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番外編


 第四騎士隊名物のローディスとロイは、彼等の親さえも見分けがつかないほど瓜二つである。身長体格、容姿、声、そのうえ彼等本人が見分けがつかないようにと服装や仕草まで揃えているのだ。

 これを見分けろというのが無理な話。現状、それを成し得ているのはキャスリーンだけである。――ただそのキャスリーンも「ローディスかなと思うとローディスで、ロイかなと思うとロイ」と勘頼りなのだが――


「せめて性格が真面目だったなら……。いや、そもそも真面目な性格なら多少は見て分かる違いを作るか……」


 そう呻くような声色で独り言を呟くのは第四騎士隊隊長アルベルト。絢爛豪華な王宮の通路には似合わぬ険しい表情だが、今日も今日とて双子に揶揄われたのだがら仕方あるまい。

 朝方ローディスだと思って声を掛けたらロイだと訂正され、間違いを詫びたらもう一人が横から入ってきて自分こそがロイだと言う。どういうことかと問い詰めようとすれば、今度は二人揃ってローディスだと名乗り出し……。

 瓜二つの双子に挟まれ「俺が」「いや俺が」と一転二転しながら名乗られては、さすがのアルベルトといえども混乱してしまう。その挙句に「いい加減にしろ!」と彼等の悪戯精神を咎めれば、ケラケラと笑いながら走り去ってしまう……。

 これがほぼ毎日だ。


「俺も馬鹿正直に騙されるのが悪いんだろうな……。だが上官として判別を放棄するのもなぁ……」


 どうしたものかと乱暴に頭を掻きつつアルベルトが呻る。

 他者に彼等を紹介する時こそ、アルベルトは判別を諦めたような素振りを見せてはいるが、内心ではまだ諦めていない。……というより、さすがに上官が部下に対して「どっちでもいいか」ではいけないと考えていた。

 だがそれを表に出せば彼等は喜んで揶揄ってくる。ここいらで何か見分けがつく方法が欲しいところだが……。


 そんなことを考えつつアルベルトが通路を歩き、道の先にローディスの姿を見つけた。……ローディス、だと思う。

 いったい何をしているのかとアルベルトが声を掛けようとするが、それより先に「ローディス!」と高い声が彼を呼んだ。

 見ればナタリアが一室から出てきてローディスに近付いていく。

 それを見たローディスが遠目でも見て分かるほどにやりと笑みを浮かべた。彼が良からぬことを考えた時の表情だ。


「あいつめ、ナタリア様まで揶揄うつもりか……!」


 アルベルトが部下の無礼な行為を先読みする。

 だが惜しくも止めに入るより先にローディスが「俺はロイですよ」と言い出した。はたして事実なのか、にんまりと笑んだ表情を見るに怪しいところである。――なにせ『本当にロイ』の可能性と『ロイを名乗るローディス』の可能性と『ロイを名乗るローディスのふりをしているロイ』の可能性もあるのだ。なんとややこしい――

 これにはナタリアも「まぁそうだったの」と自分の間違いを認識した。……が、


「それでローディス、ちょっと手伝ってほしいんだけど」


 と、どういうわけか訂正されてもロイをローディスと呼んだ。


「手伝いは構いませんが、俺はロイですよ。ローディスならどこか別の場所に」

「そうなのね、でもローディスが居れば大丈夫よ。さっき書庫に持って行く本を箱に詰めたんだけど、重くて運べなくなっちゃったの。お願いねローディス」

「いえ、だから、あの」


 俺がロイで……と次第にロイの口調が弱くなっていく。

 対してナタリアは「そうだったのね」「そうなのね」と返事こそしているが一向に名前を訂正する様子はなく、ローディスと呼び続けている。そのうえあれこれと用事を言い渡すのだ。

 そんなやりとりの末、ナタリアがロイの腕を掴んで歩き出した。もちろん「お願いね、ローディス(・・・・・)」と呼びながら。

 ロイが何かを言いかけ……、


「はい、ローディス頑張ります……」


 と項垂れるようにナタリアに引っ張られていく。

 そうしてナタリアの「お願いねぇ、ローディス」という優雅な笑い声と扉を閉める音を最後に、通路が静かになった。




 眼前で行われたやりとり、そして珍しく根負けしたロイの姿に、アルベルトが唖然とする。

 これはさすが先代聖女というところか、ナタリアは優雅かつ穏やかだったがなんとも言えない押しの強さがあった。確かに、あれを前にしたら並の騎士では抗えまい。

 自分もあれぐらいの押しの強さを持って彼等と接するべきか……そんなことを考えつつアルベルトは再び通路を歩き、ふと前方に見覚えのある姿を見つけて足を止めた。

 双子の片割れ。先程ナタリアに連れていかれたのがロイだとすると――ナタリアはしきりにローディスと呼んでいたが――今度はこちらがローディスだろうか。

 彼は書類を読みながら歩き、ふと何かに気付くと背後を振り返った。アルベルトも自然とその視線を追う。

 そこに居たのはヘインだ。それに彼の孫達。


「ロイ、お前が一人なんて珍しいな。ほら二人共、これがじぃじがいつも言ってる双子の騎士さんだぞ」


 ロイに対しては普段通り伯爵らしく声を掛け、孫に対しては一瞬にして祖父らしく優しい声色に変え、ヘインがロイを孫達に紹介する。

 そんな最中、ロイがにやりと笑みを浮かべたのを見て、アルベルトが再び「あいつめ……!」とで呟いた。

 先程同様、良からぬことを企んでいる時の表情だ。どうやらヘインを揶揄おうと考えたらしい。


「ご紹介に与り光栄です。ですがヘイン伯、俺はローディスですよ」

「いやいや、まさかそんなこと無いだろう」

「そんな事って……。俺はローディスです」

「つまりそれは私が間違えたという事か?」

「……ヘイン伯?」

「この私が、伯爵家の私が、可愛い孫達の前で、間違えたという事だろうか? なぁロイ」


 どう思う? とヘインがローディスに問いかける。

 その声色は穏やかな伯爵のものだ。……だがなんとも言えない威圧感を漂わせているのは気のせいではないだろう。遠目でやりとりを見ているアルベルトですら感じるのだ、正面から受けているローディスにとっては相当なはず。

 そんなヘインに改めるように「なぁロイ」と名を呼ばれ、ローディスがしばらく「あの、その」と抵抗の意思を見せ……、


「俺が間違えていました。ヘイン伯の言う通り、俺がロイです……」


 と、降参の姿勢を見せた。

 ヘインが満足そうに笑う。上機嫌に「そうだろう、そうだろう」とローディス改めロイの肩を叩き、ご満悦といった様子だ。彼の孫達も、言い当てた祖父をキラキラと輝く瞳で見上げ「じぃじすごい!」と褒めている。

 さすがのローディス改めロイもこれには空気を読んだようだ。孫の一人に「ロイ」と呼ばれ、頬を引きつらせながらも「はい、何でしょうか」と恭しく対応している。

 そうして騎士の話を聞かせてくれと孫達にせがまれ、ローディス改めロイがヘインと共に去っていく。

 それを見届け、アルベルトはしみじみと、


「あいつも大人の対応が出来るようになったんだなぁ……。結局ローディスなのかロイなのか分からないけど」


 と呟いた。




 それからさらに数時間後、用事を済ませたアルベルトが騎士隊の訓練所に戻ろうと王宮内を歩いていると、またも双子の姿を見つけた。

 どうやらナタリアの手伝いとヘイン達との話は終わったようで、今は二人共揃っている。

 揶揄おうとしたことは褒められたものではないが、結局折れて従った事は慰めるべきだろう。そう考えアルベルトが彼等に声をかけようとし……、


「ローディス、ロイ!」


 と、またしても別の声が割って入ってきた。

 見れば通路の先からシャルが歩いて来る。足早に進む姿は騎士らしく、彼女の一つ結びの黒髪が主人の動きに合わせて揺れる。


「二人共、王宮にいるなんて珍しいな」


 畏まった場で見知った顔を見つけたからか、シャルはどことなく嬉しそうだ。

 そんなシャルに対して、双子が顔を見合わせ……にやりと笑みを浮かべた。ナタリアに推し負け、ヘインの迫力に負けた、その鬱憤をシャルで晴らそうと考えたのだろう。


「シャル、久しぶりだな。だけどお前、さっき俺に対してローディスって言っただろ。俺はロイだぞ」

「あれ、そうなのか? すまない、まだお前達の判断がつかないんだ。ならこっちがローディスだな」

「なに言ってるんだ。俺がロイだ」

「え、でも今こっちがロイって……」

「馬鹿言うな。俺がロイで、こっちがローディスだ」

「そうだ。こっちがローディスで、俺がロイだ」


 双子がにやりと笑いながら交互に話す。……が、その話に一貫性が無いのは言うまでもない。なにせ言い方こそ変えてはいるが、どちらも自分がロイでありもう一人がローディスであると言っているのだ。

 傍から聞けば馬鹿な話だと笑い飛ばせそうなのだが、これが瓜二つの顔に挟まれ同じ声で言われると混乱を招く。現にシャルは頭上に疑問符を浮かべ、「あれ?」「え?」と困惑している。

 昔馴染みが目の前で揶揄われ、アルベルトが今度こそと彼等に近付く。

 だがそれより先に、ローディスなのかロイなのか分からないどちらかが「仕方ねぇなぁ」と笑った。


「俺達の見分けがつかないなんて、シャルもまだまだだな。マリユスとの間に双子が生まれたらどうするんだよ」

「馬鹿、ロイ! その話題は……!」


 軽口交じりのロイの冗談に、ローディスが偽るのも忘れ慌てたように片割れの名を呼んで制止する。

 だがその制止も間に合わず、王宮の通路にヒュンッと軽い音が響いた。


 何の音か?

 シャルが剣を抜いた音だ。


 一瞬で剣を抜き、その刃をロイの首筋に向ける。迷いの無い動きはさすがシャル、バクレールで戦った時よりも俊敏さが増している。

 あと数センチどころか数ミリ近ければ切れていたであろう距離まで迫った刃に、軽口を叩いていたロイが一瞬にして顔色を青ざめさせた。ローディスも同様、まるで自分も刃を向けられたかのように硬直している。


「ロイだのローディスだのややこしい。だが一人になれば見分ける必要もなくなるな……」

「揶揄って悪かった! 俺がロイだ!」

「俺がローディスだ!」


 剣を収めて! と双子が揃えた悲鳴をあげる。

 それを聞いたのか通路の先からマリユスが駆けてきた。「何やってるんだ、お前等……」という呆れを込めた彼の声に我に返ったのか、シャルがゆっくりと剣を戻す。

 硬直していた双子が一瞬にして安堵の表情を浮かべ、それどころか冷や汗を拭っている。陰ながら見ていたアルベルトも思わず安堵の息を吐いてしまった。

 



 それから更に数時間、場所は変わって第四騎士隊訓練所。日も落ち周囲が暗くなり、アルベルトが部下達に訓練の終わりを告げた。

 最後に一日の報告と明日の予定を確認し合う。その最中にまたしても双子に揶揄われるのだが、殆ど日課と化したやりとりに今更騎士隊の仲間達が割って入ってくれるわけがない。

 唯一キャスリーンだけが「もう!」と双子を咎めるが、そのキャスリーンの「もう!」が解散の合図とでも考えているのか、双子が別れの挨拶を告げて笑いながら去り、仲間達も一人また一人と離れて行く。――それもどうかとアルベルトは考えているが、実際にキャスリーンの「もう!」は解散するに絶妙なタイミングで発せられるのだ――


「ローディスもロイも、いっつもアルベルト隊長を揶揄って……!」

「そうだな、困った奴らだ」


 自分の隣で怒りを露わにするキャスリーンに、アルベルトが肩を竦める。

 次いでポンと彼女の頭を撫で、怒りを収めてやる。双子に揶揄われるのは不服だが、その後に自分の代わりに怒ってくれるキャスリーンの頭を撫でるのは心地好い。不服や怒りも直ぐに癒されてしまう。

 そうして数度キャスリーンを撫でていると、彼女がこちらを見上げてきた。


「アルベルト隊長も、皆みたいに諦めちゃえばいいんですよ」

「諦める?」

「そうです。もう第四騎士の殆どが二人を見分けるの諦めてますよ。前にシャル達に紹介する時はアルベルト隊長も諦めてたじゃないですか」


 双子の判別方法はいまだ見つからず、判別しようとすれば揶揄われる。

 だからこそ第四騎士の面々はローディスとロイの判別を諦め、彼等の名乗るままにしていた。それでも混乱させられるのだから困ったものなのだが、抵抗すれば余計に彼等を楽しませ泥沼にはまるだけだ。

 諦めることで被害を最小限に抑える。騎士らしからぬ逃げの精神ではあるが、あの厄介な双子を相手にすれば棋士の精神等とは言ってられない。

 いっそアルベルトもそうしてしまえばいいのに、そう話すキャスリーンに、アルベルトが「でもなぁ」と呟きながら彼女の頭を撫で続けた。


「隊長の俺が部下の判別を諦めるって言うのは示しがつかないだろ」

「そうですかねぇ」

「それに……」


 ふと、アルベルトが王宮内で見た光景を思い出す。

 ナタリアに押されて根負けし、ヘインの威圧感に負けて白旗を上げる。そのうえシャルには脅され……と、ローディスとロイはらしくなく散々な目にあっていた。

 あの時の彼等のしょげた表情と言ったら無い。対して自分を揶揄う時の楽し気な表情……。


「まぁ、俺ぐらいは素直に騙されてやっても良いだろ」


 そうアルベルトが苦笑を漏らして話せば、頭を撫でられていたキャスリーンがパチンと目を瞬かせ……、

 そして腕を伸ばして今度はアルベルトの頭を撫でてきた。




「ローディス、ロイ、聞いて!」

「どうした、キャス。ひとまず落ち着けよ、ほらチーズ食え」

「ネズミじゃないし、餌付けしないで!」

「チーズが嫌ならシュリンプサンド食うか?」

「エビじゃないけど、エビ前提なら共食いさせないで! もういい、二人には教えてあげないんだから!」


◇◇


「もう、ローディスもロイも酷いのよ、お母様!」

「そうね、酷いわね(キャスリーン、私の可愛い娘。貴女の三つ編みからヒモが伸びて頭上に『お飾り聖女は前線で戦いたい2巻発売』と書かれたバルーンが浮いているんだけど、気付いていないのかしら)」

「とってもいいお知らせなのに、絶対に教えてあげない。後から知って驚けば良いんだわ!」

「そうね、それがいいわね(可愛いキャスリーン。貴女の三つ編みから伸びたバルーンから『4/1発売予定』と書かれた垂れ幕も下がっているのに、どうして気付かないのかしら)」

「お母様には教えてあげようかしら、でもどうしよう。私だけの秘密にしようかしら」

「まぁ、意地悪しないで教えてちょうだい(あらやだ、バルーンがちょっと落ちてきてるわ。隙を見てヘリウムガスを入れなきゃ)」


◇◇


「アルベルト隊長、俺達に話ってなんですか?」

「キャスリーンにバルーンを仕掛けたのお前達か。……というかお前達以外の者が仕掛けていてもそれはそれで嫌なんだが」

「失礼ですね。まぁ俺達ですけど、なぁローディス」

「あぁ、俺達以外にそんなことするような奴が居ても俺達も嫌だ。なぁロイ」

「……そうか」

「あ、もしかしてついにキャスが気付きましたか?」

「ようやくか、キャスは鈍感すぎるよな」

「……いや、バルーンが割れて、その破裂音とキャスの悲鳴を聞いて駆け付けた重役達が、他国からの聖女暗殺だの狙撃だのと言い出し、今緊急の会議が行われている」

「「予想外の大惨事に!!」」

「このままだと国家間の問題になりかねないぞ! お前達、さっさと謝ってこい!」

「「はい!!」」


◇◇


「…………行ったぞ、キャス」

「ふふふ、上手く騙せましたねアルベルト隊長! 日頃のお返しです!」

「あぁ、そうだな。ところでキャス……いや、なんでもない」

「どうしました? あ、良い報告ですね! 隊長には特別に教えてあげます。どこかゆっくりお話が出来る喫茶店に行きませんか?」

「あ、あぁ……いや、王宮内の一室を借りよう。今はあまり市街地に出たくない」

「そうですか? それなら紅茶を用意してもらってきますね」



「(キャス、お前の背中に『詳しくは3/16活動報告をご覧ください』という張り紙が貼ってあることを、俺は教えてやるべきなのだろうか…………)」



・・・・・・


4/1ビーンズ文庫より『お飾り聖女は前線で戦いたい2』発売予定です!

(書籍タイトルは前巻同様!を抜かしたものになります)


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