表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/37

自覚する想い

「くっきりと手の跡がついてるな」


そっと触れた指先の体温を、首の辺りに感じる。


リューンの声で目を覚ますと、ムイは近づいて来たリューンの顔を見て、どきっと心臓を跳ね上げた。リューンの顔の位置からして、ベッドの横に置いた椅子に座っているようだ。


「ザイラは幻惑の森だ。幻で人々を誘う。これからは気をつけるのだぞ」


頷こうとするが、思うように動かない。その首の痛さに、ムイは顔をしかめた。


「ん、どうした? どこか、痛むか?」


リューンの顔が、心配そうに、さらに近づいてくる。


「熱でもあるのか、顔が真っ赤だぞ」


リューンも寝起きなのか、普段は上げている前髪が、いつもと違って額に下りている。リューンの顔をこのように近くでまじまじと見るのは、初めてだった。


ムイは恥ずかしくなって布団に潜り込んだ。すると、リューンがはあっと、細く息を吐いた。その溜め息に、慌てて顔を出す。


リューンは目を伏せ、優しさを帯びた声で「アランを呼ぶか」と問う。

驚いて、ムイは首を横に振った。


リューンはほっとした様子で、顔を離していった。


「そうだな、お前のその首の跡を見たら、きっと卒倒してしまうだろうな。お前の身体に、こんな青あざを作ってしまうとは」


けれど、突然、リューンは眉をひそめて言った。


「だが、どうしてこんなことになったのだ。この城を出て、何処かに行こうとしていたのかっ」


怒った声が、もう恐さを含んでいない。


ムイは、リューンを見た。初めて会った時は、あんなにも恐怖を感じたのに。粗相をしてしまうくらい、怖くて怖くて仕方がなかったというのに。


ムイがじっと見つめていると、リューンがさらに眉を吊り上げた。


「ムイ、お前は今、俺に怒られているのだぞ。なんだ、その顔は」


その言い方がなんだか可愛らしく、ムイはふふっと笑ってしまった。


「どうして、笑うのだ」


怒っていると主張はしているが、リューンの頬も口元も、やはりムイと同じように緩んでしまっている。

リューンは、ムイをじっと見つめて言った。


「もう一度、俺の名を呼んでくれないか」


ムイは軽く頷いてから、リューンさま、と唇を動かした。きっと、リューンは喜んでくれるし笑ってくれる、そう思って、ムイはリューンの反応を待った。


けれどリューンは、ムイの唇の動きを見ると眉をハの字に下げて、もう一度呼んでくれ、そう言って耳を近づけてくる。


(声は、出ない。聞こえない、のに)


ムイはそう思ったが、リューンの耳に向かって、リューンさまと口を動かす。


リューンの耳に、ムイの唇が触れた。


ごくっと唾を飲んだ音とともに、リューンが背けていた顔をゆっくりと戻した。そして、そのままお互いの顔が急接近して、ムイの心臓は止まりそうになった。


その瞳。リューンの、黒く澄んだ瞳。漆黒の瞳が、ムイをじっと見つめる。いつのまにか、ムイも見つめ返していた。


(リューン様)


リューンの瞳に吸い込まれそうになった時。

ガタっと、リューンが急に立ち上がった。


「……もう少し、眠ったほうがいい」


書棚の方へと足を向け、さっさと行ってしまう。その背中を見て、ムイは寂しさを覚えた。


(もう少しだけ、側にいて欲しかった)


その時、バタンっとドアが勢い良く開け放たれた。


「ムイ、ムイは大丈夫なのか」


アランが血相を変えて、ベッドへと寄ってくる。


「ムイ、すまなかった。俺がお前を城まで送っていけば……」


ムイは、ふるふると顔を横に振った。


(私が……勝手に走り出して迷ったんだからいけないの)


こんな時にでも、喋れないということは、本当にもどかしいものだと思う。育ての男の家では、主に家事や掃除、子守りなどをさせられていたが、そういった仕事に『声』は必要なかった。だから、喋りたい、話したいなどと思ったこともなかった。


(自分の思ったことを、相手に伝えたいと思うのは、初めてのことだ)


ムイは、思った。


(さっきも、リューン様の耳に、私の声が届いたらいいのに、って)


愛しい名前を呼ぶことが、どれほど重要で素晴らしいことなのかを、ここへ来て思い知ったのだ。


(愛しい?)


ムイは、改めて、アランを見た。


(私が、愛しいと思うのは……)


すると、アランの表情が一瞬にして、がらっと変わった。


「なんだ、これは……」


アランの視線が、自分の喉元に釘付けになっている。


(そういえば、青あざがあるって、)


思うが早いか、アランががっと立ち上がって、リューンを振り返った。


「あんたが、やったのか?」


リューンが、書棚に手を伸ばしている後ろ姿に、アランが低く声を掛けた。


「俺じゃない」


「ムイはあんたが連れ戻して来た。ムイがザイラの森で倒れていたところを、あんたが見つけたと聞いた。じゃあこれは一体、誰がやったと言うんだっ‼︎」


アランが、ゆらっと立ち上がった。そして直ぐに書棚の側に立つリューンに突進していった。


「くそっ、俺との結婚を決めたのは、あんただろうっ‼︎ それなのにどうして、ムイを殺そうとしたんだっ‼︎」


その言葉で、ムイはようやく理解した。アランは、リューンがムイの首を締めたのだと思っている。

アランがリューンの胸ぐらを掴んで、書棚に押しつける。リューンの背中が当たり、数冊の本がバサバサと落ちた。


「どうしてだっ、どうしてなんだっ‼︎」


ムイは、ぎょっとして、ベッドから飛び降りた。アランの背中に抱きつくと、後ろへと力一杯に引っ張った。

けれど、体躯の大きな男を、小さな少女がどうにかできるものでもない。それでもムイは、びくともしない背中を、リューンから引き剥がそうと必死になって食らいついた。


「ムイっ、離せっ」

「おい、乱暴するな」


リューンの控えめな声も混ざる。


(アラン、違うっ。これは、ザイラの森に惑わされて、私が自分で……)


心が叫んでいた。声が出ないという事実とその痛みを、完膚なきまでに思い知らされ、そして叩きつけられている。


ぐらぐらと揺れる背中。目をぎゅっと瞑り、腕にも力を込める。


「ムイっ‼︎」


アランの怒声が聞こえたかと思うと、アランがくるっと身体を翻し、そしてムイの身体を抱え上げた。


(あ、アランっ)


肩の上に担ぎ上げられ、そのままアランはベッドへと、床を鳴らしながら大股で歩いていく。

ベッドの上にムイを放り投げると、そのままムイに覆い被さった。


(え、なに?)


アランが唇を、ムイのそれに重ねてくる。唇が深く重なり、ムイは驚いた。両手は、アランの両手で押さえつけられ動かない。


ムイには何が起こったのか、さっぱり理解できなかった。


けれど、身体が、頭が、心が悲鳴を上げて、全身で拒否している。


(アラン、やめて)


アランが一瞬、口を離した。けれど、顔の向きを横にずらして、再度口づけてくる。次にはもっと、深い繋がりだった。


(リュ、リューンさ、ま)


愛しいということを、こんな形で、知るなんて。

ムイは、目を瞑ると、涙がぽろっと溢れた。


「……やめろ」


遠くで、声がした。さらに、口づけが深くなる。


「アラン、やめろ」


次には強さを持つ、命令。声は抑えているが、地を這うような低い声だった。


アランの唇と身体が離れていって、ムイはそろっと起き上がった。その拍子に、涙が頬を伝った。

見上げると、アランは立ち上がり、はあはあと肩で息をしている。


「……俺は、ムイの夫になるんだ」

「…………」

「ムイを愛してる。ムイと結婚するのは、俺だ」

「アラン、出ていけ」

「ムイは俺のものだ」

「アラン、出ていくんだ」

「俺のものだっ」


そう吐き捨てながら、リューンの命令に従い、アランは出ていった。


「ムイ、お前も部屋へ戻りなさい」


弱々しいのか、強い意思が込められているのか、判断のつかないリューンの言葉。


ムイがベッドの上で、呆然と座り込んでいると、リューンが背をつけていた書棚から離れ、ふらとデスクに手をついた。もう一方の手で、前髪を搔き上げる。


「そうか、お前には俺の命令は効かぬのだったな」


動かないムイを見ることもせず、「なら、俺が出ていこう」そう言って、リューンは部屋から出ていった。


ムイは、そのまま動けなかった。ぼんやりとした目で、書棚から落ちた本を見つめている。けれど、頭の中はクリアだった。


この時ムイは、自分の気持ちをはっきりと、理解していたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ