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117 雨がやんだら帰ろう

モヤモヤした気持ちを抱えたまま見届けたメイソンとエレインの婚約発表。

唯一の仕事を見事にこなした俺は完全フリーの身となった。


となれば、もはや王都には用は無い。

ではさらばだ~、とフット領へと帰ろうとしたが阻止する人物が現れた。


モニカにお茶会に誘われた。

クリスに食事会に誘われた。


断れば、二人のメンツに傷がつく。

今の俺は余計な敵を作っている余裕がないので、誘いに応じた。


収穫はあった。

俺の交友関係は、ほとんどが魔法学校の生徒で占められている。

今回のお誘いでそれ以外の貴族の知り合いが増えた。


「ふー」


将来役に立つかもしれない。

そんな打算的な収穫に溜息を吐く。


窓の外は暗い。

雨音と時おり雷鳴が聞こえる。


「どうした、カイルの番だぞ?」


テリーが注意する。


「ごめん」


視線をテーブルに戻す。

俺は手札を一枚捨て山札から一枚手札に加える。


高い役になりそうにないな。


自分の手札に見切りをつける俺。


俺達は夕食後、子供部屋でカードゲームに興じていた。


「どうせ早く雨やまないかなぁって思っていたんでしょ」


自分の番がまわって来たライラが俺の胸中を言い当てる。


「やっぱり帰るのか?」


神妙な顔のテリー。


寂しいのか?

可愛いとこあるじゃん。


「まあね。

予定より長く滞在しちゃったから、すぐにでも帰りたいかな」


「……帰ったら防衛任務に就くんだろ」


さらに神妙な顔になるテリー。


「任務って言い方大袈裟だな。

ただの見回りだよ」


俺は軽い感じで答える。


餌が少なくなる冬は、魔獣が人里まで下りてくる頻度が増える。

対抗戦力として、フット領には王国軍とフット騎士団が常駐している。

フット領を守る戦力としては十分だが、その戦力がサリムの街の獣人を保護するために使われる事は無い。


だから早く帰りたいのだ。


「魔獣ってどんな感じなの?」


パトリックが暢気な調子で質問する。


王都生まれ王都育ちのパトリックにとっては、魔獣は縁遠い存在だ。

生きた魔獣を間近で見た経験もないだろう。


「そうだなぁ。

目がね、完全にこっちを殺しに来ている目をしている」


俺は過去に戦った魔獣の様子を思い浮かべながら答える。


「え~怖い」


怖がりながらも興味津々なパトリック。


「そう。本当に怖い。

魔狼とか集団で襲ってくるから、手数で負けたらガブッてやられる」


俺はおどけながらも真実を告げる。


「え~」


「はい、パトリックの番!」


ライラが勢いよく手札を一枚捨て、素早く山札から一枚掴み取る。


その声音には苛立ちが混じっている。

ライラにとって魔狼襲来の一件は兄との別離を意味するイベントだ。


この話題はここまでだな。

俺は口を閉ざす。


「え~どうしよっかな」


パトリックもどの手札を捨てるか悩み始めた。


「凄いな、カイルは」


ボソッと呟くテリー。


……露骨に落ち込んでいる。


テリーは、まだ魔獣狩りが出来るレベルに達していない。

子供なんだから仕方ないだろ、という慰めは慰めにならないと知っている俺。


「いつか一緒に魔獣狩りに行こう」


だから未来の可能性を提示して励ます。


「ふん」


あ、そっぽ向かれた!

可愛くない。


テリーの態度に呆れる俺。

その時、窓の外が白く染まり、雷鳴が轟いた。


!!!!


余りの轟音に全員が身をすくめる。


「「「「…………」」」」


しばし息をひそめる。


「びっ、くりした!」


前屈みのまま顔を上げるライラ。


「びっくりした! びっくりした! びっくりした!」


全力で同意するパトリック。


「どこかに落ちたんじゃないか?」


眉をひそめながら俺に視線を向けるテリー。


「たぶんな」


音が近かった。

どこかに雷が落ちた。


俺は、ここに落ちなくて良かったと安堵する。


「……本当に帰るのか?」


テリーが心配そうに尋ねる。


流石に雷雨の中、飛んで帰る勇気は無い。


「雨がやんでから帰るよ」


早く帰るのがベストだが急ぐ必要が無いのもまた事実。

緊急事態を知らせる報告は、フット領から届いていない。


フット領に帰るのは、雨がやんでから十分だ。


落雷によるショックも薄れていき、俺達はそのままカードゲームを続ける。


!?


屋敷の中が騒がしい事に気付く。


何を騒いでいるんだ?


怪訝に思った俺は、廊下に出る。


慌ただしい足音と共にエリックが現れた。

今日のエリックは、デイムの護衛についていた。


という事は、デイムが帰って来たって事か?

だから、皆騒いでいるのか?


違和感を覚える。


デイムは仲間集めのために積極的に夜会に参加している。

そのため夜遅くに帰ってくる事も珍しくない。

そんな時でも今日みたいな騒ぎにはならなかった。


「カイル様!」


俺を見つめて名前を呼ぶエリック。

全身ずぶ濡れで、今にも泣きそうな顔が印象的だ。


「どうした?」


短く問い掛ける。


「ご報告いたします。

夜会の帰りに落雷に遭い、デイム様、フレッド様がお乗りになっていた馬車が大破、馬車に乗っていたお二人も……」


報告をためらうエリック。


「続きを」


促す俺。


意を決して口を開くエリック。


「デイム様、フレッド様、お二人共お亡くなりになりました」


「嘘だ!」


俺は大声で否定した。


俺の大声に驚くエリックだったが、報告を続ける。


「回復魔法を掛け続けましたが、お二人共意識が戻らず……

今現在、レオン様指揮の下お二人を受け入れる準備を進めております」


事態は進行している。


「うっ……」


俺は言葉を失った。

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