達しようとしている。
俺達が住んでいるこの学術都市も例外ではない。
「今日も何事も無いといいですね」
俺は世間話をするような気楽さでベンジャミンに話し掛ける。
ベンジャミン
この都市の衛兵
ダリアのリンゴ売りをきっかけに仲良くなった青年だ。
「おそらくは。
これまでの犯行では襲撃犯は獣人奴隷を解放するまでは隠密行動をとっています。
奴らを闘技場にさえ近づけさせなければ戦闘は起こらないはずです」
ベンジャミンが柔らかい口調で応える。
街灯の明かりが逆光となってベンジャミンの表情がよく分らない。
まあ兜をかぶっているので、もとから読み取りにくいのだが。
同じようにベンジャミンも俺達の表情を読み取るのは難しいだろう。
俺達も金属鎧、兜、そして帯剣している。
街中で武装が許されているのは都市警備の手伝いをしているからだ。
これには魔法学校の有志が参加している。
魔法学校の学生はただの学生ではない。
近い将来、戦闘職に就く強者だ。
この非常事態に役に立つと民衆が期待している。学生達はその期待に応えるべく立ち上がったのだ。
俺が参加しているのは立場故だ。
フット家の名前を背負っている以上、不名誉な行為は出来ない。
何かあった時に不参加であった事がばれれば確実に白い目で見られる。
それを回避するために参加するしかなかったのだ。
「でもいつまでも見回りするのは辛くないですか?」
ネイトが不満を口にする。
何の成果も無い見回りに徒労感を覚えているようだ。
成果を出せば就職に有利、そのため見回りに参加している学生達のモチベーションは高い。
ネイトもその一人だが気負っていた分、連日の空振りに気落ちしている。
「別にいいだろ。
俺達の仕事はこの街を守る事なんだから。
何も無いのが一番なんだよ、なあカイル」
ミックがネイトを窘める。
「ミックの言う通り、何も無いのが一番だよ。
でも、いつ襲撃を受けるのか分からないこの状況が続くのは確かに辛い。
誰かさっさと捕まえてくれるといいんだけどな」
俺は二人に同意しながら空を見上げる。
夜空に星が瞬いている。
襲撃犯が来るとすれば空からだと思う。
もしかしたらすでに街中に潜伏しているかもしれないが、見回りの数は多い、電光石火で闘技場を襲うなら空からの奇襲の方が成功率は高いはずだ。
「カイル様、何か見えますか?」
ベンジャミンが俺と同じように空を見上げる。
「いえ何も。
ただ来るなら上からだろうと思っただけです」
「可能性は高いですね。
ですが闘技場の警備兵も上空は警戒しています。後手に回る事はないですよ」
「だといいのですが」
俺は口を噤む。
最近の襲撃は初期より荒っぽくなっているらしい。
襲撃に参加する人数が増え、力押しで警備網を突破できるようになったのが理由らしい。
不安だ。
闘技場に陣取った方が良い気がする。
「……」
だがネイト達を巻き込むわけにはいかない。
本当に危険な場所だ。友達の死なんて見たくない。
一人で行きたいが今はベンジャミンの指揮下で動いている。
単独行動はベンジャミンに迷惑を掛ける事になる。
焦れる。
結局、事が起こるまで地道に見回りを続けるしかないのか。
俺はもう一度夜空を見上げた。




