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08:とんでもない旅の前兆


「キャスリーン様、いったい何をお考えなんですか? 俺に双子に、それにキャスまで……キャス?」


 言いかけ、アルベルトが顔を上げた。

 次いで彼の瞳が丸くなる。口は言葉を紡ごうとし半分開いたまま。その姿はまさに硬直状態である。

 キャスリーンもまた同様に、突如飛び込んできたアルベルトを唖然としながら見つめていた。口は半開きではないものの紫色の瞳は丸くなっている。

 互いの視線はかち合い、だからこそ双方共に動けずにいる。

 そんな沈黙を破ったのは、ガチャンと響く施錠の音。ナタリアが扉の鍵を閉めたのだ。

 シンと静まり返っていた謁見の間にその音は小気味良い程に響き、そしてほぼ同時に二人の硬直を解いた。

 だが硬直が解けたからといって一瞬で全てを理解出来るわけではない。二人は揃えたようにはっと息を呑み……、


「ア、アルベルト隊長! なんでここに!?」

「キャス、なんでお前が!? その恰好は!?」


 と、揃えたように声を荒らげた。


「キャス、いやその恰好はキャスリーン様!? いやでもキャスだ、だがここは謁見の間で……そもそもなんでキャスが、だがキャスリーン様で……!」

「アルベルト隊長、なんで……! それに儀式に私が同行!? 私の儀式に私が!?」


 キャスリーンとアルベルトが同時に疑問をぶつけ合う。

 もっとも互いに冷静さを欠いているのだから相手の質問に答えられるわけがなく、「なんで」「どうして」と埒が明かない言葉を口にするだけだ。

 キャスリーンからしてみれば、突如アルベルトが部屋を訪れ、そのうえ聖女の儀式同行にキャスの名が挙がっているというのだからこれに動揺しないわけがない。

 対してアルベルトもキャスリーンに会いに来たのにキャスがいたのだ。それも聖女の服を纏って。これには流石の氷騎士と言えども冷静さを失ってしまう。

 唯一冷静なのはナタリアだけだが、彼女は二人を諭すことも落ち着かせることもせず「これはしばらく掛かるわね」とお茶を淹れだした。


 そんな状態で慌てふためき続けることしばらく、先に我に返ったのはアルベルトだ。己を落ち着かせるために深く息を吐き、様子を窺うようにキャスリーンに視線を向けてくる。


「このままじゃ話が進まない、そろそろ落ち着こうか」

「そ、そうですね……。確かに、これじゃ埒が明かない……」


 アルベルトの声に促され、キャスリーンも次第に落ち着きを取り戻す。――それを聞き、ナタリアがチラと時計を見上げて「思ったより早く……ないわね」と呟いた――

 そうして改めてキャスリーンとアルベルトが向き合う。

 キャスリーンはいまだ聖女の正装を纏っており、それが何とも言えぬ居心地の悪さを募らせた。普段は邪魔にしか思えなかったベールが今だけは恋しい。


「キャスが……キャスリーン様、だったのか?」

「……はい」

「そうか、だからいつも午後から訓練に出てたんだな。だがまだ信じられない……いや、まだ信じられません、と言うべきですね」


 聖女を前にして、とアルベルトが謝罪の言葉を口にする。

 自分とキャスリーンの身分の違いを考えたのだろう。真面目な彼らしい態度だが、仰々しいその言葉遣いにキャスリーンの胸が痛む。


「アルベルト隊長、いつも通りキャスと呼んでください」

「いえ……そんな無礼なことは出来ません」

「……隊長」


 キャスリーンが乞うように呟く。

 きっとアルベルトの中でも葛藤があるのだろう。藍色の瞳にはいまだ事態を受け入れきれぬと困惑の色が浮かんでいる。

 それでもキャスリーンに対して敬意を示して畏まるのは、何とも真面目な彼らしい。これが自分の事でなければ、きっとキャスリーンも好ましく彼の真摯さを受け止めただろう。

 ……だが自分のことなだけに、今はただ胸が痛む。


 そんな彼を見つめるキャスリーンに、ナタリアが声を掛けてきた。後ろを向いてジッとするように告げてくる。それに従えば、ふわりと髪を持ちあげられる感触が伝わってきた。

 ナタリアの手がキャスリーンの髪を梳き、まとめ、そして結わいていく。

 そうして気付けばキャスリーンの金の髪は大振りの三つ編みに仕立てられていた。見慣れた髪型だ。

 いったいこれがなんなのか、わざわざ話を止めてでまで髪を編む必要は……?

 そうキャスリーンがナタリアに問おうとするも、それより先にアルベルトがキャスリーンを呼んだ。


「キャス」


 と。

 その声はどこか嬉しそうな色があり、見れば表情も和らいでいる。

 訓練に間に合ったと駆けつけた時、盛り上がる酒場で彼が同じテーブルに着いた時、そんな時に見せる表情だ。まるで「見つけた」と言いたげに、ふわりと表情が和らいで微笑んでくれる。

 今はそんな和らぎの中に懐かしんでいるような色もあるが、対してキャスリーンは首を傾げるしかない。なにせただ髪を三つ編みにしただけなのだ。

 だがアルベルトに「キャス」と呼んでもらえたことはキャスリーンにとって嬉しく、そして同時に安堵の気持ちも湧き上がった。

 そうして改めて次は自分の番だと彼を見上げる。彼もまたそれを察したのか、やわらげていた表情を真剣なものに変えた。


「アルベルト隊長、先程仰っていた儀式同行の話ですが」

「あぁ、先程通達を受けたんだ。儀式への同行は本来なら第一騎士隊から選ばれるはずなんだが……」


 それがどういうわけか第四騎士隊からも選ばれた。

 それもアルベルトを始め、ローディスにロイ、そのうえキャスの名前まであったのだという。

 話を聞いてもにわかには信じがたくキャスリーンが彼の手元にある書類を覗き込んだ。

 確かに、第一騎士隊の名前と共に見覚えのある名前が書かれている。キャスリーン達の名前だ、この通達上ならば『キャス達』と言うべきか。

 これにはアルベルトも驚きを隠せず、通達を受け取るやいったいどういうことかと重役たちに尋ね、そして謁見の間に駆けつけたのだという。


「アルベルト隊長はともかく、なんで双子に私まで?」

「俺もわけが分からず尋ねたんだが、どうやら誰も真意は分からないらしい。とにかく聖女様が決めたことだから……と、それだけだ。だからここに来たんだ」

「私が?」

「いや、キャスじゃなくて聖女様が……いや、キャスか」


 まだ今一つ受け入れきれていないのか、アルベルトが頭を掻く。

 そうして改めるようにキャスリーンを見つめてきた。真意を問うような彼の瞳、だがキャスリーンはいくら見つめられたところで答えを返してやることが出来ない。首を傾げるしかないのだ。

 なにせさっぱり覚えがない。いくら聖女と言えど自分だって初耳でアルベルトと同じくらい驚いているのだ。


「何かの間違いではないでしょうか?」

「いや、確かに『聖女様が』と聞いた。だがキャスに覚えが無いのなら他に誰が……」

「他なんて……」


 いるわけがない、そう言いかけキャスリーンが言葉を止めた。

 現状、聖女と言えばキャスリーンのことだ。だがもう一人いるではないか。先代とはいえ、聖女を名乗れる者が……。

 まさかとキャスリーンがゆっくりと視線を横へと向ければ、アルベルトもまた不思議そうな表情を浮かべつつ視線を追った。

 そんな二人の視線の向かう先にいるのは……もちろんナタリアだ。彼女は優雅にティーカップに口をつけ、コクリと一度喉を鳴らすと……、


「私よ!」


 と、堂々と宣言した。

 その力強さと言ったら無い。


「お母様、どうして!」

「落ち着きないキャスリーン」

「でも、なんで!」


 再び落ち着きを無くすキャスリーンの肩に、ナタリアの手がそっと置かれる。

 細くしなやかで暖かな手だ。ゆっくりと擦られればキャスリーンも落ち着きを取り戻し、深く息を吐くと共にナタリアを見つめて返した。

 キャスリーンと同じ紫色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。言わずとも分かると言いたげに彼女が頷けば、キャスリーンと同じ金糸の髪がふわりと揺れた。

 なんて真剣な表情だろうか。真っすぐに見つめられ、キャスリーンが己の考えを改めた。


(そうだわ、お母様が考えも無しにこんなことをするわけがない。きっと何か深い理由があるのよ……)


 そう自分に言い聞かせ、キャスリーンがナタリアを見つめてゆっくりと口を開いた。


「私ってば慌てちゃって恥ずかしい。ねぇお母様、いったいどんな理由があるの?」

「キャスリーンの為、いっそとことんまで引っ掻き回してやろうと思ったのよ」

「お母様!?」

「ちなみに双子を入れたのはそっちの方が面白くなると思ったから。いわば愉快枠ね!」

「聖女の同行に愉快枠は必要ないわ! それにあの二人は愉快なんてものじゃなくて……今はそんな話じゃない!」


 キャスリーンが自分の発言に自分で訂正して叱咤する。ナタリアの勢いに呑まれ明後日な会話をしてしまったが、今話すべきは愉快枠についてではない。

 このとんでもない人選だ。むしろこの人選をどうするかだ。

 元々氷騎士として名を馳せていたアルベルトならばまだしも、双子に、それによりにもよってキャスまで……。もちろんキャスはキャスリーンなのだから同行が不可能なのは言うまでもない。

 どうするつもりなの? とキャスリーンが問えば、ナタリアが穏やかに笑った。


「キャスリーン、貴女がどうにかなさい」

「そんな、どうにかなんて無理よ」

「でも、このままだったら大人しく儀式に出向くんでしょ。そして誰にも言わずにキャスを消しちゃうのよね」

「……それは」


 ナタリアに問われ、キャスリーンが僅かに迷いを見せる。

 そしてナタリアの視線から、なによりじっとこちらを見つめるアルベルトの視線から、逃げるように俯くと頷いて返した。




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