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38:キャスリーンとキャス


 アルベルトのことが好きだと声を上げて胸の内を訴えたのはキャスリーン。溢れる感情を押さえるように胸元に手を添え、想いのままに椅子から立ち上がる。

 対してキャスリーンの新しい正装の披露を告げたのはナタリアだ。キャスリーンの隣に立ち、周囲の期待を煽るような口ぶりで、扉と、そこから運ばれてくる正装を指さした。――ちなみに運んでいるのはブレントである――

 そしてそれらに割って入るようにキャスリーンをキャスと呼んだのは……窓から入ってきたアルベルト。勢いよく扉を開けると半身乗り出すように室内に入り、そして目を丸くさせている。


 これにはキャスリーンも紫色の瞳を瞬かせ、扉から運ばれてくる正装と、ナタリアと、そしてアルベルトに視線をやった。

 順繰りに向くたびに金の髪がふわふわと舞う。これが三つ編みであったなら、きっと尻尾のようにぶんぶんと揺れたことだろう。


「……アルベルト隊長」

「キャス……あれ、結婚相手はどこだ……?」


 窓の縁にのったアルベルトが周囲を見回す。

 そんな彼に近付くのは、ほほ……と優雅に笑うナタリア。彼女から冷ややかな空気が漂っているのは気のせいではないだろう。


「アルベルト、貴方ノックを知らないどころかついには扉という概念を捨てたのね」

「も、申し訳ありません……! キャスの結婚相手が来ると聞いて居ても立っても居られず」

「それにしたって急ぎ過ぎよ。着替えたタイミングで飛び込ませる計画だったのに」


 まったくと不満そうにぼやき、ナタリアが窓の下を覗き込む。

 そこに誰かいるのか……。いや、誰かなど考えるだけ時間の無駄だろう。


「ちょっとぉ、早過ぎよ!」

「すいません、煽り過ぎましたぁー」

「まさか壁を登るとは思いませんでしたぁー」


 ナタリアの訴えに、二人分の謝罪が返ってくる。

 だがその声はまるで一人が二度喋っているかのようにそっくりだ。声色も声量もなにもかも同じ……。ローディスとロイである。


「貴方達はちゃんと扉から入ってきなさい」


 そう双子に告げ、ナタリアが改めて室内へと向き直った。

 ちなみにキャスリーンはいまだ唖然としたままだ。アルベルトも同様、ナタリアに譲るため窓辺から退いてはいるもののいまだ硬直している。

 周囲の者達も同じく。ナタリアの話は知っていたのだろうが、アルベルトの登場には理解が追い付かないと言いたげである。

 そんな硬直状態から一番に溶けたのは、アルベルトの名を呼ぶキャスリーン。


「アルベルト隊長、どうしてここに!? それにお母様、その服は何!?」

「キャス、結婚相手は……いないようだな。はかられたか……」


 アルベルトが忌々し気に呻いて窓の外を睨む。

 双子のことを言っているのだろう。次いで彼は雑に頭を掻き、キャスリーンの隣に並んだ。


(謁見の間でアルベルト隊長と並ぶ……。なんだか変な気分)


 正面を見れば謁見の間、豪華で厳かな王宮最奥の一室。上座に置かれているのは玉座のような威厳漂う椅子。キャスリーンにとっては見慣れた光景だ。

 だが隣を見ればアルベルトの姿。彼を見つめていれば、視線に気付いて穏やかに笑ってくれる。これはキャスにとって見慣れた光景だ。

 それらが合わさるのはなんとも不思議な感覚である。

 正面を見ればキャスリーンの視界、隣を見ればキャスの視界。まるで混ざり合ったようだ。


「……アルベルト隊長、なんで窓から?」

「キャスの結婚相手が来ると聞いて駆けつけたんだ。駆ける……というよりは登ったんだが。ほら、謁見の間は王宮の最奥にあるだろ、正面口から行けば時間が掛かる」

「そうですね。私いつもここから訓練所に行くから、凄く時間が掛かってたんです」

「だからいつもギリギリに走ってきてたんだな」

「それに着替えるのにも時間が掛かるんです。ほら、聖女の正装は布が多くて」


 そうキャスリーンが訴えつつ正装の布をひらりと捲る。

 神聖さと厳かさを出すためなのだろう、聖女の正装は布が幾重にも使われている。気品があって美しいとは思うが、いかんせん重くて着替えにくいのだ。

 そんなキャスリーンの訴えにクスクスと被さるのはナタリアの笑い声だ。

 彼女は楽しそうに笑いつつ、キャスリーンの肩を撫でてきた。


「キャスリーン、もう走らなくて大丈夫よ」

「お母様、どういうこと?」

「すぐに分かるわ。さぁあっちの部屋で着替えましょう。早くしないとまた誰かさんが飛び込んできちゃうわ。……そう、誰かさんが!」

「分かったわ、着替えるから! だからアルベルト隊長をいじめないで!」


 やめてあげて! とキャスリーンがアルベルトを庇いつつ、ナタリアに連れられて別室へと向かった。



 そうしてあれよという間に着替えが終わり、鏡を前にキャスリーンが紫色の瞳を瞬かせた。


「お母様、これ……」


 鏡に映る己の後ろに立つナタリアに問いかける。

 彼女は穏やかに笑ったまま、キャスリーンの金糸の髪を梳かし慣れた手つきで編みはじめた。


「ほら、出来たわよキャスリーン」


 髪を編み終えたナタリアがポンと肩を叩いてくる。

 だがキャスリーンはそれに対し返事も出来ず、ただ鏡に映る自分の姿を見つめていた。ほっと吐息が漏れる。

 白を基調とした品の良い服。聖女の正装のように厳かで、上質の布と飾りがあしらわれている。試しに片手を動かせば緩やかに裾が揺れ、その様は威厳さえ感じさせる。

 それでいて騎士服のように軽く動きやすい。腰にはレイピアと救護用具の入った鞄があり、いつだって戦場を駆けまわり仲間を助けることが出来る。

 試しにクルリと回れば、三つ編みがふわりと揺れた。その三つ編みは騎士らしく動きやすさを重視した髪型だが、リボンの中央にはトルステア家の家紋が掘られた飾りがつけられている。


 聖女であり騎士でもある、両方の良いところを合わせた正装だ。


 見ているだけでキャスリーンの胸が高鳴る。これを用意してくれた者達のことを想い、これを見た仲間達の反応を想像し、そしてこれからはこの正装を着るのだと考えれば胸どころか全身が高揚感で包まれそうなほどだ。


「ほらキャスリーン、みんなに見せてあげなさい」

「はい!」


 ナタリアに促され、キャスリーンが頷いて返した。

 謁見の間へと続く扉に手を掛ければ期待が湧き上がる。その衝動に駆られるままキャスリーンがゆっくりと扉を開いた。


 感嘆の声が謁見の間に溢れる。

「やはり似合ってる」「頼りがいがある」と褒めてくれるのはヘイン達だ。彼等は元々この正装を知っていたのだろう、キャスリーンの姿に満足そうな笑みを浮かべている。その表情の、視線の、なんと暖かなことか。

 とりわけブレントは嬉しそうで、隣に立つナタリアと寄り添って娘の晴れ姿を見守ってくる。


「おぉ、凄いなキャス。ネズミにも衣装だ」

「これなら小さくても見失わないな。エビにも衣装だ」


 そう褒めると見せかけて茶化してくるのは言わずもがなローディスとロイ。

 ロイが窓辺へと駆け寄り下を覗いて手を振っているあたり、きっと第四騎士隊の仲間達が集まっているのだろう。

 向けられる視線も送られる言葉も嬉しく、キャスリーンがはにかんで返す。

 次いで視線を向けたのはアルベルトだ。彼は新しい正装を纏ったキャスリーンを見つめ、視線が合うと柔らかく微笑んだ。

 藍色の瞳がまるでおいでと誘っているようで、キャスリーンが彼へと駆け寄る。ふわりと翻る裾は軽く、それでいて金の細工が入った縁取りが気品を感じさせる。


「アルベルト隊長、どうですか?」

「凄く綺麗だ。キャスにもキャスリーンにも似合ってる」


 真っすぐに見つめて褒めてくれるアルベルトに、キャスリーンが照れくさいと笑う。

 だが彼の言葉は何より胸に溶け込み、この正装をより特別なものに仕立て上げてくれているようではないか。キャスリーンのために用意してくれた、キャスリーンがキャスとしても居られる正装。

 それをアルベルトに褒められる……なんて嬉しいのだろうか。キャスリーンとキャス、両方で得られる喜びに胸が満ち足りていく。

 キャスリーンがはにかめば、アルベルトの手がポンとキャスリーンの頭に乗った。大きな手が優しく頭を撫で、次いでするりと金の髪を滑って今度は頬を撫でてくる。優しく暖かな感触に包まれ、キャスリーンの胸までも温まっていく。全身が蕩けそうだ。


「キャス、キャスリーン。どちらも愛してる。国のためでも聖女の力の為でもなく、二人で人生を歩むため、俺と結婚してくれないか」


 じっと見つめながら告げてくるアルベルトの言葉に、キャスリーンの胸に歓喜が湧き上がる。

 その想いのまま、「はい!」と答えると共に彼へと抱き着いた。彼の腕が背に回り、離すまいと抱き締めてくる。なんて心地好いのだろうか。


「これからはずっと一緒だ。氷騎士の異名は返上しないとな」

「返上ですか?」

「あぁ、キャスが氷騎士を溶かしてくれた。これからもずっと一緒に、俺の隣で、俺を癒して溶かしてくれるんだろ?」


 愛が必要なら望むままに捧げるから。

 そう耳元で囁かれ、キャスリーンの頬がポッと赤く染まった。

 胸が高鳴り熱を灯す。この熱はなにより心地好く全身をまわり、キャスリーンが浮かされるように彼を見上げた。


「はい、任せてください!」


 そう胸を張って……は彼の腕の中にいるため出来ないが、その代わりと彼の胸元に頬を擦り寄せて答えた。



  …End…



『お飾り聖女は前線で戦いたい!』これにて完結です。

1日2回定時更新を目指しつつ、後半グダグダになり申し訳ありません……。

「頑張る女の子」を目指したこの作品、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!


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