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03:手当のおまけ『おまじない』


 キャスリーンがキャスとして所属するのは、アルベルト率いる第四騎士隊。

 四部隊ある騎士隊の中で末端に属する騎士隊であり、騎士の家系や爵位のある者しか入れない第一から第三騎士隊と違い、剣の腕があれば誰でも入隊出来る雑多な部隊である。

 ゆえに扱いも回される仕事も末端に等しい。報酬が望めそうにない案件や、時間が掛かり面倒なだけの案件、時には雑用染みた仕事も回される。

 当然だがそんな扱いの第四騎士隊が国宝とされている聖女に近づけるわけがなく、殆どの者が王宮に入ったことすら無いだろう。聖女の身辺を守るのはもっぱら貴族出の者達が集まった第一騎士隊である。

 ゆえに第四騎士隊の中には聖女をまともに見た者はおらず、キャスリーンとしてはこれ以上のことは無い。


(誰も私を……キャスリーンを知らない。ここでだけは私は聖女じゃない……!)


 そうキャスリーンが意気込み、手にしていたレイピアを握り直した。



 今日の任務は、王都からしばらく走った森の中に根城を構えた族の討伐である。

 もちろんキャスリーンも仲間と共に討伐に加わる。武器を手に戦うなど聖女の時ならば周囲に止められ、下手をすれば謁見の間に閉じ込められかねない。

 だが今はキャス。騎士ならば戦うのは当然のこと、むしろ戦ってこそなのだ。


「キャス! こっち来てくれ!」


 そう仲間に呼ばれ、キャスリーンが雑音ひしめく戦場の中でくるりと振り返った。

 足元で倒れる賊にはもはや一瞥してやる意味はない。右肩と胸元をレイピアで突くように刺してやったのだ、地に伏せ荒く呼吸こそしているが立ち上がり戦う余裕はもう無いだろう。この混戦が片付いたら捕縛すればいい。

 そう判断し、レイピアを軽く振るって付着した血を振り払い声のする方へと駆け出した。


「ローディス、どうしたの!」

「悪い、腕をやられた。診てくれないか?」


 駆けつけた先にいたのはローディス。彼の騎士服はこの混戦の中で土埃が付着し、なにより目に着くのは右腕を覆う真っ赤な染み……。避けきれなかったと悔やむあたり、敵の剣先でやられてしまったのだろう。

 それを見たキャスリーンが痛々し気に眉尻を下げ、次いで慌てて周囲を見回した。そこに見慣れた片割れの姿を見つけ、彼の名前を呼ぶ。


「ロイ! ローディスの手当をするから警護して!」


 そうキャスリーンが声を掛けつつ、身を隠せそうな場所へとローディスを誘導する。――ここで肩でも貸せれば恰好がついたかもしれないが、肩を貸すと告げたところ「お前の肩を借りたら倒れ込んじまう」と苦笑と共に返されてしまった。なるほど確かに……と頷きつつ、小ささを指摘された悔しさで彼の右腕をツンツンと突っついて返す――

 そうして木陰に身を隠し、傷跡を刺激しないように布を破いていく。真っ赤に染まった腕が露わになる。そこを横断する傷のなんと痛々しいことか……。

 この状況下では手当どころか止血も出来ず、それどころか押さえることすら出来ずにいたのだ。今もまだ零れた先から血が滲んでいく。


「悪いな、ちょっとヘマしちまった。パパッと頼む」

「任せて。消毒と止血をするから、出来るだけ動かさないようにしてね」

「つまりここでサボってて良いんだな」

「後処理はいつもの倍働いてもらうけど」


 冗談めいた言葉にこちらも冗談で返しつつ、それでも手元では鞄から出した薬剤を順に開けていく。

 といってもここは戦場、まともな治療道具があるわけがない。そもそもキャスリーンの鞄も医療用具が一通り揃っているわけではないのだ。

 持ち運べるのは必要最低限のみ。出来ることなどたかがしれている。


(聖女の力を使えれば、医療用具なんていらないのに……)


 そうキャスリーンが心の中で悔やみつつ、取り出したガーゼで傷をそっと拭った。まずは付着した土汚れを拭い、次いでガーゼを変えて消毒液を染み込ませて拭う。軽く拭うだけでガーゼが赤く染まり、その光景は見ているだけでこちらの腕まで痛み出しそうだ。

 出血がひどい。だが筋までは痛めていないようで、指先は動かせるかと確認すれば動かすどころか三つ編みを引っ張られた。代わりにペチンと傷の近くを叩いて「次は傷を直に叩く」と脅してみせる。


「止血して包帯を巻くから、戻ったらちゃんと医者に行ってね」

「あぁ、悪いな」


 応急処置と言えど多少痛みは引いたのか、ローディスの声が若干だが和らぎはじめた。

 見れば彼の額に汗が浮かんでいる。冗談を口にして余裕を見せていたが、実際のところはやせ我慢だったのだろう。

 戦場で傷を負った己を甘やかすまいとしているのか、それとも避け損ねた己の非だと考え耐えていたのか、もしくはキャスリーンを相手に痛がる姿は見せまいとしているのか……。

 なんにせよ引きつった笑みながらに「ご苦労さん」と労ってくるローディスに、キャスリーンが頷いて返すと共にそっと彼の腕に手を添えた。

 包帯の上から刺激しないように撫でる。治療の最後に聖女の癒しというおまけを付けるのだ。もちろんバレない程度にだが。

 それを見てローディスが笑みを浮かべた。


「恒例のおまじないか」

「早く治りますように、痛みませんように……」

「キャス、ありがとうな」

「大人しく隠れててくれますように、その後ちゃんと休んだ分働いてくれますように。これに懲りて無茶なことはしませんように……」

「腕の痛みは引いてきたが今度は耳が痛いな」

「約束通りチーズを奢ってくれますように、一緒にケーキも買ってくれますように」

「耳どころか財布まで痛み出したぞ」

「私のことをネズミだと馬鹿にしませんように、私の背が伸びますように……!」


 ローディスの腕を擦りながらも己の願望を口にすれば、彼がクツクツと笑い出す。冗談めかしたこのやりとり、まさかそこに聖女の癒しの力が込められているとは到底思うまい。

 現に彼はキャスリーンに対して呆れたと言いたげな表情を浮かべ、三つ編みをクイと引っ張ると「無理な願いだな」と言って寄越してきた。

 それに対してキャスリーンが睨んで返す。もちろん、ここまでが恒例の流れなので本気で怒っているわけではないのだが。

 そんなやりとりを終え、ローディスが徐に立ち上がった。包帯が巻かれた右腕を擦り様子を窺い、剣を左手に構え直す。

 どうやらまだ戦うつもりらしく、咎めるようにキャスリーンが彼を見上げた。


「……大人しくしててよ」

「大丈夫、みんなのサポートするぐらいだ」


 無茶はしないと断言してくるローディスに、キャスリーンがそれならと頷く。

 ならば自分がすべきことは、サポートをする彼が無理をしないように見張ることか……。そう考え、自らもまたレイピアを構え直し……、


「大丈夫か、ローディス!」


 と、慌てて駆けつけてきたロイにぶつかった。

 否、正確に言うのならばロイとローディスに挟まれた。

 背の高い双子に挟まれ、憐れキャスが悲鳴をあげる。この時に「きゃぁ!」と高い悲鳴でもあげれば可愛かったのかもしれないが、あまりに突然すぎて上がった悲鳴が「ぷぎゅ!」である。間が抜けているにもほどがある。


「あ、悪いキャス。いたのか」

「いたよ! むしろ私がロイを呼んだよ!」

「まぁそう怒るな。悪かったよ、焦って足元まで見てなかったんだ」

「足元! そこまで小さくない!」


 酷い! とキャスリーンが喚く。

 だが酷いのはロイに限らず、周囲の仲間達も「双子サンド」だの「パンの大きさに対して具が小さい」だのと好き勝手に茶化してくる。そのうえ先程まで感謝していたローディスまでもが「足元駆け回って踏まれないように気を付けろよ」と言ってくるのだ。

 これにはキャスリーンも怒りを露わに、文句の一つでも言ってやろうとし……


クラリと意識が揺らいだ。


心の中でしまったと悔やむが、一度崩れたバランスはそう簡単には戻らない。

 世界が歪むように揺らぎ、体が斜めに倒れていくのが分かる。双子が驚いて目を見張るのが見えたが、彼等の手はあと僅かでキャスリーンには届かない。


 倒れる、そうキャスリーンがくるであろう衝撃にせめてと目を瞑った。



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