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04:氷騎士アルベルト


 グラリと揺らぐ視界に抗う術なく、体が地面に引き寄せられる。足に力が入らず、手を着く事すら出来ない。

 倒れる……! そうキャスリーンが身を強張らせるた。その瞬間……、


「キャス! 大丈夫か!」


 と、突如現れたアルベルトに抱きかかえられた。これにはキャスリーンも瞑っていた瞳をぱちんと瞬かせる。双子も揃えたように目を丸くさせている。

 なにせアルベルトがいるのだ。いや、彼が戦場にいること自体は当然なのだが……。


「アルベルト隊長、先陣に居たんじゃなかったんですか……?」


 そうキャスリーンが彼に抱き留められたまま尋ねる。

 今日の作戦でアルベルトは先陣で戦うはずだった。むしろ先程までそうしていたはずである。

 なにせキャスリーンがローディスの手当てをしている最中も、その後も前も、アルベルトの姿は見えなかったのだ。

 だというのに、まるで今さっきまで近くに居たと言いたげにアルベルトがいる。


「アルベルト隊長、いつからそこに?」

「……いいかキャス、俺は隊長だ。常に戦況を把握しなければならない。だから戦いつつも全体を見て回ってるんだ」

「そうだったんですね、さすがアルベルト隊長! ありがとうございます、助かりました!」

「いやなに、たまたま居合わせただけだ」


 アルベルトの話に、キャスリーンがパッと表情を明るくさせる。

 先陣で戦いつつも全体を視野に入れようとする。きっと部下の窮地に誰より先に駆けつけようとしているのだろう。

 やはり隊長になる人は違う、そうキャスリーンの胸に尊敬の念が湧き上がる。――彼の肩が大きく上下し息が荒くなっているが、アルベルトの偉大さに感動しているキャスリーンは気付いていない。もちろん、周囲からあがる「キャスの悲鳴を聞いて走ってきたな」「さすが過保護騎士」という囁きも耳には届かない――


「とにかく、頑張るのは良いが無理をしないように」

「はい!」

「俺の部隊でまともな治療が出来るのはキャスだけだ。頼りにしてるからな」

「任せてください!」


 穏やかに鼓舞してくるアルベルトの言葉に、キャスリーンが頷いて返す。

 頼りにしている、その言葉のなんと闘志をたぎらせることか。だが次いでその瞳を見開いたのは、彼の背後から一人の男が姿を現したからだ。

 険しい表情で短刀を手にし、今まさにアルベルトに切りかからんと頭上高くに掲げている。

 ……先程しとめたはずの男だ。


「アルベルト隊長!」


 思わずキャスリーンが声を荒らげた。

 だが次の瞬間に発した言葉ごと飲み込むように息を呑んだのは、憎悪を露わに短刀を手にしていた男が一瞬にして表情を苦痛に歪め、苦悶の声をあげるとその場に頽れていったからだ。

 手にしていた短刀が力なく地に落ちる。誰に刺さることも、誰を切りつけることもなく。

 そうして男が目を見開きながら見上げるのは……剣を手にするアルベルト。

 キャスリーンが声をあげた瞬間、彼はそれを聞くや否や振り向くと共に剣を抜き、迷いのない一線で男を切ったのだ。

 敵を視認するより先に体が動く、その速度。目の前で見ていたキャスリーンでさえ目で追うのがやっとの早さだった。

 藍色の髪と騎士服の裾が翻る様、なにより一瞬にして冷ややかな色合いに変わったアルベルトの瞳に言葉を失ってしまった。


「……アルベルト、隊長……お怪我は……?」

「あぁ、問題ない」


 呆然としつつキャスリーンが案じる。対してアルベルトは平然としたものだ。彼の返答には無理をしている様子もなければ、驚愕を押し隠している様子もない。

 当然の対応をしたまで、とでも言いたげである。それどころか接近を許してしまった己の迂闊さを悔やんでいる。

 だが背後に迫る敵を振り向きざまに切り倒すなど、熟練の者しか出来ない芸当である。現に、それを見ていた周囲の騎士達も尊敬の眼差しを彼に向けている。


「……氷騎士」


 とは、そんな中で地に伏せる男がポツリと呟いた言葉だ。

 苦痛と怯えと畏怖と絶望。それらが綯い交ぜになって紡いだような掠れた声に、キャスリーンが改めてアルベルトを見上げた。

 彼の瞳に、あの瞬間に見せた凍てつくような冷ややかさはない。キャスリーンの見覚えのある、穏やかで、優しい藍色の瞳だ。この瞳からは氷等は想像つかないだろう。


『戦場の氷騎士』


 だがそれは紛れもなくアルベルトに付けられた異名だ。

 戦場でも冷静かつ沈着に敵を打ち倒す、冷酷とさえ言える圧倒的な戦力。冷ややかに敵に向けられる鋭い瞳。誰と打ち解けることもなく、強さを極め寡黙に己に与えられた仕事をこなしていくその姿に、いつしか誰からともなくそう呼ぶようになったという。

 だが当時を知らぬキャスリーンには今一つピンとこない呼び方である。アルベルトは優しく暖かな人で、部下にも親身に接している、冷酷とはほど遠い人物だ。

 味方さえも震え上がらせる瞳、と言われても、アルベルトの瞳はいつだって優しさを感じさせる。震え上がったことなど今まで一度足りとてない。


(だけどあの一瞬……寒気がするほどだった……)


 そうキャスが心の中で呟き、思わず寒気を訴えるように己の腕をさすった。

 そんな動きを不振に思ったのか、アルベルトがどうしたのかと問うように見つめてきた。藍色の瞳が今は心配そうな色合いを見せている。

 それを見てキャスリーンが心の中で己を叱咤した。それと同時に、伺うように見つめてくるアルベルトの瞳を見つめて返す。


「私もアルベルト隊長のように……とはいかずとも、自分の出来ることを頑張ります!」

「あぁ、そうだな。だけど無理はしてくれるなよ」

「はい!」


 威勢良くキャスリーンが返すと、それを聞いたアルベルトが柔らかく微笑んで頷いた。

 そうして周囲に対し、あと少しだと檄を飛ばす。

 討伐対象の賊達は既に散り散りに別れ、生き残った者達の殆どは逃げに転じている。一人たりとて逃がすなと声を荒らげて指示を出す今のアルベルトは勇ましく熱い。


「一矢報いろうと躍起になる者がいるかもしれない。最後の一人まで気を抜くな! 前方はもちろん、背を取られないように背後にも注意しろ。……あと」


 ふと、アルベルトの言葉が止まる。

 次いで彼はチラと横目でキャスリーンに視線を向けてきた。

 第四騎士隊の中でも背の高いアルベルトと、身の丈は並の少女でしかない小柄なキャスリーン。自然とアルベルトは見下ろし、対してキャスリーンは彼を見上げる形になる。

 いったいどうしたのかと、キャスリーンが彼を見上げたまま首を傾げた。


「アルベルト隊長?」

「……前方後方、あと足下にも注意した方が良いか」

「どういう意味でしょうか」

「いや、なんでもない。とにかくあと少しだ、皆一気に片を付けるぞ!」


 誤魔化すように撤回し、アルベルトが剣を抜いて駆けていく。

 逃げる賊を見つけたのか、もしくは追う仲間に加勢するためか。――言及される前に逃げた可能性も否めないが――疲労も臆する気配も見せぬその背は勇ましいの一言につき、キャスリーンがほぅと微かに吐息を漏らした。

 次いで聞こえてきた己の名に振り返れば、一人の騎士が地に座り、もう一人がそれを支えながらこちらに手を振っている。

 二人の様子から片方が怪我をしたことは一目で分かる。つまり治療を要しているのだ。それを見てキャスリーンもまた「任せて!」と仲間のもとへと駆けだした。





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