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05:少女騎士の悩み事


 キャスリーンは元々聖女だ。

 前代の聖女である母ナタリアから力を授かり、彼女指導のもと力の使い方を学んできた。

 腰を痛めただの薔薇の棘が刺さっただのという申し出程度の怪我は癒すことが出来るようになり、『王宮奥に囲われているお飾り聖女』としてならば申し分ないだろう。


 だが所詮はその程度。先代であるナタリアの実力には程遠く、その力でさえ使えば反動が返ってくる。治療をすれば体力の枯渇が早くなり、時には眩暈を起こすのだ。

 騎士業に至っては見習い以下である。誰より先に体力が尽き、剣の扱いだって劣る。その剣だって、他の騎士達のような大降りなものは持てず細身のレイピアを所持している。大降りの剣ではこちらが振り回されかねないのだ。


 情けない……とキャスリーンが内心で溜息を吐いた。

 国を守るため戦い負傷した騎士を、共に背を預け戦う仲間を、癒すことも出来なければ守り戦い抜くことすら出来ないのだ。これは何とももどかしく、己の未熟さを痛感させられる。

 そもそも聖女として身分を隠さなければならないこともキャスリーンには不服でしかなく、考えれば考えるほど思考は暗く自虐に墜ちていく。負の堂々巡りである。


(聖女としても騎士としても中途半端……)


 そうキャスリーンが溜息を吐いたのは、討伐も終わり、祝賀会も兼ねての夕食の最中。

 王都のはずれにある酒場は今夜は第四騎士隊で埋められており、五月蠅いほどのにぎわいを見せている。

 給仕が慌ただしげに酒と料理を運ぶが、運んだ先から飲まれて追加を頼まれている。まさに次から次へと、とりわけ酒は水のように消費されていく。

 おかげでキャスリーンの手元に酒と料理が揃ったのはこの宴が始まってしばらくしてからである。

 そのせいか労いの気持ちも祝いの高揚感も無くなり、それどころか自己嫌悪が湧き上がって盛大な溜息を吐いたわけだ。

 場違いとさえ言える陰鬱とした空気に、キャスリーンの向かいに座る双子が顔を見合わせた。


「なんだよキャス、溜息なんか吐くなよ。ようやく運ばれてきた飯がまずくなるだろ」

「……だって、自分が不甲斐なくて」

「不甲斐ない? またお前なんか考えて落ち込んでるのか」


 呆れたと言いたげな表情を浮かべるのはロイ。

 次いで彼は隣に座る片割れにチラと視線を送った。さすが双子、言葉を交わさずに意志の疎通が取れるのだろう、ローディスが頷いて返すと共にどこにともなく片手を上げる。

 まるで何かを呼び寄せるような仕草ではないか。いったいなにがしたいのか、キャスリーンが不思議そうに二人を見つめることしばらく……。


「……なんだ?」


 と言いたげにアルベルトが現れた。

 正確に言うのであれば、仲間達に誘導されて来た。一人また一人と彼に対して「隊長こちらへ」「いえ、こっちにどうぞ」と声をかけ、そうしてここまで運んできたのだ。

 その連携は見事としか言いようが無く、当のアルベルトは己が双子の指示のもと運ばれてきたなど欠片も気付いていない。まるで己の意思のようにキャスリーンの隣に腰を下ろした。――その際にローディスが周りに「運搬ご苦労」と声を掛けているのだが、あいにくとアルベルトはこれにも気付いていない。キャスリーンも同様、彼のためにとテーブルを片していて気付かなかった――


「アルベルト隊長、キャスがまたうじうじと……チュウチュウとなんか悩んでるんで、聞いてやってください」

「ローディス、今なんで言い直したの」

「悩み? キャス、何かあったのか?」


 心配そうにアルベルトが顔を覗き込んでくる。

 藍色の瞳に見つめられ、キャスリーンが俯きつつポツリポツリと話しだした。――……アルベルトがさり気なくキャスリーンの手元にある酒を遠ざけているのは気になるが、ひとまず今は話すことを優先すべきだろう――


「今日も倒れそうになったし、なんだか自分の未熟さが不甲斐なくて……」

「未熟?」

「えぇ、もっとみんなのように戦ったり、それが出来ないなら治療をちゃんとしたり……」


 聖女として、という言葉を飲みこみつつキャスリーンが話せば、胸中を察したのかアルベルトがポンと頭に手をおいてきた。大きな手がゆっくりと頭を撫でてくる。

 剣の柄を握り敵を切り倒していたのが嘘のような優しい動きに、キャスリーンの胸の内にたまっていたもやが緩やかに溶かされていく。


「キャス、お前は家業を次ぐための勉強をし、それと同時に夢である騎士としても仕事をしているんだろ。立派じゃないか」

「でも……」

「俺は剣を振るうことしか出来ないから、二つのことをこなそうとしているキャスは凄いと思ってる」

「そんな、結局どっち着かずになってるだけです……」

「無理に二つのことを完璧にこなそうとしなくていいんだ。キャスはキャスなりに、やりたい事をやれば良い。自由に生きて良いんだ」


 そう穏やかに話すアルベルトに、キャスリーンが小さく「自由」と呟いた。

 この国では誰もが自由に人生を選べる。

 平民が騎士になることもあれば、社交界で名を馳せた者が遠方で農業を始めることだってある。もちろん身分や階級は壁として立ちふさがる事もあるが、覆せないわけではない。

 結婚も同様。社交界ではいまだ政略結婚が蔓延っているというが、それだって覆す者達が出始め、若者の間では己の意思で結婚することが主流となりつつある。

 何事も本人の意思と努力次第だ。

 そこには性差もなく、女が家業を継ぐ事にだって誰も違和感を覚えない。誰もが皆自由で、だからこそ騎士の道を選んだのだとアルベルトが部下達と笑っている。

 彼らを見回し、キャスリーンが小さく溜息を着いた。


(だけど、聖女は別……)


 そう考えればまたも胸の内に靄が溜まる。

 せめて聖女としての能力を遺憾なく発揮出来ればいいが、結局は王宮の奥でままごとのような治療ごっこしかないのだ。自由なんてものはあの謁見の間には存在しない。


「もう、なんかいっそ全部捨ててどこかに逃げ去ってしまおうか……」

「キャス!?」

「いえ、冗談です……。でもどこか遠くへ、誰も私を知らない場所に……欲を言えば平均身長の低い世界へ……」


 そう呟きつつキャスリーンが遠くを見る。

 視界に写るのは賑やかを通り越して五月蠅いだけの酒場。むさ苦しい騎士達が酔っぱらってバカ騒ぎをし、中には既に酔い潰れてテーブルに突っ伏していびきを掻いている者すらいる。

 だがそんな光景の奥に見えるのは……とキャスリーンが瞳を細めた。


 青く輝くそれは、日の光を受けて輝く雄大な海。風を切るように飛ぶ海鳥。

 砂浜では子供達が楽しげにはしゃぎ、親がそれを愛おしむように見守っている。

 なんと美しい光景だろうか。あれがきっと理想郷、癒しの力も必要とせず、誰もネズミだのエビだの馬鹿にしない。背の高い双子に挟まれることもない。


「海が、海が私を呼んでいる……」

「キャス、なにが見えてるんだ!?」


 大丈夫か! とアルベルトが肩を揺すってくる。

 それを受けてキャスリーンがはたと我に返り、アルベルトに大丈夫だと告げると共に思い悩むどころか幻覚まで見ていた己を恥じた。考えすぎるのもまた己の悪い癖だ。


「申し訳ありません、アルベルト隊長。ちょっと理想郷を見てました。それはそれは、とても綺麗な海でした」

「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫です」


 これ以上は心配をかけられないとキャスリーンが気丈を装って返す。

 その仕草にアルベルトがしばらく窺うように見つめてきたが、納得したのか最後に一度ポンと軽く叩くようにキャスリーンの頭を撫でた。問題ないと判断したのか、そのまま手を離して己のグラスを取る。

 キャスリーンもそれを見て、自分もと手元にあったグラスを取ろうとし……アルベルトの名を呼んだ。もちろん、先程まであったグラスが無くなっているからだ。

 代わりにあるのは……マグカップに入った牛乳。

 誰が入れ替えたのか、犯人など捜す必要も無い。


「……アルベルト隊長、私もうお酒を飲める歳です」

「分かってる。だけどほら、さっき少しふらついただろう。そういう時には飲まない方が良い。疲れている時は深酒しやすいしな」

「深酒も何もこれが一杯目です。子供扱いしないでください」

「キャスは立派な騎士だ。子供扱いなんてしないぞ」

「……じゃぁお酒飲みます」

「駄目だ」


 ぴしゃりと断られ、キャスリーンがむぅと唸り声をあげた。

 アルベルトが子供扱いしているのが明確に伝わってくるからだ。なにせ彼は他の騎士達が酒を煽っていることには何も言わず、それどころか他所のテーブルで始まった飲み比べを楽しそうに眺めているのだ。

 だというのにキャスリーンにだけは飲酒を許さない、これは明らかに子供扱いである。

 もちろんそこにはキャスを預かっている身としての責任があるからなのは分かる。騎士として働いていてもキャスは年頃の少女、それも家業を継ぐために単身王都に来ている身、酔っ払って何かあったら問題だと考えているのだろう。

 根が真面目なアルベルトらしい考えではないか。そして彼がどれだけ自分を案じ、大事にしてくれているかが分かる。

 ……分かる、のだけれど、


「……お酒用の食べ物と牛乳がビックリするほど合わない」


 うぅ……と呻きながらもキャスリーンが牛乳を片手に料理を摘まむ。

 腹を満たすというよりは酒のために用意された食事だ。どれも塩気があり、きっと酒と一緒に食べればさぞや美味しいのだろう。

 だがキャスリーンの手元にあるのは牛乳。それも暖められたうえにはちみつが入っている。寝る前に飲むには最適だが、塩気をつけられた肉との組み合わせは壮絶としか言えない。

 それを訴えながらカップに口を着ければ、さすがにこの組み合わせは無いと気付いたアルベルトが慌てて店員を呼んだ。




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