挽歌の聞こえる丘 2
それから一か月近くが流れ、野際誠一夫妻の株券発見のニュースも消えかけていた頃であった。
大阪府警難波中央署が難波界隈のデパートの脇で一斉検問をしていた時、一人の男が呼び止められたのである。丁度その日難波のデパート近くの銀行で強盗があり、犯人が近くで潜伏していて緊急配備をしていたので、分別なく職務質問を展開し、通り掛かった一人が逃げようとして挙動不審で追及される事と成った。
その男は取り調べられながら憮然としていたが、
提げていた鞄から拳銃が発見される事となった。
「こんな物持って一体何に使うんだ!銀行強盗か?それともどこかを襲うのか?襲ったのか?まさかあんた・・・」
「いえ、護身用です。」
「護身用?馬鹿な。今銀行強盗をしてきたのと違うのか?これから逃走する積りか?
あんたを現在十四時二十八分、拳銃不法所持違反でとりあえず緊急逮捕するから」
「・・・」
男は警察官の顔を見ながら何も言わず、応援にきたパトカーに乗せられて難波中央署へ連行された。
「名前は?」
「木原伸晃です。」
「仕事は?」
「政治結社を」
「政治結社?」
「ええ」
「どこで?」
「南で」
「この近くでか?」
「はい」
「それで何故こんなものを?」
「だから思想上護身様に」
「まさか法律に触れる事知らなかったのか?」
「とんでもない知っています。」
「では何故持っておる?」
「だから護身用に」
「違うだろう?これで強盗とかする積りだったんだろう?それともお前か銀行強盗は?」
「違います。そんなバカな事しません。あくまで護身用です。それにずっと以前から持っていましたから」
「ずっと以前からって?」
「だからいつも持っていました。」
「誰からも見つからなかったと言う積りか?」
「ええ、今初めてです。職務質問される事は」
「今詳しく調べているが、さっきから銀行強盗があった事を知っているな?正直に言ってみろ」
「いえ、知りません。何度も言いますが護身用ですから」
「其れで撃った事は?」
「ありません」
「それも今調べているから直ぐに判るから、正直にな」
「・・・・・」
暫くして
一人の刑事が取調室にやってきて小さな声で耳打ちをした。
そしてまた取り調べが続けられた。
「今なぁ とんでもない事が判ったぞ。
木原信明さん、あんたが持っている拳銃と全く同じ拳銃で、十年ほど前に奈良で二人が殺されているな。覚えがないか?」
「知りません」
「弾痕が一致すればおそらく当分は帰れないからな
判っているな?覚えがないか?」
「知りません。」
「まぁ今に判る」
「・・・・」
「政治結社って一体何をしている?」
「まさしく政治結社で。」
「だから何をしている?まさか悪い事を企んでいるのではないな?」
「違います。日本が良くなる事を考えています。国民が安心して暮らせる世の中に成るように」
「だから拳銃を提げているのか?」
「いえこれは護身用に」
「あんたは奈良へ行く事があるのか?」
「奈良ですか?時たまあります。便利ですから」
「斑鳩は?」
「斑鳩って?」
「法隆寺とかある所だ」
「いえ行った事ありません」
「本当か?」
「ええ」
「本当に?」
「はい」
「所で拳銃の弾痕を調べたが、確かに同じものではなかった。しかし拳銃は全く同じだな。
所でこの拳銃をどこで誰から手に入れた?それはいつの事かはっきり言いなさい」
「・・・」
「どこで手に入れた?」
「買いました。」
「誰から?」
「知らない人から」
「嘘を言うんじゃない、正直に言え!」
「嘘じゃない」
「どこで手に入れた?」
「路上で、深夜に」
「どこの?」
「だから深夜飲んで帰る時、声を掛けられて、その男が良いシャブがあるって事を言ったので、私シャブはしないからって言って、冗談で拳銃ならほしいけどって言ったら、その男それから何日か経ってから同じように飲んで家に帰る時、同じ場所でそっと近づいて来て、拳銃も入るからって言われ、其れで買いました」
「知らない男から?」
「えぇ全く知らない男だった。でもその時は二回目だったけど。其れで拳銃を持って外へ出る事がそれから何度もあった。何回も言うように護身用に」
「でも法律があるだろう?」
「ええ、でも私の妻が深夜殺された事がありました。バイクで轢かれて、その男は私の顔を見ながら逃げました。
ヘルメットをしていたから人相も何も判らなかったけど、あの時私が拳銃を持っていたならあの男を間違いなく殺している筈。
でも何も無かったから逃げられ、未だに犯人が捕まっていないのです。警察を責める積りはありませんが、もし犯人を見つけたら拳銃で撃ち殺そうと思っていました。
警察に連絡しても捕まるとは限りませんですから、もし見つけたら自分の手で片を付ける積りです。政治結社をしているのは、これは言うなれば世直しと言うか、私のような者が再び生まれない事を願った活動です。勿論犯人を見つけたら殺すつもりです。」
「奥さんが轢き逃げをされた?」
「ええ、昭和六十年の秋でした。大型の単車で轢かれ頭がい骨骨折で即死でした。それも私が見ている前で、私たち二人で映画を見て帰り始めた時でした。単車が暴走するように走ってきて、妻を跳ね走り去りました。当然私はその男に声を掛けましたが、こちらを向きながら走り去りました。
頭を砕かれた妻は即死で、まるで人形のように何も口にする事なく死んでしまいました。
犯人は未だに捕まっていません。でも私はそれから警察を恨んだ事など一度もありませんが、でもこの手で犯人を見つけ片を付けたいといつも考えていました。
今警察があの事件の事で、何方かが躍起に成って居られるでしょうか?気の毒な事と心を今でも痛めて下さっているでしょうか?それで毎日動いて下さっているでしょうか?犯人逮捕の目処が立っているでしょうか?」
「・・・」
「どうです?」
「まぁそのことはともかく、しかし貴方がしている事は法律に触れ、それはいくら過去にどのような辛く不幸な事があったにせよ、いけない事は重々お解りだと思います。
ですから私どもとしては、貴方を拳銃所持違反で検挙せざるを得ない事はお解りですね?」
「ええ解っています。」
「その轢き逃げ事件の事も詳しく調べさせて貰いますが・・・」
「ええ、昭和六十年の秋です。場所は難波です。映画館近くで」
「その件は誰かが又お聞きしますから」
「それで私は帰れないのですか?」
「待ってください。私の判断では」
「構いませんよ。豚箱に入れられている間に、妻を殺した犯人を捜して下さるなら、何時までも入っていますから」
「・・・」
「それで話を戻しますが、政治結社ってどのような事をされ、何方かメンバーが居られるのではないのですか?」
「いえ、殆どが私一人で、・・・おまわりさんって?」
「はい」
「急に何か優しくなりましたね」
「そうですか。もしそうなら、貴方が言われた事をお聞きしたからでしょう。お気の毒な事に遭われた事で…」
「そうですか・・・」
「それでですね、どこで政治結社の事務所って言うか?」
「自宅です。六畳と四畳半の自宅です。小さなマンションですが」
「そこは自宅兼事務所で?」
「ええ」
「でも食べて行かなければ成らないから、ちゃんとした仕事をされていないのですか?」
「していません。」
「そうですか。政治活動以外に何もされていないと言うわけですね。」
「ええ」
「それでその政治活動されているわけですね?、具体的におっしゃって頂けませんか?」
「民政党の、今や総理大臣の野村健三の応援をしています。」
「拳銃をもって」
「それは別物です。貴方たちだって民政党が素晴らしい事はわかるでしょう。我が国も少しはやりやすくなったと思いますよ。
第一政治家に腹を立てる事が少なく成ったと思いませんか?新党凌駕何て党は、政権政党ではないですよ。国民党も随分おかしな先生が居りましたからね。
民政党は結党以来変に辞めさされる議員なんか一人も居ないですからね。立派な党ですよ。
だから私は民政党を応援しているのです。野村先生には妻が殺された時に、大いにお世話になって頂きました、残念ながら未だに犯人は見つかりませんが、でも先生は涙を流して口惜しがって下さいまして」
「そうでしたか・・・判りました。出来るだけ帰って頂けるように考慮して貰います。ただし私どもでは判断出来かねますが、それはご理解下さい」
「ええ」
「拳銃は没収と言う事で」
「ええ」
「それで木原さん、実は警察と致しまして、このような物を持っている場合は、家宅捜査をしなければなりませんから、本日はこれからお宅へ行かせて頂きます。ご家族は?」
「いえ誰も」
「お子さんは?」
「いえ、子供を産む事なく妻は殺されましたから」
「そうでしたか・・・そうですね 昭和六十年と言うと貴方がまだお若い時の事ですね。奥さんも同じくらいで」
「ええ、新婚ではなかったけど」
「ごめんなさいね。余計な事を思い出させて」
「・・・」
「木原さんこの際お聞きしますが、家宅捜査をすると何か問題になる物などありませんか?
法律に触れる物であるとか?折角貴方が辛い思いをされた事をお聞きして心苦しく思っているのですが、拳銃以外に何かがあれば、話は全く別となりますからね。大丈夫ですね?」
「それは貴方方警察が判断すれば良いと思います。それって私の妻を殺した犯人を検挙出来ていないけど、貴方が勝手に捕まえる事は許せないって事と同じで、お互い交わる事など無いのではないのですか?
泥棒が我が家に押し入れば金品に成る物を探すでしょう。貴方方が我が家に押し入れば、何か罪に成る物を探すでしょう。私が探せば今必要な物を探すでしょう。だからそれぞれ視点が違うから、どれがいけないとかなど判りません。
ボカシなしのアダルトビデオがあれば、それがいけないと貴方方は言うなら、インターネットで流されているビデオはどうなるって事に成り、それをそっと見ている警察官が居たなら、それはどう判断すればいいかって事も同じで、私の持ち物でどれが悪いとか悪くないとかなど判断できません。
はっきりしている事は、私にとって住みよい環境であると言う事なのです。どうぞ好き勝手にお調べください。」
「ええ、そうします。」
家宅捜査はその日の内に許可が下り執行された。
所が木原伸晃の供述とは裏腹に、自宅からとんでもない一枚の紙切れが出て来た。
それは横十五センチ縦七センチほどの株券の預かり書であった。
既に時が経っていて印刷もやや薄く成っていたが字ははっきり見えるものであった。
証券会社に株券を預ける事はよくある。担保に入れて信用取引をする時である。
担保に入れると時価の七割の額をカラ売買できる。そんな理由で株券を担保に入れる事は常識である。
損をした時も同じで全て担保になる。その株券の預かり証が見つかったのである。
物入れの中の大きな箱から、その紙は遠慮気味に箱の織り目の中に刺さるようにくっついていたのを、捜査員が見つけたのであった。
「これって野際久恵様って書いて居ますね」
「誰かな?」
「わかりませんが、でも木原に聞いてみましょう」
「そうだね。株券の預かり証だから、まさか野際何とかと言う奈良の話と・・・すぐに電話してみて、
『もしもし今ですね、家宅捜査を始めた途端に、こんなものが出てきました。大きな箱の中から株券の預かり証が・・・それがですね、奈良で起こった事件に関係がないかと思いまして、預かり証は野際久恵様と書かれています。急いで調べください。久恵は久しいに恵むと言う字です』
「わかりました。奈良県警に照会して調べます。」
「お願いします。すぐに署に持って帰ります。」
出てきたのはそれだけであったが、しかしそれは只の一枚の紙切れだったが大きな意味を含んでいた。「木原さん貴方の家を家宅捜査しました所、へんな物が出てきました。株券の預かり証です。
覚えがありませんか?」
「知らないです。」
「でも貴方の家から出てきたのですよ。知っているでしょう?」
「知りません」
「この名前はわかりませんか?」
「どれですか?」
「これ、ほら小さいけど判るでしょう。この野際久恵って文字が」
「・・・」
「これは奈良の斑鳩の自宅で殺された野際誠一さんとその妻久恵さん、その方なのですよ。住所も同じだし、これで判りましたね。更に調べていますが間違いないでしょう。」
「・・・」
「野際久恵さんから証券会社が株券を受け取りその引き換えの証拠として預かり証を発行したようです。
だからこの預かり証は間違いなく野際久恵さんが持っていたわけです。それが殺されその預かり証が貴方の自宅から発見された。
未だ犯人は捕まっていない。
貴方の奥さんが轢き逃げされ、未だ犯人が捕まっていないのと同じで、野際さん夫妻を殺したかも知れない犯人も今も捕まっていないのです。この預かり証の番号の株券もおそらく無いでしょう。
そして貴方が野際さんの事を何か知っている事はこの預かり証が物語っています。
何があり、どうして貴方がこの預かり証を持っているのですか?あの事件では鑑識さんは金庫の跡形から相当大金も盗まれているようだと、株券も可也の額が紛失してるようだと、それは空の金庫やタンスから、更に証券会社の証言により調べがついているようです。当時の事件概要にはその様に書かれています。奈良県警から送ってきています。
それで最近になり、その株券が誰かの手で売られています。貴方は何かを知っている筈、言っている意味お分かりですね。木原さん言って下さい真相を」
「そんな事言われても」
「貴方はここへ来られた時言っていましたね。民政党を応援していると、でも民政党って裏表が無いと常に口にしている政党、理念にしている筈ではないのですか?貴方が本当にその党がお気に入りなら、貴方自身はどうなのですか? 隠し事など無いと言えるのですか?
木原さん貴方が正直な人間なら、今置かれている状態は決して褒められたものではありませんよ。身勝手で嘘つきと言われても仕方ないですよ。」
「待って下さい。こんな物見た事ありませんが・・・」
「見た事がないがそれから・・・」
「だから見た事がないが、野際さんの事は知っております。」
「どう言う関係で?」
「ええ野村先生から聞いています。悪い事をする人だと」
「確かに悪い噂がある事はありましたが、でもそれは貴方には関係ない事」
「ええ、」
「で、貴方は野村健三さんから何かを聞いて、それで野際さんの自宅へ行った?」
「いえ違います。野村先生は何も知りません。関係ありません。」
「いいですか、はっきり答えて下さい。貴方は野際さんの自宅へ十一年前に行きましたか?」
「・・・」
「行きましたか?」
「・・・」
「木原さん貴方は野際さんを殺したのではありませんか?」
「・・・」
「木原さん、答えて下さい。」
「刑事さん私の妻を殺した犯人は、貴方が今私を攻めているような事を一度もされた事がないばかりか、時効を既に向かえたか、もしくは迎えるのですね。
何も悪い事などしていない妻が、たまたま初めて二人で映画を見ただけで、死ななければ成らなかった。犯人は今頃ビールを飲んで寛いでいるかも知れないのですね。その事は仕方なく諦めなければならなくて、同じ私をどこまでも追い詰めるわけですね。
刑事さん悪いですが、帰れないのなら・・・今日はここで泊めて下さい。それで考えさせて下さい。これ以上責めるように言われても答えたく無いです。貴方が私を責める分だけ同じ様に、妻の事を考えて下さい。それがせめてもの私の意地です。」
「そうですか。でも貴方はこの預かり証の事を、どのように説明されるのか、明日は楽しみにしています。お気の毒な事は解りますが、ここの所は決して譲れませんから」
「楽しみにですか?」
「いやぁ言い方が悪かったですね。明日は慎重にお聞き致します。」
一夜が明け木原伸晃の取り調べが始まった。
それは木原伸晃のこれからが地獄である事を、警察は一夜の間にシナリオをしっかり作っていた。
朝一から木原が何もかもを話すだろうと謀っていて、その切り出した口調は実に柔らかなものであった。
「木原さん昨日あれから貴方の奥さんの事件を調べさせて頂きました。涙が出そうになって堪りませんでした。 結婚されてまだ四年経っていなかったのですね。それなのになんて惨い事を、
警察は頑張って居ると思いますが、それでも未だに捕まっていない事に対し、深くお詫び申し上げます。 犯人は絶対許せません。ですから絶対諦めないで下さい。どうか警察を信じて下さい。」
「ありがとう御座います。そんな言葉さえ最近は聞いた事が無かったので嬉しいです。
むしろ貴方方警察に諦めるように言われていたような毎日でしたから、貴方の言葉で少し考えが変わりました。必ず敵を討ってから死ななければいけませんね。」
「そうですよ。敵を討つって言い方が妥当かはわかりませんが、犯人は刑に服して貰わないといけませんからね。
所で木原さん夕べはよく考えて下さいましたか?野際さんの名前が入った預かり証が出て来た事は確かですから、観念して頂けましたか?
今貴方が心で思っている事で、それが野際夫妻殺人に関するものなら、一層何もかもを吐き出されては如何でしょうか?それって貴方の奥さんが殺された事と関係があるのではないでしょうか?
貴方がこれまで辛い人生で在った事はよくわかります。
昨日貴方の事件を読ませて頂きながら、他人の私でさえ、いつの間にか涙が頬を相当伝っていた事を思うと、どれだけ貴方が悲しい人生を歩んで来られたのか凄く解ります。
もし私が同じ思いをさせられたのなら、果たして耐えれるか疑問に思います。
この署で昔若い新米警官が殺される事がありました。まだ新婚で僅か五か月位で、旦那は死んでしまいました。奥さんは子供さんを身籠っていて、それは悲惨と言う意外に言い表す言葉は見当たりませんでした。
彼は私の部下で面倒を見させて貰っている真っ最中の出来事でした。
警察にはそんな話がいくつかあります。危険な仕事ですから、心を決めて日夜務めさせて貰っていますが、それでも輪を掛けるように悪い奴も居り、不幸な結果を招く事もあるのです。
誰が悪いとか何故そうなったのかと反省をしますが、同じ事が繰り返されるのです。
だから貴方が経験された事はまれな事でありますが、実は世の中には同じ思いをされている方も多く居られ、警察が幾ら努力しても追い付かないほどの事件や事故が起こるのです。
だから私などはお正月には神様に手を合わせ、月命日には亡くしてしまった部下のお墓や先祖のお墓に参らせて貰っています。
貴方の奥さまがもし私の不手際で亡くなられたものなら、今でも月命日にはお参りさせて頂いていると思います。
これからもずっと 今部下のお墓に参らせて頂いているように。
木原さん、貴方がもし野際さんをやったのならそれなりの理由がある筈です。絶対譲れない理由が、それも私には解ります。木原さん言って下さい何もかもを」
「・・・・・」
「お願いします。きっと楽になれると思います。」
しかし木原伸晃はそれから何一つ口を開く事なく黙秘を貫いた。
【容疑者が見つかりました。 十一年前奈良県斑鳩で夫婦が殺された事件がありました。
犠牲になったのは、新党凌駕の副代表野際誠一さんと妻の久恵さんです。
野際さんは先に起こった災害の、緊急対策工事に関する贈収賄事件の首謀である事を検察に追及され、拘留されていましたが、多額の保釈金を積んで仮釈放されていた時に、自宅において事件に巻き込まれたようです。
無理心中ではと言う推論もありましたが、ここにきて先日になり野際さんの奥さん名義の株券が、市場に出回っている事が発見され、野際夫妻は無理心中ではなく、誰かに殺された事が判って来ました。
そして先日たまたま大阪難波で強盗があり、緊急配備をしていた難波中央署の署員が、検問した男性の持ち物から拳銃を見つけて緊急逮捕し、更に自宅を家宅捜査しますと、奈良で殺された野際久恵さん名義の株券の預かり証が見つかったのです。拳銃は野際夫妻が殺された物とは違いましたが、同型であることは確かなようです。
詳しく述べますと、株券預かり証と言うのは、株を買ってそのまま直ぐに売る場合などがあるため、証券会社は株券の代わりに預かり証をお客様に渡す仕組みなのです。 また信用取引と言って、お客様がカラ株の売買をする時に、担保として株券を預かり、その範囲内で売買をして貰うわけです。
その預かり証が、拳銃を所持していた被疑者の物入れの段ボールの中から出てきたので、警察は目の色を変える事と成りました。
その男は四十代後半の男で、自称政治結社主幹と言っているようです。どうも民政党の名前や野村健三総理大臣の名前も出しているようで、連合与党は最近になり、政策面で混沌としている事もあり、新たな波風が立たなければ良いのですが懸念される所です。
とにもかくにも、 犯人しか知りえない十一年前の地獄絵のような出来事は、これから徐々に明白になりそうです。
大坂難波中央警察署前からお伝え致しました】
「父さんまたまた大変な事に成ったね。野村先生の名前も出て来ているから予断は許されないね。
もしかすると俺も知っている男かも知れないな
一体誰だろう?」
「でも今のニュースだけじゃ何も判らないからなぁ。ただはっきりしている事は、この男が自宅で野際さんの株券の預かり証を持っていた事だな」
「それってこの男が民政党の名前や野村先生の名前を口にしたとしても、その預かり証を持っている事とは全く関係ないからね。
だって民政党が野際さんの所へ行く事など絶対ありえないからね。だから間違ってその預かり証を受け取ったとか考えられないよ。
つまりこの男はおそらく株券と預かり証を一緒に入れていたと思うな、其れで株券は処分したか、どこかへ隠したか、それで預かり証ってものはおそらく薄っぺらい紙だと思うから、この人は見落としていたのかも知れないね。絶対証拠を残さない主義だったにも拘わらず、それが見つかったって言う事は」
「そうだな。よくあるなぁそんな事が、葉書や写真なんかでも、箱の折り重なった所に食い込んでいて、強く箱を振ると落ちるって事があるね」
「おそらくそのような事だと思うよ。でも何故この男、拳銃なんか持っていたんだろうね。一体何者かな?民政党の名前や野村先生の名前も出しているようだから、警察に詳しく聞いてみるから」
「龍志なら立場上それが出来るから早く対処する事だと思うよ。民政党は政権を取ったと言っても新党凌駕頼みだから、最近ぎくしゃくしている事父さんにも判っている位だから、気を引き締めないとな。折角これまで頑張って来たのだから」
「あぁ、父さん解っているよ」
「総理、最近良からぬ噂が貴方の出身の大阪から聞こえて来ます。新党凌駕の元国会議員、当時は副代表をされていた野際誠一氏夫妻の、銃殺に関する疑惑の男が浮上して来ている事は、貴方も重々承知であると思われますが、この被疑者が貴方の名前を出している事と、更には民政党の名前も出していて、民政党を押していると供述している事を警察からお聞きしています。
それでわが国民党が現状に至った裏には、貴方の民政党の躍進があった事は認めます。
しかしながらわが党はともかく、新党凌駕はその数を大きく激減させ、その流れが今日に至っていると思われます。そこで貴方にお伺い致しますが、今大阪の難波中央署で身柄を拘束されている被疑者と貴方は面識が在りますか?お聞かせください?」
「委員長、お答えします。率直に申します。
昨夜法務大臣を通じて警察にお聞きしました。しかしながら面識があるとか無いとか、それはまだ被疑者が何も口にしていないようで、今の所何も判りません。
只はっきり言える事は、私は長年政治の世界で生きている男です。おそらく何万人の方と握手をしたり話をしたり、パンフをお渡ししたり、それは限りなくあるでしょう。
例えば私が演説をしている姿を見て、その同じ場所で居られ、それで面識があると言われても、それはそれで出会っている事になり、貴方の言われる事に一々お答え出来ない事は、同じ政治家としてお解り頂けると思います。よって私が覚えていないと言う事は面識が無いと言う事かも知れません。
それでも拳銃を所持をしていた事は確かですから、その罪でしっかり取り調べをして頂きたいと思います。」
「私が思うに貴方の民政党は、この数年の間に大躍進をされた。そしてわが国民党や連立を組んでおられる新党凌駕も、その数を半分までに減らした様で、 この現実はわが国民党としては、大いに反省をしなければならない事は重々承知でありますが、しかしここにきて貴方の民政党が、これまでに成った事を分析しますと、新党凌駕の野際氏が不正を働いたと噂が再三流れ、その度に議員数を減らして行った事は、誰もが知る事。
しかしながらその疑惑の人が、誰かに殺されたとなり、その犯人が貴方や民政党と深い関わり合いのある人となると、それは放っておけない話と思われます。今後警察が徹底的に調べ上げると思われますが、総理、貴方が万が一この犯人と関係のある場合は責任を取られますか?」
「唐突にそんな事を言われましても。とにかく警察にお任せして見守る積りであります。」
「どうでしょう、民政党は貴方の口からも他の方からも、清廉潔白で裏表がないと幾度も聞かされていますが、この件においても同じ思いであって頂けますように切にお願いしておきます。 明日にでも容疑者は何もかもを口にすると思われます。
総理今一度お聞き致します。
もし犯人が貴方と面識があり、更に野際議員殺害の件においても関わりがあるなら、総理は責任を取れますか?」
「全く心当たりがありませんが、万が一あれば取ります。しかしそんな事ありえません事を強く申し上げて置きます。」
「兎に角はっきりしていることは、新党凌駕の野際氏が亡くなられた時を境に、民政党が大躍進したことは事実として今に至っている事だけは確かなようです。
質問を終わります。」
「全く関係ありません。」
その後も木原伸晃は一向に何も口にしなかった。
しかし拳銃の入手した経緯を口にした事から、警察は現在服役中で、過去に難波界隈で麻薬をさばいていた売人の、背甲宗徳と言う男を突き止める事が出来た。
「拳銃?あぁ売った事あったね。俺薬専門だったから、拳銃を用意するのに結構苦労したからよく覚えているよ。
確か素人さんだったけど、なんか意味ありだって言うから、それに金も弾むからって言われて」
「それはこの男か?」
「かも知れない。でももっと肥えていたと思う。なんか敵を討ちたいからって言っていた。奥さんが殺されたって。だから俺この男なら警察には絶対言わないだろうなと判断した事を覚えているよ。それで安心してお金も可也貰ったし」
「それで拳銃を」
「あぁ用意して仲間に言ったら、金があるなら二丁買って貰えばってなって、それで話したら二丁でも構わないって言われ、なんか保険金が入ったと言っていたな。それで結局二丁買って貰ったわけ」
「お前は誰から拳銃を手に入れたんだ?」
「刑事さん、それはご勘弁ください。俺ここから出るとズドンなんて嫌だから。解って下さいよ。」
「言えば、早く出られるかも知れないぞ」
「いやですよ、早く出て命を縮めるなんて」
「そうか。其れで拳銃はこれだな?」
「そうだと思う。随分前だったけど、俺もあまり触った事なかったから、はっきり覚えている積りだけど・・・間違いないと思う。」
「間違いないな!」
「ええ」
麻薬密売人背甲宗徳の供述で、拳銃が二丁木原伸晃の手に渡った事が判る事となった。
検察はさっそく木原を呼びつけ取り調べが始まったのは、木原が逮捕されてから四日目の事であった。」「木原さん、貴方が拳銃を買ったのは、難波界隈で麻薬を売りさばいているで背甲宗徳と言う男です 。この男です。覚えておりますね?」
「はい」
「それで貴方はこの男から二丁拳銃を買っていますね?」
「さぁ覚えていません」
「いや覚えているでしょう。拳銃って貴方にとってそれは人を殺す為のものですよ。
違いますか?
決して威嚇が目的ではない筈、殺された奥さんの敵を討つ為のものでしょう。だから覚えてないって事は嘘を言っていると言う事ですよ。思い出したでしょう?」
「・・・・・」
「貴方は拳銃を二丁買われたのは何故ですか?」
「・・・・・」
「言いなさい。黙っていても罪は重くなりますよ」
「・・・・・」
「髷を結っていた時代の映画なら、こんな時貴方の背中に鞭を打ち付けて、血みどろにして吐かせたのですよ。有無を言わせず貴方は吐く事になるでしょうね。違いますか?」
「・・・・・」
「木原さん何もかもを言いなさい。現行犯逮捕ですから、貴方は言い逃れなど出来ないんですよ
更に貴方の自宅から出てきた野際さんの株券預かり証は、紛れもない事実なのですよ。
そうでしょう。貴方を逮捕した時に、民政党の事や野村健三総理大臣の事を口にしましたね。今国会はその事で物議を交わしていて、野村総理は困っておられますよ。
それで良いのですか?貴方は野村総理を尊敬されているのではないのですか?奥さんの事で何かとお世話になられたのではないのですか?
木原さん貴方が奥さんを思ってこの様なことをされた事は重々解りますが、それが今国会で総理が責められ、一国の主まで苦しめているのですよ。
それも貴方が尊敬する方で、更にお世話に成った方なのでしょう?わかりますね、木原さん。何もかもを話して下さい。」
「・・・・・」
「木原さん涙を出されていると言う事は、申し訳ないと言う意味が込められているのですね?
辛いでしょうが言って下さい。何もかもを話して下さい。」
「・・・わかりました。」
「話して下さるのですね。」
「何を話せば・・・」
「先ずお聞きしたいのは、貴方は拳銃を二丁背甲宗徳と言うこの男から買われましたね?」
「・・・はい」
「それはいつですか?」
「かなり前です」
「それでその拳銃で貴方は野際夫妻を殺したのですね?」
「殺したのは私ではありません」
「ではどなたが?」
「私と一緒にあの家に行った人物です。」
「それは誰ですか?」
「知りません。名前までは」
「それはどう言う意味ですか?」
「私とその人物とは同志でした」
「同志って?」
「だから同じ思いを持った仲間と言う事です。私とその人物で政治結社を作ったのです。つまり二人とも政治に関心があり、それで何となく」
「その方はどこの方なのですか?その人物が野際さん夫妻を殺したと言われるのですね?」
「ええ、彼がやりました。拳銃で奥さんの頭を後ろから撃ち、それから旦那の口に銃口を加えさせ、引き金を引かせました。私はその様子を見ていました」
「止めなかったのですか?」
「私が采配しました。それで良いと私はその人より強く思っていましたから」
「なぜ?」
「あの野際って新党凌駕の男を許せなかったからです。丁度あの事がある前に、拘置所から保釈金を積んで出てきた事が新聞に載っていたのを見たからです。
あの男がこれまでにも数々の黒い噂が絶えなかった人物である事は、誰もが知っている事。刑事さんだって、貴方が奈良県警なら心の隅で煮えているものがある筈。塀の上を伝い歩きしているような、狡猾な男だから許せなかったわけです。
それで同志が野際さんの奥さんを殺したのは、私が野際さんにこう言ったからです。
奥さん!奥さんがそんな野際さんを支えて来た事は、罪であり同罪であると、更に死ぬべきであると、それを聞いていて同志は有無もなく奥さんを後ろから撃ったのです。
そんな私達を見ていた野際さんは、同志を睨みながら奥さんに近づいて、身動きすらしない奥さんを抱き抱えていました。
奥さんは息をする事もなくそのまま静かに死んで逝きました。野際さんは観念したのか諦めたのか、私たちに何度も『殺してくれ』と言いました。
それで今迄に持ち上がった噂はどうであったのかと聞きましたが、何も口にする事なく、拳銃を咥え拳銃の引き金を彼自身の手で引きました。
拳銃を咥えている野際さんの耳に横から、『昔こんな時武士なら潔く腹を切った筈でしょう』と説いた直ぐの事でした。
野際さんもその事に何か感じるものがあったようで、素直に引き金を自ら引いていました。 亡くなる前に現金と株券を、更に宝石などをテーブルの上に置かせ、全て持って帰りました。
現金は金庫に眠っていましたから、家宅捜査されてもそれを見せる積りであったと思われますが、二億もの株券は隠されていて、巧妙であったとあの時思いました。
先日家宅捜査で発見された預かり証は、私は初めて見たもので、おそらく株券の間に挟まれていてそれが出し入れしている間に落ちて、箱のどこかに挟まったのだと思います。
まさかそんな物が在るとはつゆ知らず、あの箱をずっと今まで置いていたのです。
現金も相当ありましたが、妻が死んでからはあまり仕事をしていない事もあり、殆どを使ってしまったと思います。株券は安くして同志が手放したと思います。足が付く事が怖かったので、。同志に全部あげました。同志は重い病気で、其れにお金が要ると言う事で、それからは会っていませんがでも生きているか判りません。」
「しかし貴方はその男が一人で野際さんを殺したと言うのですね?」
「ええ、少なくとも奥さんは」
「名前とか何も判らないのですか?住所とかも年齢も?」
「何も知らないです。ただ民政党をこよなく愛している二人と言う事で」
「民政党ねぇ」
「その人は声が出なかったのです。咽頭がんにかかっていて、あと僅かの命だとも言っていました。素人考えのようでしたが」
「どこの病院に掛かっていると?」
「いえ、病院に行く金など無いって、保険証も持っていないって。だからお金が入って保険証を作って、それで治療をしたと思いますよ。一刻を争う状態であったように言っていたから。
だから私はあの方とほんの僅かしか話をしていないです。時々辛い時は紙に書かれて見せられた位ですから」
「貴方方の動機は一体何なのですか?同志と言う方の治療費が目的で?」
「違います。それは二人があの時話しあったのは、民政党のような政党が、国政を司らなければならないと言いあった事と、その時野際誠一議員に疑惑が発覚して、奈良の県職員が逮捕され、更に大阪の業者が賄賂を口にし、更にその双方に拘わって裏で動いていた野際が許せなかった事です。
野際はこれまでにも何度も黒い噂が絶えなかった人物だから、二人で話し合って懲らしめる事を決めたわけです。
奈良へ行きあの大和川の草むらから野際を監視していました。三日ほど監視して、それであの男は拘置所から仮尺で出て来たのを確認して、実行に移したのです。
野際夫妻が死んだのは、実行したのは同志で奥さんが亡くなり、野際さん本人は自ら強制されて仕方なく。
でも実際は私が何もかもを采配していて同志は私の言うことに従ったのです。
私は野際さんに死ぬ前に言いました。貴方は今こうして死ななければならないけど、私は貴方を殺しても見つからなかったなら、これからも悠々と生き続けるでしょうと、そして今まで貴方はその様にして来たのですよと言いました。」
「木原さん同志はどこで生きているか、全く思いだせませんか?野際夫妻を殺して、その後同志とは?」
「一度私の住まいに来ましたが、それから手術をするからって別れたきりで」
「大阪の人ですね?」
「それは間違いないと思います。」
「どこで知り合いに成られたのですか?」
「競馬の馬券売り場で」
「競馬が好きなのですか?」
「いえ、あの人は競馬の馬券売り場に来ていましたが、それは暖かいからで、長椅子の隅に座って居眠りをしていました。
そんな姿を何度も見ていましたから、それに馬券を買う姿は見た事が無かったから、それで偶然と言うか、おとなしい人でしたから、その横に座る事に時々成り、私の新聞を覗き込んで何かを言っていた事を覚えております。
それから同じ事が再三あり、次第に話すようになり、競馬の話より政治の話を夢中でするようになりました。
私は妻が殺された時、バイクを運転していた男が着ていた服に、サラブレッドの刺繍のようなものがあり、それを覚えていて、常にその事を気にしていて、おそらく競馬が好きだろうと思い、馬券売り場へよく行っていたのです。」
「それでその同志の事なのですが?」
「その人は実はバブルの頃は相当なものであったと言っていました。
元々証券マンで羽振りも良かったようで、韓国へ行ったり台湾へ行ったり、香港へ行ったりシンガポールへ行ったり、そんな事を紙に書いて笑っていました。 でも私と出会った頃は健康保険証も持たず、その日の食い扶持もなく、空腹に耐えていたようです。
更に咽頭がんと言う病に侵され、明日をも知れぬ命だと思い込んでいたようです。」
「だからやけくそになって民政党に託け、人を殺したと言うのですか?」
「それはわかりません。でも新党凌駕の野際さんを随分嫌っていましたから、何かがあったのかも知れません。何しろあの方はどこで生まれたとか、何も判らないですから。ただこれまでの仕事柄、野際さんから持ち出した株券を上手く処分されたと思います。
それはあの方に私が嵌められていても仕方ない事で、全て任せていましたから。億単位の金であった事は確かですが、それは私にはわかりません」
「野際さんの自宅に押し入ろうと考えたのは貴方ですか?」
「いえ、何方でもなく野村健三さんが、つまり総理が、まだ只の議員時代に大阪に帰られ、演説を聞きに行った時に、なんとなく冗談で色んな事を話しました。
でもあの時、同志は緊急にお金が要る事が判っていましたから、何故ってあの人は全くお金が無かったからです。競馬の馬券売り場に来て、本当は物乞いをしたかったのかとその時思いました。
だから私が冗談に、『銀行強盗でもしないと埒が開きませんね』と笑いながら言ったのを覚えています。でもその時、「遣りたいですね・・・」と同志が言ってびっくりしましたが、その悲壮な顔や目つきが、何もかもを物語っていました。」
「証券会社に行っていて、バブルの頃は羽振りが良く遊びまくって、それでバブルが弾けて今では咽頭がんになり、病院へ行く金さえなく食事にも在り付けない有様ですか?」
「そんな人この街には幾らでも居るんすよ。だからあの野際って男の事が許せなかったのでしょうね。
身勝手でも。其れに野村総理があの時、野際誠一の事を相当貶していましたからね。
あの時は総理でまだ無かったから。壊れて行く野際誠一を、私たち二人も苛立った事を覚えていますよ。
所が蓋を取ってみれば一億円の保釈金でしょう。同志はその頃は体の具合は相当悪くなっていて辛そうでした。空腹で胃を押さえながら悔しそうに何かを言っていました。
声に成らない程苦しみながら、そんな事が何度もあり、だから私は野際の邸宅に行き、あの同志が言いたかった事までを代弁したと思います。
それは私もこの男はこの世から去って貰いたいと思う強い気持ちが芽生えた事も確かでした。
政治家はこれまでどれだけ有権者を欺き、狡猾であったか誰もが知る事です。
それが票に繋がる行為であっても、他の候補が不利に成るものなら、決して許されるものではありません。贈収賄などと言う言葉が氾濫しているのは全て悪の根源です。
ですから私たちは悪の根源の一部を摘み取っただけの事なのです。」
「ではその同志の方は、今どこで生きているかなど全く思い出せませんか?」
「いやぁ死んでしまったと思います。あの姿でしたから。」
「どれだけの意味があったのでしょうね。そんな事をして」
「いやぁ私も同じで、地獄の入り口で彷徨っている者の気持ちなど誰も判らないですよ。
私に場合、毎日毎日思い出すのですから、私は道で擦れ違った人の服が気になり、直ぐに睨んでいますから、馬の刺繍がないかと、それを毎日繰り返して来て、これからも繰り返すのですから、貴方たちが犯人を捕まえてくれない限り」
「そうですか・・・ではもう一度お聞きしますが、野際誠一さんが咥えていた拳銃は、貴方の同志が咥えさせ、それで野際さんが自ら引き金を引いたのですね。 それでその拳銃をあの場に残して、無理心中に見せかけ、先日押収した拳銃と貴方は二丁背甲宗徳と言う売人から手に入れたのですね」
「はい」
「では同志の事はともかく調書にサインを」
「検事さん、今後も同志の事を調べられると思いますが、あの日のあくる日、つまり野際を殺したあくる日、同志は何処かの病院へ行って居ますよ。それからどれ位した時かはっきりしませんが、一度私の住まいに来て株券の事とか話し、それで別れた儘ですから、生きているのやらどうやら、その後また病院へ行くと言っていましたよ」
「すぐに調べます。市役所とか病院に聞いたら判るだろうから、では調書にサインしなさい。」
「総理、本日の新聞によりますと、この被疑者が何もかもを供述したようですね。読まれたと思われますが、まず今何を思うかそれからおっしゃって下さい。
「野際議員の最期の姿が目に浮かんできます。非常に残念な事に成った事をお悔やみ申し上げます。」
「それでこの新聞には貴方の事も書かれているわけです。貴方が何かを言った事で、この犯人は野際議員の銃殺を考えた様にも取れる内容が書かれています、これについてどのように思われますでしょうか?」
「それは何分随分昔の事で、はっきり覚えておりません。申し訳ありませんが」
「しかし貴方が忘れたと言っても、聞いていた方は可也居られ、今わが党ではその時の証拠がないかと調べさせています。
貴方の発言が誘発して野際議員が亡くなったのなら、貴方に責任がある事も考えられ、総理と言う今の立場を思うと、責任を取る事も必要かと思われますが、 総理この点は如何でしょうか?」
「まだ詳細は来ていません。それに私は民政党の生え抜きで、長年政治活動をしてきたのです。
民政党は決して人様に危害を加えるような事はありませんし、またその様な言葉を発する事もありません。更に言わせて貰えるなら、わが党は結党以来一人として問題を起こし去って行った者など居ないのです。この事は貴方が身を置く党とは可也違いがあります。
これは自負です。もし過去にその事に触れて発言したのなら、少しは自慢したかも知れませんが」
「それでは総理は十数年前に野際議員の事で、誹謗中傷をしたりした事は絶対無いのですか?
これは大事な事です。貴方が何かを口にされ、その事で貴方を支持する有権者が、言わば呷られそれで結果的に野際さんの銃殺を考えた・・・貴方は今「まさか」と言う顔をされましたが、絶対そんな事は無いのですか?」
「ありません。神明に誓って申し上げます」
「判りました。では次の議題に移ります。・・・」
所がそれから一週間が流れ、大阪難波中央警察署が、木原伸晃が供述した咽頭がんに成っていると言う男の所在を突き止めていた。
男は斎藤鉦治と言う五十六歳の男であった。
十一年前奈良と大阪の境の生駒山の麓の病院で、がんの手術を受け、三か月のちに退院して、それからの事は、当時の住所が大阪花園であったが、今はそこには籍がなく、それからの事はわからなくなっていた。
入院中の斎藤は一言もしゃべる事なく、メモが唯一の会話であったので、印象に残っている看護師さんは何人かはいたが、話した事が無かったので、斎藤鉦治を深く知る者は居なかった。
そして今どこで暮らしているのか誰も知らなかった。ただ株券が最近に成って出回っている事は確かであるから、それも大阪市場で出回っているから、大阪近辺に潜伏している事が考えられた。
同志木原伸晃は斎藤が生きている事を知らされ嬉しく成ってきて、それは言う迄もない、お金が彼を救った事は百も承知であった。
《お金が人の命を長くもすれば短くもする。》
おそらく斎藤が生存している事を耳にして、あの男が斎藤と言う名であった事と、そして僅かの命であるように思い続けていた事が、滑稽にさえ思えたのであった。
現在斎藤鉦治は大阪の西成区の安アパートで名前を変えて住んでいた。
外へ出るのは殆どが夜で、大家には肺の病気で、あまり風は受けられないと、体がひ弱であると言い続けていた。
背丈は百六十で小太りで色白であったから、更に大人しい性格であったから、小さな声が如何にも頼りなく気の毒にさえ思える風情であった。
木原伸晃が刑事から斎藤の事を聞かれた時、
その風情は背丈が百七十ほどで、痩せていて、色は黒ずんでいて、如何にも間近に倒れそうな男と、そのように口にしていた。
それは既に死んでしまったと思う男の事を言うのであるから、適当で良いと思ったからであった。
刑事はその事を全署員に伝え、躍起になって斎藤を捜したが、まるで違った風情とは知らず、大坂花園までのルーツは突き止めたが、それ以上は霧の中で地団太を踏んでいた。
肥えていてふっくらした男を痩せていると言い、百六十の背丈を百七十と言い、色白であったはずが、黒く冴えない色であると想像させ、斎藤は捕まる事なく悠々自適に日々を重ねていた。
たとえ新聞に載ろうがテレビで放送されようが斎藤鉦治は更に名を大下隆と名乗っていたので、たとえ警察であってもその消息は掴み切れなかった。
木原から受け取った株券が十一年経った今も斎藤の生活を支えていた。
斎藤鉦治は完全にシークレットとなり、法の目を潜り大阪府警の届かない場所で生き続けていたのである。
四十年ぶりに与野党がひっくり返り、新政権が誕生したが、もともと新党凌駕は集まりであり、更に敵のような事を主張してきた民政党とは、常に火花を散らす有様で、ぎくしゃくした連立政権が続いていた。
政権返上さえ口にする者まで居り、与党の質疑時間であった時でさえ、皮肉な質問が出て野党の国民党から失笑される始末であった。
『素人総理!頑張れよ!』と大きな野次が、笑い声の中からふざけるような口調で飛び交っていた。
しかも総理大臣には相変わらず国民党からも新党凌駕からも、きつい言葉で質問される事となった。
「総理、実はわが党で貴方が十数年近く前に発言された事を探しました。
民政党はその頃、そうです、貴方はまだ大阪から一人で出ておられ、現在のように三人も居ない時の事です。
その頃に貴方が発言された事をわが党の後援会の方がビデオに撮られていて、私は何も新党凌駕さんの肩を持つ訳ではありませんが、酷いテープが残っていました。お聞かせしましょうか?」
「・・・」
「ここに収まっている貴方が発した内容は、酷いものです。相当凌駕の野際さんの事を責め、毛嫌いしていたのではないのですか?
新党凌駕が伏魔殿であると言う発言もされていますね。そして野際さんの事をまるで跋扈とも狡猾な男とも言っていますね。
更に退治すればとも言っていますように、可也調子に乗られて有頂天に成っていますね。
その後大阪から民政党は貴方一人から二人に成った頃ですから、油が乗っていたのかも知れませんが如何ですか?」
「何分遠い昔の事で私には思い出せません。まさかその様な事を私が言ったとは、それは何かの間違いではないのでしょうか?」
「間違いではありませんよ。みなさんでお聞きください。今掛けましょうか?」
「待って下さい。議長、このような策略染みた事に付き合う事は出来ないです。
それは何時であったのか、公の場であったのか、それとも友人と和んでいて小声で言ったのか、それさえも判らない事を今公にされましても、私は政治家です、野党の時は貴方の党や政府を攻撃するように発言をした事もあります。
考えてみて下さい。大好きな奥さんの事でも、小声で一言言いたく成る事だってあるのが人間ではないのですか?だから遠い昔に私が何を言ったのかなど、然程意味があるように思われませんが・・・
ですから今貴方が思っている事は、以前の私たちの立場と同じで、今の貴方は、私たちを痛めつけてダメージを与え心証を悪くする事が第一なのです。
ですから国会に於いては、こんな事より政策の論議を尽くすべきなのです。敵を取るように私の過去について、同じ事を繰り返す国民党は、更に議員の数を減らす事に成るでしょうね。政策の論議を尽くす事を忘れて居るようですから、ご忠告申し上げます。」
「総理貴方は以前に、総理に相応しくない発言を過去にしていたなら、責任を取るように言われましたね。まさに今その時ではないのですか?」
「止めてくださいよ。そんな事ばかり、国民は貴方の言っている事にはうんざりだと思いますよ。
良いですか、民政党はあの頃僅か八人で頑張っていた党ですよ。与党の貴方方や凌駕さんにも邪魔物扱いをされ面倒くさがられながら質問していました。その事は貴方も解っている筈です。
しかしながら今日あるのは、民政党が真面目に政治に取り組み、多くの国民の方のご理解を得て応援して頂いたからなのですよ。
多くの国民の方は、国民党ではいけないと判断したから、こうして私どもが国政を司っているのですよ。違いますか?」
「総理、私の持ち時間が来ましたのでこれで終わりますが、二十年近く前に貴方が発した言葉に感化された有権者二人が、野際誠一新党凌駕議員と奥様夫妻を殺すきっかけになった事を最後にお伝えし質問を終わります。」
「馬鹿を言うな。くだらん」
「総理言葉を慎んでください」
「はい、議長」
相沢信也が久しぶりに息子の龍志に電話を入れた
「龍志、野村先生が叩かれているね。持つかな?」
「うん。俺ねぇ 野村先生の事務所に寝泊まりしだした頃、まだ大学の四回生になる頃だね、先生時々脱線した事があったね。だから国民党の議員の方が言われている事は本当だと思うよ。テープだってあるようだし、俺は聞いた事ないけど。」
「だったら何故そんな野村誠一に惚れたのかな龍志は?」
「でも良い事をそれ以上に言っていたから、だからあの頃は勢いがあったから、全部笑い話に聞こえたからね。それにあの野際さんはインサイダーとかダム関係の贈収賄だとか噂があったからね。だから先生は決して間違っていなかったと思うよ。もし先生の言葉でへこたれる人なら兎も角、でもそれからでもまた疑惑が絶えなかったわけだから」
「つまり総理は間違っていなかったと思うんだな?」
「そうだよ。俺に言わせれば先生は僅か八人の党で、二百人も居る党に反旗を翻したんだから、大したものだとあの頃思ったよ」
「それにしても国民党は、野党に成ったら人が変わったようにしつこいな」
「それが野党だって、何しろ反対する事が先決だから。それから反対の理由を探すわけだから。民政党はそんな事なかったけど。賛否は論議を尽くして得られるものと思っていたから」
「つまり国民党もやがては新党凌駕と同じ道を歩む事になるのかな?」
「いえ、実は政権を勝ち取ったのは、はたして連合野党であったのかとなると、決してそうではなく、民政党が単に頑張ったからだと思うよ。
最近ね、論議を尽くすと言うより、擦り合って決めているような感じで、しっくり行って居ない事は確かだから、何時まで持つか正直心配に成っているな」
「折角四十年ぶりに政権を取ったのに…」
「そうだね。何を審議しても必ず横やりが入るからね。」
「もしかすると国民党の質問が、一途に総理の過去に拘っている事が影響しているのじゃないのか?それで凌駕の連中が耳を立てていると言うか、気にしていると言うか」
「それは考えられるね。何しろ新党凌駕の副代表だったからね野際さんは」
「しかしあのまま逮捕され、犯罪者として曝されれば、凌駕にとって致命傷に成っていた事は間違いないからな。そこの所を凌駕はしっかり考えなきゃな」
「その通りだと思うよ」
「しかし地元では結構同情している人も居るからなぁ。生前にお世話に成った人も相当居るだろうから。何しろ長い議員生活だったから」
「そうだろうね。野村先生も今でこそ総理大臣に成ったけど、若い頃は結構気が荒かったらしいから」
「当然だと思うよ。だから政治に興味を持ったのだと父さんならそのように思うな。
むしろ龍志のように大人しい者がする事じゃないかも知れないな。何とか上手く行って貰いたいね。国民党もほどほどにして政策で論議を尽くして貰わないと」
「所で野際さんを殺したと言う犯人、今どこで居るのだろうね?」
「おそらく大阪だろうけど、それが何?」
「だからその犯人が出来るだけ早く捕まって、この話が落ち着けば良いのだけど」
「総理が参っているのかな?」
「あぁ顔色が悪い時があるからね。何しろ相手が殺されているのだから、幾ら悪人であっても」
「そうだな。両党が反比例している事も手伝っているな。国民党が大幅に減らして凌駕と民政党が伸びたのならバランスが良かったのだけど」
「波乱国会になるかも知れないね。」
「そうかぁ大変だな」
大坂難波中央署から検察に送検された木原伸晃は、二十日間の間取り調べが続けられていた。
そして同志と称する相棒の居所を追及されていたが、結局突き詰めるまでには至らなかった。
「木原伸晃さん、貴方を本日をもって起訴と致します。罪状は拳銃不法所持の罪と、新党凌駕議員野際誠一及び久恵夫妻殺害に関する強盗殺人及び殺人教唆の罪で」
「わかりました。検事さん。殺人はしていませんが、立証も出来ませんから・・・仕方ないです。法廷で争います。 私はこれから裁判になり、実刑が下されるのですね。当然だと思います。
しかしながら私の妻を殺した犯人は、今もって罪に問われる事なく、悠々と生きていると思われます。それに私の同志の斎藤さんもどこかで暮らしていると思われます。
斎藤さんは咽頭がんで苦しまれていて、まさか未だに生きているとは私には考えられませんが、でも実際生きていたなら、その原動力に成ったのはお金であると思います。
その日の食べる物にも事欠いていた人が、ある日二億円ものお金を掴んだのですから、世の中の何もかもが変わったと思います。
生駒の麓の病院で金持ちしか経験出来ないような治療をして貰って命を拾ったと思います。
そして今も生きているのなら、人生を拾ったと言う事だと思います。
お金があると言う事は、どなたでも同じ事が言えるわけで、少なくとも何も無い人間にはあり得ない出来事と成るようですね。
彼が私の元へやって来て、株券の事を話されました、半分はあんたの権利だから取っておくようにと、紙に書いて渡されましたが、私は株券の事など興味がありませんでしたし、また現金も可也有りましたからそれで十分でした。
彼はそれを幾らで処分したのか私にはわかりませんが、あの二億もの株券は闇から闇へと渡り歩いていると思います。
貴方方は今も躍起に成って斎藤さんを探していると思われますが、しかしあの人は間違いなく限られた命と戦っている事は確かでしょう。
追い詰めて追いつめて、刑務所で死ぬまで追いつめて、それが法律かも知れませんが、あの人が馬券売り場で空腹に耐え、病気の治療にさえ行けなくて、その日の食事さえ出来なくて、そんなあの人に貴方方はどれだけの事をしてあげたのでしょうか?何故そんな人が世の中に多く居るのでしょうか?
私と斎藤さんはそんな話をよくしました。
殆ど私がしゃべっていましたが、でもあの頃の斎藤さんは、まだ手術をしていなかったので、かすれ声でしたが何とか話す事が出来、よく歪んだ現実や政治の話をしたのです。
それはつまり野際と言う男の事と言っても過言ではありません。何故国政を司る者が、それが与党であれ野党であれ、悪事を平気で働くのかとお互い憤慨した事を覚えています。
私は斎藤さんに言っていませんが、妻の事が常に頭のどこかで引っかかっていて、いつしか野際のような男は、妻を跳ねて逃げ去った男にどこか似ている様に思いました。
ヘルメット姿で何食わぬような態度で、私の顔を見ながら急いで逃げました。あの態度は絶対忘れる事が出来ません。当然馬の刺繍も。
あれは何であったのかと、あの男はあの時、どのような心境であったのかと思うだけで、その怒りは収まる事はこれからも無いでしょう。
私は裁判に成って罪を問われれば、この事を必ず口にしたいと思っています。
国家権力で国民を牛耳っている警察に対する、心から永遠の訴えだと思います。
罪に時効があると言う事の意味は何でしょうか?被害者にとってその意味はどのように理解すれば良いのでしょうか?
野際誠一のような人物を、これまで法律ではどうする事も出来なかったのは何故でしょうか?
私と斎藤さんが野際の命を奪いましたが、もしもっと早くにあの男を逮捕して罪を償わせていれば、こんな事態に成らなかったのではないでしょうか?
政治家に民間ではあるまじき特典がある事自体不思議な話です。国会の会期中は逮捕できない(不逮捕特権)とかそれは何故でしょうか?他にもまだ在るかも知れません。
私たちがした事は大きな罪です。
しかしながらこれからもこの様な事は、幾らでも繰り返されても良いと私は思います。
それは公とか民とか職種を問わず、不正が蔓延っていれば、それを排除する事は致し方ない事だと、今後も何方かが私たちの事件から学ぶ事になるでしょう。
私はこの度の罪は一切恥じるのもではありませんと確信致します。潔く罰に服します。以上です。」
「そうですか・・・それでは検察官として申しておきます。
どんな事情があるにせよ、罪を犯す者は罰を受けなければなりません。それは貴方だからとか、事情があるからとか全く関係ありません。
全ての者が平等であらなければなりません。そんな事は百も周知である筈の貴方が、罪を犯した事に大いに意味があるのです。
貴方のような人だからこそ、罪を犯してはけないのではないでしょうか?辛く苦しい思いをされている貴方のような方だからこそ、我慢を求められるのではないでしょうか?私にはその様に思えて仕方ありません。残念です。」
「検事さん、私はおそらくいつの日か考え方が変わってしまったのでしょうね。
おそらくあの時から、つまり妻が殺された時からですね。あの時心が壊れてしまい、元へは戻れなくなったのでしょうね。笑う事も泣く事でさえ忘れてしまったように思います。
泣きつづけ涙が枯れて目から一滴も涙が出なくなって・・・あの時に何もかもが失われたのでしょうね。優しさや豊かさや、思いやりなどと言う言葉も、
そして誰もが持ち合わせていない、普通に生きていれば、絶対知りえない何かが心の中に育ってしまったのでしょうね。
本当はこんな人生など望まなかった筈が、残念ですが、今も他に道があったとは思いつきません。
多分それを見つけるだけの知恵も度量も無かったのでしょうね、私には。
どうしても世の中と私の間に、妻が居る事を忘れる事は出来なかった様です。」
「お気の毒です。貴方の供述から自分で手を下さたわけではないと言われていますね。それが立証されるなら、遠くない時期に刑を全う出来ると思われます。今度出所される日が来たなら、心を入れ替えてもう一度生き直して下さい。私はそのように望みます。」
木原伸晃は起訴され公判が始まる事となった。
そして木原が供述した共犯者の斎藤鉦治が、木原の供述とは裏腹で、生駒の瀬川病院で再度聞き込みをした刑事が、斎藤鉦治の本当の姿を知る事となった。
背丈が百七十もなく、しかも色黒でもなく、さらに痩せ細ってもなく、木原伸晃が全く出鱈目を口にしていた事が判る事と成った。
刑事の誰もが咽頭がんで末期であるように早合点して、木原伸晃の供述を鵜呑みにした事が、大きな見当違いをする事となった。
それでも未だに居所を探す事は出来なかったが、指名手配のチラシが大阪中に配られ、当然西成の安アパートにもそれが届く事と成った。
斎藤鉦治は常にマスクをしていて、胸の病気を訴えていたから、大家は全く気付く事はなく、更に斎藤鉦治ではなく大下隆と偽名を名乗っていたので、疑われる事は決してなかった。
斎藤鉦治はそれでも大家に疑われてはいけないと考え
『大矢さんに』と表書きをした封筒を渡し、
「大矢さん私何時病気がこじれて救急車で運ばれるかも知れません。貴方に迷惑を掛けてはいけませんから、お金のある内に家賃を先払いをさせて頂きます。何分病気が病気だけに、どんな日が来るやら、半年分を入れて御座います。」
その様な封筒であった。
大家は斎藤さんは「律儀で常識があり」ありがたい話であるから、素直に受け取り、万が一警察が来ても聞き流すだろうと読んでいた。
「被告にお聞きします。貴方は検察官に野際夫妻殺害に対する共犯の斎藤鉦治の事を、出鱈目な供述をされたのは、それは貴方が実は野際氏を殺害していて、それを斎藤鉦治に口にされるとまずいから嘘を言ったのではありませんか?
貴方が今までに供述された事に嘘があると言う事は、貴方が野際夫妻を殺してはいないと言ってもそれを素直に聞き入れる事は出来ないのです。
貴方の供述には他にも嘘があるかも知れないし、
信じろと言われても信じられないのです。
どうして貴方は斎藤鉦治の容姿について、嘘の供述をされましたか?」
「可哀想だったからです。斎藤さんが・・・・・
あの人は間違いなく今でも生きているのですか?
私にはあの人が今でも生きているとは考えられません。
確かに私はいい加減な事を言いました。
私があの人と知り合ってから色んな事を知りました。
あの人は私と知り合う前は証券会社で働いていて、それで首に成るまでは、昼夜なしに結婚も忘れる位に働き詰めで働き、気が付けばバブルが弾けて、お客さんの損失も被る羽目に成り。莫大な借金を抱えて何もかもを失ったと言っていました。
それからと言うものは、車の中で寝泊まりをしたり、公園で寝泊まりをしたり、そんな生活をしていた様です。
だからそれ以上の事は聞きませんでした。そう成ったのは誰が悪いからとか、聞く気にもなりませんでした。
どうにか成るものではないから・・・そして食事さえ出来ない斎藤さんが惨めに見え、内容こそ違え私と似たものを感じて来ました。
ですから斎藤さんを刑事さんや検事さんに話す時、この儘そっとして於いて貰いたかったから、真逆の事を言ってしまいました。
本当に斎藤さんは生きているのでしょうか?私はもう居ないように思っています。
決して私が野際さんを殺して、斎藤さんがそれを見ていた等とは考えた事ありません。そんな事実は全く無いからです。」
「しかし斎藤鉦治は喉頭癌である事は生駒の病院で証明されましたが、事件があってから既に十一年が過ぎ、斎藤が入院して手術をしてからでも同じほど経っていますが、再入院された痕跡はありません。少なくとも大阪では」
「では生きている可能性があると」
「ええ、それに斎藤が持っている筈の、野際さん所有の株券が出回ったのはつい最近なのですから。
貴方は何かを思い出す必要があるわけです。 斎藤鉦治を逮捕して事実確認をしないと、貴方が言っている事は、信憑性が欠ける事に成るのです。つまり貴方の野際夫妻殺しの実行犯の疑いが消えないのです。」
「そうですか。弱ったなぁ。しかし私にはどうする事も出来ません。あの人が指名手配に成っているなら見つかるかも知れませんが、それも何とも言えませんね。だって私の妻が殺された犯人でさえ未だに判らないのですからね。もう何年にもなるのに」
「木原さん貴方がおっしゃりたい事は解りますが、本件とは関係ない事や、関係のない話を持ち出されない様にお願いします。」
裁判は淡々と進められたが、肝心の野際夫妻殺害に関して結論を得る事はなかった。
所が警察が躍起になって探している斎藤鉦治が、表舞台に姿を現したのは、木原伸晃の公判が三回目を迎えた時であった。
救急車が大きな音を鳴らして西成区の安アパートの前に停まった。
一人の初老が血を吐き気を失ないかけて朦朧としていると言う事で、やっさもっさと大家が慌てふためいていた。
大下さん!しっかりして大下さん!」
大家がその様に叫びながら救急で運ばれて行く、ぐたっとした大下の姿を見送っていた。
「旦那さんわかりますか?今救急車で病院へ行きますから。お名前言えますか?」
「う~」
「大下さんですね?」
「はい」
「おいくつですか?」
「五十七歳か八歳です」
「それでご家族は?」
「誰もいません」
「お友達とか居ないのですか?」
「居りません」
「大下さん、下のお名前は?」
「隆です」
「では生年月日は?」
「昭和三十三年二月三日です。」
「これまでに病院に掛かった事は?」
「ありません」
「でも喉の辺りに大きな傷が」
「あぁ、すみません。喉が痛くて・・・喉に癌が出来て」
「喉に?」
「咽頭がんです。こんな声になってしまったのもその性です。」
「わかりました。ごめんなさいね、そんな事知らず色々お聞きして」
斎藤鉦治を乗せた救急車は病院へ着いたが、救急隊員に喧しく矢継ぎ早に質問されて斎藤は息を乱していた。
所がお金も保険証も持っていなかったので、救急隊員と病院の事務員が、立ち話をしながら対処を検討していたが、埒が明かなかったので警察に連絡を入れ相談したのであった。
治療は救急で運び込まれた事でもありとりあえず吐血治療を始めたが、関係者の間に戸惑いがあり、斎藤鉦治は厄介者として半ば扱われる事となった。
緊急で吐血の治療が進められ、斎藤鉦治が落ち着きを取り戻した頃警察がベッドの横に来て、
「大下さん、どうもお金も保険証も持っておられないようですが、支払とか大丈夫なのですか?」と尋ねた。そして
「身分を証明するものは何かございますか?」と目を覗き込んだ。
「帰ったらあります。それに支払いも一旦帰って用意致します。」
「そうでしたか。それで喉に癌と言うと食道がんとか咽頭がんとかですか?」
「はい。咽頭がんで、手術をした時はまだ初期でしたが・・・」
「そうでしたか。とりあえず身分を証明されないと、こちらの払いもあるでしょうから?」
「・・・」
「それでですね、こんな時に申し訳ないですが、ちょっと参考までにお聞きしますが、咽頭がんの手術は何方でされましたか?」
「どうしてそんな事を?」
「いえちょっとお聞きしておくほど良いかと思いまして。構わなかったらお聞かせください。」
「はい、昔の事で」
「忘れましたか?」
「はい」
「大阪で?」
「いえ、はっきりとは」
「でも思い出せるでしょう?手術でしたら一か月も二か月も入院していたのではありませんか?全く思い出せないと?」
「さぁ・・・」
「大下さん何か身分を証明出来ませんか?住まわれている所は?」
「西成区です。西成区の寿壮って言うアパートです」
「それなら身分を証明されて入居しているのではありませんか?違いますか?」
「はい」
「貴方が言えないのなら、区役所か大家さんに聞きましょうか?まさか偽名で何て事無いでしょうね?」
「・・・・」
「偽名なのですか?」
「・・・・・」
「大下さん、はっきりおっしゃって下さい。正直に言いますとね、今ね、警察は咽頭がんの手術をされた男を探しています。指名手配もしています。
それで貴方に似た人物である事も先ほどから確認しました。十一年前の写真ですがこれです。わかりますね。貴方ではないのですか?似てるように私には思えます。」
警察官が二人顔を見合わせながら大下の目を鋭く睨んだ。
実はこの日の朝礼で、斎藤鉦治が西成区のアパートに潜伏している可能性があるかも知れないと、聞かされていた警察官が、ピンと来ていたのであった。
「大下さん、大下隆さん、貴方は本当は斎藤鉦治さんではないのですか?違いますか?」
「・・・」
「大下さん?」
「はい。斎藤鉦治です。」
「やっぱり、似ていますものね」
「覚えていないです。そんな写真がある事など。何時撮ったのか」
「これはね。入院されていてその時に病院側が、あなたはその時も倒れ込むように病院へ行かれていますね。気を失ったいたのかも知れないですね。
今回のように朦朧としていたとか。だから病院が念のために撮られたようです。貴方は現在新党凌駕の野際誠一夫妻殺害犯として、全国に指名手配されている事もわかっていますね?」
「いえ知りません。」
「知らない?手配ポスターを見ていないのですか?」
「知りません。病気が病気だけに外へ出る事などありませんから」
「でもテレビとか見ないのですか?」
「あまり見ません」
「斎藤さん、斎藤鉦治さん」
「はい」
「あなたは斎藤鉦治さんに間違いありませんね?」
「はい」
「それで今言ったように、新党凌駕の野際誠一さん夫妻が、何故死ななければ成らなかったか貴方はよくご存知ですね?」
「はい」
「では緊急逮捕しますから」
「そうですか・・・。」
西成警察署の署員がパトカーで応援に駆け付けてきて、刑事が血相を変えて病室にやってきた。
それから斎藤鉦治は個室に移され、警察官が立ち会いながら日を重ねる事となった。
病院長が刑事に、
「もう手遅れです。治療の出来ない状態に成っています。咽頭がんで再発ですから・・・これまでもどこの病院にも掛からず、前回手術をされてからの通院歴は斎藤鉦治の名前でも、偽名の大下隆の名前でも見当たりません。どこに掛かる事も無く、おそらく市販の痛み止めの様な薬で苦しみを紛らわしていたと思われます。注射痕から覚せい剤を打っていた事も考えられます。
結論から申しますと、決して長くはないと思われます。」
斎藤鉦治はその後警察病院に移されたが、住まいであったアパートを捜査され、隠してあった鞄の中に、殆ど手つかずで相当の株券が仕舞ってあり、警察を驚かす結果と成った。
その株券には野際の名前は一切書かれている物は無く、斎藤鉦治にその点を追及したが、同じような犯行はした事はなく、それは全て野際の自宅の箪笥から持ち出したものである事が判った。
「斎藤鉦治さんあんたは木原伸晃を知っているな?」
「木原伸晃?」
「あんたと二人で奈良の野際さんを襲った人だ」
「それならわかる。」
「知っているな?」
「あぁ知っている。昔の事だけどその人と野際の家に行った。だからよく知っている。」
「逮捕された事は?」
「知らない。逮捕されたのですか?」
「ああ逮捕して今は裁判に掛かっている。野際夫妻殺しで」
「野際夫妻殺し?あの人が?」
「どうした?」
「いや別に」
「言う事はないのか?」
「言う事はないのか?」
「・・・」
「なら私から言ってやろう。木原はあんたの事を同志って言ったいるが、それでいいのか?」
「ええ同志です。そんな風に言い合っていました。」
「木原はなぁ、あんたの事をどんな人物か供述した時、背は百六十で痩せていて色黒で、今にも死にそうであったと、そのように言っていた。
だから警察はお前を逮捕するのに時間が掛かったわけだ。
つまりあいつはお前の事を案じて、出来るだけ警察の手が届かないように願っていたようだぞ。それで病気の事を心配して、そっとしてあげたいと思っていたようだな。とっくに死んでいるとも何度も言っていた。」
「そうでしたか・・・」
「そこで聞くんだが、今木原は裁判に掛かり、野際夫妻殺害の容疑が掛けられている。それで間違いないのか?あんたに聞きたいわけだが・・・」
「・・・・・」
「木原はな、あんたの事を案じて、生きているかも知れないと言うと嬉しそうだったよ。その事をあんたに伝えて、それで聞いているんだが、事実を教えて貰えないか?」
「刑事さん、わかりました。私が正確な事を言います。木原さんは長い間会った事などありませんが時々思い出す人です。
心が通じ合った人です。最後に会った時に私が株券を二つに分け様と言うと、そんな事しないでいいからと全部私の膝に置きました。
それで病気を治してくれって。だから私今でもあの時の株券を持っているわけです。
今度出会ってあの人が辛い思いをしていたなら、その株券で助けられないかと殆どその儘にしています。」
「それは家宅捜査をして見つけている」
「そうでしたか。全部野際の家から持ち出したものです。それで肝心な事を言わせて貰います。
私たちは野際を苦しめる事を相談しました。それは結果から見てもわかるように、残虐なものでした。そこまでしないと世の中が変わらないと同じ思いに成っていました。
犯行の三日前に奈良へ行き見張る事にしました。それで野際誠一が夜中に帰ってきて、それは保釈の後雲隠れした事もニュースで知りました。
一億円の保釈金がいとも簡単に積まれた事にも、大いに腹立たしいものがありまして、これまでの黒い噂も、何一つ解決出来ていない事にも腹立たしいものがありました。
それで私たちは奈良県警の刑事であると、亭主が帰っていないと言う奥さんに、緊急の用事があるように見せかけて自宅に上がり、二人を監禁して拳銃で脅し、その後、その後私が奥さんの後ろへ回って拳銃で撃ちました。
それを見ていた旦那も拳銃を口に咥えさせ、引き金を引かせました。それで何もかもが終わりました。」
「ではあんたが何もかもを一人でやったのか?」
「いえ、指図したのは木原さんです。私は咽頭癌で全く話せない時でしたから、あの人が何もかもを一人で采配していました。それで目で合図を送られ私が実行したのです。」
「その後株券を取ったのだな?」
「いえその前に奥さんがまだ生きている時に。金庫を開けさせたのも、株券を金庫以外のタンスの中から出してきたのも、野際夫妻がした事です。脅しましたから」
「それで金庫には何が入っていたんだ」
「現金が。開けるとびっしり詰まっていました。でもおかしいのは、なぜ保釈金を積んだ後であんな所にお金があったのか、警察が再度家宅捜査をする事もある筈なのに、その事が不思議に思えました。 絶対隠せ通せるのは何よりも現金だと思うと。そこには何かがあると思いました。寧ろ家宅捜査が終わっていて金庫に戻したのかも知れません。保釈金御余りだったのかも・・・」
「それで二人を死なせて現金と株券を持ち出したんだな。」
「それと宝石も」
「そうだな。惨い事をしたものだな」
「ええ、それは承知で。そもそもあんな事をしたのは木原さんが言い出した事で、それで感化され私も病気と戦う毎日でありましたから、あのころ自暴自棄になっていて、でも木原さんは心に何か太いものが埋まっていたように、あの時は思いました。
寒々としていて何か鬼畜な思いが住んでいるような人であったと思います。冷静に野際を銃殺する事を口にしていましたから。
悪事を働く者に対して底知れない憤りがあったようでした。あの人の過去に何かあったのかも知れませんね。私にはわかりませんが・・・」
「そうか、言ってやろうか?」
「ええ、知りたいです。」
「木原はなぁ、気の毒だけど奥さんが結婚してから僅かの間にバイクで轢き逃げされ、その時木原がその側で居てたらしい。
映画を二人で見て、二人で帰ろうとして歩いていて、其れで奥さんはバイクに撥ねられ即死したようだよ。そんな事があったらしいな」
「へぇー知らなかった、そんな事が・・・辛かったでしょうね。それって何時ですか?」
「結婚して四年しか経っていない時と聞いているから、新婚のようなものだなぁ。子供も居なかったらしいから」
「私にはそんな事一度も言っていませんでした。只々悪事に対して憤りを感じている様な事は言っていましたが… そうでしたか、私があの人と知り合いに成った頃は、食事にも困っていた時でしたから、だから私たちは同志だったのですね。人並みならぬ境遇で生きて居たのですね。お互い。
普通に生きて行くのには知りえない境遇の中で、お互い生きていて、墓場のような馬券売り場で知り合って、それでお互いの事は隠して、興味が在った政治の世界の話に弾んで、それで見つけた結論があの事だったのですね。
所で私は死刑ですか?それもまた当然でしょう。木原さんは何もしていませんから、何一つ手を下していませんから。死ぬまでに証言しても良いですから。もし今木原さんに殺人の罪を被せているのなら、それは大きな間違いです。私です、私が何もかもを実行したのです。
刑事さんこんな声ですが、お聴き取り頂けるでしょうか?もし聞き取りにくいなら、紙とペンをお願いします。明日をも知れない命、しっかり書き残しておきます。あなた方が帰られてからでも真相を書いておきます。でも刑事さんもう何もかもが晒された今と成っては、死ぬまでに一度でいいから木原さんにお会いしたいです。当時同志と言い合っていた時のように、また言いたいです。」
野際誠一夫妻が銃殺された全容が日本中に告げられ、驚きの言葉が巷では交わされる毎日となった。
特に政治に興味がある者などは勿論、有権者は関心を持つ事となった。
この事件は今迄に起こった例のない出来事で、政治に関わる者にとって、限りなく付き纏い懸念される非情な出来事となった。
実は全国で同じような話が未曾有の如く起こってきた歴史があるからで、その度に逃れて来た狡知で狡猾な役者の様な対象者が、繰り返し生み出されていたからである。
だから今も現在進行形で行われている事も考えられ、政治家に限らず発覚して消えて行く者も過去には幾らでも数えて来たのである。
もしこの二人のような者が世に蔓延れば、迂闊に悪事も出来なくなる事は言うまでもない。
もし拳銃が我が国に蔓延れば、平気で悪事を働くやからは、老いぼれた老人にでも瞬時に殺される事になるだろう。引き金を引く力と、世を正す心と決意があれば、いとも簡単に出来るからである。
それからの斎藤鉦治の取り調べにおいて多くの事が判明し、弁護士の耳にも入ってきた。
そもそも斎藤鉦治が木原と知り合ったのは、競馬の馬券売り場の長椅子で座っていた時であるが、彼が何となく空腹に耐え、うつろな中で見つめた木原が持っていた新聞の一面に、野際誠一新党凌駕議員の写真を見たからであったと言っている。
あの贈収賄疑惑が表面化した時の記事、正に保釈が決まり拘置所の門をくぐった姿である。
右手を上げ、まるで関係ない事にケチを付けられたと言わんばかりで、憮然として勝ち誇ったような表情に見えたと、
空腹でやりきれなかったが、それでも野際のその顔から「畜生」と思えたようである。
それで「悪い奴やこいつは・・・釈放ってなんやね・・・」そう呟いた時、その声に木原が反応して、自分が持っている新聞の一面を見直して、その目は斎藤に向けられたらしい
「ひどい奴ですね、。こいつは」
その一言で気が合い、既に顔は知っていたが、お互い目を見ながら笑顔になって、木原はあまり競馬に夢中ではなかったようで、それから半時間近く一面に載っている野際誠一の話に弾んで、更にお腹が空いて居たので、木原の口から願ってもない彼のおごりで食事をしたようで、それが二人が親しくなった経緯であると。また野村総理の若いころに民政党を応援していたことが共通した過去にあり急接近したようである。
それから二人は名も住まいも言わなかったが、親交を深め、その内同志と言う仲に成ったのは、常に政治の話に明け暮れしていたからで、その行きついた所は、民政党の野村健三議員を尊敬し、陰で応援する事に繋がったらしい。
それは言い換えれば、新党凌駕の野際議員を排して、新しい平等で悪事に身を溺れさす事のない、裏表の無い国家になる事を願った様である。
お互い煩わしい名前などどうでも良かった。
殆ど木原がしゃべっていたようであるが、それでも斎藤鉦治は目を輝かせて木原と過ごす時間が楽しかったようである。
木原が兄貴分で斎藤が年上にも係わらず弟分であったようで、それが野際夫妻を殺した時も、木原が目で合図を送り、斎藤がそれをくみ取って実行した様である。
詰まり斎藤鉦治の自供から、木原伸晃は、野際夫妻には手も触れる事もなく、当然拳銃を発砲した事もない。
木原伸晃の第四回公判において弁護側からこの様に述べられ、木原に間違いがないかを問いただしたところ、木原伸晃は目に涙を浮かべて頭を縦に振り続けた。
それは木原が殺人の罪から逃れる事が立証された事と、長年音信不通であった斎藤鉦治が生きていて、更に警察病院に身柄を確保されている事と、更に何よりも同志であった事が心を熱くしていた。
妻が死んでから気を許した者など居なかった中で、斎藤鉦治が心の友であったことがどれほど嬉しかったか。
その後の斎藤鉦治は警察病院で末期がんと闘う毎日となり、弁護士が席巻を再三繰り返しながらも、斎藤の心と体は毎日のように気力を失くして行く事が、誰の目にも判る事なった。
その弁護士の声は新聞で大きく取り上げられ、それは国会でもリアルタイムで審議の対象になっていた。
「総理、野際誠一新党凌駕議員夫妻銃殺について、新しい事実が判ってきましたが、総理は如何に捉えて居られるかお聞かせ下さい。」
国民党のいつもの議員からの質問であった。
「被疑者の斎藤鉦治を全く知らないとは言えない事はわかっています。被疑者が家宅捜査を受けた時、私のパンフレットを何枚も持っていた事からも無関係な方であったとは思いません。
しかしながら大阪にはそんな人がどれだけいるかとなると、数え切れないほど居られる事はお解り頂けるでしょう。
選挙期間中に有権者には出来る限りお渡しさせて頂いておりますから、そこの所であらぬ追及をされましても如何なものかと」
「そうではありません。
被疑者が持っていた貴方のパンフレットは、決して今の物ではなく、貴方が若かりし頃に当選された時の物で、その事は調べがついています。
わが党の後援会の方には几帳面な方が居られ、ちゃんとパンフを取っておられていて、それでですね斎藤鉦治は貴方が当時発した言葉に感化され、また同じように共犯者の木原伸晃が口にした言葉にも感化され、そのことが基盤になって野際夫妻の殺害に及んだ事を仄めかして居るようです。
それで当時の貴方の事を掻い摘んで調べさせて頂きました。
貴方はこの先の選挙で八期目の当選をされたわけですね。それでその八期について特に初当選された時からの得票率を調べさせて頂きました。
貴方は初当選された時は四万八千票でしたね。それは最下位当選で、次点の方とは僅か千票の差も無かったですね。
それからその次の選挙においても五万票を少し超えた程度で、この時も最下位当選でしたね。
所がその次の選挙で貴方は大躍進されて、候補者の上から二番目で当選されていますね。
この四年間の間に貴方は何をされたのですか?とお聞きしたいです。あの時配っていたパンフレットには貴方の並々ならぬ決意が書かれていた。
そして口頭で常に新党凌駕の事に触れていましたね。特に野際議員に拘って居られた事も調べがついています。
これは斎藤鉦治の発言とは別に、複数の方からお聞きしています。誹謗中傷を繰り返していた事も聞いています。ネガテブキャンペーンと近年では言いますが、まさにそのような言い方であったと聞いています。其れには間違いないですね、総理お答えください」
「何分遠い昔の事ではっきりとは覚えていませんので、いい加減な事はお答え出来ません。
ただ貴方も選挙で選ばれているのであるからお解りだと思われますが、確かにあの頃は選挙の度に背中から汗が出る思いであった事は事実で、連日反省もしましたし改革も考えました。勿論四六時中努力も惜しみませんでした。その事を言うのでしょうか?」
「いえ違います。前にも申しましたように、貴方の言葉に感化され、斎藤鉦治は野際誠一さんを殺害する事を決意したのですよ。少なくとも斎藤鉦治に席巻を繰り返している弁護士が、それらしい事を言っています。思い出して頂けませんか?」
「具体的に何を口にしたのかと言われましても、ただ私は正々堂々と戦ってきた積りですから、疚しい事などしていませんから、公職選挙法に乗っ取って戦ってきた積りですから」
「いいですか総理、斎藤鉦治はあと僅かの命のように聞いています。そして野際誠一の妻を銃殺したの
は自分であると、更に野際誠一を強制的に銃を加えさせ、引き金を引かせたのも自分であると、その斎藤が死が近づいている時に口にしている言葉なのですよ。
あなたの言葉に感化されて、それが実行に移した一つの誘因であると、あなたはその頃に何か大きな国家事業をされましたか?していませんね。何故なら民政党はあの頃はまだ七、八人の党であり、政府に質問すらする事が許されない時であった。それが可能だとしても、僅かの時間で満足な質問すら出来なかった。情けないけど五百もの議席の中で僅か十人までの党であった。当然です。
総理貴方がしてきた事は、今連立を組んでおられる凌駕の皆さんが、どのように思っておられるか想像されては如何でしょうか?どうです?何か言ってください。」
「お答えします。私は決して疚しい事など発言していませんので」
「総理、心に反する事でもそう言わざるを得ないわけですね。情けない・・・これで質問を終わります。」
「・・・・・」
「父さん久しぶり、また変な事になってきたよ。
先生苦しそうで見ていて辛くなって来るよ。
確かに先生は俺が事務所に出入りして、そのあと住み着いた頃は血気盛んで、暴走しかけた事が何回かあったね。
俺が知らない時も数えると、可也あったのかも知れない。でも俺たちのように応援している者なら、それは面白い話だからなんとも思わないけど、むしろ当然だと思うね。野際さんの話など特に」
「でも其れって野際さんを出汁にして、それで政治とはとか訴えたら、民政党の心証が良く見え、新党凌駕はその反対になるからな。
野村総理もそれが事実なら必死だったんだろうな。選挙の度に何時も足元に火がついていて、最下位当選なんて心臓に悪いからな」
「そうだよ。俺次点を経験しているから、通った時はひとしおだろうけど、それまでの経緯を思うと」
「心の中で色んな気持ちが右往左往するんだろうな。龍志は次点でその真逆だったからお前ならよく解るだろう?」
「あぁ地獄だね。でも俺は初めから期待していなかったから」
「それを言ってはおしまいだけど」
「だから落ちたんだと思う。でも今はそんな気は一切ないから、嫁に怒られるからね。これは冗談だけど」
「それにしても野村さんの昔は、今では想像出来ないほど過激だったのだろうかねぇ。
総理になってから随分穏和になられた気がしているけど、でも人間て言うやつはわからないからな」
「それにしても何時までもこんな事ばかり審議していたらムードが悪くなるよ。」
「龍志は気が付いていると思うけど、新党凌駕は今何を思うって事だな?
それに国民党も総理を追い詰める事で、民政党の心証を悪くする企みがある事は誰でも解るからな。」 「俺の口から言いたくはないけど、タイミングを見計らって不信任決議案が出される事は間違いないだろうね。それで凌駕さんはどんな態度を取るかなど誰にも解らないからね。
何しろ言わば大物の大将を一人失っているからなぁ。それに今なら同情票もあるかも知れないし、それに今なら息子も乗り気に成っているかも知れないから、戦々恐々だと思うよ。」
「まるで赤穂だなぁ。でも野際さんが生きていたなら、今頃は間違いなく豚箱へ入れられて、そろそろ出所って所かな。」
「いや十一年でしょう。とっくに出所して、また新たに何かを企んでいるかも知れないよ。」
「それも言えるな。奈良の大恥だな。」
「もし不信任決議案が通れば解散になり、再び連立って事などありえないと成るかも知れないね。」
「そうだな。どうなるんだろうね?」
「とにかく精一杯総理を支えるよ」
「そうだな、頑張りなさい。」
それから暫くの間に、木原伸晃と出会う事もなく僅かの思いも叶われず、斎藤鉦治は静かに息を引き取った。偽名の大下隆も同時にこの世から消える事と成った。
奇しくも木原伸晃が結審を迎え、判決を言い渡される二日前の事であった。
【木原伸晃被告を懲役九年に処す。
被告は新党凌駕議員野際誠一夫妻の邸宅に、拳銃を所持して押し入り、共犯の斎藤鉦治と共に、野際夫妻を監禁し、更に宝石及び時価二億円の株券と、更に現金五千万円を強奪し、挙句の果てに共犯の斎藤鉦治を唆そそのかし、野際久恵夫人の後頭部を拳銃で撃ち即死させ、更にその様子を見ていた夫の野際誠一氏の口に拳銃を加えさせ、そして引き金を引かせた。
被告はその全てを采配した事を、今は亡き共犯者の斎藤鉦治が供述している。また被告もそれを認め自白している。
しかるに殺人教唆の罪及び強盗の罪は逃れる事は出来ない。更に逮捕の切っ掛けに成った拳銃不法所持は許しがたい行為で、これを共に処罰し刑を与える。 懲役九年はその合計とする】
妻が轢き逃げされ泣く事でさえ失ってしまった男と、株で失敗して莫大な借金が出来路上暮らしにまで落ちてしまった男が、暖房の効いた馬券売り場で知り合った
ご飯さえ食べるのに事欠いた限りある命の男と、人ごみの中で妻殺しの犯人を只管探していた男の出会いであった。
斎藤鉦治は一頃の言わば全盛期は、証券マンとして、賞与でさえ数百万円を遠慮なく受け取っていた男であった。
一方の木原伸晃も大手のデパートで果敢に働く辣腕で、将来の有望な好青年であった。
そんな二人が今一人は姿を変え一人は刑に服そうとしている。
「父さん、何もかもが入ってきたから言っておくよ二日前野際さんを殺した実行犯の斎藤鉦治が警察病院で亡くなった事は知っているね。
それで今日はその暗殺を指図した木原伸晃に、刑が下ったから。懲役九年って言っているよ。だからこの事件は幕を引く事に成ればいいのだけど」
「そうだね。もっと大きな本丸が残っているかも知れないな」
「それでどうも聞く所によると、犯人の二人は、上手く行っていた若い頃って言うか、全盛期って言うか、その頃は押しも押されもしない立派な人たちだったようだよ。
片ややり手の証券マンで、片やデパートの辣腕店員で、
でも二人とも望んでいなかった試練に狂わされたようだね。
木原って男の事を思うと、誰だって子供さえ出来て居ないのに、奥さんが轢き殺されたなら変になるよね。 お気の毒に。
それにもう一人は咽頭がんで苦しまなければならない運命に、二人を思うと俺なんだか悲しく成ってきて」
「でもな龍志、世の中にはそんな境遇の人は一杯居るから、内容こそ違え、辛い思いを背負わされている人なんか一杯居てると思うよ。 長い人生にはそりゃ数々の試練があるから。
それと父さんは思うのだけど、人生は長い間に、今言ったような事が何度もある。当然その反対もある。それを全盛期って言うのかな、
それで気を付けなければならないのは、自分が大きく見える時があり、その時に謙虚であらなければならないと思うわけ、 つまりよく人は舞い上がってとか、図に乗ってとか言う言い方があるだろう。 それは正しい理屈で、身の程知らずとか言う言葉にもあるように、自分の物差しを持っていない者は、自分を見失ったり間違いを起こす事になると思うな。
この二人は判らないが、でも証券マンって言う人は、もしかすると物差しを持っていなかったのかも知れないね。
其れで身の程知らずの事をし続けた
結果莫大な借金が出来、身体を壊し、挙句の果てに食うにも困った生き方になった。
この人の事は週刊誌にも載っている位だから、ホームレスになっていたようだね。
でもこんな無責任で破天荒な男が、ある時野村健三、今や総理大臣の演説か懇談会か何か知らないけど、ふらっとやって来て其れでパンフレットを手にした。
それも十数年以上前に。それが今形を変えて、この男霊に成って総理の前に立ち塞がっているのだな。勝手なものだけど、でも、でもこんな男に総理は振りまわされ、世の中が動くかも知れないな。不吉な気がするな。」
「そうだね。これ以上連立は無理かも知れないね。」
「新党凌駕は民政党をどように思って居るかだなそれにしてもまるでこの人は若い時の龍志と同じだな。野村健三に惚れ込んで、大学四年に成る前に態々ここを出て行ったなぁ。
この人も野村健三に惚れ込んで、パンフレットを持って心を熱くして家に帰ったのかも知れないな。
其れで民政党の事を好きになって、政治に関心を持つようになった。」
「それが積もり積もって、民政党とは正反対の新党凌駕に刃を向ける事と成ったのかも知れないね。 でもこんな男に先生が窮地に立たされているなんて信じたく無いたくな・・・」
「しかし考えてみると、今国民党はこの男を利用して、総理を名指しで追い詰めている事は確かだから政治って怖いもんだな。何時不信任案が飛び出しても不思議でないからな。」
「そうだね。」
「でもどっちにしろこの二人に、民政党も政府でさえ振り回されていると思うとなんかしゃくだな。
社会からはみ出した犯罪者なのに」
「父さん、人って長い間に色々な事が起こるんだね。俺も四十になるから何とかわかってきた気がするな。人の道って言うか倫理って言うか、だからあの野際さんが殺された時から特に気にしている事は、それでも相変わらず政治家は手を汚すものが後を絶たないって事だね。
俺はそんな政治家に成る積りは無いから、でも残念な事に、野際さんが殺されてからの約十一年の間に、失脚した政治家は何人も居るからね。秘書の性にして簡単には引き下がらないけど、本性を露呈している人もいるからね。
だから問題は、我々政治家なんて、誰かが何かを起こせば、はっきり言って対岸の火事って解釈する人も沢山居ると思う。
お気の毒にと思う人も、でも木原伸晃や斎藤鉦治のような有権者もこれから増えて来る様に思うな。
それでその人たちが許せないと判断したなら、いくら政治家に特権があっても、そんな事関係ないとなり、また木原のような判断をする、同じ事が繰り返されると思うな。
どれだけ力があっても、どれだけ優れた頭脳でもどれだけ特権があっても、どれだけ保護されていても、やっている事が悪事なら殺されても仕方ないって事だと思うよ。
俺はそのように思う。力も頭脳も大した事などないけど、それに俺の発言に耳を傾ける議員も居ないけど、悪い事だけは絶対しない事だけは守って行きたいから。
野際さんは質疑の時、それは後光がさしているように輝いていた。当時与党であった国民党の本田宗次総理大臣も、野際さんの迫力にたじたじだった。だから俺野際さんって凄いなと思ったし、あの人から挨拶された時手が震えていた事を覚えている。
その時は息子が同級であったとか、同じ奈良県人であったとかまるで関係なかった。
あの人はそれだけ輝いていた。
だから殺されてしまったけど、俺にすれば悲しさもどこかにあって、今でも同級生の親父と思うと可哀想に思う。
だって息子は生涯親父は悪い事をして殺された事を、背負って生きなければ成らないからね。」
「それでその息子さんは今どうしている?弁護士に?」
「いや、成れていないようだよ。とっくに諦めたと思うよ。だから消息も俺には判らない」
「そうか、奈良の家にも帰って居ないようだから」
「その大きな家も今や朽ち果てて居るのかも知れないね。あいつ兄弟もいないし・・・」
「そうだな。二人が殺された家なんか誰も興味など無いからな。」
「野際さん、政治家なんかに成らなかったら良かったのに。幾らお父さんがしていたからって。葡萄やイチジクを作って汗かいて、大和川の風を一杯受けて、そんな生き方程良かったと思うな。いや止めよう今更・・・」
「龍志、疲れているのか?無理するなよ。それと野村さんを、いや総理を見守ってあげて、脱線しないように見守ってあげないと」
「あぁ」
醜みにくくも予期していた事が起こる事となった。
国民党が斎藤鉦治と木原伸晃を晒し者にして、野際誠一夫妻殺害に関する議事をいつまでも繰り返し、総理にその責任を追及し、タイミングを見計らって野党会派を結託して、野村健三内閣に対して不信任決議案を提出し、総理の退陣を要求したのであった。
予期していた事であったが、実際に起こってみて龍志は力に成れなかった事と、それと心労の絶えなかった野村先生を見ていると、心が縮かむ思いであった。
その案にまさかと言う事が、誰もが予想していたとは言え現実となった。不信任決議案は連立与党の新党凌駕が賛成に回り、可決されたのである。
与党で現大臣を三人も出している新党凌駕がである。
つまり民政党以外はすべて賛成に回り、怒号の飛び交う中で開封されたのであった。
敗北である。不信任案は可決された
野村総理は大きく頭を下げ、日の丸に一礼しながら大粒の涙を落とし、その姿を見守っていた相沢達治もまた滂沱の如くであった。
龍志が大学生の時に、大阪の野村健三事務所に布団を持ち込んで、野村の後を付いて回り、更に東京へ行って、縁の下の力持ちになってから二十年近くが流れていて、溢れ出る涙の中で走馬灯のように何もかもが蘇っていた。
野に下ったとまで思わなかったが、それに似ていた事も確かであった。
それから四日が過ぎて、野村総理は幹事長、選対委員長などを伴って、赤坂の料亭「みかど」に向かっていた。
記者たちは総理の動きを注視して後を追い、料亭に消えて行く彼らを見守っていた。
約三時間総理以下三人は出てくる事はなかったが、それでもそれから半時間もした時、ぞろぞろと姿を見せた。
記者が待ってましたと駆け寄り
「総理、今夜はどのような会合だったのでしょうか?」
「食事会ですよ。」
「選挙のことを話し合って?」
「そうだなぁ、まさかねぇ・・・」
「それで新党凌駕とは?」
「知らんね。私から何を言うのかねな?前代未聞じゃないか?君ら記者をしていて、こんな例があったか今までに?」
「いえ、おそらく無いと思います。」
「与党が謀反を起こすのだから笑うね。」
「幹事長も一言」
「何もございません。今まで私たちはやけ酒を飲んでいたの解るね。」
「そうですね。対策委員長も一言?」
「同じ事を私も言うの?」
「これは日本の恥だね。」
自棄になったような態度で、お酒も入っていた事も手伝って、荒っぽい会話が交わされて、記者たちは戸惑って総理たちが乗った車を見送った。
それぞれ四台の車は料亭を後にして、記者たちに追われながら自宅へ向かっていた。
総理の意向で十日以内の解散を余儀なくされ、そして
任期を一年を残して衆議院は解散となった。
更に十日が過ぎ選挙選に突入する日が慌ただしくやってきた。
総選挙は悲喜こもごもで、各党が一連の野際夫妻の事件の再燃に拘る演説を挟む事となった。
斎藤鉦治と言う落ちぶれた敗者が、そして妻を殺され未だに犯人が見つからないで彷徨う男が、片や霊になり片や刑務所で遺恨をしっかり抱き、今世の中を動かし始めたのであった。
《わが新党凌駕は与党でありながら、不信任決議案に対し賛成に回ったのは、連立を解消したかった訳ではありません。
総理に楯突く気もありません。
しかし総理も若い頃は血気盛んで、多くの問題発言と言いますか、懸念材料が発覚しております。これは残念な事です。
だからと言って我党の副代表で元幹事長野際誠一元議員を擁護している訳ではありません。
政治家はいつの世に於いても、清廉潔白でなければならないのです。
つまり新党凌駕はこの選挙を通じて、粛清選挙と名付けて臨む決意を致しました。
如何に不正や悪を省くかを目標に掲げて戦わせて頂きます。
そしてすべての候補者が身を清め、新しい国を作る決意が今求められているように思われます。
長い歴史の中で過ちも何度も繰り返してきた現実から、逃れる事が何より大事で、その点から言っても、今回の選挙で過去に対する反省と、未来に対する決意のある者が集まり、新しい国を作るべきだと思われます。
新党凌駕は生まれ変わります。
今回の解散は我が党にとって一番不利かも知れませんが、しかしながら今その一番避けたい厳しい道をあえて選びました。
どうか皆様、新党凌駕は生まれ変わる決意であります。すべての党において、この選挙は禊ぎ選挙であり、国民の皆様に粛清される選挙であると思っております。私どもには覚悟がございます。
新党凌駕は、必ずや生まれ変わる事を重ねてお約束致します。」
相沢龍志は嫁の沢谷亜紀の実家の西ノ京に籍を移していた。沢谷亜紀は政界から引退して、子育てに専従し夫を支えていた。
実家の西ノ京は有名な仏閣があり、まさに亜紀が無報酬で奉仕し始めた切っ掛けになった舞台であり、この地から政治家になる迄には時間は然程要らなかった。亜紀の持つ天性のような性格と心遣いが礎となり後押ししていた。
龍志は妻と二人の子供、それと父信也と亜紀の両親を引き連れて、激しく車が通る狭い道を、真っ白い手袋を着けた手を振りながら、集まっている有権者に笑顔を振りまいていた。
遂に龍志も三期目になり、今までは感じなかった逆風を、この度は感じながら選挙戦を戦っていた。
そして心のどこかで蠢くものがある事も確かで、 恩師で尊敬する先生、野村総理の事が気になっていた。
それでも相沢龍志は、逆風を感じながら妻から引き継いだ票をしっかり守る事だけを考えていて、
前回得票率は第二番目であった事から、今回逆風になったとしても、三番目には入れる事は予想出来た。
新党凌駕は野際誠一が居なくなってから、その勢力は縮小したまま長年が過ぎていて、今や国民党と民政党の勢力争いになっていた。
奈良南地区も民政党が、元大和高田市議の田岡健介が一議席を守っていた。
この度の選挙は各党においてそれぞれ違った事情があり、まるで政界に吹く風は回っているような風情で、それは俗に言う舞い舞い風で各陣営は戦々恐々と身の引き締まる毎日が続く事となった。
そしてとうとう選挙の日が来て、固唾を呑んでその日を迎える事となり、結果、第一党は国民党で第二党は民政党、そして微差で新党凌駕となり、それは解散前の数字と然程変わらなかったのである。
何の為の解散であったのかとか、禊ぎ選挙に成っていないとか、税金の無駄遣いであったとか、新聞の見出しにはその様な言葉が並べられ、そして多くの有権者は、選挙とは所詮こんなものであると思わされる結果と成った。
ただ新党凌駕だけがその数を若干増やし、民政党に肉薄した事だけが大きな変化であった。
思惑の外れた新党凌駕、総理を連日追い込んで民政党の心証を悪くさせた国民党、かなり減るかも知れないと危機感を募らせていた民政党。
しかしたいして動く事が無かった事は、誰もが意外に思える結果であった。
それは三期目に突入した、奈良北地区の相沢龍志においても同じで、逆風の中で戦っていた筈が、結果的には得票率は殆ど変わらなかったのであった。
龍志は自分の事より、これからの事が気になっていて、それは彼の性格で野村先生を慕っている事で、野村健三が総理大臣であるがゆえに、その心労を思うだけでも辛いものを感じていた。
それは龍志だけでなく、民政党は元より新党凌駕の議員に於いても、総理の去就が何より気になり、 再度連立を組み何も無かったかのように、お互い振る舞うのか、それとも連立を解消して、民政党は他の手段で内閣を維持するのか、それは野村健三以外の誰にも判らない事であった。
記者たちは野村総理は水面下で国民党と連立を・・・とか新党凌駕もまた平謝りで民政党に擦り寄る事も考えられ・・・とか新聞は好き勝手に新内閣の行く先を予想していた。
所が選挙が終わり、議員会館にそれぞれ向かっていた議員たちの誰もが驚かされる事と成ったのは、野村第二次内閣の新閣僚の内定書が届いた時であった。
それは野際誠一と言う新党凌駕の議員を、過去に晒し者にしていた民政党野村健三、今や総理大臣と、この度の選挙に於いては、野村内閣に謀反を企てた新党凌駕が何の躊躇いも無く、まるで何も無かったかのように新閣僚に名を連ねたからであった。
この采配は、誰もが驚き、誰もが疑い、議員や新聞記者の中でショックさえ感じる者が多数居た事実であった。
そして改選前に比べて新党凌駕の大臣が一人増え四人に成った。
気を揉んで野村総理の事を案じていた龍志は、目の前で起こっている事を分析するだけの力など無かったし、したくもなかった。
【この度の解散、総選挙は、どれだけの意味があったのか、巷では疑問の声が湧き上がっている。
新党凌駕の心の内には何があるのか、さらに民政党は何を思うか、第二次野村内閣の顔ぶれを見ても変化のない無難な顔が並んでいる。
まるで何も無かったかのように、これは国民を馬鹿にしているのかと思われる結果である。
新党凌駕は何を思って不信任内閣案に賛成したのか、そして何故不審に思う内閣に四人もの閣僚を送り込んだのか、この現実は一体何を意味するのか?
政界に起こった前代未聞の摩訶不思議な出来事となった。】
新聞に白けたような記事が載り、政治家のする摩訶不思議な行動を、有権者が呆れ顔で見つめる事になった。
確かに新党凌駕は、野際議員が党のイメージを随分悪くした事は確かで、それを払拭した事は、この選挙で実現出来た事は確かであるが、しかし然程票を伸ばす事も出来なかったのは、長年の悪いイメージが染みついていたからであった。
その半面で民政党は長らく唱えてきた裏表のない政治と言うスローガンが、有権者に浸透していて何とか議席を守った。
大義のない内容で終始した選挙であったが、まさかこの選挙の水面下で、とんでもない事が起こっていたとは誰も思わなかった。
総選挙の約一か月ほど前、
「さつきちゃん大仕事だよ」
「どのような仕事でしょうか?」
「君は一番今したい事は?」
「仕事です。」
「まさか。笑わせないで・・・例えばさ、これから仕事が終わり、家に帰れるとなったら何をしたいかな?」
「何ですかそれは?こんな忙しい時に」
「どう?」
「だから万が一仕事をしなくっていいのなら、今から・・・昼からですが、日が変わる迄でも飲んでいたいですね。不謹慎でしょうか?でも編集長が無理矢理言わせるから、本当はそんな事思っていないのですよ。」
「じゃ今言った事は嘘なんだな?」
「いえ、嘘ではないですが」
「日が替わるまで飲みたいんだ・・・そうか・・・君はお酒が好きだからな」
「まぁそうですね。」
「其れで頼めるかな?」
「だから何をです?」
「ある所へ潜伏して貰えないかと思って」
「まさか飲み屋とか?」
「まぁそんな所」
「はっきり言ってください。」
「みかどなんだけど」
「みかど・・・それって民政党が再三利用しているって言う料亭ですね?」
「そう、民政党がいつも行っている店」
「それで私が潜伏って?仲居にでもなるのでしょうか?」
「そう」
「いつでしょうか?」
「早いほどいいな。内閣の不信任案が出されるまでに、それが今日かも知れないし明日かも知れないから、民政党の動きを掴みたいから」
「でもそんなに上手く行くのですか?」
「今、みかどは見習いを募集しているから、タイミングが良いと思うから」
「でもまるで素人の私など務まるでしょうか?」
「だからさつきちゃんのように、お酒を飲めれば何とか成るって、言いたくないけど少しは美人だし」
「そうでしょう!嬉しいなぁ」
「たまにはお尻を触られる事ぐらいはあるかも知れないけど・・・特別手当を出して貰うから。でも格式ある店だからそんなこと余計な心配だろうけど」
「解りました。其れで何を?」
「だから民政党が、いや野村健三総理に何か起こらないかと思って?不信任案が出て解散になれば何が起こるかも知れないだろう。
国民党と裏でくっ付く事もありうるし、新党凌駕とは喧嘩に成る事は間違いないから、それでさつきちゃんに情報を聞き出して貰いたいのだけど、マイクも用意するから、生声が何よりだから。
どう出来る?顔は覚えられているかも知れないから、しっかり濃い化粧をして、イメージを変えてみかどへ行って、あそこは初めてだろう?」
「ええ、中に入った事はありません。二度ばかり玄関先までは行きましたが・・・」
「なら大丈夫。尾形くんと打ち合わせをして段取りしてくれる。」
「解りました。」
「くれぐれも気を付けてね」
そして東野さつきが仲居に成りすまし、みかどに潜伏して二週間が過ぎた時、編集長が予想していた通り内閣不信任案が国民党から出される事となった。そして新党凌駕が謀反を働き、内閣不信任案は可決してしまったのである。
野村健三総理は三役を連れてみかどで食事をしたのは、可決された日から四日目であった。
多くの新聞記者が民政党の動きを追いかけ、当日もみかどの玄関前で、三時間半も野村総理たちを待ちぶら下がった。
民政党の誰もが新党凌駕の謀反に、憤りを感じている胸の内を聞かされ、記者たちは民政党が気の毒にさえ思う有様であった。
所が野村二次内閣の顔ぶれが公にされた時は、誰もが疑う内容であったが、その顛末をわかっていた一人の女性が居たのである。
「編集長、おかしな事が起こりました。私の見間違いかも知れませんが・・・」
「何が起こった?」
「夕べ民政党の野村総理初め三役の方が食事に来られ、三時間ほど居られましたが、それから帰られる時に、玄関先で記者たちに囲まれて何か話していました。
でもそれは良いのですが、実はそれ以外にもう一人来ていた人が居たのです。
私が見間違っていないかと自分を疑いましたが、どう見てもあの方は、新党凌駕の今池さんではないかと思われます。」
「今池さん❓代表の?」
「ええ、変装されていたので、はっきりしませんでしたが」
「変装?」
「ええ、全くイメージが違っていたから・・・
でもみかどで民政党の方が食事をされたのは梅の間で、隣合わせに松の間と竹の間があるから、大きな宴会等があれば続きになるわけです。つまり民政党の方が食事をされた部屋と、新党凌駕の今池さんは隣同志であったと言う事です。
おかしいでしょう?今池さんがみかどへ来る事自体が変だし、それに同じ時間に続きの部屋で何て」
「それでその今池さんに見えた人は一人で?」
「いえ其れはわからなかったですが、だってその方には私は近づけなかったですから、ただ民政党の方の部屋には二回ばかりお邪魔しましたが」
「何かを話した?」
「いえ、とんでもない。怖いですよ。ばれては困るから」
「では何も聞かなかったのだね?」
「ええ、目も合わさなかったです。でも幹事長が『十二で手を打ちましょう』ってなんだか大きな声で、それだけがはっきり聞こえました。」
「十二で?手を打つ?」
「そうです。更に『四の十二で決まりで如何ですか』と言い直しました。」
「何の事かな?」
「解りませんが、それからすぐにお料理を運んで急に和やかに成り、わいわいがやがやと」
「一件落着って所かな」
「それは解りませんが、何かが解決したように感じました。急にみなさんしゃべりだして、まさかあの時新党凌駕と民政党が取引をしたのかも知れないですね。表向きは睨み合っていて、何しろ新党凌駕は民政党に対して謀反を働いたのだから、まさか裏でつるんでいるなんて事、誰も思いませんからね。」
「待って、さつきちゃん君はとんでもない事を言っているよ。万が一そうならそれは大変な事だからね。」
「でも私新党凌駕の今池さんを、やっぱりこの目で見ていると思います。間違いないと思います。
民政党の幹事長の声も録音してあります。編集長、後でこれをお聞き下さい。
つまりあの松と梅と言う続きの部屋で、示し合わせて、民政党は新党凌駕に条件を示し、裏で手を結んだのだと読みましたが・・・」
「何のために?」
「それは野村総理が一番解っている事でしょう。
この儘総理で君臨したいからではないのですか?
野村内閣を守りたいために・・・何事も無かったように、寛大な心の男として」
「それでその十二とか四とかはどんな意味がある?」
「それはわかりません」
「さつきちゃん。君が言っている事は、絶対誰にも言っちゃ駄目だよ。万が一違っていたなら、我編集社は間違いなく吹っ飛ぶから。憶測は駄目だから」
「解っています。」
「暫くそのまま潜伏して新たな情報を掴んで、でも気を付けてね。」
それから僅かの内に組閣され、民政党と新党凌駕が本来睨み合っている構図であったが、蓋を取ってみれば、謀反を起こした新党凌駕から大臣は四人に増え、誰もが思いもしない野村二次内閣の誕生と成った。
そして考えられない筈の連立が和やかにスタートする事となった。
【国民の皆様、この度の選挙において、これは一口に申しまして、雨降って地固まると言う言葉が、相応しいのではないかと痛感致しております。
内閣不信任案が国民党さんから出された時、随分悔しい思いをしました。
しかしながら私にも若気の至りで、反省するべき点も多々あり、また野党に成った国民党さんの立場を考えた時、今回の選挙はあるべくしてあったと思っておりまっす。
また与党でありながら、言わば謀反を働いた新党凌駕さんも、選挙中は盛んにこの選挙は禊ぎ選挙であると言い続けていた事から、おおいに反省と覚悟の選挙であったものと、政治家として潔く好感の持てる心構えであったと思われます。
そしてわが民政党はこれまでと全く変わりなく、私利私欲に動ずる事なく、国民の心に常になって、表裏無く政治に勤しんで行く覚悟であります。激しく雨が降りましたが、雨止んで地は固まりました。
野村二次内閣を、今後ともご理解ご支援くださいますように切にお願い致します。】
「さつきちゃん、君が言っていた事が当たっているかも知れないな。民政党の幹事長の声も間違いないから、何もかも当たっていそうだね。わが社の将来の為には録音は表に出せないけど、でも間違いないよ。」
「そうでしょう。これではっきりしましたね。四と言う数字は大臣を四人と言う意味なのでしょうね?新党凌駕から四人実際入閣したのですから、それは言わば理解し協力の為の結納金の様な物なのでしょうね?」
「そうだな、野村総理がこれからも安泰に総理をする事に成りそうだね。
それが為にもう一方のあの十二と言うのは、新党凌駕に更に十二億円を払ったって事だろうね。」
「十二億円ですか?そんなものでしょうね。これからの凌駕の態度で何もかも判るでしょうね。嫌ですね。何もかも伏魔殿のようで」
「そうだね、政府には領収書の要らない金があるからね。伏魔殿か・・・こんな事あっていいのかな?」
「編集長、これで終わりでいいのでしょうか?」
「お国の為にはこれでいいのかも知れないな」
「本当にそのようにお考えで?」
「そうだよ。でもわが社は民政党に貸しを作った事は間違いないだろうな」
「そんな利息も付かない貸しなんて・・・」
「そうか・・・君はそんな風に思うのか?」
「だって、何日もスパイの様な事までして頑張ってきたのに、お尻も何度も触られたし・・・なんか力が抜けます・・・」
「民政党は新党凌駕に連立を組む事を打診して四人の大臣と十二億円を提示した。
新党凌駕は二つ返事で了承した。それがあのみかどで繰り広げられた、襖一つを挟んだ密約だったのだろうね。
つまり君が言うように民政党の幹事長が、大きな声で十二と言ったのは、隣の部屋で聞いている新党凌駕の今池さんに聞こえる声で言ったのだろうね。其れで何か合意の合図があったとかなのだろう。
『了承した。』とか、だからその後民政党の皆は、急に和やかに成って食事に掛かったのだと思うよ。」
「ええ、急に空気が変わったようにあの時は思えました。」
「それで間違いないな!民政党はまさかこんな国民を愚弄しているような事を良くも出来たものだね。しゃくに障るね。これまでの民政党が見せた事の無い顔だね。」
「ええ、それが事実なら」
「さつき君一丁暴れますか?」
「暴れる?」
「暴れてみようよ。俺たちはジャーナリストの端くれなんだから」
「と、おっしゃいますと?」
「暴あばいてみるよ民政党を」
「それって時の総理ですよ。無茶な」
「そうかい」
「編集長、其れって私にいけないと言ったじゃないですか?憶測は駄目だって?」
「だから固めればいいんだよ。それにあのテープは嘘をつかないからね。」
「・・・・・」
「私が責任を取るから。この件が最後の仕事になるかも知れないけど」
「でもお国の為に成るのでしょうか?」
「それは判らないけど、民主主義の礎に成る事は間違いないと思うな。政治家が国家を弄もてあそんではいけないと私は思うよ。
私はね、ふと戦争もこんな企みで起こったのではないかと思うんだ。だから警鐘だよ警鐘!
ほんの僅かの権力者が企んで、お金で根回しをして思いの儘に事を運び、問題はその行為の中で国民が利用され動かされ、まるで納得したかのように振舞われ、権力も振り翳され、最後は犠牲に成らなければならないのは国民だから、それが正しく戦争に突入した構図だから、今同じ事が起こっている様に思われるな。
さつき君どう思う私の考えは?」
「さぁ私には戦争の事など解りませんが、でも編集長がおっしゃっている事には一理があるのはわかります。
私がみかどで見たものも、聞いたものもが編集長のおっしゃるように、野村総理に企みがあるのならそれは国民の気持ちを欺あざむくものであるから、許せない事だと思います。
編集長がこの件が許せないとおっしゃるなら、私のような青二才でも使ってやって下さい。お力に成らせて頂きます。尾形君にも頑張って貰いましょうよ。」
「そうか、それじゃ固めて行こうか。」
「ええ、来月号に間に合うように」
「そうだな。」
「面白くなって来ましたね。」
「面白く・・・冗談じゃないよ、命がけだよ。気をつけろよ。裏社会じゃないけど」
「ええ、わかっています。」
「本当か?首が掛かっているのだから、社長には黙っていような。どこかから圧力が掛からないとも限らないから」
「はい」
それから月刊国政新報の記者、東野さつき、尾形達也の二人は、日夜駆けづり回り情報を掻き集めていた。しかし今回の言わば密約は正しくシークレットである為に、どこからも煙が立つ事すら無かった。
余程固いガードで囲まれていたのか、それとも誰もが知る由がなかったのか、新党凌駕の誰からも気になる発言は出てこなかった。
それで意を決して山下治編集長が、新党凌駕代表今池幸一に面会を企てた。
「お忙しい中申し訳御座いません。私月刊国政新報の編集長山下治と申します。
今回の人事におきまして、新党凌駕さんは四人もの閣僚を連ね、流れから申しますと、思いのほか躍進させたのではないでしょうか?この人事は将来において、大きな躍進の切っ掛けに成るのではないかと思われますが如何でしょうか?
思えば新党凌駕さんは、元々二百人を数える党であった筈で、私は昔の事をよく知っておりますので、あの頃の勢いを取り戻し始めたようにお見受け致しますが」
「そうですか。またあんな日が来ればいいのですが、一度失ったものは中々元に戻すには時間が要ります。何故なら血の通った有権者を頼るわけですから、嘘偽りがあっては元も子もないです。」
「そうですね。それにしても今回の選挙では、私なんか考えが浅いのかも知れませんが、何か新党凌駕さんと民政党さんが、取引をされたような気がしてなりませんが、正直な所どうなのでしょうか?」
「取引?君失礼な事言っちゃいけないですよ。話し合いはした事はしましたよ、そりゃこんなに巧く収まったのですから。お互いお国の為に力を合わせて理解しあい、歩み寄ったと言う事ですよ。当然嫌なことは水に流して」
「成るほどね、そうでしたか。じゃぁ私が聞いた噂は間違いだったのですね?」
「どのような噂を?」
「はい、何か複数の方から聞いたのですが、あなたと民政党の野村総理初め民政党の三役の方とが、何処かで落ち合い話し合ったとお聞きしています。
その内容は、民政党から新党凌駕さんに十二億円を払い、更に四人の大臣の枠を用意すると言う生々しい話です。」
「待ちなさい。あなたは私に何を言いに来られたのかな?随分失礼な事をおっしゃっているのではないのですかな?」
「かも知れませんね。でもこの話先ほども言いましたように、複数の方から聞いています。つまり複数の人が知っていると言う事です。私今回インタビューにお伺いして、こんな重要な話はお耳に入れておくべきだと勝手に思い、余計な事だったかも知れませんが言わせて頂いた次第です。間違っている話なら一笑に付されて下さればと思います。」
「そうですか、そんな噂が。」
「ええ、二日前に聞きしました。」
「どなたから?」
「議員さんです」
「どちらの?」
「いやぁ言ってはいけないのでは、迷惑を掛けてもいけませんので、何しろ内密と言う事でしたから」
「では何故私に?」
「今回態々お時間を取って頂き、せっかくお近づきに成らせて頂きましたから、それとやはり重要な内容と思われましたから」
「・・・」
「それでこの話どうなのでしょう?」
「さあね。私にもわからんよ」
「なんか一人の議員さんは具体的な事を言っていましたよ。本当かどうかは知りませんが」
「どんな風に?」
「料亭のような所で密約をしたように」
「誰が?」
「だから民政党と貴方が」
「まさか・・・間違いだよ!」
「間違っていると?単なる噂であると?」
「噂だよ。どうしてそんな噂が出るのだろうね?困るなぁ。貴方の所もそんな噂に乗るんだね。大人げない噂に。国政新報さんが・・・」
「いえ折角お近づきに成れましたから、話させて貰っただけで聞き流して下さい。」
「そうするよ。だから君の所も古くからやっている雑誌社だから、弁わきまえてくれないと、そうだろう」
「はぁ・・・」
「我々はね、雨降って地が固まった訳だから、新党凌駕と民政党は、これからは言わば蜜月の時代に入るって事だと思うよ。それが国政にとって一番ベストだから、違いますか?」
「ええ、正に安定した人事と言えるでしょうね。両党に蟠りがなければ」
「蟠りなど全くないよ、安心して下さい。」
「それでは今後に於いて新党凌駕は、間違っても謀反を起こすような事は絶対ないと」
「当たり前だよ。それを一番知りたかったのなら、これで十分だろう。」
「解りました。ではこれで失礼致します。」
月刊国政新報編集長山下治は、新党凌駕代表今池幸一を訪ね、化けの皮を剥がす積りであったが、たいした事も出来ず尻込みするだけであった。
しかしちょっとした裏事情を並べた事で、動くかも知れないと期待をしていたことも確かであった。
今池幸一は足元に火がついている事を知り、何らかの形で民政党に近づく事が考えられた。
密約が何故雑誌社の記者の耳に入っているのかと言う事実を確かめるだろうと思われた。
それは言い換えれば、新党凌駕から何人あの密約された時に同席していたのかと言えば、カモフラージュを企てていたから、新党凌駕からは今池幸一とその家族で料亭みかどへ行き、隣り合わせた襖の向こうでは民政党が食事をしていたから、言わば、雑誌社にこの密約が曝されたと成ると、それは間違いなく民政党の誰かが漏らした事に他ならないと、今池幸一には十分過ぎる程判る事であった。
そのからくりを山下編集長には、全てを知る由もなかったが、それでも新党凌駕代表広池幸一は間違いなく動くだろうと読んだ。
その編集長の山下治が民政党を訪れたのは、新党凌駕を訪ねてから間もなくの事であった。
「民政党さまに今度の特集でお聞きさせて頂きたく思われましてお伺い致しました。
その特集とは前もってご連絡させて頂きました通り、連立政権の未来についてと言う内容で御座います。
雨降って地が固まった事は解りますが、その地からはどのような芽が出てくるのか、そしてその芽は一体何になるのか、民政党様のお考えをお教え頂ければと思いまして、それで懸案の法律問題、消費税問題、隣接する諸外国との摩擦や懸案事項等掻い摘んでお聞かせ下されば在り難いです。
それにですね、この度の連立政権は、国民の誰もが首を傾げるような結果であったと思われます。
この点国民に納得して頂く事も大事ではないかと、その点を詳しく付け加えておっしゃって下されば尚在り難いです。」
「そうですか、ではそのように重ねて申し上げておきますので、ご返事は後日と言う事で」
山下編集長は小奇麗でスカッとした受付嬢に愛想良くその様に言われ、気持ちよく民政党本部を後にした。
ところが待てども待てども民政党から何の返事もなく、痺れを切らせて民政党へ再度赴いた時、思わぬ答えを聞かされる事と成った。
「申し訳ございません。担当出来る先生が居なくて、何しろ国会が会期を迎えている時でもあり、誠に申し訳御座いません。またの機会と言う事でご勘弁下さい。」
その様な冷ややかな返事が待っていた。
編集長はその時咄嗟に感じたのは、新党凌駕の今池氏と連絡を取り合って口裏を合わせているかも知れないと言う事である。
それでムカッとした編集長は、また取材と言う事で新党凌駕に態々出向き、アポイントを取る素振りをした。
案の定新党凌駕から帰って来た返事は、
「ただ今の時期は何方もお忙しいようで、お相手できる先生は居りません。申し訳ございませんが・・・」と体よくこちらも断られたのである。
編集長は社に戻り、民政党と新党凌駕が正しく裏で手を結んで、月刊誌「国政新報」に刃を向けているように思えて来たのであった。
「それで編集長はお困りなのですね。」
「そうだよ。さつき君何か良い方法なんかないのかね。民政党の三役の尻尾を掴む事も考えたのだけど」
「でも今となっては無理でしょう。既に連絡を取り合い、打ち合わせ済みなら」
「そうだね」
「バリアーを張り巡らせているかも知れないし、でもそれなら逆に脈があるって事じゃないですか?
二つの党に後ろめたいものがあるって事でしょう?帰って遣り易いじゃありませんか?」
「しかしそう成ってくると社長に圧力が掛かるかも知れないね。与党から圧力が掛かるって事は国家からと同じだからな。」
「じゃぁこの儘引き下がるのですか?」
「まさか、さつきちゃんもう少しみかどで探って貰っていいかな?」
「ええ」
「至急一つだけ調べて貰えないか?」
「何をです?」
「総理がみかどで食事会をしたあの日の事を」
「不信任案が可決された後ですね?」
「そう、それで彼らが食事をしていた部屋の隣で一体誰が食事をしていたのか、はっきり調べる事が出来ないかな?」
「でもあの時女将さんが内密のお客さんですからって言っていた事を覚えているわ。だから全く近づけなかったわけです。
でもそんな言い方をされたから気にしていましたが、ですから新党凌駕の今池さんである事もわかったわけです。
でも調べてみます。ただこの件が解決すれば私は
みかどから去らせて下さい。下手をすれば我社の為にも痛手に成ると思いますから。」
「そうだね。それだけお願いするよ。」
「ええ、仲良くなった仲居さんも居ますから彼女を頼りに探ってみます。」
月刊誌国政新報記者東野さつきが再度料亭みかどへ戻って行ってから三日が過ぎた時、さつきから編集長に電話が入った。
「編集長判りました。当日松の間に来ていた人物はやはり広池幸一新党凌駕代表であったと思われます。それでカモフラージュのために家族で来ていた事も判りました。それで仲居達には大阪から来られた大事なお客様であると、おかみさんに言われ随分気を使ったようです。
岩淵と名乗り民政党の四人が帰ってから裏門から出て行ったようです。結構みかどはそんなお客様が多いと言っていました。決定的な裏付けはないのですが、あれは今池さんであった事には間違いありません。何故なら家族ってそれは本当の奥さんでない事も聞きました。どうも関西弁ではなかった事も感じていたようです。だから・・・」
「だから・・・でもそれじゃ弱いな。決定的な証拠がほしいな。言っている意味、君なら解るだろう?」
「ええ、でもどうすれば・・・」
「その家族って人物を調べるとか・・・実際の今池代表の家族を比べるとか方法はあるだろう」
「解りました。仲の好い仲居さんに、今池さんの実際の家族を見て頂きます。其れで判断して貰ってから考えましょう。それでいいでしょうか?」
「そうだね、その方が手っ取り早いな」
「では急いで動いてみます。」
「あぁ頼むよ」
「編集長、私この件を片付けるとみかどから離れたいです。そうでないと折角仲良く成った仲居の女性に迷惑を掛けるから気が重くなります。
幾らジャーナリストでもしてはいけない事もあるように思われます。私の器ではこれで精一杯です。解ってください。」
「そうだね、君が思う様に判断すればいいから。」
「すみません。ではこの件はきっちり調べます。」
東野さつきはそれから今池幸一新党凌駕の自宅前に張り込み、奥さんの写真や既に二十代後半に成っている子供たちの写真を撮る事に成功して、
それをみかどの仲の良い仲居に見せて裏を取った。
更に当時みかどへ来ていた家族とは一体誰であったのかと照らし合わせたかった。
それは他でもない新党凌駕の本部を見張る事で解決に至った。
さつきは新党凌駕代表今池幸一のあの日の行動について二つの事を考えていた。
その一つはあの行動は今池だけが知りえる行動であったのかと言う事と、新党凌駕の党全体で受け入れた条件であったのかと、この二つの事を考えたのであった。
つまり料亭みかどへ行ったのは、あくまで極秘で、新党凌駕の誰もが知らない行動であったのかと思うと、カモフラージュで同行した家族とは一体誰であるかと考えた時、今池の秘密を守ってくれる者と言えば、それは秘書若しくは息のかかった第三者であるから、それも信頼のおける秘書であるから、その家族とか関係者ではないかと読んだのであった。
そしてまずその事から調べるべきであると、さつきにはその時何故か今池が狡猾で生臭い匂いのするように思えて仕方なかった。 「まさか今池さんは、新党凌駕の代表の地位を利用して十二億のお金を掴んだのかも知れない?」
率直にそのように思えてきて、気が焦ったが、今池幸一の秘書で一番古くから仕えている野々村順平の家族も調べる事とした。
野々村は今池幸一と年齢的にも似ていてと思いきや、よく調べてみると高校時代からの同級生である事もわかり、無二の親友で一蓮托生である事も判った。
そしてさつきはその野々村の住まいに張り込み、まるで絵にかいた様なストーリーが出来上がったのである。
当時みかどへ行っていた家族とは今池の秘書で同級生でもある野々村順平の奥方とその子達である事がわかる事となった。
「編集長間違い御座いません。みかどへ行っていたのは今池とその家族と成っていますが、その家族とは今池さんの家族ではなく、秘書の野々村さんの家族である事がわかりました。仲の良い仲居さんが覚えてくれていました。
これで今池さんがあの日、間違いなく民政党と密約があった事が証明されたと思います。ただ私調べている間に気になったのですが、秘書の野々村さんって今池さんの高校時代からの同級生、言わば無二の親友で一蓮托生って間柄、
つまりあの密約には民政党は野村総理始め三役が揃い踏みをしていましたが、新党凌駕さんは言わば代表の今池さんとそのプライバシーを頑なに守る事の出来る秘書さんの家族だけだったわけです。
つまりあの時交わされた密約は、新党凌駕の誰もが判って居なかったと思うのです。」
「早い話さつきちゃんは今池さんが抜け駆けしたと思うのだね?」
「ええ、それもありうる話ではないかと」
「それにしても今池さんはその後行われた解散総選挙で、この選挙は禊ぎ選挙であると、更に生まれ変わる選挙であると、力を込めて言っていたからそんな事ありうるかな?」
「それはわかりませんが、しかしですよ、この話が民政党の野村総理から出た話である事は分かりますね。野村総理が自分が総理の職を守り、内閣を守る為に、新党凌駕に歩み寄った密約な訳でしょう。十二億のお金を用意して、それに四人の大臣のポストを用意して」
「それでさつきちゃんは、今池さんが単独で民政党と話をつけたと言うのかね?」
「ええ、そうかも知れないと。
でも身内の新党凌駕の皆には、大臣のポストを四人分用意させたからとか黙らせたとか言えば、納得して貰えるでしょう。
今池さんは半年前の凌駕の党大会で八十パーセントの票を取った人。つまり当分は新党凌駕の体制は全く揺るぎないと言う事ですからね。言い換えれば民政党は今池さんを牛耳ったと言う事ではないでしょうか?
そして今池さんは十二億のお金を手に入れ、信頼のおける秘書と話し合い、まさかと思われますが、十二億のお金を猫糞する気であったのかも知れません。何故なら秘書の奥さんとみかどへ行ったことで私はピンと来たのです。変に凝っているでしょう?違うでしょうか?」
「怖いね、さつきちゃんの発想は・・・」
「違うでしょうか?」
「う~ん」
「編集長?間違っているでしょうか?」
「う~ん」
「編集長?」
「わかった。この際投網とあみを打ってみるか!」
「投網を打つって申しますと?」
「だから投網を打って様子を見るって事だよ」
「意味わかりません?」
「いいか、来月号で今回の選挙の特集を組むわけだ
いいか、さつきちゃんが言っている事を活字にするわけ。事実でないかも知れないが、それでも活字にするわけだ。それから真実が判ってくると言う事だな。荒療法だけど。投網って言うのはね、鮎が掛かるかも知れないし、ウグイかも知れないし、鯉かも知れないしオイカワかも知れない。でも何かが掛かるわけだ。つまり大物が掛かる事もあるって事だよ。一網打尽ってことだよ。」
「はぁ?」。
「なぁさつきちゃん、それでいいのだろう?それで納得だろう?誰の為にも成らないかも知れないけど、でも真実は時には弊害に成ることだってある事は誰もがわかっている事。
私たちは真実を伝えてこそジャーナリスト。
例えばこの事を考えるだけでも、民政党が食事会をしている隣の部屋で、新党凌駕の今池さんが秘書の奥さんたち、つまり偽の家族を使って家族であると偽りの食事会。
其れも極秘で、一度も行った事のない敵陣民政党の馴染みの料亭に、何故行ったのか、どんな意味があったのか、どんな目的があったのか、そしてその時期は?それだけでも大いに国会にも国民の方にも、問題を提起出来ると思うよ。わかった。やってみよう!」
「編集長、編集長の頭の中に出来上がっているのですね。お願いします。ありがとうございます。」
「さぁさつき君、暴れてください。思いっきり」
「はい」
まさか国会で近々大きなうねりが起こるだろう事など全く知らない親子は、解散総選挙が終わり三か月が経ち、落ち着いてきた頃久しぶりに電話を入れていた。
相沢親子である。
「父さん元気?何とか時間が取れたから電話した
んだ。心配かけたね。でも先生も何とか落ち着いて来て、まさに雨降って地固まるって言ったけど、その通りだと感じるね。
新党凌駕さんも今までと違って従順になり、審議もスムーズに運ぶよ。
凌駕さんは随分今回の選挙で変わったみたいだね。我々と同じ事を思うように成って来たのか、真似をしているのか、でもこれまでとでは雲泥の差だよ。先生も同じ事を言っているな。
それに国民党も一頃のように先生を叩き続けるって事も無くなったから、耳の痛い話も今では過去の事、先生の顔も変わって来て笑顔が増えてきたように思うな。
結局正義が勝つって言うか、真面目が勝つって言うか、人は人の道に反れてはいけないって事だろうね。凌駕さんはその事に気が付いたから、ある意味良かったと思うよ。ごめん父さん俺ばかりしゃべって・・・」
「よかったなぁ、龍志が父さんにしゃべりたい気持ち解るような気がするよ。お前は先生の事、つまり総理の事随分案じていたからな、気に成って仕方なかったんだろう。
大阪から野村総理に付いて行き今に至っているからなぁ、もう二十年に成るな。野村さんもお前もよく頑張ったのじゃないのかな?」
「そうだね。先生から耳にタコが出来るほど民政党の理念を言われたからね。二十年間も。でもそれが何よりだったと今なら思うな」
「そうか・・・いい党に成ったな民政党は」
「ああ、どこよりも誠実で真面目で一生懸命で、国民の事を考えている党だと自負しているんだ。」
「龍志はいい人生を送っていると言う事だな。亜紀さんと言う好い人に巡り合った事も」
「そうだね。俺幸せだな、そのように考えれば」
「そうだよ。父さんはお前ほど真っ直ぐではない性格だから、今でもテレビを見ながら文句を言っている男、国会中継に成れば独り言を言っている。腹が立って茶菓子をバリバリ食っている・・・父さんはその程度の男。
でも龍志は良い環境で生き続けたと言う事だろうな。感謝することだな野村総理に、それに亜紀さんに、いや今までお世話に成った全ての方に感謝感謝だな」
「そうだね。」
「所で思いもしなかった事に成ったね。まさか今のような状態に成るなんて誰もが想像しなかったと父さんは思うのだけど、龍志はこんな巧く収まるなんて思っていたのかな?野村第二次内閣は波乱含みだと思っていたが・・・」
「俺も同じ、だって国民党は不信任案を突きつけて新党凌駕は謀反を企てたのだから、まともに収まる筈が無いと思っていた。でも選挙が終わりたいして波風が立つ事なく収まったようだね。
幹部の方が水面下で骨を折って下さったと思うよ。何しろ最近は審議がされる前に四方山の事で言い争うように成っていたからね。
俺でさえ苛立っていたから、誰もがこれではいけないと感じたんだろうね。
だから今回の選挙はある意味大いに意味があったと言う事だと思うよ。まさに雨降って地固まるって先生が言った通り」
「でもな龍志、お父さんは捻くれているかも知れないが、民政党と言うか、野村総理は良くも新党凌駕と再度手を組んだものだと思うな。
プライドとかメンツとか無いのかな。一国の総理が謀反を働いた連中に対して、何もしない、いやそれどころか大臣の数を一人譲った訳だから、情けない話だよ。龍志の尊敬する人をこんな風に言うのは良くないかも知れないけど」
「いいよ父さん。だから俺が思うに、野村先生は細かい事に拘らなかったんだろう。
其れで新党凌駕の今池代表だって野村先生の心の広さを感じ素直に成ったと思うよ。この際は協力させて頂こうと。先生はそんな所があるから少々の謀反位では動じない人だと思うよ。
だってこれ迄でも先生がまだ若かった頃の事を、国民党が必要に突いていたけど動じなかったし、謀反を働いた新党凌駕に対しても今では身内の様に思っている様だし、だから俺野村先生の事今まで以上に尊敬しているよ。」
「そうか、それを聞いて父さんは安心だな。お前が一頃苦しんでいたから気に掛けていたが、でも今お前の口からその言葉を聞いて気が落ち着いたよ。体に気を付けてこれからも野村総理について行けば」
「あぁ、そうするよ、ありがとう」
穏やかな会話が久しぶりに交わされ、相沢信也と達治親子は、電話を置きながら心の中一杯に磊落のひと時を感じていた。
それはこれまでの数か月の間に、身が押し迫られる思いの時を過ごしていた訳で、野村総理が国会の審議で、国民党の策略で詰問攻めに遭いピンチになっている時も、新党凌駕が謀反を働いた時も、総理の心を察し、龍志は滂沱の如く涙を流し、悔しさに耐えていたからである。
当然そんな息子の姿を案ずる父は心穏やかでは居られなかったのである。
それが今では何も無かったかのように、事が収まり静けさが二人を包んでいる。
政治とは一寸先が闇なのか、それとも奈落なのか、それとも天国なのか、誰にもその先が見えない魔界、それが政治だろう。龍志は笑みを浮かべてその様に政治を解いていた。それは今が落ち着いていたからであった。
ところがそんな穏やかな心を取り戻した龍志の心に、これまでに無かった荒波がうねり始め、押し寄せて来ている事を知る由もなかった。
「夜分にお邪魔致しまして大変恐縮です。月刊誌国政新報編集長山下治でございます。」
「民政党幹事長南田純也でございます。いえ、重大な話だとおっしゃるから、お聞きしないわけにはいかないでしょう。まして野村総理の死活問題となると」
「私にはそのように思われます。ですからこうして夜分に内密で来させて頂きました。」
「それで総理の事でどのような事を?」
「はい、こちらをご覧ください。これはわが社が次月に出す予定の月刊誌で御座います。大きな活字だけでおそらく想像して頂けるのではないかと」
「見せていただきます。えーと・・・これですか・・・・えっ・・・これはまさかね~まるで見ていたように書かれているね。まさか~こんな事が・・・だから総理に大丈夫ですかと何度も言ったのに・・・
脇が甘いな~参ったねぇ・・・何もかもばれているんだね。ふーん弱ったね・・・これは次月号に出るわけだ・・・?」
「ええ予定では」
「どこからこの情報を?」
「それは言えません。凌駕さんとか民政党さんとか言えないでしょう。それはお聞きされても無理な話で。それより否定されないのですか?」
「否定?仕様がないね。総理が思いついた作だから我々には何も言えないよ。従うだけだよ。それにしても何故私にこの話を?」
「申し訳ありませんが、良からぬ噂をお聞きしていますので」
「良からぬ噂?」
「ええ、あなた様と総理が最近になって、息が合っていないのではないかと、若手の議員さんから耳にしています。
幹事長である貴方が、凌駕さんの様にまさか謀反を企てる事はないと思いますが、憲法の解釈に於いても、原発の将来の考え方に於いても、距離があるとお聞きしております。
更に何れ二人は袂を分かつ事も考えられると噂では」
「そうなのかい。人は色々言うね。だから私に、
私ならめったと怒る事はないと。拒否しないと、喜んで聞き入れるとそう言う事かな?」
「かも知れません。三役で貴方だけが正直浮いているように見えているようで。今のタイミングで法律の研究会を始められた事もありますし、それって次の準備ではないのですか?」
「次の準備って、いやぁあれは偶々だよ。」
「そうですか。でも次期総理に一番相応しいのは貴方様と私も思いますよ。」
「そんな軽はずみな事を言って貰っては困るよ。
根拠も無しに・・・」
「申し訳ありません。でもこの考えは私ではなく、多くの民政党の議員さんから聞こえる声ですからその事を付け加えさせて頂きます。」
「まぁそれはいいから。其れでこの原稿を民政党が買い取れって事だね?」
「いえ、そんな事は思っていません。」
「では何故ここへ来たのかな?この記事を今国民に見せれば、国民は怒るだろうな。
けしからんと怒るだろうな。だったら誰もが怒らない様に、また傷つかないように、この原稿をここで燃やしたら。その代償は私が保証する。一億それとももっと欲しいかな?」
「いえ、そんな事は思っていません。貴方が言われている事は、決して国家の為にはならない筈、後の世に禍根を残す事に成るだけだと思います。」
「君も大人げない事を言うんだね。君が言っている事こそ、政治の世界では禍根を残す事になると私は思うよ。どうだろう何も無かった事には出来ないのかな?」
「・・・」
「もう一度考え直して大人の判断をして貰えないかな?予算委員会も始まるからごたごたは誰もが望まないからね。
この話国民党に知れ渡れば貴方の言うように総理の死活問題に成りかねないからね。どうだろう考え直して貰えないかな。この通りお願いするよ。」
民政党幹事長南田純也は深く頭を下げて頭を上げる事はなかった。
そしてやはり政治家である。南田はその頭を床にまで付け、微動だにせず《お願いします。国家のために』と力強く口にして嘆願した。その声は震えていた。
「南田さんさぁ頭を上げて下さい。我々にもプライドがあります。真実を伝えたい自負もあります。
時には真実が人を傷つける事も解っています。
それでも真実を追求するのは、そこには開かれた未来があり平等があるからです。豊かな心もあり誰にもチャンスもあるからです。
特定の人が恵まれているとか、権利を掴んだ者が勝つとか、そんな話は要らないのです。
我々は活字に替えて真実を伝え、誰もが納得できる世の中を目指しているのです。
貴方は今私の原稿に一億を出すと言われましたが、民政党はそのような党だったでしょうか?違う筈です。裏表のない私利私欲には興味のない党である筈です。
何時の間に変わってしまったのでしょうか?貴方の口から発せられた言葉とは思いません。おそらく野村健三総理も今と成っては、同じ思いに成っているかも知れませんね。
政権を持つ頭にしては情けなく思われます。南田さん頭を上げてください。事実は事実なのです。あの時は間違っていたと今言われましても、それを認めなければならないのです。そして間違った事には責任を取らなければならないのです。
ではこれで失礼します。」
「待ってください。ではどうしても」
「ええ、出します。」
「そうですか・・・」
「では失礼します。」
「もう一度聞くが、何故私に?」
「それは、それは、貴方が今日この日を思い出す日が来るかも知れませんよ。総裁として」
「まさか・・・ご冗談を」
「でも政治ってそんなものでしょう。貴方はそんな事重々知って居られるではありませんか、一夜にして吹っ飛ぶ事を。一夜にして伸し上がることも」
「・・・・」
それから月末になり月刊国政新報の次月号が出まわった。
【国民不在の選挙】
解散総選挙が終わりはや四か月、国会は会期を迎え民政党と新党凌駕の連立政権が二期目を迎え順調に滑り出した。
謀反を働いた筈の新党凌駕も思いのほか再度連立に加わり、何も無かったように新たにスタートする事と成った。
しかしこの連立政権が誕生するまでには大きな出来事を乗り越えてきた事は言うまでもない。
喧嘩した相手と手を組む事など、血の通った人間同志である以上考えられない話である。
それがどうした事かまるで何も無かったように手を組んだ。それでは何の為の選挙であったのかとなり、国民不在であったとしか思い様がない。
有権者を馬鹿にした選挙であったと口にする者も多数数え、僅か五百人の政治家が、何千万人もの有権者を軽く見ているように思われる節もある事が判ってきた。
思いだして頂きたい。国民党から内閣不信任案が出されて与党の新党凌駕が賛成に回り、野村内閣は窮地に立たされ、あえなく解散の手を打ったのは約四か月余り前。
実はこの後大きな動きがあった。
内閣不信任案が成立してそれから数えて四日目
民政党総裁で内閣総理大臣野村健三氏と三役は料亭Mへ赴き食事会。
今後の事を話し合うと言う事であった。そして約三時間半のち四人は料亭を後にしたが、実はその時、誰もが想像すらしなかった事が起こっていたのである。 それは料亭にまだ他にも重要人物が一人来ていた事がわかった。
政治部の記者たちは民政党の集まりであると踏んでいたが、あと一人が内密で来ていて、とても大事な話が行われていたのである。
当然その話は顔を見合わせて話し合ったわけではなく、お互い違う部屋で一方だけが話し一方の者は聞くだけで、暗黙の内に了承したと言うのである。
これは緊急の事であったのか、それとも以前から図られた事であったのか、誰もが知る事なく事が遂行された。
そして問題はその内容である。
民政党は総理始め三役が顔を揃え、そして別の部屋で控えていた人物とは、驚くなかれ新党凌駕代表今池幸一氏である。
そこで何が始まったかと言えば、解散の後総選挙になり、野村内閣はその地位を失いたくなかった事から、それを死守する為に、言わば破れかぶれであった事は今なら判る。
そこで野村総理は新党凌駕今池代表にある条件を持ち掛けたわけである。其れは早い話が野村二次内閣を維持したいが故に、選挙後は新党凌駕に内閣を支える事を約束させたのである。
それが為に民政党は新党凌駕今池代表に十二億円の金を払い、更に新党凌駕に四人の大臣ポストを与えると言う内容であった。
例え両党の議員数が逆転してもその約束を守る事も条件であった。
新党凌駕代表広池幸一氏はそれを快く受け、今日の内閣の基盤に成っているのである。
それともう一つ問題があるのは、民政党から新党凌駕に渡った十二億円はどこから出た金であるかと言う事であるが、今の所表面には出ていない事から、使途不明金と位置付ける事もありうる話で、例えば機密費と言われる資金であるとも考えられる。
しかし万が一そうであるなら、機密費たるものは国家の安全の維持等に、緊急に使われるのもであらなければいけないから、幾ら用途に関して機密が許されても、問題になる事は間違いない。正しく間違った使い道であると言う事になる。
この内閣は果たして国民の声が行き届いているのかと考えた時、民政党は口を酸っぱくして長年訴えてきた事を思い出すと、今回の内閣発足にはその訴えてきた理念はどこにも見当たらない。
むしろ総理が内閣を維持したいが為に姑息な手段を講じた事に他ならない。
更にもう一つ考える事は、新党凌駕代表今家幸一氏に渡った十二億円が、新党凌駕の収支報告書にも、今池幸一氏の収支報告書にも、今の段階で記載されていないと言う事は、これはどの様な意味があるのか、今後明白にされる事に成るだろう。
明後日から国会が始まるが、はたしてこの内閣が持つのか、はたまた国民党始め野党が、この問題を目の色を変えて追及する事は間違いなく、波乱のスタートを切る事は言うまでもない。
常に清廉潔白であった筈の民政党が、大きくイメージを変え、様変わりした事は言うまでもない。】
「総理、雑誌社にこの様な事を好き勝手に書かれて良いのですか?貴方はこれが事実とするなら十二億を使って総理の席を買ったと言う事になりますね。総理ってそんなものなのでしょうか?
更に民政党は、貴方方は水面下で一体何を考えているのでしょうか?
それに連立の新党凌駕さんは、はっきり言って今池代表は十二億ものお金を、まさか懐にしまっていたりはしていないでしょうね?
貴方方は一体国会を何と心得ているのですか?この様な事では審議など出来そうにありません。
いいですか、総理、それに官房長官、選対委員長
更に幹事長、それに新党凌駕今池代表、皆さん方にお伺い致します。この月刊誌に記載されている内容を認めますか?先ず総理からお答えください。」
「野村内閣総理大臣」
「はい。あまりにも唐突で。しかしながらどの様な事実があったとしても、こちらに書かれている様な内容は、我が党と新党凌駕さんの内輪の話でありまして、外部からなんだかんだと言われる筋のものでは御座いません。
貴方の党も長年与党であったわけですから、こんな事は随分経験されている筈で、それを今責められましても、それは筋違いで、万が一法的に何かがあるとするならそれは問題でありますが、きっちり報告もさせて頂く積りでありますから、何ら問題など無いと思っております。」
「官房長官」
「総理がおっしゃられた事に同じでございます。」
「幹事長」
「私も然りで」
「新党凌駕今池代表」
「私に関してとんでもない内容に書かれている事を読みました。つまり十二億の金を懐に入れたような不謹慎な内容であった様です。とんでもございません。
私たち新党凌駕はこの度の選挙では声を揃えて禊ぎ選挙であると、更に粛清を覚悟する選挙であると訴えて来ました。 そんな我々が不謹慎な事をする筈がありません。この雑誌社はどうも密約があったとか裏で繋がっているとか、色々書かれていますが、何方が政治をしても当然貴方方が政権を取っても、同じ様な事をする事は過去に幾らでも数えたではありませんか?」
「つまり貴方方はこの雑誌に書かれていた事を、誰一人として否定されないのですね。つまり事実であったのですね?
それでは総理、一体何があったのか貴方の口から国民に向かって言って頂けるでしょうか?」
「野村内閣総理大臣」
「先ず申し上げます。その雑誌に書かれている事は殆どが事実です。ただその雑誌にはあたかも疑惑が潜んでいるような書き方をされていますが、それは大きな間違いです。
私たちは勿論凌駕さんもきちんと収支報告をして何ら問題ないように処理する積りでいます。
今その作業を事務方がしている筈です。ですから何ら問題など無いと考えております。
それ以上の事は何も申す事などありません。終始報告書を見て頂ければはっきりしますから」
「そうですか?ではその様に致します。総理、でも貴方が今言われた事は、国民の方に納得して貰えるでしょうか?十二億って大きなお金ですよ。
貴方方はそれをいとも簡単に思われているではありませんか?考えてみてください。
謀反を働いたのは新党凌駕さんでしょう、言わば十二億は新党凌駕さんから貴方方の民政党に払われても良いのではないのですか?
勿論そんな事をする位なら新党凌駕さんは謀反など起こさないですが、その辺りをお聞かせください。」
「我々は長い間貴方方が政権を取られていた事で野党であった事はお分かりですね。
しかしながら政権政党になり、新党凌駕さんが連立に応じて下さり、今に至っているわけです。
当然第一次内閣では色々な蟠りがあり、残念ながら意を同じくする事が出来ず、不信任案に新党凌駕さんは賛成に回られましたが、それも長年の彼らの意地と言いますかプライドと言いますか更には亡くなられた野際元新党凌駕副代表の経緯もあり、血の通った者同士に起こった避けられない事であったと思われます。
しかしながら私がこの度の選挙において、口にさせて貰った思いは、「雨降って地固まる」と言う言葉であったわけで、まさに今その思いで会期を迎えたと思います。何ら問題なく第二次内閣がスタートしたと考えております。」
「そうですか・・・新党凌駕今池代表にもお聞きします。総理が言っている内容に間違い御座いませんか?」
「間違いありません。」
「それにしてもいいですね。大臣を四人確保し、さらに十二億の金を土産に貰って」
「何を失敬な!」
「静粛に!」
「では今池さん事実はどうなのです?新党凌駕の皆さんも十二億貰った事を知っておられたのですか?当然だと思いますが・・・そうだ!通産大臣貴方は新党凌駕から二期に渡り選出されている。それでお伺い致しますが、十二億の事は当然知って居られたのすね?」
「鉾田通産大臣」
「はい、」
「それはいつ聞かれたのでしょうか?」
「何時だったか聞かされました。」
「日にちまで思い出せないのですか?」
「はっきりとは。そんな話はつい聞き流すのが普通で。しっかりとした記憶はありません。 党と党の関係の話ですから、代表に任せておくのが普通で」
「解りました。それにしても政権政党が、このように雑誌に書かれる事は、決して良くないと思われます。他にも大臣の席が密約で決められたと書かれていますね。総理もう一度お聞きしますが、貴方が第二次内閣を発足されて、その特徴をおっしゃいましたが、大臣は適材適所の優れた方を起用させて貰ったと自負するように言われていましたが、それって本当なのですか?」
「野村内閣総理大臣」
「ええ、間違い御座いません。その通りです。」
「ではわが国民党はこれからもこの件で徹底的に調べ、腑に落ちない点がありましたら、ご質問させて頂きますから、心積りをしてくれますように、
其れとこの雑誌国政新報は、この儘では収まらないでしょう。第二弾が出る事は誰もが予想する事。お互い楽しみですな。では次の質問に移ります。」
次話 3に続きます。