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123 別れの決意

防衛体制は完成した。

といっても獣人の街と距離が近い村にフット騎士を集めただけだ。

集めた人員分だけ他の村の防衛人員が減っているので、この体制を長く維持する事は難しい。


問題の早期解決をと望むが、それを決めるのは俺ではない。


気が重いな。


「はぁー」


溜息が出る。

車内は俺一人だ。

遠慮する相手はいない。


御者台で馬を操っているのは執事のロイだ。

ロイはデイムが亡くなってからずっと気落ちしている。

主を失ったのだから当然といえば当然なのだが、早く元気になって欲しいと思う。


今日は正式な使者としてサリムのもとに赴くので、フット家の馬車を使用している。

後ろには王国軍フット支部の小隊が同行している。

サリムとの会談の結果次第では、即戦争に発展する恐れがあると主張して同行してきた。


「はぁー」


フット家と王国軍が一緒に獣人の街を訪れる。

獣人達はこう思うだろう。

フット家は王国側についたのだと。


落胆するだろう。

それが俺の狙いだ。

俺が軍の同行を許したのは、獣人達が変な希望を抱かないようにするためだ。


見れば分かる。

だから見せる。

だから俺が言葉にする前に察してくれ。


俺だってサリム達ががっかりする顔は見たくない。

それが俺の言葉で引き起こされたら、俺だって精神的ダメージを受ける。

だから察してくれ。


「はぁー」


俺、格好悪い。


嫌な気分のまま獣人の街にやって来てしまった。

正門は開いている。

出迎えにサラとイネスが門の傍に立っている。


気が重い。


俺は意を決して馬車を降りる。


「カイル様、ようこそいらっしゃいました」


サラとイネスが頭を下げる。


「サラ殿、イネス殿、お出迎え有難うございます。

馬車の中へどうぞ」


そう言って二人を招き入れる俺。

ちらりと盗み見した守備隊の獣人達は冷ややかな目をしていた。


守備隊の暴発は……なし。

統率がとれているな。


出会って即戦争という最悪のパターンは回避された。


「カイル様、後ろの方々は」


サラが軍の小隊を気にしている。


「彼らは街の外で待機です。

中に入ってくる事はありませんのでご安心下さい」


俺は柔らかな口調で答える。


「……そうですか」


そう言って黙ってしまうサラ。


サラは何か言いたそうな雰囲気だが俺と目を合わせず俯いている。

そして、イネスから静かな怒気を感じるのは気のせいだろうか。


「……」


車内は重苦しい雰囲気に満ちている。


息苦しい。

空気はあるはずなのに。


サリムの屋敷に着くと俺は素早く外に出た。

玄関先でサリムが待っている。


サリムは穏やか表情をしている。


「ようこそ、カイル殿。

寒い中お越し下さり有難うございます」


寂しそうな笑みだ。


「今日はフット家新当主レオン・フットの使者として来ました。

僕の言葉はレオンの言葉と思って頂いてかまいません」


「承知しました。

どうぞお入りください」


「失礼します」


サリムの屋敷に入る俺。


案内されたのは以前と同じ応接室だ。

向き合ってソファに座る俺とサリム。

俺の後ろにはロイが、サリムの後ろにはサラが控える。

イネスは会談が邪魔されないように部屋の外で警備をしている。


「お話を伺いましょう」


サリムが居住まいを正す。


俺は生唾を飲み込む。

ちゃんと言わないといけない。


「春までに、この街を放棄して立ち退いて下さい。

立ち退きに応じなかった場合は討伐部隊を編成し貴方方を討ちます」


「そんな、横暴です!」


サラが非難の声を上げる。


「春なんてもうすぐではありませんか!?

どうしてそんな急に、どこに行けと仰るのですか!?」


時間が無いのは、こちらが防衛準備に時間を使ったからだ。

だが、それは口にしない。


「エンマイア王国周辺に留まる事も禁止です。

それは天覧山脈の中でも同じです」


「天覧山脈は、この国の領土ではないはずですが」


サリムが質問を挟む。


「サリム殿の仰る通り、ですが関係ありません。

この国は、貴方方が近くにいる事を許さない。

死にたくなければ早急にこの地から立ち去って下さい」


要求は伝えた。

サリムの返答を待つ。


「やはりこの土地に留まるのは難しいですか」


自分に言い聞かせるような、俺に問い掛けるような微妙な声量だ。


「お役に立てず申し訳ございません」


詫びるしかない。

今のフット家に反対派を抑え込める力は無い。


「謝らないで下さい。

フット家には長年良くして頂きました。

感謝しかありません」


サリムがまた寂しそうに笑う。


「この子は、この街で生まれました」


サリムが振り向いてサラを見る。


「天覧山脈を越えてこちらに戻って来た時は、将来どうなるか見当もつかなかった。

でも、デイム殿がいた。

彼女が手を差し伸べてくれた。

そのおかげで、集落は発展し今のこの街がある。

この街が故郷となる子供達も生まれた。

それだけの時間をこの土地で過ごしてきました」


サリムの独白。

俺は黙って聞く。


「…………無念です」


サリムが折れた。


徹底抗戦という選択肢もあったが、サリムはそれを選ばなかった。

賢明な判断だ。

流石、首長!


これで次の話が出来る。


時間はあった。

防衛準備の期間中はサリム達には会えなかったが、俺だって働いていたのだ。

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