124 脱出
項垂れているサリム。
俺は声を掛ける。
「サリム殿、隣国のレイリー王国に行きませんか?」
「レイリー王国?」
サリムが顔を上げる。
失意の表情に困惑の色が浮かぶ。
「はい。
レイリー王国がサリム殿達を受け入れても良いと仰ってくれています」
「なんと」
呆然とするサリム。
「本当ですか、カイル様!?」
サラが喜びの声を上げる。
「本当ですよ、サラ殿」
俺は笑顔を返す。
「でもどうして?」
当然の疑問を口にするサリム。
俺は苦笑する。
「ダメで元々と思って手紙を書いてみたんです。
レイリー王国の王妃ミラベル様に」
目を見開くサリム。
「王妃ミラベル様……」
「ご存知ですか?」
「ええ、デイム殿が昔仕えていた王女様ですよね」
「そうです、そうです。
そのミラベル様です」
ミラベル・レイリー
レイリー王国の王妃
デイムが近衛騎士を務めた元王女
彼女にデイムの死と獣人達の現状を伝え、救いを求めた。
一か八かの賭けだった。
ミラベルはエンマイア王国とレイリー王国の関係を強固にするためにあちらに嫁いでいる。
わざわざ厄介事を引き受けるわけがないと思ったが
エンマイア王国が獣人達を救わないのならば、外に救いを求めるしかなかった。
縋るような思いだった。
手紙を何度かやりとりした。
個人的なやりとりだ。
こちらは何の見返りも用意できなかった。
それでもミラベルは獣人達を救うために夫である国王を動かしてくれた。
「サリム殿達をレイリー王国の国民として受け入れてくれます。
だから、レイリー王国に行きませんか?」
俺の声は明るい。
「有難いお話です。
ですが、信じてよろしいのでしょうか?」
希望が見えた。
そして自分達に都合の良い話に警戒心を抱くサリム。
レイリー王国はサリム達にとっては新天地だ。
不安を覚えても仕方がない。
「僕も一緒に行くんで心配しないでください。
不当な扱いならば抗議しますので」
サリム達があちらで定住するまでは見届けるつもりだ。
受け入れまでは確定しているが、そこから先サリム達がどういう生活をするかは未定だ。
その辺りはサリム達のひととなりを確認してからという事になっている。
つまり面接だ。
印象が良ければ待遇も良くなるはずだ。
俺の仕事は、サリム達にストレスを与える事なくレイリー王国に連れて行く事だ。
「よろしいのですか?」
戸惑うサリム。
「構いません」
断言する俺。
ここから追い出すのだ。
それ位しなきゃいけない。
それに……
「レイリー王国にはこの国の国境に沿って移動するしかありません。
安全とは言えないルートです。
魔獣への対応はサリム殿達だけで十分だと思いますが、この国の軍への対応はサリム殿達ではなく僕の方が適任だと思います。
ですのでお任せて下さい」
同国人の方がトラブルになり難い。
国内を通過するのが一番安全だが、それは許されていない。
国境沿いのルートは次善のルートだ。
国境から遠ければ魔獣に襲われるリスクが高まり、国境から近ければ軍を刺激するリスクが高まる。
ベストな距離を探りながらレイリー王国に移動しなければならない。
神経使う行程だ。
だが、これしか用意できなかった。
「サリム殿、天覧山脈の向こう側に戻りますか?」
俺は問う。
それも選択肢の一つだ。
サリム達の逃げ場は三つしかない。
レイリー王国、山脈の向こう側、ブロウ獣王国。
どれを選ぶ?
サリムの答えを待つ俺。
「……」
サリムの目に力強い光が宿る。
「行きましょう、レイリー王国に。
カイル殿、御同行お願い申し上げます」
「喜んで。
行きましょう、レイリー王国に」
俺はサリムとがっしりと握手をした。
良かった。
道が開けた感じがする。
俺の心からやる気が湧いてくるのが分かる。
だが時間はない。
春が来る前にこの国から脱出しなければ!




