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06:あと僅かの時間


 そうして宴も終わり、一人また一人と店を出ていく。

 騎士寮や自宅に戻る者もいれば、飲み足りないのか二軒目へと向かう者。酔い潰れた仲間を担ぐ者には誰もが苦笑と共に労いの言葉を掛けている。


 そんな中、キャスリーンはアルベルトと共に王宮へと歩いていた。

 既に月は頭上を越えて傾きつつあり、周囲の建物はほぼすべてが明かりを落としている。街灯は等間隔に設けられてはいるものの、年頃の少女が独り歩きして良いものではない。

 ゆえにアルベルトが付き添っているのだ。


「隊長、いつも申し訳ありません」

「いや気にするな。預かっている身として当然のことだろ」


 酒が入っているからか――「人には禁止する癖に自分は飲む……」とは、彼にお酌をしながらのキャスリーンの訴え――普段より上機嫌な声色でアルベルトが答える。

 ゆっくりとした歩みも酒が入っているから……ではなく、これはキャスリーンに合わせてくれているからだ。騎士として行動する時こそ足早な彼だが、二人で歩く時はキャスリーンに合わせてくれる。

 そんなアルベルトと並んで歩き、キャスリーンが吹き抜ける風の心地好さに瞳を細めた。


「明日は午後から第三騎士隊と合同訓練ですよね?」

「あぁ、だがその前に俺は用があるから、集合は普段より一時間遅くなる。キャスも、わざわざ走ってこなくても大丈夫だからな」


 いつもギリギリに慌てて駆けつけてくる姿を思い出しているのか、アルベルトがクツクツと笑いながら告げてくる。

 その笑みには嫌みのような色合いこそ無いが妙な居心地の悪さを覚え、キャスリーンが不満を訴えるように唇を尖らせた。


「いつも走ってるわけじゃありませんよ……」


 という言葉は言い訳染みていてなかなかに情けない。

 だが事実を言えば、走っているのはいつもと言えるだろう。

 なにせ聖女の謁見の間である王宮最奥から騎士の訓練場までは距離があり、そのうえ姿を見られるわけにはいかず人気のない道を選んで遠回りしているのだ。十日のうち九日はギリギリといえる頻度である。

 それを認めるのが癪だとキャスリーンが態度で訴えれば、アルベルトが楽しげに笑って「そう拗ねるな」と頭を撫でてきた。


 そうして話しながら歩いている内に王宮の正門にたどり着いた。

 キャスは王宮の離れにある建物で間借りをしている……という設定だ。身分を偽る為、アルベルトをはじめとする仲間達にはそう説明している。

 実際は王宮横に建てられているトルステア家で生活してうるのだが、もちろんそれは話せない。

 それがまたキャスリーンの胸を苦しめた。


 アルベルトは夜道を歩くことを案じてこうやって送り届けてくれ、他の仲間達だって「気をつけて帰れよ」と一言くれる。アルベルト不在時には、自分が代わりに送っていくと誰もが名乗り出てくれるのだ。

 だというのに、自分は本当の住まいも、それどころか本当の名前すらも彼等に打ち明けていない。


(全部話して、キャスリーンとしてみんなの為に力を使えたらどんなに良いか……)


 そんな思いがキャスリーンの胸に沸く。

 だがそれを実行出来るわけも、ましてや言えるわけも無く、出来ることといえば取り繕って別れの挨拶を告げるだけだ。


「それじゃまた明日な、キャス」

「はい、ここまでありがとうございました。隊長も夜道お気をつけて」


 ポンと一度頭を撫でられつつ別れの言葉を告げれば、アルベルトが来た道を戻っていく。

 騎士服の裾が夜風に揺れ、たなびく姿のなんと勇ましいことか。

 その後ろ姿にキャスリーンは吐息を漏らし、彼の姿が見えなくなるまで見つめ続けていた。

 あと何度、こうやって彼と他愛もなく話せるのかと考えつつ。


 ……そしてそれが、残り僅かであることを感じつつ。




 王宮の裏手から抜け道を使い、潜り込んだのはトルステア家の屋敷。

 事情を知る屋敷の者達は飛び込んできた少女騎士に対して驚愕することもましてや理由を聞くこともなく、それどころか無事で良かったと安堵と共に迎えてくれた。

 いくら身分を偽っているとはいえ、さすがに屋敷内の者には隠し通すことは出来ない。ゆえに箝口令を敷いて協力してもらっているのだ。

 そんな中、屋敷の奥からゆっくりと歩いてくるのはナタリア。謁見の時のかしこまった服装から一転して今はラフなワンピースを纏っている。


「おかえりなさい、キャス。無事で良かったわ」

「お母様ってば、屋敷の中ではもうキャスリーンって呼んでも良いのよ」


 日中のやりとりを思い出しているのか、わざわざキャスと呼びながら出迎えてくれるナタリアに、キャスリーンが楽しげに笑って駆け寄る。

 そうして無事を喜んでくれる彼女に抱きつこうとし……グイと押し戻された。

 ナタリアは相変わらず優しい笑みを浮かべている。が、そこに漂う絶対的な拒否のオーラはキャスリーンの勘違いではないだろう。なにせ細い腕がそれでも突っぱねるように押し返しているのだ。


「汗くさいわ」

「そりゃ動き回ったもの」

「汗くさいうちはまだキャスよ。早くお風呂をすませてキャスリーンに戻ってちょうだい。そうしたら抱きついて」

「臭いで区別しないで!」

「それじゃ、私の部屋で待ってるからね」


 ほほ……と優雅に笑いつつナタリアがクルリと踵を返して去っていく。

 これは出迎えをしつつ、入浴をすませたら部屋に来いということだ。

 それを理解し、キャスリーンは「汗くさくない……よね?」と己の髪や肩口をスンと嗅ぎながら風呂場へと向かった。



 そうして入浴をすませ、金糸の髪をタオルで拭いながらナタリアの部屋へと向かう。

 三つ編みにしたときこそ双子からネズミの尻尾やエビの尾だと茶化されている髪だが、キャスリーンは己の金の髪を気に入っている。風に揺れると眩いほどに輝き、手に触れればしなやかさが伝わってくる。

 聖女の現状には不満はあるが、それでも聖女としての正装と己の金糸の髪の相性は最高だと誇っている。とりわけ、ナタリアから継いだ髪色なのだからなおのこと、能力こそ劣るがまるで先代聖女のようだと鏡の前で誇っていた。

 そんな髪をいじりつつ、ナタリアの部屋の扉を叩く。中から聞こえてきた入室の許可に伺うようにゆっくりと扉を開け、隙間から顔を覗かせると「お母様?」と母を呼んだ。


「キャスリーン、入りなさい」

「……何かあったの?」


 促されるまま部屋へと入り、ナタリアの元へと向かう。

 いつもならばお茶を用意してくれているのだが、今夜はその様子はない。それどころかキャスリーンの問いかけに対しても困ったような笑みを浮かべるだけだ。

 普段とは違うその様子に、キャスリーンの胸中に言いようのない不安が募りはじめた。

 だが話を聞かないことには不安も解消しようがない。そう判断し、ナタリアのもとへと向かい……、そしてギュウと強く抱きしめられた。

 キャスリーンの視界で、自分の髪と同じ金色が揺れる。柔らかく、それでも放すまいとする抱擁に、キャスリーンが紫色の瞳を丸くさせた。


「……お母様?」

「ごめんなさいね、キャスリーン。……出来ればもう少し、あとほんの少しでも、貴女にキャスとして生活させてあげたかったんだけれど」


 嘆くように訴えるナタリアの言葉に、キャスリーンが小さく息を呑んだ。

 来るべき日が来てしまったのだ。

 そう遠くないと分かっていた、覚悟していた、だがこうやって目の前に突きつけられると覚悟もすべて散ってしまう。心臓が締め付けられるように痛み、足の力が抜けていく。

 それでも胸の内に沸いた「そんなまさか」という僅かな願望を糧に、キャスリーンが問うように「どういうこと?」と尋ねた。その声のなんと白々しいことか、返ってくる言葉など分かりきっている。

 それでも違うと、別の回答を望んでしまうのだ。

 だがそんなキャスリーンの願いも空しく、ナタリアはいっそう強くキャスリーンを抱きしめたまま、


「儀式の準備が整ったわ」


 と、はっきりと告げてきた。

 キャスリーンがゆっくりと瞳を閉じる。

 真っ暗になった視界には日中共に戦った騎士隊の仲間達の姿が浮かぶ。そうして最後に、優しく笑って頭を撫でてくれるアルベルトの姿……。

 それを思えばキャスリーンの胸が痛むが、その痛みに耐えるように一度深く息を吐き、震える声で返事をした。



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