俺が壁だ!
目の前に火弾が迫る。
火弾の大きさ、勢い、俺は冷静に確認する。
「この程度なら」
俺は左手のつむじ風を大きくする。
そして唸りをあげる風を火弾に放った。
ぶつかる炎と風。
炎が俺を飲み込もうと四方に広がる。
俺にはそう見えたが、実際は火弾が風弾に力負けし散らされただけだ。
俺は地上を素早く見渡し魔狼の位置を確認する。
そして近くにいる魔狼に氷矢を叩き込む。
当たったことを視界の端で捉え右側から壁に接近する魔狼達を狙う。
空中で氷矢を形作り右手を魔狼達に向ける。
そして放つ。
当たった事を確認してまた全体を見渡す。
あちこちにころがる魔狼の死体、それを照らし出す篝火、そして不定で起きる炎。
俺は火弾を撃たせまいと氷矢を放つ。
氷矢は篝火に照らされながら風を切る。
恐らく当たらない。
俺は半ば確信しながら他に狙うべき対象がいないか探す。
炎が消えた。氷矢が当たるより早い。
やっぱりな。
落胆しなかった。
遠くにいる魔狼を仕留めることは難しい。
奴らは目が良い。
夜目が利くので氷矢を見逃さない。そして避けるだけ身体能力がある。
厄介だな。
後方に位置取る魔狼達は援護射撃に徹していて無理をしない。
無理をしないので隙が少なく仕留める機会も少ない。
だから、俺は仕留めるではなく、撃たせないに方針を変えていた。
火弾はタメが長く、その炎の明かりで位置を教えてくれるから撃つ前に潰すことは容易だ。
実際上手くいっている。
俺の持ち場にいる魔狼達は一発も火弾を撃てていない。
だが、火弾は飛んでくる。
俺は斜めから飛んでくる火弾を風弾で撃ち落とす。
「申し訳ございません。カイル様」
離れた場所にいるロイから謝罪の言葉をもらうが、ロイが謝る必要は全然無い。
自分の持ち場にいる魔狼が、持ち場内に火弾を放つとは限らないからだ。
持ち場制はこちらの都合で魔狼に付き合う義理はない。
火弾が他人の持ち場に侵入する前に打ち落とせればベストだが、
遠すぎて迎撃できない、他の魔狼の相手をしていて手数が足りないなどの理由から
火弾を撃ち漏らすことが多い。
その結果、防壁に真っ直ぐ向かってくる火弾と斜めから向かってくる火弾が交差しながら
俺達に襲ってきている。
「大丈夫。謝る必要はありません。
火弾は所詮援護射撃です。
本命の魔狼達が壁を越えなければ問題ないんですから」
俺はそう言ってロイを励ます。
魔狼は獣人を狩りに来ている。
街中に侵入させなければ俺達の勝ちなのだ。
だから俺は接近してくる魔狼は確実に潰していた。
無駄撃ちと言われるかもしれないが1頭倒すのに10本氷矢を使っている。
自分でも多すぎるとは思うけどやめる気はない。
効率なんて二の次三の次だ。
今はこの街を守ること、それが一番大事だ。
だから俺は開き直って氷矢を撃ちまくった。
俺は迎撃を繰り返し自信をつけた。
魔狼は防壁に近づく前に射殺し、火弾は風弾で撃ち落とした。
完璧だろう。
デイムもロイも持ち場は堅守し会話するぐらいの余裕はある。
「カイルまだ余裕はあるかい」
「大丈夫です。まだ戦えます。お祖母様こそ大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
「これ位で疲れはしないよ。魔素も十分あるから心配はいらないよ」
デイムと俺は声を張りあげた。そうしないと声が聞こえないからだ。
戦闘が始まる前は普通の音量で会話できる距離にいたのに
今では大声を出さなければ会話もままならない程離れている。
俺達の持ち場が拡大している。
それはつまり他の場所の戦況が芳しくないという事だ。
俺が心配している最中でも
俺はロイに釣られるように少しずつ左に移動し、デイムは少しずつ右に移動していた。
マズくないか?
ここが優勢でも他が崩れればそこから魔狼達が街中になだれ込んでくる。
だが、どこが劣勢なのか戦況を把握する立場にいないため分からない。
俺はその情報が集約される人物に目を向ける。
篝火があるとはいえ遠くに離れたサリムの表情を窺うこともできない。
伝令役の獣人達に矢継ぎ早に指示を出しているように見える。
声は微かに聞こえてくるが内容まで聞き取れない。
代わりに聞こえてきたのは
「魔狼、防衛線突破! 魔狼に壁を越えられた!」
そんな苦渋に満ちた悲報だった。
祝、令和