106 準決勝戦 第二試合 メイソン対ロジャー
次は、メイソンとロジャーの試合だ。
この試合が事実上の決勝戦だと俺は思っている。
優勢なのはロジャーだ。
剣の実力もメイソンより上、一回戦のバーバラとの試合も爽やかに終わり精神的にも充実しているはずだ。
メイソンにとっては厳しい闘いになるだろう。
「いや~楽しみだねぇ、カイル君」
クリスが、にこやかな顔で話し掛けてくる。
「そうですね」
クリスが隣にいるので、ネイト達蒼穹寮のメンバーは遠慮して少し離れている。
俺を一人にしないで~
「どちらが勝つと思う?」
楽しそうに尋ねるクリス。
「それは何とも」
明言は避ける俺。
「僕は、メイソンが勝つ方に賭けるよ」
「え!?」
思わず声が出る。
ロジャーじゃないのかよ! というツッコミは辛うじて出なかった。
「というか賭けって何ですか。
やりませんよ、賭けなんて」
拒絶の意思を示す俺。
「まあまあ、そう言わずに。
別に大層なものを賭けようってわけではないよ。
負けた方が昼食を奢るっていうのは、どうだい?」
賭けの内容は、たわいもないものだった。
この程度の賭け事なら、周りの生徒達もあちこちで興じている。
仕方がない。
クリスに、つまらない奴と思われるのも嫌なので賭けにのる事にする。
「学食でもいいですか?」
「ああ、学食でも構わないよ」
魔法学校にも、学生食堂は存在する。
ただ代表戦の後は終業式しかないので、クリスと一緒に学食に行くのは来年になるだろう。
来年まで覚えていられるだろうか?
不安だ。
さくっと済ませたいのならば、街の飯屋に行くのが一番手っ取り早い。
しかし、わざわざクリスと一緒に街の飯屋には行きたくない。
やはり来年まで覚えているしかない。
面倒な約束事が一つ増え憂鬱な俺は、それでも会話を続ける。
「ロジャーさんに賭けなくていいのですか?」
「ふふ、友人としてロジャーを応援しているが、賭けを提案したのは僕だ。
不利な方に賭けねば、賭けが成立しないだろう?」
メイソンが不利と決めつけているクリス。
失礼な奴だ。
だが、俺もそう思っているので、怒るに怒れない。
すまない、メイソン。
「それはそうですが、
後日、メイソンさんにロジャーさんが勝つ方に賭けたとバレると、いろいろとアレなので」
俺は言葉尻を濁しながら、賭けの対象の変更を要求する。
俺は、ロジャーよりメイソンと行動を共にする事が多い。
仲が良いからというのも理由の一つだが、反ゴルドの同盟相手だからという理由も大きい。
「なら、カイル君がメイソンに賭けてもいいけど?」
お互いに仲の良い友人に賭ける。
そちらの方が収まりがいい。
「ぜひお願いします」
「分かった」
こうして、賭けが成立した。
準決勝戦、第二試合
学年次席 メイソン・ミルズ
対
剣術代表 ロジャー・レイン
「準決勝戦、第二試合、試合開始!」
審判役のイングが、開始の合図を告げる。
メイソンがその場を離れる。
ロジャーとの剣術勝負を避けた。
「堅実な選択だなぁ」
クリスがつまらなそうに呟く。
派手な剣戟バトルを期待していたのだろう。
「でも、逃げきれていませんよ」
ロジャーが距離を詰める。
メイソンに魔法を撃たせないための当然の対応。
牽制のため剣を振るうメイソン。
魔法を撃つための時間を確保する事が出来るのか、
諦めて剣術勝負に出るのか。
その判断を下すため、メイソンはロジャーの調子を確認している最中なのだろう。
「メイソンに距離を取られるのは怖い。
でも、安易に近づけば反撃されるおそれがある。
見てみなよ、ロジャーの攻撃の手が緩い」
ロジャーがメイソンに剣を振るう。
メイソンが逃げながら打ち返す。
ロジャーがもう一歩踏み込んで攻撃を仕掛ければ、メイソンも足を止めて打ち合うしかないという場面でもロジャーは踏み込まずメイソンを逃がしている。
「確かに。
なら、逆にロジャーさんが魔法を使えば面白いのでは?」
ロジャーなら、攻撃を止めるだけで簡単に魔法を創り出す時間を手に入れる事が出来る。
「確かに、それは面白い。
けど、そのまま魔法戦に移行したらロジャーが不利だ。
自分の強みを捨ててまで選択する攻撃ではないね」
「展開を変えるなら、ロジャーさんかなと思ったんですけど」
「展開を変えられるのは、ロジャーだけではないよ」
クリスがメイソンを見つめる。
逃げ続けるメイソン。
ロジャーが追いつく。
一瞬の攻防
そして、メイソンが逃げる。
そう思った。
逃げたと思ったメイソンがロジャーに正対する。
そして反撃に転じた。
メイソンが攻めてロジャーが守る。
メイソンが不利な剣術勝負を選んだ。
そう思った。
次の瞬間、メイソンが大きく後方に飛び退く。
「え!?」
逃げた。
やはり剣術勝負は無謀だったのか?
ロジャーが追いかけるため前傾する。
メイソンがロジャーに背中を見せる。
両者、踏み出す。
ロジャーはメイソンに向かって、
メイソンはロジャーに向かって。
「!?」
目を見張る俺。
メイソンがロジャーの頭上を跳び越えた。
あれは、ローザの奇策。
跳び越えながら魔法を編み、着地と同時に放つ高等技術。
メイソンに出来るのか?
風が唸り声を上げ、ロジャーを吹っ飛ばす。
「「「……」」」
訓練場を転がっていくロジャーの姿を、絶句した観客の生徒達が見守る。
「は?」
理解が追いつかない俺。
いや、違うな。
「格好良すぎかよ」
クリスが頬を引きつらせながら、俺の気持ちを代弁してくれた。
「勝負あり!
勝者メイソン・ミルズ!」
審判役のイングが大声で決着を告げる。
次の瞬間、観客の生徒達から歓声が沸き上がり、黄色い声が舞い上がる。
その声を一身に浴びるメイソンは、決闘場に静かに佇んでいた。
「は? 格好良すぎかよ」
この声が、俺の声なのか、クリスの声なのか、はたまた他の男子生徒の声なのか、
それは誰にも分からなかった。




