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おいでませ忍メイドの里~恐怖のメイド地獄、お館への道~  作者: おっとり魚
第一章 おいでませと言いながらつまはじきにされる優種と、メイドたちの微妙な関係
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第一話 ぼくがメイドであいつが主人で、逆だった

両親を知らず、六歳で父を失った少年にただ一つ残されていたのは、暴力的な幼なじみに虐げられる現状を追認し認めることだけであった。

この物語は、そのはかない現実を受け入れたが故に最強の存在となり、女の子に囲まれて暮らすことになった少年の愛のロマンである。




 名堂優種などう ゆうしゅは、その日が来るまで普通の高校生だった。

その日というのは、彼が突然車から降りてきた黒メイド服の美女に捕まった日のことだ。


ごく普通の町でごく普通に学校に通い、ごく普通に帰宅途中の優種は、その日も夏服をだらしなく着崩して、悪友の田中たなかとだらだらしゃべりながら、らちもなく歩いていた。

そんな自分が拉致されることになるとは、露とも知らない優種。



 夏休み前最後の登校日、いわゆる終業日に当たるその日は、授業もなく体育館に集まって校長先生の眠いお話と、説教臭い体育教師の話と、あとで親にお説教をもらうこと確実の通知票をもらうだけで終わる、学生にとってはいい日ともわるい日ともなんとも言えない日だ。

田中と通知票を見せ合った結果、二の数で競り勝った優種はガッツポーズを取ったが、そんな様子をクラスメイトの柄楠槙菜えくす まきなは呆れ返りながら見ていた。

「もう少し真面目に勉強したら、二人とも」


やや甲高い声とともに、トレードマークの二つ尻尾のツインテールが揺れる。

優種と槙菜は幼稚園の頃からの腐れ縁で、小中に懲りずに高校も同じ学校、しかもずっと同じクラスという有様だった。

いつも同じ通学路なのも当然、二人の家は隣り合わせに建っていた。

そんなお約束の状況でも、お年頃になってからは手一つ握ったことがない二人の関係は、冷えてはいないもののずっと平行線だった。

「お前らつきあえばいいのに」

気安く田中がそんなことを言ったこともあるが、その後槙菜に教室の隅に呼び出されて、なにごとか二人きりで会話したあと、田中はそのことに一切触れなくなった。

なにをされたか想像がつかない優種は、槙菜の裏の力を恐れるだけだった。

いや、実際に一番恐れたのは田中であろう。

嘘か真か、彼の体重はその後一時的に数キロ減少したそうだ。


「命短し恋せよボーイズってね。恋に生きる俺にそんな時間はないのさ」

槙菜の忠言もどこ吹く風な田中は、今さら頑張ったところで何一つ変わらない数字を眺めるのをやめて、早々にカバンの奥に通知票をしまいこんでしまった。

「その通りだなって顔してんじゃないわよ。どうせ恋のこの字もないくせに」

完全に見透かされた通りの表情をしていた優種は、槙菜のセリフにうなだれるしかなかった。

だが反省はしない。これは毎度のように繰り返され続けている光景なのだ。

そのことは槙菜もよくわかっていたので、それ以上深追いはしなかった。


 教師の話が終わってクラス全員が立ち上がる。礼の後散っていく生徒たち。

「今日は忙しいから一人で帰るわ。じゃね」

連れないセリフとともに槙菜はさっさと荷物をまとめて、制服のスカートを揺らしながら帰ってしまった。

いつもなら二人で並んで帰るところを、意外な幼なじみの反応に、取り残された優種は怪訝な顔をする。

「なんだよ、喧嘩でもしたか?」

「いや知らないよ。なにか用事でもあるんだろ」

「じゃ、うるさい鬼嫁もいないことだし、今日はブラブラしていくか」

「鬼嫁って、槙菜に聞こえたら引き返してきて蹴りが入るぞ。まあ、いいけど」

「そうこなくっちゃな親友」

「暑いからくっつくな」

まとわりついてくる田中を振り払うと、優種はカバンを手に取った。

田中も別に男色の気はないので、それ以上追いはしない。



「じゃあな。また連絡するわ」

それは二人で寄り道をしたあと、分かれ道で田中と別れてすぐのことだった。

一人で歩き慣れた帰宅路を歩く優種は、突然目の前に黒塗りのリムジンが止まる不思議な光景に出くわした。

「なんだ漫画家の出版パーティーでもあるのか」

どこで仕入れた知識か、そんなことを考えながら開いたドアを眺めていると、中からかっちりと黒いメイド服に身を包む女性が現れた。

喫茶店以外でとんと見かけない、その白いエプロンがやけに大きく、スカートも足首のすぐ上まで広がる衣装は、清潔感とともになんともいえない背徳感を醸す、不思議なアイテムだ。

身を包む布地は決して薄くはないはずなのだが、何故かエロスを感じざるを得ない。

もちろんそれは余計なインプットがもたらした非常に歪んだ感想ではあるのだが、年頃男子としてはそれをことさら否定する気にもなれない。

丸っこく人懐っこい顔つきのその娘は、どこに行くのかと思ったら、まっすぐ自分に近づいてきたので、優種は驚く。

「名堂……優種様ですね?」

「は、はひ? ああ、いえちが……ちがいません。はい名堂です。優種です。十五歳高校生、好きな星座はコップ座ときりん座です」

「ふふふ、お話に聞いていた通り面白い方ですね。私は烏丸千代丸からすま ちよまるともうします。どうかお見知りおきを」

丁寧に深々と挨拶する千代丸の、黒髪ボブがふんわりと揺れる。

それを魔法に魅入られたように見つめていた優種は、言葉も返せずに彼女の美貌と、甘い香りにふらふらと吸い寄せられていた。

「私、スキルは調理師メイドになっております。それじゃ……少しだけ失礼いたしますね」

スキルってなんだろう? 調理師メイド?

疑問符を浮かべながら、それでも千代丸の姿に固まるだけの優種は、千代丸が一つずつ自分のシャツのボタンを外していく姿に、なにもできないでいた。

「あ、あの千代丸さん。一体なにを……あ、くすぐったいからやめてぇ」

「ふふふ、だからぁ……じっとしていてくださいってばぁ」

甘えた声を出しながら、胸元をはだけさせる千代丸の指が、つうと胸元に這う。

その感触にびくびくと震える優種は、もはや抵抗する力を失っていた。

これから大人の階段を上ってしまうのだろうか。こんな道ばたで?

いや道ばたでもいいや……そんな甘い考えは、続く千代丸の一連の行動によって遮られることになった。

「はい、メイドの紋章確認。ではこのままメイドの里にお連れします」

それまで女の色香をたっぷり感じさせていた千代丸は、突然事務的な反応を見せると、優種をつかんでリムジンの奥に放り込んだ。

「え? え? ええ……?」


 こうしてワケのわからないうちに車は発進し、優種をさらっていった。

車内で千代丸はすぐに携帯電話を取る。

「はい、……はい、優種くんはこちらでお預かりいたします。では、そういうことで」

淡々と語りかけてから、通話を切る千代丸。

「あのー……なんか誘拐犯の電話みたいですね」

状況がさっぱりわからない優種は、千代丸の横顔に語りかける。

「みたいもなにも、お電話の相手は貴方のお母様でしたよ」

「で、うちの母親なんか言ってましたか?」

「泣いておられました」

そりゃそうだろうな。こっちもだんだん泣きたくなってきた。

「あの、できたらなんでこんなことをしたのか、教えていただけるとありがたいんですが」

「それは業務外ですので、メイドの里についたら別の者にお願いします」

冷たく言い放つ千代丸は、しゃっとカーテンを引くと、一人こもって優種の視界から姿を消した。

「あーあ、なんでこんな貧乏くじ。せめてもっと素敵な男の子だったらよかったのになあ」

千代丸の退屈そうな声は、カーテンの向こうからはっきりと聞こえていた。



 それから何時間経ったか、いい加減諦めた優種は、ぐーすかいびきをかいて眠っていた。

今日は昼前に帰宅するはずだったはずが、もう夕刻近い。

茜色に染まる空を見上げながら、どこの田舎かさっぱりわからない山間の場所に立つ優種は、自分が本当に誘拐されたらしいことを知った。

「あのー、ここどこです?」

ずっと座りっぱなしで痛むお尻をさすりながら、千代丸に尋ねる優種は、しかし最初とはうってかわって、すっかり冷たくなった反応を返されるだけだった。

「メイドの里って言ったでしょ。それじゃ、私お休みさせてもらいまーす」

千代丸はすたすたとでかい屋敷のほうへと去っていった。

それを呆然と見送る優種は、もはやツッコミをいれる気力も湧かなかった。


 そうして佇んでいると、入れ替わりにまたメイド服が二人近づいてきた。

今度の二人は揃ってスカートの丈が短く、純白のエプロンが隠さない部分は、薄いブルーで統一されていた。

ひらひらと揺れるスカート部分は目の毒なくらいだが、しかし絶対的なゾーンをしっかりと守っていた。

その動きについ見とれてしまった優種は、二人の顔を確認するのが遅れる。

「げ!! なんであんたがここにいるのよ!?」

聞き慣れた声に顔を上げると、そこには朝学校で別れた、槙菜の顔があった。

「槙菜……? 槙菜なのか! なんかよくわからんけど、とにかく助けてくれよ!」

混乱しきった優種は、慌てて駆け寄ると槙菜めがけて飛びかかった。

そうとしか見えなかった、少なくとも第三者には。

そのメイド服を揺らしながらしがみつく姿は、見ようによってはとても危ない風景だ。

優種の胸元がはだけられたままだったから余計に。

「ちょ、なに裸で抱き着いてんのよ! 離れなさい!!」

華麗に足払いをかける槙菜は、優種を見事に地面に転がしていた。

それでも今度は足にすがりついてくる優種に、困惑の色を深める槙菜。

「槙菜、お館候補のご主人様にそのような真似はやめなさい」

もう一人いた銀髪の女は、槙菜をたしなめると、地面に転がる優種に手を差し伸べた。

「うちのメイドが失礼いたしましたご主人様、私、基総礼桐きそう れとともうします。以後お見知りおきを」

その細い手を握ると同時に、一気に引き上げられた優種は、再び地面を踏みしめながら、銀に流れる長い髪が散るのをぼーっと見ていた。

ストレートの長髪は背中のほうまでまっすぐに伸びていて、お尻の近くまで垂れていた。

少し勝ち気だが端正な顔つきの娘は、しかし何故か背中に刀を一本背負っている。

なにかの撮影だろうか、くらいにしか考えられない優種。

「槙菜、貴方も挨拶なさい」

「え!? はい……」

全く意識していなかったらしい槙菜は、礼桐の命令にかなり嫌そうな顔をしつつも、土を払っている優種に向き直った。

「初めまして、ご主人様。私は柄楠槙菜ともうします。以後お見知りおきを」

優種はそれを不思議なものを見るような目で見ていた。

メイド服がまるで似合っていない幼なじみに、初めましてなどと言われてしまうと、もう返す言葉もなくなってしまう。。

「では詳しくはご奉仕メイドである槙菜が説明します。私はこれで」

「え!? ちょっと待って。二人にしないでよメイド長」

「命令です。それから……」

去りかけた足がつかつかと戻ってきて、礼桐のしなやかな指が、びしっと優種を指差す。

「私は貴方を新しいお館とは認めません。早くスイッチを押してお帰りになられたほうがよろしいかと」

厳しい視線を向ける礼桐は、振り返るとズンズンと足早に優種の前から去っていた。

その礼桐の突然の態度に、槙菜もすっかり面食らっているようだ。

もちろん当人である優種もそれは同様だ。



「うん、なにがなんだかさっぱりわからん」



こうして優種のメイドの里での暮らしは幕を開けた。


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