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03:市街地の乱戦と謎の騎士

 

 そうしてキャスリーンが前を走る二人になんとか食らいつくようにして走り現場へと向かえば、そこは長閑な市街地とは一転して緊迫した空気が漂っていた。

 向かい合うは、両手に足りそうな人数の男達と、アルベルト達。男達の後ろには女性が一人座り込んでおり、己の体を抱きしめるようにして怯えを露わにしている。見たところ痛みに苦しんでいる様子は無いが、立ち上がってこちらに逃げてくる事は出来そうにない。


 アルベルトとローディスは既に剣を抜いている。

 ロイは剣こそ抜いてはいないものの、柄に手を掛け一触即発といった様子だ。

 そんな中にキャスリーンがレイピアを片手に飛び込めば、アルベルトが振り返りキャスリーンを呼ぼうとし……共に来た二人の姿に言葉を止めた。


「……お前達、なんでここに」

「アルベルト隊長! 後ろ!」


 アルベルトが呆然としたことで隙が出来たと考えたのか、対峙する男達の一人が彼に殴りかかってきた。

 剣を持つ騎士を相手に素手とは無謀もいいところだが、数で押せると考えたのだろうか。もしくは、騎士ならばそう簡単には市民に手を出すまいと考えたのか。


 だが事実、威嚇のため剣を抜きこそしたものの振るうことが出来ず、アルベルトが悔しそうな表情で迫る拳を避ける。

 仮にこれが戦場であったなら、殴りかかってくるのが殺意と悪意を持った明確な敵であったなら、アルベルトは迷うことなく剣を振って鋭い一撃を放っていたはずなのに……。

 見ればローディスも同様、基本的には避けと捕縛に徹し、応戦も専ら軽い殴打のみ。普段はふざけた態度の彼も根は騎士なのだ、それも実践を得意としており、むしろ今のような乱戦は得意とさえ言える。

 ……これが剣を抜ける相手であったなら、だが。

 ロイもまた女性を助けに行こうとしているものの、上手くいかず歯痒そうにしている。


 理由を知らぬ者がこの状況を見れば、市民相手に苦戦をするなどなんて頼りない騎士だと思うだろう。

 だが彼らが本来の力を発揮出来ないのには理由がある。

 なにせ相手は一般市民、それも現状どういった経緯があるか分からないのだ。無暗に剣を振るうわけにはいかず、片方の訴えを信じて勝手な判断で善悪を決めつけて行動するわけにはいかない。

 騎士が国民を守る存在だから尚のこと、もどかしい戦いを強いられている。


「何をやってるんだ、アルベルトは……! あんな相手一撃だろう!」

「そう言うな。この状況じゃ仕方ないだろ」


 とは、そんな闘いを見ていた二人の会話。

 自らも闘いの中に入ろうとしていたキャスリーンが、二人の会話におやと足を止めた。彼等の口調はアルベルトのことを、そして彼の強さを知っているかのような口ぶりだ。

 とりわけ長髪の男はアルベルトの闘いに憤りを感じ、今まさに剣を手に飛び込みかねないほどである。麗しい顔つきをしているが、だからこそ並々ならぬ気迫が漂っている。


「あの、お二人はアルベルト隊長と……」


 知り合いなのか、と問いかけたキャスリーンの言葉に、「キャス!」と己を呼ぶアルベルトの鬼気迫った声が被さった。

 キャスリーンが慌てて振り返れば、喧騒の中からこちらに駆け寄ってくる男の姿が見える。

 それも間近に迫り、捕えようと伸ばされた手が眼前に迫る。慌ててレイピアを抜くが、それより先に男の手はキャスリーンの腕を掴み、ぐいと強引に引き寄せてきた。

 しまったと心の中で己の迂闊さを悔やむ。

 だが抵抗しようとした瞬間、キャスリーンの頭上をひゅんと何かが横切っていった。

 引き寄せようとしていた男がくぐもった声を上げ、顔を歪ませて力なく頽れていく。痛みすら与えかねないほどに強く掴んできた手も、力なくするりと抜けていった。


 いったい何が……とキャスリーンが慌てて振り返れば、そこに居たのは先程までアルベルトの闘い方について話をしていた二人。いつの間に抜いたのか、二人とも剣を手にしている。

 キャスリーンがあっけにとられるように瞬きをすれば、一人が剣を戻すと共に肩を竦めた。


「安心してくれ、切ってない。さすがにアルベルト達を差し置いて刃傷沙汰を起こす気は無いからな」

「馬鹿を言うな、私は切るつもりだった。お前より先に放てていたら、あいつの首を一刀両断してやったのに」


 キャスリーンを落ち着かせるためかおどけた態度を見せる銀髪の男に対して、黒髪の男は随分と冷ややかな事を言い放つ。


「俺は今、お前より先に剣を抜いた己の瞬発力の高さに感謝してるよ」

「私の瞬発力が劣ってるとでもいうのか? 失礼だな」

「違う、そうじゃなくて……。いやもう良い、とりあえず片付いたみたいだからこの話は終わりにしよう」


 溜息交じりに男が話の終いを告げる。

 その言葉にキャスリーンが振り返れば、男達を叩き伏せ捕えるアルベルト達の姿が映った。



 そうして男達を捕え、一人から話を聞く。

 まだ日が高いというのにだいぶ酔っ払っており、どうやら酔いの勢いと集団ということで気が大きくなり、誘いを断った女性に対し横暴な態度に出てしまったらしい。

 アルベルト達に打ち倒され、増援に来た騎士達に取り囲まれ、先程までの威勢はどこへやら随分と大人しくなって連行されていった。

 男達に囲まれていた時こそ不安と恐怖を露わにしていた女性も、今は双子に事情を説明している。――双子に挟まれそのうえ左右から同じ声で話をされて混乱しているが、恐怖で怯える相手を双子で挟み、混乱という名のリセットをさせるのは第四騎士隊の常套手段である――


 良かった……とキャスリーンが安堵の息を吐く。

 大事には至らず、それどころか誰も負傷する事なく解決する事が出来た。これならば聖女の癒しは必要ないだろう。

 そう考えて胸を撫で下ろした瞬間、ローディスに声をかけられた。見れば彼が手招きしており、その隣には先程まで捕らわれていた女性と……そして己の手を押さえるロイの姿。

 まさか怪我をしたのではないか、そう考えればキャスリーンの胸に不安が沸き、手にしていたレイピアを腰に戻すと慌てて彼等の元へと駆け寄った。


「ロイ、どうしたの!?」

「ちょっとへました。悪いんだが治してくれないか」

「任せて、怪我したのは手ね!」


 見せて、とキャスリーンが彼の手を取る。

 だが負傷した箇所は無く、言われて初めて指先がほんのりと赤くなっているのに気付く程度だ。それだって、剣を握り過ぎていたと言われれば納得してしまう程度のもの。

 だがロイ曰く、指先にものが触れると痺れに似た痛みが走るのだという。だから戦うより女性救助の役割に出たのだと話す彼に、キャスリーンが首を傾げた。


 ……火傷、だと思う。


 だがどうして今の流れで火傷を負ったのかが分からない。

 剣と素手の戦い、男達の中には棒きれを手にしていた者もいたが、それだって火傷を招くようなものではない。


「ロイ、怪我したのはいつ?」

「……さっきだ」

「さっきって、いつ? どこで? 何をして?」

「警邏に出て直ぐ、市街地の店で、熱々の総菜パンを受け取った時」

「自業自得!」


 ペチン! と彼の右手を叩いてキャスリーンが喚く。

 もちろん聖女の力を使う気にもならず「直ぐに冷やせば良かったのに!」と適切な処置方法を教えるだけだ。

 仮にも国の至宝と言われる聖女の癒し、警邏の買い食いで負った火傷を治してやる気にはならない。

 そうきっぱりと告げれば、ロイが不満を訴えるような表情を浮かべた。――対して、こうなる事は最初から予想していたのだろう、ローディスは随分と楽しそうだ。男に囲まれ恐怖を、双子に挟まれ混乱を覚えていた女性も、今はクスクスと笑んでいる――


「なんだよ、伯爵の腰痛は治してやるんだろ。俺の火傷も治してくれよ」

「それは聖女キャスリーンの勤めだもの。でも今は騎士キャスだから、自業自得な怪我は治さないの。治して欲しかったら、伯爵になって午前中に謁見の申し出をしてね」


 そうしたら聖女として治してあげるとキャスリーンが小さく舌を出しつつ告げれば、ロイの表情がより不服そうなものに変わる。茶化すつもりが逆にしてやられたと言いたげだ。

 そんな彼に、せめてと指先に薬を付けて応急手当を済ませる。

 

 次いでキャスリーンがふと視線を向けたのは、同行してきた二人の男だ。

 彼等はじっとこちらを見つめ、とりわけ長髪の男の視線は厳しいものすら感じられる。先程の物騒な発言と、彼の凛とした美しさが合わさって言い得ぬ迫力だ。

 何か失礼な事でもしてしまっただろうか……とキャスリーンの胸に疑問と居心地の悪さが沸く。

 だがそんな胸の疑問を打ち消したのは、アルベルトが「マリユス、シャル」と彼等の元へと向かったからだ。


「驚いた、いつからこっちに来てたんだ」


 そう尋ねるアルベルトの声には、どことなく親しみの色を感じさせる。

 対してマリユスと呼ばれた男もまたアルベルトに対して「久しぶりだな」と爽やかに笑んで片手を差し出した。

 柔らかく笑えば人懐こい印象を感じさせる。先程キャスリーンを慰めるためお道化た態度を見せてもいたし、きっと友好的な性格なのだろう。

 握手を交わす二人の姿は、久方ぶりの友人の再会と言いたげだ。

 ……もっとも、マリユスの隣に立つシャルと呼ばれた男はいまだキャスリーンをじっと見つめているのだが。艶のある黒い長い髪に、同色の瞳、麗しい顔つきは睨むと常人以上の迫力がある。


「あのシャルって男、随分とキャスにご熱心だな」

「ローディス、冗談言わないでよ」

「いや、でも冗談抜きにキャスを見てるぞ。何かしたのか?」


 それほどまでだと言いたげなローディスに、キャスリーンが首を振って無罪を訴える。

 何かしたかもなにも、彼とは初対面だ。むしろ初対面と言えるほど顔を合わせてもいない。

 さっと横切られ、ここまで共に走ってきた。……むしろキャスリーンが必死になって彼等を追ってきただけ。睨まれる要素は無い。

 それをローディスに訴えても、いまだシャルはこちらを凝視している。むしろ凝視どころではなく、睨んでいると言っても過言ではない。

 無言の圧力を感じ、ならばとキャスリーンが彼等の元へと向かった。誤解があり睨まれているのなら解決せねばならないし、もしかしたら睨まれているというのはキャスリーンの勘違いかもしれない。

 このまま理由も分からず見つめられ居心地の悪い思いをし続けるなら、さっさと話しかけてしまうべきだ。

 そう考えて彼等の元へと向かえば、マリユスと話していたアルベルトが気付いてこちらを向いた。


「キャス、怪我は無かったか?」

「はい。アルベルト隊長は?」

「あぁ、俺も大丈夫だ。そうだ、こいつらはマリユスとシャル。以前に同じ騎士隊に所属してた昔馴染みだ」


 アルベルトが二人を紹介する。

 キャスリーンが視線を向ければ、マリユスが軽く頭を下げて爽やかに微笑み、シャルもまた無表情ながらに会釈をしてきた。

 キャスリーンも彼等に応じるように頭を下げ、先程の礼を告げる。

 次いでアルベルトがキャスリーンの頭をぽんと軽く叩いた。


「二人とも、彼女はキャス。今は第四騎士隊の騎士で、あと……」


 ふと、言葉を止めてアルベルトがキャスリーンの後方へと視線を向ける。

 彼の視線の先には双子の姿。相変わらず瓜二つである。会釈をするタイミングまで同時だ。

 そんな双子をしばらく見つめ、アルベルトが「彼等は……」と言い淀んだ後、


「どっちかがローディスで、どっちかがロイだ」


 と、判別を諦めた。


「お前、隊長としてそれはどうなんだ……」

「言ってくれるなマリユス。こいつらの区別はキャスにしかつかないんだ。素人が言い当てようとしても騙されるのがオチだ」

「私もべつに言い当てるプロじゃないですよ!」


 キャスリーンが慌てて訂正すれば、ぽんぽんと頭を撫でて宥められてしまった。背後で双子が舌打ちするのは、『自分達の区別がつかないアルベルト』と『そんな彼の幼馴染み』を相手に悪戯出来ると期待していたからだろう。

 そう考えればアルベルトの『区別を諦める』という手段は有効かもしれない……とキャスリーンの思考が脇に逸れるも、アルベルトの「それで」と改める言葉ではたと我に返った。


「二人とも、いつからこっちに居たんだ?」

「いや、今さっき着いたばかりだ。……アルベルト、急な話で悪いが、バクレールに戻ってきてくれ」


 前振りもなく、それどころか説明する暇もないと言いたげなマリユスの言葉に、キャスリーンが目を丸くさせて彼を見る。

 先程まで爽やかで愛想のよい笑顔を浮かべていたマリユスが、今は真剣な表情でアルベルトに視線をやっている。深い茶色の瞳、微笑むと好感の持てる好青年と言った風貌だが、鋭さを増した今は騎士らしい迫力がある。

 隣に並ぶシャルもまた、今は視線をアルベルトへと向けている。二人からは張りつめた空気を感じさせ、キャスリーンは口を挟むのが躊躇われてアルベルトを見上げた。

 藍色の髪が揺れる。普段は愛しげに見つめてくれる同色の瞳が、今は示唆するように余所に向けられている。何か考え込んでいるのだろう表情は険しく、そうしてゆっくりと口を開くと、


「話は別の場所で聞く」


 とだけ返した。

 同意はしないが拒否もせずに。




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