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04:腐敗するバクレール

 


 移動した先は市街地にあるレストランの一室。

 昼を過ぎた頃だけあり店内に客は少なく、営業はしているが全体的に長閑な空気が漂っている。夕食の掻き入れ時までの束の間の平穏といったところだ。


 そんな店の個室。時間帯もあってか店員も直ぐに通してくれ、頼んだ紅茶も手早く届けられた。店員が恭しく一礼して扉を閉めれば、シンとした静けさが漂う。

 店内に数名居た客達の話し声も室内までは届かない。落ち着いて話をするには最適だ。

 静けさが漂う中、口火を落としたのはシャル。


「アルベルト、私達だけで話がしたい」


 という彼の声は澄んでいるが、キャスリーン達に対して棘を感じさせる。言葉にこそしないが、無関係だから追い出せと言いたいのだろう。

 それに対してアルベルトがチラとキャスリーンに視線を向けてきた。彼の藍色の瞳に、キャスリーンの胸に沸いた不安が増す。

 彼等がどんな話をしようとしているのか、見当もつかないのだから尚更だ。無関係と突っぱねられれば反論出来ない。

 もしかしてこのまま追い出されてしまうのだろうか……と。

 だがキャスリーンの不安を余所に、アルベルトは視線が合うと穏やかに笑って返してきた。


「大事にしたくないのは分かってる。だがキャスにはきちんと話をしておきたい」

「……アルベルト隊長」

「込み入った話になるだろう。だけど聞いてくれるか?」


 そう尋ねられ、キャスリーンが頷いて返す。

 アルベルトの表情、そしてマリユスとシャルから漂う張りつめた空気から、彼等がこれからしようとしている話が深刻なものだと分かる。それでもアルベルトに関わることならば、どんな話でも聞きたいと思えるのだ。

 それを訴えるように彼を見つめれば、グイと三つ編みを引っ張られた。隣に座るロイだ。彼の向かいにはローディスが座っており、「俺の分も引っ張ってくれ」と片割れをせっついている。


「キャスばっかずるいぞ。アルベルト隊長、俺達は? 俺達には『聞いてくれるか』って聞かないんですか」

「お前達は何を言っても退室させてもどうせどっかで情報仕入れるだろ」

「そりゃもちろん。むしろ隠されれば隠されるだけ燃えます。なぁローディス」


 ロイが同意を求めれば、ローディスが得意気に頷く。

 ローディスの隣に座るマリユスが警戒の色で彼を見ているが、今更その程度の視線で双子が己を省みるわけがない。むしろその視線が心地好いとにんまりと笑うだけだ。

 そんなやりとりの中、シャルがコホンと咳払いをした。早く本題に入りたいと言いたげなその咳払いに、室内に再び張りつめた空気が戻ってくる。

 キャスリーンの頭を撫でていたアルベルトの手がゆっくりと離れ、最後に一度「他言はしないでくれ」とキャスリーン達に告げてきた。真剣なその口調に、キャスリーンはもちろん、ローディス達も今は茶化すまいと考えたのか頷いて返す。


「キャス達は信用出来る。絶対に他言はしない、だから話を続けてくれ」

「……信用。そうか、お前がそこまで言うなら良いさ。なぁシャル」


 マリユスに促され、シャルが一度キャスリーンに視線を向けると頷いた。

 キャスリーンの胸に言い得ぬ不安がよぎったのは、シャルがわざわざ自分だけを一瞥したからだ。向けられる警戒の色は気のせいではないだろう、それも、自分だけに向けられるのも勘違いではないはず。

 だが今はその疑問を解消すべきではない。そう判断し、話し出すシャルへと視線を向けた。


 バクレールは国の端にある小さな領地だ。

 キャスリーン達が暮らす王都とは比べられるものではなく、娯楽も少なく目立ったものもない。過疎とは言えない程度に細々と続く、アルベルトの故郷。

 話題にあがるようなものもなく、キャスリーンも以前にアルベルトに故郷だと言われて初めて地名を思い出した程度だ。それも、彼は話したがらないのかあまり話題にはしてこないので情報は少ない。


 そんなバクレールに、以前からよからぬ輩が出入りしていたという。不正を働き、領民を虐げ、時には金品の強奪も行う。

 手引きしているのはエネット家。よりによって土地を治める領主の一族だ。領主が不正に荷担すれば領民の訴えなど通るわけが無く、土地が汚染されるのはあっという間だ。

 その話にキャスリーンが息を呑む。まさか国の一端でそんな事が行われているとは……と。呟くように「騎士隊は」と問うも、マリユスが歯がゆそうに頭を掻いた。


「バクレールは小さな土地だ。騎士隊もあってないようなもの。それも次第に飲まれていった。恥ずかしい話だが、今じゃエネット家と内通してない者の方が少ないくらいだ」

「そんな……」

「それも二年前に当主交代したことで加速した。今じゃ領地中を抱き込んでやりたい放題だ」


 かつては不正の温床にされていても、前代領主自らは目こぼし程度にとどめていたらしい。黒幕が息子だからこそ裁くことも糾弾もせず、かといって手を染めることもしない……。

 だが当主が息子に代わった途端、バクレールの腐敗が一気に加速した。もう押さえる者は誰もない、マリユスの言うとおりやりたい放題だ。


「でも、そんな報告は王宮には……」

「エネット家は手広く裏金を配ってる。王宮にはさぞや平穏な報告書がいってるんだろうな。たまに視察も来るが、それだってあいつから金をもらってる内通者の可能性がある」


 住む土地を不正の温床にされ、訴えも踏みにじられ、騎士隊も頼れない。なにより、誰よりも味方であるべき領主が黒幕……。

 領民は次第に心が折れ、不正を嫌う若者はバクレールを離れていくのだという。

 残ったのは、田畑があるため土地を離れられぬ者や、年老いた者達。力無き者達が残されれば、よりバクレールの不正が進む。


「王宮に訴えてはいるんだが、証拠が足りない。どうにもエネット家の守りが堅くてな、明確な証拠がまだ掴めてないんだ。だがのんびり待ってられる余裕も無くなった」

「どういう事だ?」

「エネット家の動きが活発になってきた。噂じゃ近隣諸国に繋がりを持とうとしてるらしい」


 マリユスの話にアルベルトが息を呑む。だが次いで彼が「馬鹿な真似を」と呟いたのは、現状隣国と自国が友好関係にあると知っているからだ。

 キャスリーンも同様。聖女は政に口を挟むまいとしているものの、それでも国家間の関係は把握している。友好国で、不正を働く領主と組むなどと考えられない。むしろ下手な誘いを掛ければ侮辱とさえ取られかねない。


「エネット家は領地内でやりたい放題だ。参ったことに、それが他所でも通じると思ってる節がある。他所から不穏な輩を招いたり、他所と繋がるために強引な手を使ったり……。このままいくとエネット家どころか国全体が顰蹙を買いかねない」


 重々しい口調でマリユスが話す。その口調は棘を感じさせるが、果たしてそれはエネット家だけに向けたものか。「恥ずかしい話だ」と言い捨てる彼の声はどこか自虐的だ。

 そんなマリユスに変わり、今度はシャルが話し出した。


「王宮を動かすほどの確証は掴めていない。私とマリユスだけでは直接訴えたところで信憑性も得られないだろう。だからアルベルト、お前にも協力してほしい」

「シャル……」

「あんな事があってバクレールを去ったお前に戻ってこいなんて、非道な話だと責められても仕方ないと思ってる。だが騎士隊にはエネット家と通じている者が多い、もう誰を味方にして良いのか分からない状況なんだ。……まるで、かつての」


 シャルの言葉は澄んだ声色に反して弱々しい。申し訳なさそうに視線を逸らし、何かを言い掛け……口を噤んでしまった。

 そんな彼の言葉に、キャスリーンが彼とアルベルトに交互に視線をやった。シャルの話にあった『あんな事』という言葉に、妙に胸がざわつく。


(あんな事……? アルベルト隊長は氷騎士の名を買われて王宮に呼ばれたって言ってたけど、それだけじゃないの……?)


 キャスリーンの脳裏にかつて聞いたアルベルトの話が蘇るが、その話の中には『あんな事』に該当しそうなものはない。

 だが今それを問う空気ではなく、キャスリーンは胸に沸く不安をなんとか押しとどめて再びシャル達に視線を向けた。


「すぐにとは言わない……と言いたいところだが、あいにくと時間が無い。私達がこっち居られるのも数日だ」

「本当はシャルと二人でゆっくり観光としゃれ込みたかったんだけどな。俺達が長くバクレールを離れたらエネット家が大喜びだ」


 参ったと言いたげにマリユスが肩を竦める。あらかた話し終えて気が楽になったのか、それとも重苦しいこの空気を少しでも和らげようと思ったのか、真剣味を帯びた雰囲気がいつの間にか気さくな好青年に戻っている。

 対してシャルはいまだ厳しい表情のまま、マリユスに対して「馬鹿なことを言うな」と彼を咎めた。睨みつける眼光は仲間に対してなのに随分と鋭い。


「馬鹿なことって、少しは心の余裕を持つのも大事だぞ。王都なんて滅多に来られないんだ。どのみち滞在するなら楽しんだ方がいいだろ」

「故郷の大事が迫っているのに、のんびりと観光なんて出来るか」

「宿の近くに良いレストランがあるらしい。飯ぐらい豪華にしても罰は当たらないだろ」

「食事は宿で取ればいいだろ。領民が苦しんでいるのに、騎士である私達が贅沢など許されるわけがない」


 きっぱりとシャルに断られ、マリユスが盛大に溜息をつく。

 少しくらい息抜きしてもという彼の訴えはなかなかに切なげで、「それなら夕食後に二人で酒でも」と誘っては再び一刀両断に断られている。

 それほど王都に来ることを楽しみにしていたのか、挙句に隣に座るローディスに「こいつ堅物なんだよ」と訴えだした。


「これほどの堅物に、馬鹿真面目なアルベルト隊長……。あんた随分と苦労したんだろうな、胸中察するよ」

「分かってくれるか。お前いいやつだな……。双子のどっちか分からないけど」


 ローディスに宥められ、マリユスが切なげに答える。

 突如生まれた友情を前に、キャスリーンがちらと隣を見上げた。アルベルトが小声で「馬鹿真面目……」と呟いているので、ひとまず彼の腕を擦って宥めておく――あいにくと否定してやる事は出来ないが――。

 この際なので、「誰が堅物だ」と反論するシャルは放っておいた。





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